episode2
太陽を拒む巨大地下街には、聖書の代わりに銃を携え人々を救う神父がいる。その奇怪な風貌から彼は人々から『ラビット神父』と呼ばれ慕われ、街に蔓延るインビジブルな悪と日々死闘を繰り広げている。そう、彼こそがこの街唯一の正義、ラビット神父!!御用の際はラビット神父へご連絡を!!いつでも君のハートの平和を守りま」
「黙っとけよ三流」
少女の容赦ない一言とともに、バターナイフがウサギ頭の眉間に突き刺さる。
「何が唯一の正義だ、何が死闘だ。この前公園で見かけた赤い糸片っ端からぶちぶち切ってたのは何処のどいつだ言ってみろ」
「そんな無粋な真似をする悪漢がいるのか、けしからんな」
「お前だよエセ神父」
爪の伸びすぎた指で食卓の真向かいに座るラビット神父を指差し、少女は凶悪なまでの目つきで彼を睨んだ。バターナイフを引き抜いてトーストにマーガリンを塗りたくりながら、神父は肩を揺らした。
「はっはっは、シスター・W、人聞きの悪いことを言うものではない。彼らにはもっといい相手がいる、私はそのきっかけを作ってやっただけだ」
「バツイチが何ほざいてるんだか」
「シスター、それには触れない約束だ」
「とにかくお前がボンクラなせいでうちは火の車だ、金になる仕事をきっちりこなしてたまにはアタシに良い肉を食わせろ」
空になった皿を戻しに立ったシスターの背中を見つめながら、神父はやれやれとため息を吐く。
神父とシスターといえども、彼らは信者でも聖職者でもない。万屋に近いかたちで事務所を経営し生計を立てている、れっきとした物好きだ。
「我々物好きの事務所の扉を叩く人間は、少ない」
テーブルの隅に置かれた開封済みの手紙を手にとって、神父は呟いた。
「だからこそ金になろうがなるまいが、依頼者は全力で救わねばならない。我々は彼らにとっての、最後の砦なのだから」
銃の手入れを始めた神父の隣で、皿の片付けを終えたシスターが首をかしげた。
「それで?今日は何を撃ちに行くんだ?」
「ふむ。無気力も良くないが……。就職してから夫が日に日に痩せていく、休みも取らずに働きづめで、先週ついに会社から帰ってこなくなったと手紙には書いてあった。電話は来るが、その内容も毎回今日の夕飯はハンバーグがいい、というものらしい。想像してみたまえ、毎晩ハンバーグを泣きながらこねて、帰ってこない夫を待っている若妻を」
サブマシンガンをジュラルミンケースにしまいながら、神父は続ける。
「嘆かわしい。実に嘆かわしい。彼女の夫は真面目すぎるんだ。悪質な仕事への執着を撃ち、再就職をお勧めして来るよ」
事務所の扉を開き、正義を自称する神父はシスターに手を振る。
腕を組んで彼の前座を黙って聞いていたシスターは不意に「おい」と彼を引き止めた。
「どうした?」
「一つだけ、訊いてもいいか」
「ああ、何なりと」
灰色の鋭い視線が、カラフルでポップなウサギ頭を捕らえた。
尖った牙の覗く口を開いて、シスターは問う。
「お前、その頭でどうやって朝食を平らげるんだ」
「……神のみぞ知るってやつさ」