【ショートショート】国会員に選ばれて
仕事を終えた僕が帰宅して”相沢太郎様”と書かれた封筒が国会の事務局から届いていたのは、三か月ほど前のことだ。最近憲法が変わり、選挙で選ばれた国会議員と有権者から、ランダムに選ばれた市民が一緒に国会審議をする”国会員制度”が始まったのは知っていたが、選ばれるとは夢想だにしていなかった。
愛知県の老人ホームで介護士をしている僕は、多忙を理由にお断りをしたが認められなかった。事前に老人ホームのお年寄りたちから、政府に質問したいことを聞いて、貴重な有給を使い上京し今、国会議事堂内の福祉委員会室にいるのだ。
分厚い資料を手に携え、本職の国会議員さんの質問を何度も眠りそうになりがなら聞いている、と委員長の声が僕の脳内に響く。
「これより国会員の相沢君の質問時間となります。相沢君」
「はい!」
僕は起立して表情を険しくし、質問をまとめた紙を見ながら福祉大臣を見すえた。福祉委員会を中継するテレビごしに、勤め先の老人ホームの人たちは観ていてくれるからだ。
「まず一つ目は老齢年金に関する質問です。私は介護士で愛知県で老人ホームの運営を手がけるA社で働いており……」
「相沢君、質問と関係のない企業名は言わないで下さい」
委員長から叱られたが、勤め先の名前を言えて宣伝になり良かった。今頃、老人ホームでは拍手が起きているだろう。
事前に国会の職員さんから、企業名などは宣伝になるので言わない様に注意されていたが、うっかりしていた振りをして謝る。政治の素人なりに鋭く質問したはずだが、福祉大臣の横に座る六十過ぎの女性が答弁をしてしまう。
「私の亡くなった母の時代は高齢者の医療が無料だったのに、今は高いのは変でしょう? 年金だっておかしいでしょう。福祉のお仕事をしていらっしゃる、あなたはどう思っていらっしゃるのかしら?」
「あのー質問をしているのは、私なんですが?」
一介護士に過ぎない僕が文句を言われてしまった。答弁をしているのは、本職の国務大臣ではなく、内閣員だ。国会員制度と同時に導入された”内閣員制度”で有権者からランダムに選ばれ、市民感覚を生かし大臣と一緒に仕事をする僕と同じ一般市民だ。しかし、国会でも答弁可能なのは変な感じがする。本職の福祉大臣が内閣員の女性の”ぐち”を止め、答弁してくれた。
「相沢委員をはじめ福祉の現場の皆さまには、多大なご苦労をおかけし、福祉大臣として頭が下がる重いです。さて、ご質問の案件に関してですが……」
折角、本職の福祉大臣が答えてくれたのに、年金制度の簡単な説明に終始している。続けて質問しても何を変えるか、奥歯に物が挟まった様に話し、はっきり約束してくれない。あっという間に僕の質問時間は終わってしまったが、用意した質問の大半は済ませれた。
僕の次の質問者の国会員さんも緊張で声を震わせながら、次から次へと質問をしている。うとうとするが、テレビ中継に映るので眠るわけにはいかない。僕の後ろで座っている本職の国会議員さんの一部はいびきをし、眠っていてもだ。
福祉委員会が終わり、僕の国会員としての仕事は終わった。委員会室を出て休憩室の椅子でほっとしている僕に、さっき委員会室で寝ていた本職の国会議員さんが、満面の笑みを浮かべ声をかけてきた。
「鋭い質問でしたよ! 私は国会議員になって何年もたちますが、相沢さんの様な頭脳明晰な方とは初めてお会いしました」
「いえ、私などが頭脳明晰などとんでもない」
褒められて気分が良い僕に両手を出して握手を求めてくるので反射的に握り返す。記念に写真まで撮ってくれ、名刺を交換をした。
翌日、勤め先の老人ホームの皆さんからは”ホンモノみたいで格好良かった”などと言われてしまった。気恥ずかしいが、貴重な人生経験を積めたのだろう。
一か月が過ぎた頃、自宅のポストにまた、見慣れぬ封筒が投函されていた。あの握手をした国会議員さんからだ。中を開けると記念写真と一緒に後援会の入会案内のパンフレットが入っていた。(完)