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神様とか妖怪とか不思議なものがいたりする世界

妹の独り立ち

作者: Tone

 どうも、ざいすです。

 2度目の投稿になります。でも緊張しますね。

 それに頭の中のことを言葉にするってむずかしい。言葉で表現するってむずかしい。

 今回は特に思い知らされました(泣)

 とまぁ、こんな感じで、至らない所はありますが、よろしくお願いします。

 地元の大学に合格して、入学式を二週間後ぐらいに控えたある日の朝。


 私はお母さんに起こされて目が覚めた。いつもと違う朝にある不安が押し寄せてきた。


 お母さんの表情は暗い。いつも起こしに来るはずのお姉ちゃんが起こしに来ていない。


 これが何を意味するのかが一瞬で解ってしまった。


 ベッドを飛び降りて、一階のリビングへと駆け下りた。リビングの端にあるお姉ちゃんのベッドの隣で悲しい表情をしたお父さんが立っていた。そして、ベッドにはまだ眠っているように安らかな表情でお姉ちゃんが死んでいた。


 お姉ちゃんの歳は十九歳、今年の七月で二十歳になるはずだった。とても長生きした方ではあるとは思う。


 目を閉じて動かなくなってしまったお姉ちゃんの背を撫でる。さらりと手触りのいい毛並み。だけど、手には、いつもの暖かさが伝わってこない。代わりにお姉ちゃんの体の冷たさが私の手の体温を奪っていく。


 それが、どうしようもない実感となって私を覆い込んでいく。


 ぽたり──私はお姉ちゃんの体を抱き上げた。


 ぽたり──そのまま私はお姉ちゃんを抱き締めた。


 ぽたり──やさしく、ぎゅっと。


 ぽたり──そうすれば、また暖かくなるんじゃないかと信じて。


 ぽたり──だけど、世界はそんなにやさしくなくて。


 ぽたり──結局、戻ってこないという現実を見せ付けられるだけで。


 落ちる涙が幾度となくお姉ちゃんに当たっても、ぴくりとも動きはしない。嗚咽が漏れる。お父さんもお母さんも何も言ってこない。沈黙の降りた空間に私の嗚咽だけが響き続けた。





 お姉ちゃんと私は血は繋がっていない。というか、種族が違う。私は人、お姉ちゃんは猫。それでも、お姉ちゃんはお姉ちゃんだし、私はお姉ちゃんと話すことができた。妄想ではなく、本当に。お姉ちゃんの言うことを一字一句間違えずに聞くことができたし、理解もできた。


 私がお姉ちゃんの言うことがわかるようになったのは、子供の時のあの事件から。


 私にとっては忘れてしまいたい事件であるとともに、お姉ちゃんの言葉がわかるようになった大切なきっかけ。


 誘拐事件。お金に困った男が起こした突発的な事件。


 誘拐された私を助けてくれたのがお姉ちゃん。そのとき、初めてお姉ちゃんの言葉がわかった。


『ゆい!! 逃げて!!』。これが、私の聞いた初めてのお姉ちゃんの言葉。


 この事件以来、私はお姉ちゃんとたくさんお喋りした。九九だってお姉ちゃんに教えてもらったし、割り算だってそうだ。いろんな相談にも乗ってもらった。今思えばお姉ちゃんは猫としては異質だったのかもしれない。


 そうであったとしても、本当に大切な家族だった。本当に大切な姉だった。


 もう長くないのはわかっていた。ここ最近は動くことも辛そうだった。なのに、朝はいつも起こしに来てくれたし、私が外に出かける時は付いて来てくれた。甘えだとは理解している。


 だけど。


 それでも、生きていて欲しかった! もっと、一緒にいて欲しかった!!





 自分の部屋。お姉ちゃんがしていた首輪を握り閉めて、ベッドでうずくまる。お姉ちゃんは庭に埋められた。お父さんが庭を掘って埋めた。掘った所にお姉ちゃんを入れたのはお母さん。私はそれを見ているだけだった。


 どうして、お父さんとお母さんはお姉ちゃんを埋めることができるんだろう?


 それがわからなかった──わかりたくなかった。理解はできた──納得できなかった。


 どうして、そんな簡単にお姉ちゃんとの別れを受け入れることができるの?


 首輪を握る手に力が入る。私はお父さんたちと違って受け入れるのが辛くてたまらない。


 全てが夢。


 そう思いたい。きっとこれは立ちの悪い夢なんだと。


 目の前に握られる首輪──逃げようのない現実。


 唇をかみ締める。どうあがいても変える事のできない悔しさに涙があふれる。


 枯れることのない涙──受け止めるには大きすぎる悲しみ。


 涙に濡れる顔を枕に押し付けて、声を押し殺す。泣いてばかりではお姉ちゃんに合わせる顔がない。お姉ちゃんはこんなことは望んでいないことはわかる。私が生まれたときからずっと一緒にいたんだから。


 お姉ちゃんが死んだということに折り合いをつけないといけないのはわかっている。わかっているけど、どうしたらいいのかわからない。お父さんたちみたいにしなきゃいけないこともわかっている。だけど、今の私にはこうして泣くことしかできない。


 お姉ちゃんに合わせる顔はないけど、泣かなきゃやっていられない。だから、思いっきり泣き続けた。声だけは必死に押し殺して。





 お姉ちゃんが死んで二日が経った。一昨日は泣き続けて、昨日は何もせずに部屋に引きこもった。お父さんとお母さんはいつもどおりに仕事をして、家事をしている。


 朝ご飯を食べた後、高校の友達から遊ぼうと連絡があった。私はそれに行くと返事をした。


 この暗い気分をどうにかしたかった。遊んでいるそのときだけでもいいから、気分を向上させたかった。自分の部屋で着替えをして、外出の準備を整える。


「友達と遊んでくる」


 お母さんにそれだけ言うと、お母さんは少しほっとした表情になった。


「いってらっしゃい」


 お母さんの声を背中で受けながら、玄関へと向かう。靴を履いてドアに手を掛けた。ゆっくりとドアを開けると、さんさんと光が開いたところから入ってくる。気持ちのいい晴々とした天気に心地よい風が吹く。それを肌で感じながらドアを開けきった。


 そう、開けきっただけだった。外に出ようとした足が震えて動かなかった。


 外が怖い。今更になって、それに気づいた。玄関まで来て、ドアを開けて、外に出ようとまでして気がついた。


 外と内の境界=玄関のドア一枚の厚さ──自分にはとても厚すぎる壁。


 外に出ることことができない。遊びに行くだけなのに。鬱屈とした気分を晴らすだけなのに。


 そのとき、家の前を通る男の人がドアを開けて突っ立ている私を不思議に思ったのかこちらにちらりと目を向けた。


 一瞬、その男の人と目が合った。


 目が合った瞬間、私はドアを力いっぱいに閉めた。


「──っはっはっはっ」


 息が荒くなり、ドアノブを握り占める手に脂汗が落ちた。足の震えが全身へと伝わっていき、体が言うことを聞かずにその場にへたり込んだ──嘘だ嘘だ嘘だ!


 外が怖いなんて、男が怖いなんて、もうとっくに克服出来たはずだった──なんで? なんで!?


(ゆい)っ!?」


 ドアの音に気づいてこっちに来たお母さんがへたり込んだ私を見て、驚きの声を上げながら駆け寄ってきた。


「一体どうしたの? 具合悪いの?」


「そとが……こわ……い」


 どうにか声を絞り出してお母さんに伝えると、何も言わずやさしく抱き締められた。抱き締められたことで伝わる暖かさ。それが私を壊した。今まで必死に耐えていたのに。


「っぐ、うぇっ、ああぁあ──」


 声を出して泣いた。声だけは我慢していたことなんて投げ捨てて。


 わかってしまった──すでにわかっていた。


 こんなにもお姉ちゃんに依存していたことなんて。


 お姉ちゃんが付いて来てくれたから、外に出ることができた。


 お姉ちゃんがそばにいてくれたから、男の人と話すことができた。


 お姉ちゃんがいなくなった今、私は何もできない。この家から出ることも叶わない。


 私は昔の嫌なことすら、自分で乗り越えられない。お姉ちゃんがいたことで乗り越えられた勘違いしていた、ただの馬鹿だ。


「ごめんね結。ごめんなさい。結がこんなに苦しんでいるのに、お母さん何もできなくて」


 違う。これは私の問題で、お母さんが悪いわけじゃない。お母さんたちがこんな私のために少しでも明るく振舞おうとしていることもわかっていた。なのに、私はそれに応えることもできなかった。


 悔しい──悲しい──苦しい。


 自分の中でぐちゃりと音を立てて、いろんな感情が混ざり合う。どうすればいいかわからなくて、全て外に吐き出すしかなくて、結局泣き止むまでお母さんに抱き締められるだけだった。





「やっ! おはよう。そして、久しぶり!」


 わんわんと泣いて、結局友達と遊べなかった翌日。十時過ぎという遅めの起床をして、リビングに降りると予期しない人が私の家に訪れていた。


 今、私の目の前でソファに座ってテレビを見ているのは小学校の頃からの友達の千恵。中学、高校は違う学校だったけど、たまの休みの日に遊んだりして、かなり仲の良い友達だ。それに、大学は同じ大学に入学することが決まっている。


「うん、久しぶり……」


 電話かメールくらいしてくれてもいいのに。そうすれば断れた。


 今は誰とも会いたくなかった。気分を晴らしたいとは思ったけど、それどころじゃない。


「お母さんは?」


「出かけるって」


「そう……」


 受け答えながら、洗面所へと行く。こういうのは、ままあることだし別に驚くこともしない。洗顔、歯磨きを終わらせて、さっさと朝食を取り、一息つく。


「千恵、何か飲む?」


「じゃ、お茶ちょうだい」


 私がお茶を注ぐと、千恵がソファから私のいるテーブルに移動する。私と向き合うように座り、ゆっくりとお茶に口をつけた。千恵が一口お茶を飲むと少し息を吸い込んで言った。


「メイのことは結のお母さんから聞いたよ」


 その言葉に私はぴくりと体を振るわせた。言葉を紡いだ千恵の声はとても落ち着いた声だった。それが無性に腹が立った──うるさい。


「何て言ったらいいのかな。その、ね……」


 千恵が頬をかきながら、言葉を続けようとする。なによ──その仕草に、態度に苛立ちが増す。


「時間かかるかも知れないけど、結ならきっと受け入れられ──」


 バシンッ! 振り抜かれた手──悟ったように言わないでよ!


 千恵は叩かれた頬をさすりながらも、表情を変えずにこちらをじっと見た。


 私はその視線にたじろぐ。


 千恵は視線を外さず、動揺もせずに、また落ち着いた声で言った。


「ごめん、今のは言い方が悪かったよね。私もさ、どう言えばいいかわかんないだよね」


「帰ってよ。今日はもう帰ってよ!」


 すました対応が、さらに私を苛立たせた。今さっき、お姉ちゃんのこと知った人にどうのこうの言われたくなかった。


「嫌だよ」


 なんで──一瞬、呆ける。だけど、すぐさま頭に血が上って唇をかみ締める──わからないくせに! 何もわかってないくせに!!


「なんでよ! ここは私の家なの! 何にもわからない奴は帰ってよ!! どうせ千恵になんて、私の気持ちはわかりっこないんだから!! 大事な人(、、、、)を失ったことなんてない知恵にはっ!!」


 声を荒げて千恵を怒鳴りつける。それでも千恵の表情は変わらない。千恵の澄んだ黒い瞳が私を捉え続ける──やめて。その視線に耐えられずに、また手を振り上げる──そんな目で見ないで。


「……あるし、わかるよ」


「えっ?」


 振り上げた手が止まる──あるって何が? わかるって何が? 


「私も大事な友達を失くしたことあるから、結がどんな気持ちか、全部とは言えないけどわかるよ」


「あ、え……」


 急速に頭が冷えていくのがわかった。振り上げた手を静かに元に戻すと、千恵が少し悲しそうな表情になりながらも話を続けた。


「詳しくは言わないけど、高校の時に、病気で死んじゃってさぁ。……あの時はほんとに参っちゃって、不登校にもなりかけたし。まぁ、だから大事な人の死がとても重いってことは身を持って知ってるよ。結が今とても辛くて、苦しくて、悲しくて、どうしたらいいのかわかんなくなってるのもわかってる。今日だって誰とも会いたくなかったでしょ。私が押しかけて来ておいてなんだけども……」


「……そこまでわかっているんなら、なんで──なんで帰らないの?」


 怒鳴り散らしたときとは打って変わって沈んだ声で俯きながら言った。


「ほっとけないから」


「……余計なお世話だよ」


「そうだね。押し付けがましいってことは私もわかってる。だけど、ある人(、、、)に頼まれてるし、私も結がこんな状態だっていうのに放っておけない」


「ある人ってお母さん?」


「ん? まあ、そんなとこ」


 なぜかはぐらかした千恵を不思議に思うが、怒ったからか何かが自分から取れ落ちた気がした。まだ、何をどうすればいいかはわからないけれど、今までよりは頭がすっきりした。


 張り詰めていた肺の中の空気を一気に吐く。少しずつだけど、自分の中で整理でき始めているように感じた──感情を発散させてくれた千恵のおかげかな。


「千恵、ありがとう」


「ん~? 私、何もしてないんだけど?」


 なぜお礼を言われたかわからず、千恵は思案顔になるも、考えるのが面倒だったのか「ま、いっか」と放り出した。その様子に自然と笑みがこぼれる。また、千恵がそれを見て微笑んだ。


「んじゃ、結が笑ったことだし、今日はこれでお暇しようかな」


「あれ、もう帰るの?」


「まあね、こういうのは少しずつした方がいいかなってね。それに、もうあんまり心配する必要なさそうだし」


「一回笑っただけで?」


「一回でも笑ったからね。それに結の表情もなんか柔らかくなったから」


「そうかな?」


「そうだよ」


 笑顔で言ってくる千恵の顔を見る。千恵の顔は、私の叩いた所が赤くなっていた。思わず千恵から顔をそらした。それを見て、千恵は首を傾げる。


「どしたの?」


「叩いて、ごめん……」


 ぼそりと、それでも聞こえるようにつぶやいた。感情任せに叩いたことが本当に申し訳ない。


「あー、別に気にしてないよ」


 千恵は手をヒラヒラさせながら、軽い拍子で言った。そのまま「帰るね」と言って玄関に向かって行ったので、私も見送るために一緒に玄関に向かった。


「それじゃね」


 千恵が扉を開き、外に出ようとする。開かれた扉から、昨日と同じように光が入り込む。


 千恵が外に出る。その光景がとても羨ましい。私にできないことをこうも簡単に見せ付けられる──悔しいなぁ。少しだけ、泣きたくなる。


「結、どうかした?」


「なんでもないよ」


 千恵に小さく微笑んで応えた──表情に出ていたのかもしれない。笑えるようになったことだけでも自分にとってはとても大きな前進だ。それをできるようにしてくれた千恵にこれ以上心配を掛けたくない──ちょっとした意地。


「うーん、ちょっと結」


 何か気になったのか、千恵がヒョイヒョイと手招きしてきた。私はそれに応えて、体を千恵に近づかせる。


「どうかし──」


 いきなり手を掴まれて、思いっきり引っ張られる。手を引かれて体勢を崩しそうになり、足を前に出して転ぶのを防いだ。


「ちょっ、何する──あっ」


 文句を言おうと顔を上げると、目の前に外の世界が広がっていた。


 雲ひとつない晴天とやさしく頬を撫でるように暖かい風──私を傷つける危険な世界。


 足元を見る。玄関の境界を跨いだ足──本当に外の世界。


 たすけて、たすけて、たすけてよぉ──幻聴──幼い自分の声。


 恐怖に呑まれて、足が震える。力が抜けてその場に崩れ落ちそうになるのを隣にいた千恵に支えられた。


「な……んで」


 かすれた声で千恵に言う。いきなりこんなことするなんてと目に涙を溜めて千恵の顔を見る。千恵は私の顔を見て、やさしく言った。


「大丈夫。結、外は怖くないよ。ほら、大きく息吸って」


 しっかりと千恵に抱き支えられたまま、言われた通りに息を吸う。


「吐いてー、吸ってー、ハイ、また吐いてー」


 深呼吸をして、少しだけ落ち着きを取り戻し、自分の足に力を入れる。


「歩ける?」


 その問いに私は首を左右に振って、精一杯に答えた。


 千恵は私を支えたまま、また家の中に入り、私をゆっくりと玄関に座らせた。そして、千恵自身もしゃがんで私の目線に合わせる。


「結、外は怖く感じるかもしれないけど──」


「わかってる。わかってるから」


 俯きながらもはっきりと答える。外が危険なことばかり出ないことはわかっている。むしろ、危険なことが少ないこともわかっている。それでも怖いと思ってしまう自分が情けない。


「ごめん。強引過ぎたね」


「……謝らないでよ」


 千恵が意地悪しようとしたわけじゃない。心配して、私にきっかけをくれようとしただけだ。なのに、なのに私はそれに応えられない──どうして私は。


 親にも、友達にも応えられない──悔しい悔しい悔しい。


「ごめん」


「なんで結が謝るの? こっちがやり過ぎたんだから、私が結に──。ううん、いや、結はやれるよ。大丈夫、うん大丈夫だよ」


 千恵が難しい顔をしながらも力強く言ってくれる。励ましはうれしい。でも、それに応えられるかは不安でいっぱいになる。


「なんで大丈夫って言い切れるの?」


「なんでって? うーん、それは……うん、大丈夫だからだよ?」


「は?」


 あまりの理由にぽかんとなる。千恵も自分の言ったことの訳のわからなさに気づいたのか慌てて付け加える。


「いや、だからその、ほら、根拠なんてないんだよ。根拠のあるものなんて、それ崩したら終わりじゃん。だから、根拠も理由もない。ほら、これでこの『大丈夫』は崩れることのない最強の『大丈夫』になった!」


 絶対に今考えて出てきた言葉を並べただけだ。すっごい頭の悪い理由だ。それをあたふたしながら説明する千恵を見て、盛大に笑ってしまった。


「なにそれ、答えなってないよ」


 千恵が恥ずかしそうに顔を赤くする。


「仕方ないじゃん。語彙が少ないんだよ、私は! どうせ、馬鹿ですよ!」


「あ―笑った。ありがと、千恵」


「馬鹿にして……」





 その後、いじけた千恵は「また明日も来るからなぁ」と悪役のごとく言い残して帰っていった。


 千恵がいなくなって、一人となった玄関に座り続けながら考える。


 根拠のない『大丈夫』──聞く人が人ならば激怒するだろう『大丈夫』。だけど、根拠がないからこそ、崩されることのない最強の『大丈夫』──ただの言葉遊び。


 それでも、その『大丈夫』が私の心に響いた。きっとこれが私の中で大事な柱となる。崩すことのできない最強の『大丈夫』という柱。


 千恵がいなくなって、静かになった玄関。グッと足に力を込めて立ち上がる。


 自分に負けていられない。千恵やお母さん、お父さんに応えたい。


 まっすぐ玄関の扉を見つめる──『大丈夫』、私ならやれる。


『大丈夫』──しっかり靴を履いて、一歩踏み出す。


『大丈夫』──取っ手に手を伸ばし、ぎゅっと握る。


『大丈夫』──力を掛けて押し、扉を開ける。


『大丈夫』──太陽の光、風の匂いを感じ取る。


『大丈夫』──外への一歩を踏み出す。


『大丈夫』──怖い、助けて。


『大丈夫』──自分を奮い立たせて、真っ直ぐ立つ。


 外に出れた──怖い。誰の手も借りずに一人で──『大丈夫』。やっと、自分で踏み出せた。やっと、自分で前に進めた。たった一歩だけど。立っているだけだけど。


 これで少しは千恵にお母さんたち応えることが出来た。今日はお母さんとお父さんを、明日は千恵を外で出迎えよう。


 頬に水が流れる感触──あふれ出る涙。外に出れた喜び──嬉しさ──悲しみ。


「見てる、お姉ちゃん。私、一人で外に出れたよ」


 これからはお姉ちゃんが(、、、、、、)いなくても(、、、、、)生きていくんだ。


 独り立ちの瞬間──お姉ちゃんとの別れの瞬間。


(よくやった、ゆい)


 聞き憶えのある懐かしい声が聞こえた気がして、俯いていた顔をパッと上げる。


 目の前には誰いない。聞こえるはずのないお姉ちゃんの声──ただの幻聴。


 だけど、答えた──涙を流しながら。


 だから、答えた──笑顔で。


「えへへ、すごいでしょ、お姉ちゃん!」

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