私と猫の本気と本音
多少口汚い表現等があります。それ程ではないとは思いますが、頭の片隅にでも留めておいてください。
「これでもさ、本気なんだよね」
「ほえ!?」
そのインパクトと言ったら、三時間ほど道のど真ん中でだらしなく口を開けたまま立ち尽くすという、女の子として致命的な行為をやってのけてもお釣りが来るほどで。私はそれを臆面もなくやってのけちゃってるわけで。
あぁ、私はなんて馬鹿な女の子に見えるんだろう。今時流行りの電波を受信しちゃってるような痛い娘さえどん引きしてしまいそうな……。
って違う! 落ち着け私。今起こったことを冷静に確認して、あいたままの口を塞いで、何事も無かったかのようにさりげなくこの場を立ち去らなくちゃ。
まず私は家に帰る途中で、学校が早く終わったから馬鹿みたいに浮かれてたんだよね。あっ、やばい! こんなところで口をあけて突っ立ってる場合じゃないよ! みんなとお買い物しに行かなきゃなんないのに!
そのためにはとりあえずどうしてこうなったかを確認しなきゃね。
それでしばらく歩いてて、赤いポストがあるT字路で立ち止まったんだった。ポストの足元を必死で引っかいてる白猫が凶悪に可愛いくてさ。すぐに抱いて持ち帰って飼いたかったけど、うちはアパートだから無理だなぁ、とか猫ちゃん見ながら考えてたんだったよ。
そう、そうだ! ようやく頭が回って来たぞ〜。
それで私は、しばらく指をくわえて猫を見つめてたんだよ。こっち向け〜、って念じながらね。そしたら私の願いが届いたんだろうね。猫ちゃんがこっちを向いてため息混じりに言ったんだ。
「これでもさ、本気なんだよね」
って。う〜! ほんとに可愛いなぁ!
ってあれ? なんかおかしいような……。
「ねぇ、お姉さん。そうやって口開けたまま道端で呆けてたら、お嫁に行けなくなっちゃうよ?」
どこからか聞こえてきた声で、私は思考の無限ループから引っ張り出された。すぐに口を閉じて当たりを素早く見回す。人影は、ない。変わりに呆れたような表情の白猫が一匹。いや、表情なんて分かんないんだけどね。そんな風に見えたんだよ。
「あれぇ? さっきのは空耳かなぁ?」
「お姉さん、現実見ようよ。僕しかいないでしょう?」
猫に現実見ようって言われた。それも一番現実っぽくない喋る猫に。
「って、ええぇぇ!? かなり可愛い猫が毒吐いてるよ!? 幻滅〜!!」
「あれ、おかしくない? 喋るってことより毒吐いてる事の方が重要なの? 頭の中が一面たんぽぽなんだね、お姉さんは」
白猫は私に突っ込みを入れた。
ていうか猫の分際で私のこと天然呼ばわり!? これはしっかり調きょ……、話し合う必要がありそうですなぁ。それより……、
「っていうかお花畑じゃなくて一面たんぽぽってどういうこと?」
「やだなぁお姉さん。何の取り柄もない一般庶民の天然なお姉さんって意味だよ」
こんのクソ猫! 黙ってればつけあがりやがって、ただじゃおかねぇわよ?
どうしてやろうかなぁ〜。まず綺麗に洗って、知り合いのペットショップの店長脅して血統書偽造して、性悪そうでデブな金持ちに高値で売り払ってやろうかしら?
それとも甘い顔して家に連れ帰って捌いて鍋にしてやろうか……。ん? そういや猫って食べられたっけ? どうだったかなぁ……、犬は食べられるらしいんだけど……。
「ちょっとちょっとお姉さん。歪んだ黒い笑顔になってるよ? 何か悪いことでも企んでるの?」
「えっ!? い、いや。悪いことなんてちっとも考えてないよ? 売り払おうとか鍋にしようとかなんて夢にも思ってませんからね?」
「…………僕を鍋にしたってあんまり美味しくないよ? ってかお姉さん、本当に分かりやすいね」
「そう? そういう君は本当に憎たらしいね」
私と猫は声を上げて笑い合った。猫は勝ち誇った、私は情けないことに負け惜しみの笑い声だという違いはあるけれど。
ていうかどうして私が鍋にしようって思ってたのが分かったんだろ? もしやエスパー!?
「僕はエスパーじゃないんだけど。お姉さんが口に出してただけ」
私の思考を猫のやる気の無い声が遮った。ってやっぱり私の心を読んでる!?
「何で私がエスパーとか考えてるって分かったの!?」
「あ、やっぱり考えてたんだ。当てずっぽうだったんだけどね」
目の前の憎たらしくてふてぶてしい馬鹿猫は私を鼻で笑ってる。私どころか人間のプライドが丸つぶれになった瞬間です。
ああ、全人類の皆さん、猫に舐められてごめんなさい。人間の尊厳保てなくてごめんなさい。本当ごめんなさい。許して。
私はがっくりと地面に膝をついた。それだけ猫ごときに馬鹿にされたのは堪えますとも、ええ。
私が悲しみと敗北感と虚しさに涙していると、勝者である猫がおずおずと尋ねてきた。
「あの、さ。聞きたいことがあるんだけど」
「どうぞどうぞ。質問だけとは言わず命令でも何でもお申し付け下さいな」
私は完全に槍投げ、いや投げやりに言い放った。猫に負けた人間に希望も何もあったもんじゃないからね。いっそ殺してくれた方が気が楽ですよ。いや本当に。ていうか夢であってください。
いい感じにふてくされてる私。猫は構わず、しかし消え入りそうな声で言う。
「僕を飼ってくれないかな……?」
うあ、凶悪。思わず思いっきり抱き締めてところ構わず撫で回してそのままお持ち帰りしちゃうとこだった。でも悲しいかな、私の家はアパートでキミを飼うことは出来ないんだ。残念、本当に残念だよ。
「ごめんね? 私の家アパートだから……」
「飼えないんだったら僕に構うなよクソアマ」
あれ? 何かいま非常に不愉快な言葉を聞きましたが?
その上、ふてぶてしい猫はちっ、と舌打ちをして私から視線を外し、私が見つけたときのようにポストの足元でカリカリやりだした。
「あの……、今何て……?」
「飼えないくせに僕に構うなって言ったの。これでも本気なんだから冷やかしなら帰ってよ」
白猫の冷たい言葉。でも、私を突き放そうとするその言葉とは裏腹に、そいつはひどく寂しそうな背中を見せていた。
ああ、そうか。この子は寂しいだけなんじゃないだろうか?
私はお昼に残したおにぎりをふと思い出して、鞄を引っ掻き回した。
「私は飼ってあげることはできないけど、二日に一回でいいなら、ここにご飯を持ってきてあげる」
可愛い白猫は信じられないことでも聞いたかのようにぱっと振り返って、直ぐに顔を背けた。私は、私の右手に乗っているおにぎりにキミの目が一瞬行ったことを見逃さなかった。
「ふ、ふんっ! そんなお節介必要ないよ! ……でも貰えたら嬉しいかも」
やった、形勢逆転!
お母さん、私は人間としての誇りを保てました。本当に、本当に良かった。
私はおにぎりを白猫の目の前に置いて笑いかけた。
「じゃあ、おにぎりはここに置いていくから。明後日、楽しみにしてなよ?」
白猫は努めて興味がないように振る舞いながら憎まれ口をたたいた。
「期待するだけ損だけど、待ってはいるよ」
私の口元は自然に綻んだ。やっぱり激烈に可愛いなぁ。友達になって良かったかも。
私は猫と奇妙な友情を結んで、明後日は何を持ってきてあげようかなぁ、なんて考えながら家路についたのだった。
後日。私の親友となった白猫は、最初に出会った時以降、話すことはなくなった。それでも一日置きに必ずポストの足元で私とご飯を待っている。
やっぱり黙ってた方が可愛いなぁとか、話してくれなくて寂しいなぁとか、複雑な感情に胸を痛めていたりいなかったり。
私は八つ当たり気味に白猫の頭をがしがしと撫で上げてため息を、
「痛いじゃないか! 撫でるならもっと優しく!」
飲み込んだ。
初投稿作品です。批判でも酷評でもべた褒めでも何でもOKですので、評価お願いします。