第6話 中継局 前編
採掘サイトの視察報告書は、その日のうちにファクシミリで送った。
翌日も、翌々日も、宇田川次長からの返信はなかった。
電話も試した。何回目かのトライで呼び出し音は鳴ったが、出ない。
メールは送れた。送信エラーにはならない。ただし既読がつかない。
越界障害で通信が不安定なのは日常だが、三日連続で全手段が空振るのは、通信障害というより相手側の問題だ。
報告書には、産量低下の兆候と、削孔機の故障、人員損耗率の上昇について、確認できた事実だけを記載した。
所見として「追加調査が必要と思料する」と一文を添えたが、我ながら官僚的だ。
だが、上司の判断を仰ぐ以外に、俺の権限でできることはない。
そして、産量の問題がどうあろうと、通常業務は回さなければならない。
ミスリル採掘事業は、採鉱要員以外にも、選鉱、一次精錬、運搬、保管で同程度の現地人を使用している。
レベル1のオフィスでは、品質管理に検収、技術管理、その他管理部門で総勢百名近い日本人従業員が関与している。
こちらは綺麗な数字を見てたまに出張するだけの人員に過ぎない。
だが、本社での見え方は、総勢200名近い人員で回す中規模事業といったところだろう。
本来なら末端の現場責任者に過ぎない駐在員が、産量の数字に頭を悩ませるのはおかしな話なのだ。
むしろ本社の目から見たら、ルーチンの業務の方が駐在員の本来的業務だ。
そんな通常業務のひとつに、中継局の巡回がある。
中継局というのは、レベル2からレベル3にかけて点在する通信施設だ。
電波塔と言ったほうが近い。日本の基地局と同じ原理で、携帯電話やファクシミリの信号を中継する。
違うのは、越界障害のせいで定期的に人間が訪れないと機能を維持できないという点だ。
アンカーが近くに来ると日本の技術は安定する。
中継局も電波塔も、アンカーが立ち寄って何かしらの業務行為を行う——点検表に記入するとか、端末を操作するとか——ことで、累積した越界障害がいくらか解消される。
要するに、精密機器を人間が定期的に見舞いに行く。
分担は各社輪番。
公平なようで、従業員の負担はまるで公平ではない。
異界進出企業の間でも常駐人員の数はまちまちだからだ。
短期交代で員数を厚くする会社もあれば、現地協力者と外回り人員で渉外業務を切り盛りし、常駐を削れるだけ削る会社もある。
ヤシマは後者だ。目下、駐在員は俺一人しかいない。
割り当てが来れば俺が行くことになる。
しかも今回の割り当て場所は遠い。レベル3の僻地にある第七中継局だった。
レベル3。租界の外。
レベル2はまだ日本の秩序が部分的に及ぶ出島のような場所だが、レベル3にはそれがない。
行政機構もなければ、治安を担保する組織もない。現地連絡調整室の出入域許可をとって、自己責任で行く。
出入域許可の申請書の最終行に、「本域において発生した一切の損害について、管理本部は責を負わない」と明朝体で印字されていた。
免責条項の味気なさに、妙な安心を覚える。
交渉の余地がない文言は、考えなくていいから楽だ。
問題は、誰を連れて行くか。
山賊団が盤踞し、モンスターが徘徊するワイルドゾーンだ。
さすがに日本のサラリーマンが一人で向かう場所ではないだろう。
自衛の手段がいる。
* * *
「護衛は私の仕事じゃないわ」
元宮廷魔術師で三席だったなら、危機対応力も問題なさそうに思える。
だが、ナイリザはデスクチェアの背にもたれ、安酒のカップを傾けながら言った。午前中だ。
「ヴォルグに言えば? あの忠犬なら、レベル3だろうが時間外だろうが、危険手当なしで喜んでついていくでしょう」
「ヴォルグは……現場の仕事がある」
言葉を濁した。
あの屈強なワーウルフをボディガードにすることももちろん考えた。
その上で、採掘サイトを1日ヴォルグなしで回すことに不安を感じたというのも嘘ではない。
ナイリザの目が細くなった。品定めするように俺を見る。
「へえ? 空手形で体を張らせるのに罪悪感があるわけね。
ウタガワよりは良心的じゃない」
反論はしなかった。
良心ではなく帳尻の問題だ。借りを重ねれば、いつかヴォルグに返せない利子がつく。
だが、そう説明するのも面倒だった。
「いいわ。貸しひとつよ。
アンカー不在でエアコンが効かない事務所に籠るくらいなら、ハイラックスの中のほうがマシだわ」




