【資料】 異世界安全講習ハンドブック
今回はフレーバーテキストです。必要な情報はすべて本編に含まれていますので、読まなくても物語を追ううえで支障はありません
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【機密区分:部外秘】 資料番号:IRSZ HQ-Training-202X
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異界特区渡航予定者向け
異世界安全講習ハンドブック
202X年3月 内閣府異界特区管理本部
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はじめに:選ばれた皆さまへ
この度は、第23期・異界特区派遣要員への選抜、誠におめでとうございます。
皆さまは、遺伝子検査および精神耐性テストの結果、界差(英語:Realm Differential)に対する極めて高い耐性をお持ちであることが確認されました。
現在、我が国は、異界特区を窓口とした異世界との交流を通じ、希少資源の確保及び医療技術の革新等において世界をリードしています。
しかし、異世界の環境は地球とは大きく異なります。
本資料は、皆さまが現地で安全に業務を遂行し、「人間としての形状と精神」を維持するための必須知識をまとめたものです。
本資料の内容はすべて重要です。皆さんの生命・身体を守るため、渡航前に必ず熟読し、異世界での活動中は記載事項を遵守し、徹底してください。
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第1章 世界が異なることによるリスクについて
1-1. 世界の「物理法則」にはレベルがある
地球と異世界は、それぞれ異なる「ポスチュレート(公理)」が働いています。
「地球は物理法則が支配的(高密度)」であるのに対し、「異世界は魔術法則が支配的(低密度・高流動性)」であると考えられています。ポスチュレートから外れる事物は矛盾であり、本来はその世界に存在することができません。
地球に魔法が存在しないように、異世界では高度な科学技術や複雑な社会的概念は存在しません。
しかし、ゲートによって地球と異世界が接続し、交流が生じたことで、様々な局面で、両世界のポスチュレートの差異(界差)の問題が生じるようになりました。
界差は、さまざまな物理的・魔法的障害の原因となります。
1-2. 越界障害(CRIP)の仕組み
界差によって生じる精密機器の動作不良や通信障害、化学製品の劣化などの事象全般を、「越界障害(英語:Cross-Realm Interference Phenomena。略称:CRIP)」といいます。
越界障害は、異なる世界の技術・物質が持ち込まれたことで界差によって生じる矛盾を、持ち込まれた側の世界が解消しようとする働きであると考えられています。
越界障害の影響により、地球から異世界に持ち込んだ精密機器の不安定化や、プラスチック製品の急速劣化が生じる場合があります。また、異世界の魔法的特性を帯びた生物・無生物を地球に持ち帰った場合、魔素の循環が失われることにより、生命活動を停止したり、崩壊する事例が確認されています。
世界間の人・物の移動にあたっては、機器類の一定の動作不良を見込んで適切な代替措置を用意しておくこと、魔法的特性を帯びた人・物は持ち込まない、持ち込ませないことなど、リスクの適切な管理体制をとることが推奨されます。
【重要】
機器類の動作不良時であっても、現地技術(魔法等)によって応急的な処置をすることは推奨されません。界差のある技術同士を組み合わせた混合技術は非常に不安定であり、適用した物品や、動作させた人に対して、後述のアダプテーションが強く現れることが知られています。
1-3.【重要】アダプテーションについて
生物や機器が自身の生まれた世界とは異なる世界に置かれた際、その世界のポスチュレートに合わせて適応・変容しようとする現象を「アダプテーション(適応・変異)」と呼びます。
アダプテーションの発生確率や進行度は個体差が極めて大きく、定量的な予測は困難ですが、界差が大きい事象に長時間曝露することでより速く進行すると考えられています。
皆さんは、界差に対する極めて高い耐性をお持ちであることが確認されています。
耐性指標が高いほど、アダプテーションの発生確率が低く、進行も緩やかであることが確認されており、これにより、皆さんは異世界において、ゲートから離れた地域に、長期間滞在することが認められます。
【重要】
アダプテーションの兆候が現れたにもかかわらず、長時間の曝露を継続した場合、現地種族(エルフやオーク等)や現地知的生命体への人体の一部または全部の不可逆的な変異が起こる場合があります。
体調・精神状態の変化が感じられた場合、速やかに曝露を停止し、界差の小さいエリアで長期的な休養をとることが強く推奨されています(第3章「アダプテーションの兆候と対策」参照)。
(略)
第2章 皆さまの役割~「生きた中継器」として~
2-1. なぜ武力ではなく「あなた」なのか
現代的な装備の大部分には、現地のポスチュレートを超える技術が使用されており、武力行使には強度の越界障害を伴うため、自衛隊による作戦行動は著しく制限されます。
異世界は統治機構が未成熟なため、複数の敵対的勢力が確認されていますが、実力による制圧は、持続可能な関係構築の観点からも望ましいことではありません。
国際社会における我が国の立場を踏まえ、人的な交流と経済活動の促進により、安全な領域を拡大し、互恵関係に基づく現地進出を果たすことが求められています。
そこで必要とされるのが、皆さまのような高耐性保持者です。
2-2. 中継機能(アンカー効果)
人間は、生まれた世界の技術や物品を異世界に持ち込み、界差の大きい事象を引き起こすことができます。
これにより、元の世界のポスチュレートが接続され、越界障害の発生確率が有意に低下することが知られています。
これを「アンカー効果」と呼びます。
アンカー効果は物理的な距離と時間の経過に比例して減衰しますが、界差の大きい事象を高密度で多数反復することにより、相乗効果によって一定のエリア内に疑似的な地球環境を固定することが可能です。
皆さまの身体と精神は、界差の大きい事象を引き起こすことに伴うアダプテーションのリスクに対して、極めて強い耐性を持っています。
皆さまが現地に滞在し、日本の技術を使用した活動を行うことで、パソコンはパソコンとして動き、エアコンは冷風を出し、車両はタイヤで走ることができます。
皆さまの一人一人が、日本の技術を異世界で運用するための「生きた中継器」なのです。
(略)
第3章 アダプテーションの兆候と対策
長期間の現地滞在には、界差の大きい事象への多量の曝露が伴います。
高耐性保持者であっても、アダプテーションの兆候を見過ごさず、適切な対策をとることが必要です。
以下のステージ別症状を記憶し、少しでも異常を感じたら直ちに管理官や指定医に報告してください。
【ステージ1:精神的変容(警告期)】
・ダーウィンの進化論が理解できなくなる、または不合理に感じる。
・スマートフォンの操作方法をたびたび忘れる。
・「精霊の声」や「風の歌」が聞こえるような気がする。
【対策】
地球または日本の文化的コードへの帰属を確認すること(日本の食事を摂る、日本の音楽を聴く、日本語で読書するなど)が精神的変容の抑止に有効である旨の研究結果が報告されています。
【ステージ2:身体的変容(危険期)】
・肌が緑色、または褐色に変色し始める。
・耳が尖る、犬歯が伸びる。
・無意識に指先から火花が出る(発火の呪文の初期段階)。
【対策】
直ちに帰還し、管理本部の指示に従ってください。一時保護のうえ、汚染の除去を行います。
【ステージ3:現地化(不可逆期)】
・完全にオーク、エルフ、ドワーフなどの現地種族へと変異。
・日本語の喪失、地球に関する記憶の欠落。
【対策】
残念ながら、この段階では、身体的に魔法的特性を帯びており、生命維持に魔素の循環が不可欠となっている可能性があります。
地球への帰還によってあなた自身が越界障害を引き起こすおそれがあるため、ゲートの使用は認められません。
(略)




