表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/47

第16話 城島

 ザファル商会との業務委託契約が締結されると、事態はとんとん拍子で動いた。

 採掘現場の操業主体がヤシマからザファル商会に移管される。

 ヤシマ側の現場人員は不要になる。


 本社から人事担当者が来た。


 城島ジョウシマという若い男だった。

 二十代後半。レベル1のオフィスで一、二度すれ違った記憶があるが、話したことはない。

 小柄で、丸い顔に人懐こい笑みを浮かべている。

 スーツは新品に近く、靴は磨かれ、ワイシャツにはまだ折り目が残っていた。レベル2の空気に一切馴染んでいない。


「お忙しいところすみません、加藤さん。本社人事部の城島です」


 名刺を受け取る。肩書きは「異界資源事業室付 人事担当」。


 城島はナイリザの存在を一瞥しただけで、俺の向かいに腰を下ろした。

 鞄から書類の束を取り出し、手際よくテーブルに並べる。


「採掘部門の業務委託化に伴う人員整理の件です。現地採用スタッフの契約終了通知と、退職手当の支給についてご説明に上がりました」


 丁寧だが早い。この手の業務に慣れている口ぶりだった。


「現場監督のヴォルグ以下、ゴブリンの鉱員が六十二名。コボルトの班長が三名。合計六十六名の契約を今月末で終了します」


「ヴォルグは管理業務担当だ。他の部署でも使えるんじゃないか」


「ああ、彼ね」


 城島は書類をめくった。


「彼、契約社員なんですよ。もう三回更新してるんで、継続はなしです。

 サイトを下請けに出すなら現場監督はお役御免ですし、ぎりぎりまで更新回数を攻める理由もないって判断です。むしろちょうどいいタイミングでした」


 ちょうどいい。

 半年間、壊れた重機を魔法で無理やり動かし、帳簿を偽装してまで産量を維持しようとした男の処遇が、「ちょうどいい」で片付けられている。


「解雇手当は出るのか」


「まあ、お給料一ヶ月分くらいは出しますよ。現地の皆さんの賃金なんて誤差みたいなもんですし、うちも労務トラブルは避けたいんで。

 あとは契約残期間分を出すかどうかですが」


「次の更新予定は3か月後だったか」


「でも普通はそこまでは。だってこれ、サイト閉鎖に伴う人員整理ですしね」


「会社としては出せるのか」


「まあ、金額的には稟議は通るでしょうね」


「出す方向で頼む」


 一瞬の間が空いた。


「……加藤さん?」


 城島の目がこちらを見ている。

 さっきまでの人懐こい笑みが消え、品定めするような目だった。

 人事の人間がする目だ。この人間がどういう価値観で動いているか、どこまで共犯にできるか、そういうことを測る目。


「現地での余計なレピュテーションリスクを取りたくない。誤差なんだろう?」


 城島は一拍置いて、笑みを戻した。


「まあ、そっすね」


 * * *


 書類の処理を終えた後、城島は椅子にもたれて足を組んだ。

 緊張感が消え、雑談のモードに入っている。


「宇田川次長はお忙しいのか。採掘事業の整理のときくらいは、出てくると思っていたが」


 それとなく状況を確認してみる。

 連絡がつかない、報告にも返信がないとは言わなかった。


「宇田川さん?」


 城島は一瞬きょとんとした顔をして、それから合点がいったように頷いた。


「彼、もう退職済みですよ」


「……何」


「ああ。なんとなく現場の混乱の理由がわかりましたよ。伝わってなかったんですね」


 城島は指折り数えるように経緯を話した。


「加藤さんに所長を引き継いで、帰国の内示が出た。その一週間後だったかな。

 無断欠勤で、部屋に行ったらもぬけの殻だった。連絡も取れない。一ヶ月待って、自然退職の扱いです」


 やっと帰れるという時期に。


「事故では」


「失踪ですよ。よくあるパターンです」


 城島はあっさりと言った。


「皆さん、早く帰りたいとおっしゃるんですが、いざ帰れるとなると帰国拒否する方がいるんですよ。

 宇田川さんもこちらに長かったから、日本に居場所がないと感じたのかもしれませんね」


 居場所がない。

 宇田川次長は、キャバクラのソファで女の腰を抱きながら「帰る場所があるからこんな僻地勤務も耐えられる」と言っていた。


「宇田川次長は日本にご家族がいたのでは」


「……あー、そういう設定でしたか」


 城島は鞄から別のファイルを取り出した。


「加藤さんは後任だから一応説明しときますけど、宇田川さんはとっくに離婚されてますよ。

 赴任して三年目だったかな。養育費の差押が来たから覚えてます。

 一時帰国の履歴もないんで、お嬢さんとの面会交流もされてなかったでしょう」


 着任の夜に聞いた言葉が耳の奥に蘇る。

 サピックスだ何だと妻がやかましい。帰るべき現実があるからこそ耐えられる。

 あれは全部、三年前に終わった話だったのか。


 城島は話題を切り替えた。


「そんなわけでうちも人不足、アンカー不足です。

 ここだけの話、加藤さんの提案書、役員受けがめちゃくちゃ良かったですよ」


「そうか」


「現地採掘はコストはともかくリスクが大きい。事故死が多いとどうしても当局に目をつけられますから。

 宇田川さんは接待で躱すタイプでしたけど、今どきそれもコンプラ的にどうなのかっていうのもあって。

 さりとてミスリルの安定供給ルートは手放したくない。

 現地人に業務委託っていうのは絶妙です。どうせ色々抜かれるんでしょうけど、背に腹は変えられない」


 城島は身を乗り出した。


「だからね、加藤さん。あなたは任期終わったら、たぶん本社に椅子があるタイプです。子会社には戻されない。

 ここで潰れたら損ですよ。隔月のメンタルヘルスチェックはちゃんと受けましょうね。健康診断のときだけっていうのはなしです。自分をメンテしてあげないと」


 親切に聞こえる。善意もあるのだろう。

 だが、この男にとって俺は人事ポートフォリオの一項目だ。

 使える駒が壊れるのは、資産の減損にすぎない。


「これから大変ですよ。加藤さん。駐在員にお願いしたい仕事、本当は山ほどあるんです。サイトの巡回みたいな負担がなくなる分、常駐にしかできない業務がいろいろ降ってくるはずです」


 本社に椅子がある。業務は増えると思うが頑張れ。分かりやすいニンジンだ。

 ヴォルグを思い出す。

 空手形ではない保証などどこにもない。


「ところで加藤さん、夜の街もいけます?」


 唐突だった。


「宇田川さんはその道をかなりディープに極めてらしたようですけどね。

 いやあ、レベル2勤務の役得ですよねえ。だってほら、エルフだし。

 なんでもありじゃないですかこっちは」


 ナイリザがデスクの向こうで帳簿をめくる音が止まった。

 城島はそれに気づいていない。


「レベル1の近場でいい店を知っている。手配する」


 それだけ言って、話を切った。


 * * *


 解雇の説明会は翌日、採掘サイトの作業小屋で行われた。


 城島が書類を読み上げ、ナイリザが帝国語に訳す。

 契約終了。退職手当。サイトの引き渡し日程。

 ゴブリンの鉱員たちは、説明の途中から既に興味を失っていた。

 彼らにとって雇用主が変わることは、大した問題ではないのかもしれない。ザファル商会の下で同じ仕事を続ける者もいるだろう。


 コボルトの班長たちは、静かに書類に署名した。


 ヴォルグだけが、最後まで動かなかった。


 説明会が終わり、鉱員たちが散っていった後も、作業小屋の隅に直立していた。

 蛍光オレンジのベストを着た巨躯が、妙に小さく見える。


「ヴォルグ」


 俺が声をかけると、ヴォルグはゆっくりと顔を上げた。


 黄濁した目が、俺を見ていた。

 怒りでも悲しみでもない。

 捨て犬が、飼い主の背中を見送るときの目だ。


「残期間分の手当は出る。手続きはナイリザが説明する」


 ヴォルグは何も言わなかった。


「パッチワークの件は報告書に書かなかった。調査中のまま、俺が握り潰した。次の仕事を探すのに支障はないはずだ」


 ヴォルグの耳がぴくりと動いた。

 それから、深く、四十五度の礼をした。着任の日と同じ礼。


「カトウ課長代理殿」


 ヴォルグの声は掠れていた。


「オセワニ、ナリマシタ」


 日本語だった。

 いつ覚えたのか。覚えていたのか。

 俺は何も返せなかった。ヴォルグは礼をしたまましばらく動かず、それから背を向けて坑道の闇に歩いていった。


 * * *


 その夜、城島のために一席設けた。


 結局、ニュー・エデンにした。

 城島にもわかりやすい。こちらも勝手がわかる。

 付いたのは小夏だった。レベル2での最初の夜にいた獣人の女だ。

 ちょうど良かったので、鰐淵に連絡をとってもらい、鰐淵と入れ違いで席を立った。

 夜のアテンドは鰐淵に丸投げだ。


 店を出る時、小夏に「カトウさん、ほんとアフターしないよね」と言われたが、適当に誤魔化した。

 サイトを閉めた夜に酒を飲む気分にはなれない。


 城島がどこに行ったかは知らない。


 翌朝、妙に丁寧で長いお礼メールが届いた。

 文面の最後に「何かあればいつでもご連絡ください」と書かれていた。

 人事担当者の社交辞令かもしれないし、本気かもしれない。

 どちらにせよ、鰐淵は必要な仕事をし、使えるカードが一枚増えた。


 ナイリザがメールを横から覗き込んで、鼻で笑った。


 何が言いたいのかは聞かなかった。

次話は4月16日(木)21時00分に投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ