1 伯爵令息の護衛役
最近治安が悪化しているらしい。
昨日も貴族の令嬢が何処かで殺されたらしい。
なので、ウィビリー伯爵家も護衛を雇う。
どこから来たのかもわからないようなボケーッとした男だったが、評判はよろしかった。いわくとても優しい良い男らしい。
令息レイ・バン・ウィビリーの護衛として屋敷にやって来た時、レイはその男のことが気に食わなかった。
身体の線も細く、好きなことは何かと聞いた際「ギターと、本を読むことと昼寝」と答えた彼のような人間をひどく嫌っていた。
そもそも獣人というのは血の気の多いものなので、純人──なんの特徴もない所謂我々のような人間──の、しかもノホホンとしたようなのとは気が合わない。
父・ガマル伯爵のような大人であればそういう人間ともある程度合わせることができるのだろうけれど、レイはいまだ子供の部類にいた。五歳ほど歳の離れた兄のような年齢の彼をいじめるかもしれない。
しかし彼──アシリ・アシルティコはそういう事を全て分かっていながらそれすらも受け入れようとしていた。
いじめられた程度じゃどうせ自分は殺されない。
「アシリ! 君、今晩一緒に飲まないかい」
「ふふ。伯爵、しかしね。アタシは酒利きの出来ない男ですからね」
「話し相手が欲しいじゃないか。君のギターを聴きたいな」
「ふふふ」
躱される。ガマル伯爵は一人酒を飲みながら、旧友に託されたあの男のことを考えてみる。アシリ・アシルティコという男はかつて勇者と呼ばれた男アイレン・アシルティコの孫である。
それだけならまだ輝かしい血族というので済むだろうけれど、もどかしいことに彼の身体には魔王の血も流れてしまった。
昔それでそうとう虐められてしまったらしい。
「人間不信が治ると良いけれど……」
などと呟いてみながら、具体的な対策は出さない。
アシリは扉の前に椅子を置きギターを脇において月に照らされる主人を見据える。やはり薄目で此方を見ているのがわかるから少しだけ笑みを浮かべてから視線を逸らす。
「……ん?」
突如、右眼球を突き抜けるようなプラズマが走る。
驚いてレイは飛び起きた。真っ赤なプラズマを見たのだろう。
「お前さっきのなんだよ! おい!」
「お坊、起きるには少々早いな。ありゃ危機感知ですよ。ふふふ。アタシに備わった第六感のうちのひとつですねぇ」
「第六感……?」
「すぐ近くに魔物が現れましたよ、どういたしましょう」
「倒しに行く!」
「慌ただしい人。行かせるわけないでしょ」
アシリは椅子から立つと、わきにあるギターをレイの方に投げる。
「祖父の形見なので、どうかそれだけは守ってもらいたい」
「ハァ!?」
「アタシは貴方の護衛役ですのでね。危機は早めに潰したほうがいい。ガマル伯爵が何かを言うとして……あっ」
「なに」
またもプラズマ。
「此方来ちゃった」
「此方来ちゃった……?」
次の瞬間、屋敷の屋根が押しつぶれ、頭だけでも直径六メートルはあるだろう大きすぎる獅子が吼えた。レイは思わず小便を漏らしかけ、アシリは前髪を押さえながら「愉快」と笑っていた。
「デカすぎない……!?」
「ちょっぴりね。ギター、頼みますよ」
「戦う!」
「血の気。ふふふ。許されんのですよ、お坊を戦わせるのは。役に立たねぇし……だから、安全圏に居てほしいな」
「戦う。こんな六絃琴のお守りなんて男のやる事でないよ」
「じゃあ俺の嫁にでもなりましょうね。ほら、婚約成立。もう君女の子。失せろ。邪魔だ」
ガマル伯爵が剣を持ってレイの部屋に到着した頃、扉が開くと同時にアシリの背から虫の肢が青い粒子を伴い現れた。
「伯爵、その子血の気が多すぎるよ。戦うと言って聞かないんだもの。魔物は何体もいる。貴方戦えますよね。こいつはアタシが抑えておくので、貴方は領民護ってもらいたいな」
「避難させる」
「大人はやりやすい」
ガマル伯爵がレイを無理に連れ出して、レイはギターをぎゅっと握り抱えたままアシリの背中を見つめ続けていた。
「じゃ、やろっか」
手の平に力を入れるとフルフェイスの仮面が生成される。
それを被り、獅子を向く。獅子は強靭な筋肉を詰め込んだ前脚を突き出した。床材の木板に虫肢を突き飛び上がりながら空いた肢の先から粘性の糸を付け出して、前脚をそこに固定する。
獅子は筋肉を軋ませながら床もろとも振り回すとアシリの姿を探した。アシリは腹の下に潜り込んでいた。糸を吐きつけて、ライターで火をつける。
「家宝とかあったかな」
燃え始める獅子から目を逸らしながら、ふと思う。煙草の先を獅子に近付けてから「まぁいいか」と呟いて、口に咥える。
「次だ次」




