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捨てた夢  作者: 珈琲
1/1

ep:1

 『追いつけない夢は無い』、『友情は不滅』、『この恋は永遠』なんて言葉を鵜呑みにできる奴は、頭が最高に素敵なんだと思う。どこかの誰かが言ってた『感情はナマモノ』って台詞は的を得た言葉だ。夢も、友情も……愛情すらもそれと一緒。夢に向かって努力してる時は一生懸命で、情熱的で……でも、ふと一時立ち止まってしまうとその夢への道は暗く、見えなくなって、熱が冷める。友情なんて、ふとしたきっかけさえあればヒビが入って、悪意という名の水が漏れて、塞き止めていた友情と呼ばれたダムは容易く決壊する。恋だの愛だのなんてものは友情よりも壊れやすい。目を逸らした隙に、相手は自分の傍から離れていく。例え、力一杯引き止めても……。




 それが、俺の十六年生きた、人生の感想。








 俺という人間は、傍から見れば随分ヒネた人間に映ると思う。人によっては死んだ魚の様な目をしてる、と例える事もあるだろう。世界全てに絶望してる……なんて壮大で見も蓋も無い痛々しい言葉を吐くつもりはないが、自分自身に絶望してる……という痛々しい言葉なら二年前からぶら下げている。けど、世間を斜めから見たがる中学生の言い訳染みた理由じゃなくて。もっと非生産的で、何もかもどうでもよくなる絶望的な……中学生の言い訳。

 その原因も、取り返しの付かない位拗こじらせたのも……自分自身だ。




 四月第二週。高校生活が始まり早くも一週間が過ぎ、気の早い部活は今日の昼から勧誘活動を始め、部員獲得を始めていた。「俺、あそこに入る!」とか「あそこのマネージャーになれば、あの先輩と近づけるかも!」等々……欲望その他が入り混じった会話が教室各所で交わされる中……

「春人クンはどこの部活にも入らないのかい?」

「やめろ。男が男に君付けなんて。キモチワルイ」

 俺たち『ユメもキボーも無い組|(自称)』は不毛な会話を続けていた。

「僕の愛は無限大だよ……?」

「その言葉は信用出来ん。つか、それ以前に男に言われても嬉しくとも何とも無いわっ!」

「攻めでも受けでも僕なら、りょうほ──」

「それ以上言ってみろ。生きていた事を後悔させてやる」

「つまり春人は攻めが良いんだね? 判った。なら僕は受けに回るよ」

「………………」

 本当に、交友関係を持つ人間は選ぶべきだと思う。いや、こいつの場合選択肢が無かったんだけど。まぁ良い。いや、良く無いけど。この猫撫で声で、それなり以上の顔してて、だけど女にモテたくない無駄メンは香坂明文こうさか あきふみ。高校上がりで唯一の知り合い。但し嬉しくも何とも無い。寧ろ忌避したい人間ナンバーワン。だが、なんの因果か同じ学校で、同じクラスになってしまった。その他の人間とは、最終的に好ましい人間関係を作れなかったので、たった一人の友人だ。本当に勘弁してほしい。

 ……という諸々の理由によって俺、三嶋春人みしま はるとが一緒に弁当を突く相手はコイツ以外にいない……という訳だ。

「それで……部活、どうするんだい?」

「美術部じゃなきゃどこでも良い」

「だと思ったよ。でも、何処かには所属しなきゃいけないだろう? どうするんだい」

「幽霊部員歓迎してくれそうな所。……あぁ、後、人付き合いなさそうな所」

「難易度高そうだねぇ、それ。調べておこうか?」

「いらん。後で何を要求されるか判ったもんじゃない」

「そうやって口に出して毒を吐くキミもス・テ・キ」

 教室を出る前に、取り敢えず殴っておいた。




 そう。美術部じゃなきゃ、どこだっていい。あそことは……もう、縁をつくりたくない。

「あーっ! ちょっとそこの男子、ストップ、タイム! 待って!」

 なんだ? 騒がしい。相手も相手で早く気付いてやればいいものを。昼位、大人しく過ごさせろ。そして過ごさせてやれ。

「って、止まりなさいよ! そこの関係ないみたいにどっか行こうとしてる男子生徒一号!」

 あー、うるさいな。早く応えてやれよ男子生徒一号サン。

「止まれって言ってんでしょうが、三嶋春人ぉっ!」

 ……俺か、俺だったのか。そうかそれは悪い事をした。だけどな。だけどだ、流石に男子生徒一号とか、そんな風に呼ばれても判らんわけで。

「ようやく止まったわね……三嶋春人……」

 振り向いた先にいたのは、多分初対面な女子。呼び疲れたのか少し肩を落としているが、瞳に灯る勝気な炎は一向に衰えを見せていない。その炎を強めるかのように、髪は短く、スタイルも均整がとれた……まるでスポーツ選手のように引き締まっている。

「で、どちらさん? 悪いけど初対面だと思うんだけど」

「えぇ、そうよ。アナタにとっては初対面になるわ」

「あ?」

「三嶋春人、アナタ、美術部に入りなさい」

 あぁ、コイツもか。コイツもアレを見て俺のラベルを決め付けているのか。世間様から見れば特上の、俺から見れば最低のラベルを。

「断る」

「なんでよっ!」

「俺に入る理由が無い」

「理由なら腐るほどあるでしょっ! アンタはっ──」

 やめろ。その先を言うな。

「──あの『自由への翼』を描いたんだからっ!」




 『自由への翼』。

 とあるコンクールに応募され、銀賞を取った中学生の絵。赤紫で描かれた鮮烈な夕暮れと、穢れを知らない純白の一羽の鳥が港町で交差した、何処にでもあるような平凡な絵画。非凡が集まったそのコンクールでは、その平凡さが一転、非凡になった。その非凡は持ちに持ち上げられ……結果、著名人も応募したそのコンクールで、銀賞を得た。その快挙は大手新聞は例に漏れず、地方紙にまで取り上げられた。

 そんな、幾つもの奇跡が積み重なった絵を……俺は、この手で描いた。




 喧騒。二年も前とは言え覚えている奴は覚えているだろうし、高々二年しか過ぎていない。隣の人間に訊けば答えなんて簡単に手に入る。

「それでもアンタは……入る理由が無いって言うの?」

「無いな」

「──ッ! アンタはっ! アンタのその両手にっ、何人が憧れたと思ってるの!? アンタの才能にどれだけの人が嫉妬したと思ってんの!? 才能の無駄遣いもいいとこよっ!」

「……あんたに何が判んだよ」

「何?」

「あんたに何が判るってんだよっ! 俺は、こんな両手もっ、才能も欲しくなかったんだよっ! あんたの物差しで勝手に俺を測んじゃねぇよっ!」

 踵を返して、何処へも判らない方向へ走り出す。振り返るのも、蒸し返されるのも嫌な栄光。

 それは、まだ棘となって、刃となって心を傷つけ続ける。

 忘れさせないように……一生、背負わせる様に……




「大変だったみたいだねぇ」

「そりゃぁな」

「その女も判ってないんだね。僕でよければ……その傷、癒してあげようか?」

「結構だ」

 この傷は……俺の影なんだから。癒せるものでもない。……それに、もし癒せるとしても、そうするべきでは、ないんだろう。これは向き合うべきであって、目を逸らすような真似も、誤魔化すような真似もするべきではないから。

「イ・ケ・ズ」

「近くの川に流してやろうか?」

「水攻めプレイって訳かい? 生憎、僕の持久力は大したモノだよ?」

 ホント……どうしてくれようか、コレ。




 照りつけるような朝日は身を隠し、世界は茜色に染まり、群青が滲む。夕暮れ。空が一番映えるこの時、感情の行き先も決めず、ただ歩くことだけを目的にしていた。階段を昇ったり、降りたり。行き止まりとわかっていて、先を目指したり。教室にいる事だけはしたくなかった。同じ教室内だからこそ、各所で囁かれる会話も聴こえてしまうってのもあるが……何より、またあの女子と会うのは避けたかった。だったら、校舎から出れば良い……と気付いたのは少し前だったり。馬鹿か、俺は。

「……ん?」

 ふと目にしたベンチに何かが置いてあった。というか中庭まで出てくるって、俺はどんだけ何も考えずに歩いてたんだろうか?

 近づいてみると、それはスケッチブックだった。端が折れたり擦り切れたりしてない所を見ると、買ったばかりなのか。失礼と思いつつも、中を見てみたり。……巧くは無い。決して巧くはない。一時はちゃんと勉強して、高評価を得た身からすれば巧いとは言えなかったけれど……暖かかった。そこに描かれたものは、すごく、暖かい絵だった。不思議と笑みを浮かべてしまうような、そんな絵。

 ……最後まで見ないまま、スケッチブックを閉じた。これ以上見てたら、何か嫌な感情に振り回されそうな気がしたから。だから、閉じた。これは、職員室にでも届けておくとしよう。行きたくはないけど。一応の方向が決まった所で、行くと……

「あーっ! あったぁっ!」

 する前に、大きな声。今日は、女子のビックボイスに縁があるらしい。嬉しくない。寧ろ迷惑千万だ。

「あの……そのスケッチブックって、ここにあった物……ですか?」

 よほど急いでいたのか、膝に手をつき、息は荒れ、肩は大きく上下している。

「あぁ、そうだけど? これ、お前のか?」

 寄ってきた女生徒の身長は、低くも無く、高くも無く。腰まで伸びた髪は、風に攫われる位に滑らかで……声は染み入る様に優しかった。

「はい。そう……です」

「そうか」

 息つく暇も無い──いや、俺がさせる暇を与えてないのか──彼女の胸に、スケッチブックを押し付ける。正直、職員室なんて呼ばれても忌避したい場所に行きたくは無かったので好都合だ。手間も省けたし。彼女は驚いたように顔を上げて、そして大事そうにそれを抱きしめた。そして、恥ずかしそうに、こう問いかけてきた。

「中……見ましたか?」

「まぁ、それなりに」

 嘘を吐く理由も無いので正直に答える。

「どう、でした?」

「どう……って何が」

「巧い、とか下手、とか」

「巧くは無いな」

「そう……ですよね」

「だけど……いや、なんでもない。じゃあな」

 続く筈だった言葉は言わないでおく。他人の絵にどうこう言える立場じゃない。辞めた人間が言っても仕様が無いんだ。余計な事を言う前に立ち去ろう。

「ま、待ってくださいっ! え……えと、名前っ、名前、教えて下さいっ!」

「三嶋、三嶋春人」

 それだけ言い残し、足を昇降口に向けた。そろそろ帰ろう。厄介な事に巻き込まれないうちに……。




 鞄を放り投げて、ベッドに身を沈ませる。今日は、何だか余計な事で疲れた気がする。大半はあの女が原因だけれど。

 なんとは無しに右を見る。部屋の隅、一角を占拠している布。あの下には、もう俺が手にすることは絶対に無い道具が山積みになっている。使わない……けど、捨てる事は……出来ない。言う程、辛い思い出ばかりじゃなかった。けれど、振り返るには眩しくて、輝いていて。きっと、あの頃が幸せの絶頂期でもあったんだろう。今では手に届かない、彼方の暖かい灯……。

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