第五十話 「玉座の終焉」
これが最終話となります。
王城の玉座の間は、静寂に包まれていた。それは嵐の前の静けさというより、すべてのエネルギーを吸い尽くされた後の、虚無に近かった。アルフレッドは、その場にへたり込み、魂が抜けたかのように虚ろな目をしている。彼の手に握られていたはずの権力、彼が築き上げてきた全てが、一瞬にして砂のように崩れ去ったのだ。銀翼団の団長が手にした書物、そこに記された数々の悪行が、彼の人生の終止符を打った。
国王は、その書物をゆっくりと閉じ、深いため息をついた。
「アルフレッド、お前は友であった。だが、この書物に記された罪は、もはや見過ごすことはできない」
国王の声には、怒りよりも深い悲しみが滲んでいた。
「…陛下……私は……」
アルフレッドは、掠れた声で何かを言おうとしたが、言葉は続かなかった。彼の視線は、ルナへと向けられる。憎悪、絶望、そして理解できない感情が綯い交ぜになった瞳だった。
「なぜだ……なぜ、お前のような辺境の小娘が……!」
彼は、もはや王都の貴族としての矜持も捨て、ただの敗北者としてルナを睨みつけた。
ルナは、その視線に臆することなく、静かに答える。
「私たちは、ただ故郷を守りたかっただけです。そのために、あなたの道を阻む必要があった」
その言葉は、アルフレッドの心臓に突き刺さった。彼が最も軽蔑していた、取るに足らない存在と見なしていた辺境の村娘たちが、彼の全てを打ち砕いたのだ。
「フン……玉座を、欲していたのは、貴様も同じであろう!」
アルフレッドは、最後にルナの心を揺さぶろうと、嘲笑を浮かべた。
ルナは、しかし、その言葉に動じなかった。
「私は、玉座など欲しくはありません。私たちが求めるのは、人々が笑顔で暮らせる場所です。貧しさや、不条理な権力に苦しむことなく、誰もが幸せに生きられる場所。それが、私たちが故郷を出た理由であり、私たちが戦った理由です」
その言葉に、玉座の間にいた全員が、息をのんだ。国王は、ルナの言葉に深く感動し、レオニードは、ルナのまっすぐな瞳に、改めて尊敬の念を抱いた。フィオナとミリアは、姉の言葉を誇らしげに聞きながら、固く拳を握りしめた。
その時、玉座の間の外から、大きな歓声が聞こえてきた。それは、民衆がアルフレッドの敗北を知り、新たな時代の到来を喜ぶ声だった。
レオニードが窓の外を覗き、驚きに目を見開いた。
「陛下……!民衆が、王城を取り囲んでおります!そして……」
レオニードは、言葉を詰まらせた。
国王が窓に近づくと、そこには、民衆が歓喜の声を上げながら、ルナたちの名を叫んでいる姿があった。
「ルナ・カーヴィル!」「フィオナ・カーヴィル!」「ミリア・カーヴィル!」
彼らは、アルフレッドの支配から自分たちを救ってくれた英雄として、三姉妹の名を叫んでいた。
その光景を目の当たりにし、アルフレッドは、ついに膝から崩れ落ちた。
「…馬鹿な……愚民どもが……!」
彼は、民衆を蔑み、利用しようとした。しかし、その民衆に、彼は今、嘲笑されている。
国王は、玉座から立ち上がり、アルフレッドに告げた。
「アルフレッド、お前の罪は、法に基づいて裁かれる。だが、その前に、この目で、お前の敗北の理由を、しっかりと見届けるがいい」
国王の言葉に、アルフレッドは、ただ項垂れるしかなかった。
国王は、玉座の間から、王都の民衆へと語りかけるために、バルコニーへと向かった。
エリザベス王女は、ルナに微笑みかけ、優しく言った。
「ルナさん、本当に、ありがとう。あなたたちが、この国を救ってくれた」
ルナは、首を横に振る。
「いいえ、私たちは、ただ自分の信じる道を進んだだけです。それに、私たちがここまで来れたのは、レオニード様や銀翼団、そして、この国の人々のおかげです」
ルナの言葉に、レオニードは、照れくさそうに頭をかいた。
バルコニーでは、国王が、民衆に向かって、語りかけていた。
「民よ!私は、愚かであった!アルフレッド卿の悪行を見抜くことができず、お前たちを苦しめてしまった!だが、今、新たな時代の夜明けが、訪れた!この国を救ってくれた、三人の英雄がいる!彼女たちは、辺境から来た、ルナ・カーヴィル、フィオナ・カーヴィル、ミリア・カーヴィルだ!」
国王が、ルナたちの名を叫ぶと、民衆の歓声は、さらに大きくなった。
ルナたちは、バルコニーから、手を振り、民衆の歓声に応えた。
その時、ルナの胸に、ある思いが湧き上がってきた。
故郷の村。
貧しいけれど、温かい人々が暮らす場所。
いつか、この国を、あの村のように、いや、それ以上に、豊かで、平和な場所にしたい。
ルナの心に、新たな決意が宿った。
玉座の間では、ゼウスが、震えながら、アルフレッドのそばにいた。
「アルフレッド様……!私も、共に……」
ゼウスは、アルフレッドに、忠誠を誓っていたが、もはや、彼に付き従う意味はなかった。
「ゼウス……お前は……」
アルフレッドは、ゼウスを冷たく見つめた。
「…去れ。お前の顔など、もう見たくない」
アルフレッドの言葉に、ゼウスは、絶望的な表情を浮かべ、その場を立ち去った。
その日の夜、ルナたちは、王城の一室で、今後のことについて話し合っていた。
「本当に、私たちで、この国を……?」
フィオナが、不安そうに言った。
ミリアも、それに続く。
「お姉ちゃん、大丈夫かな……?」
ルナは、二人の手を握り、優しく微笑んだ。
「大丈夫。私たちは、三人で、ここまで来た。これからも、三人で、この国を、より良い場所にしていこう」
ルナの言葉に、フィオナとミリアは、力強く頷いた。
「それに、レオニード様や、銀翼団の皆も、協力してくれるわ」
ルナは、そう言って、レオニードに視線を向けた。
レオニードは、深く頭を下げた。
「ルナ様。私も、銀翼団も、ルナ様たちを、全力で支えます」
彼の言葉は、ルナたちを力強く勇気づけた。
その夜、ルナは、一人、王城のバルコニーに立ち、夜空を見上げていた。
故郷の村から見上げた星空とは、少し違って見えた。
王都の空は、故郷の村の空よりも、明るく、星の輝きが、少しぼやけて見えた。
でも、ルナの心は、故郷の村にいるときよりも、遥かに澄み切っていた。
この国を、故郷の村のように、人々が、互いを信じ、支え合い、笑顔で暮らせる場所にしたい。
それが、ルナの、新たな夢となった。
この日から、三姉妹の、新たな覇道が始まった。
それは、剣や魔法で戦う覇道ではない。
人々の心と、未来を繋ぐ、穏やかで、しかし、力強い覇道だった。
数年後、この国は、かつての貧しさや不条理から解放され、人々は、自由と幸福を享受していた。
辺境の村は、新たな首都となり、かつての王都を凌ぐ、豊かな都市へと変貌を遂げた。
そして、三人の姉妹は、この国の中枢を担い、人々の心を照らし続けた。
聡明な長女ルナは、国政を司り、
武勇に秀でた次女フィオナは、国の平和を守り、
好奇心旺盛な三女ミリアは、新たな技術や知識をこの国にもたらした。
彼女たちの物語は、語り継がれ、いつしか、この国の伝説となった。
『辺境から始まる三姉妹の覇道譚』
それは、三人の少女が、一つの夢を抱き、故郷の村を出た、あの日から始まった物語の、壮大な結末だった。
物語は、ここで終わりを告げる。
だが、三姉妹が築き上げた、この国の歴史は、これからも、永遠に続いていくだろう。
終わり。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
引き続き連載中の「現代イージス艦、異世界を往く!」もよろしくお願いします!




