第四話 「罠」
模擬戦から二日後。
ドレミア支部のギルドは朝から慌ただしかった。昨夜、街近くの古代遺跡で魔物が異常発生し、ギルドは急遽討伐隊を募っていたのだ。
「危険度は高いが、報酬は金貨二枚だって」
フィオナが依頼書を掲げる。
「……駆け出しの私たちが行くには無謀すぎるわ」ルナは即座に首を振った。
「そうだよ、ルナ姉。昨日の薬草採取の依頼でも十分稼げたし」ミリアも賛同する。
だが、その会話に割って入る声があった。
「おや? 勇敢な三姉妹さんが、怖じ気づいたのか?」
カウンター近くに立っていたのは、もちろん〈赤牙の槍〉の面々。リーダーのダリオが、わざと周囲に聞こえるような大声で言った。
「まさか、ギルド中に響いたあの模擬戦の武勇が、ただの見せかけだったなんてな」
「おいおい、やめてやれよ。女の子なんだから、命は大事にしねぇとな」
仲間たちの嘲笑が広間に響く。
ルナは黙って彼らを見つめた。
――これは挑発じゃない。何か仕掛けてくるつもり。
だが、避け続ければ「逃げた」と噂が広がり、ギルド内での信用を失う。それこそが彼らの狙いだ。
「……わかりました。その依頼、受けましょう」
「ルナ姉!?」ミリアが目を丸くする。
「大丈夫。私たちは負けない」ルナの声は冷静だった。
◇
古代遺跡〈アヴァルの塔〉は、街から馬車で半日ほどの場所にあった。
崩れかけた石造りの塔が森の中にそびえ、入口周辺には戦闘の痕跡と血の匂いが漂っている。
「……もう何組かのパーティーが中に入ったみたいね」ルナが辺りを確認する。
「で、あの嫌な奴らも来てるってわけか」フィオナが槍を持つ影を見て舌打ちする。
案の定、〈赤牙の槍〉は別ルートから塔に入っていった。
三姉妹は正面入口から進入する。
内部は薄暗く、壁に刻まれた古代文字がかすかに光を放っていた。足音が石床に響き、冷たい空気が肌を刺す。
最初に現れたのは、鎧を纏った骸骨――〈スケルトンソルジャー〉だった。
「ミリア、頭部狙って!」
「わかった!」
矢が骸骨の頭蓋を砕き、フィオナの剣が胴体を粉砕する。ルナは後衛から氷魔法で進路を確保していく。
しかし、二階に上がったところで異変が起きた。
階段の上から重い音が響き、石扉が閉ざされた。背後の階段も同時に崩れ落ちる。
「……閉じ込められた?」ミリアが青ざめる。
「恐らく、誰かが仕掛けを作動させたのよ」ルナの視線が鋭くなる。
――〈赤牙の槍〉。間違いない。
その直後、闇の中から低いうなり声が響いた。
現れたのは二メートルを超える影――〈オーガ・ウォリアー〉。
筋肉の鎧を纏い、手には棍棒。目が赤く光っている。
「くそっ、いきなりボス級かよ!」フィオナが構える。
「ミリア、距離を取って援護! フィオは右から回り込んで!」ルナが即座に指示を出す。
棍棒が床を叩き割り、石片が飛び散る。フィオナは間一髪でかわし、反撃の斬撃を叩き込む。しかし、オーガの厚い筋肉がそれを弾いた。
ミリアの矢が肩に突き刺さるも、獣のような咆哮とともに力ずくで引き抜かれる。
「ルナ姉、魔法は!?」
「今、詠唱中――!」
ルナの掌に氷の光が集まり、槍の形を取る。
その瞬間、フィオナがオーガの足を斬りつけ、動きを鈍らせる。
「今よ!」
氷槍が一直線に飛び、オーガの胸を貫いた。凍りつく咆哮が塔内に響き、巨体が倒れ伏す。
◇
荒い息を整えながら、三人は視線を交わす。
「……やっぱり、あいつらが仕掛けたんだな」フィオナが拳を握る。
「ええ。でも証拠はない」ルナは冷静に答える。
「でも、絶対に許さない」ミリアの声が震えていた。
この日、三姉妹は初めて本気で「敵」を意識した。
それは単なるライバルではなく、命を奪いかねない存在だ――。