第三話 「赤牙の挑発」
翌朝、ドレミア支部のギルドはいつにも増して賑わっていた。
酒場のような広間では冒険者たちが依頼を選び、食事をとり、昨日の武勇談を大声で語り合っている。
ルナたち三姉妹は、朝食を取りながら掲示板の依頼を眺めていた。
「薬草採取の依頼が多いね」ミリアが呟く。
「地味だけど、安全に稼ぐには悪くない」ルナが応える。
「ふん、あたしはもっと派手な依頼がいいな。魔物退治とか」フィオナは腕を組んだ。
その時、背後から聞き慣れた声が響いた。
「おやおや、昨日の田舎娘たちじゃないか」
振り返ると、金髪の青年――〈赤牙の槍〉のリーダー、ダリオが立っていた。
その後ろには三人の仲間たち。全員が下品な笑みを浮かべている。
「昨日は助けてやったのに、お礼の一つもないとはな」ダリオが肩をすくめる。
「……助けてもらった覚えはありません」ルナが淡々と返す。
「ははっ、負け惜しみか? 実力がないなら、せめて礼儀くらい覚えろよ」
周囲の冒険者たちが興味深そうにこちらを見ている。空気は一気に張り詰めた。
フィオナのこめかみがぴくりと動く。
「おい、昨日からずっとムカつくんだよ。獲物横取りしといて、よくそんな口がきけるな!」
「横取り? 俺たちは依頼を達成しただけだ。お前らは尻拭いされた側だろ」
その一言で、フィオナが立ち上がった。椅子がガタンと音を立てる。
ミリアが慌てて袖を引いたが、もう止まらない。
「……腕試ししようじゃないか」
フィオナの挑発に、ダリオは鼻で笑った。
「いいぜ。ギルドの裏庭で勝負だ。手加減はしねぇぞ」
◇
ギルド裏庭の訓練場には、すぐに人だかりができた。
試合形式は一対一、模擬戦用の木剣を使用。先に三度相手に有効打を与えた方が勝ち。
「フィオ、落ち着いていきなさい。相手は挑発で隙を狙ってくる」ルナが小声で助言する。
「わかってるさ。昨日の借り、きっちり返す」
試合開始の合図が鳴ると、ダリオは一気に距離を詰めてきた。長いリーチの木槍がフィオナの胸を狙う。
だが、フィオナは軽やかに身をひねり、槍先をかわす。反撃の横薙ぎ――ガンッ、と木と木がぶつかる甲高い音。
「ほう、やるじゃねぇか」
「まだまだ!」
フィオナの剣が立て続けに二撃を叩き込み、場内がどよめく。
だが、ダリオも黙ってはいない。足払いからの突きで、一瞬にして一本を取り返す。
「焦ってんじゃねぇのか?」
「……誰が」
最後の攻防。フィオナが大きく踏み込み、剣を振り下ろす――と見せかけて、踏み込みを止め、逆に脇腹へ水平打ち。
ダリオの身体がくの字に折れ、三度目の有効打が決まった。
「勝者、フィオナ・カーヴィル!」
観客から拍手と歓声が湧き上がる。
◇
試合後、息を荒げながらフィオナがルナの元に戻ってきた。
「ふぅ……スカッとした」
「よくやったわ。これであの連中も少しは黙るでしょう」ルナは微笑んだ。
だが、その視線はダリオを冷たく見据えている。
ダリオは悔しそうに舌打ちしたが、何も言わず去っていった。
――しかし、これで因縁が終わるはずもなかった。
彼らの報復は、もっと陰湿で危険な形でやってくることになる。




