第二十九話 「竜の楽園」
夜の街道を、一頭の馬が引く馬車が疾走していた。御者の席にはルナが一人、手綱を握りしめ、ひたすらに故郷の村を目指していた。王都での騒動は、まるで遠い夢のようだったが、背後から聞こえる警備兵の追跡の音が、それが紛れもない現実であることを突きつけていた。
アルフレッドの罠にはまったのだ。彼の悪事を暴くための証拠を手に入れたと思った瞬間、自分たちが犯罪者として追われる身になってしまった。レオニードは王都に残り、団長と共にアルフレッドの悪事を暴くための証拠を探してくれると言ったが、無事に逃げられたのだろうか。そして、何より気がかりなのは村のことだった。アルフレッドの私設軍隊が、村を襲撃したというカインの言葉が、ルナの脳裏を何度もよぎる。フィオナとミリアは、無事なのだろうか。村人たちは……。
不安と焦燥に駆られ、馬車をさらに加速させた。王都を出てから数日が経過し、ようやく見慣れた森の入り口が視界に入ってきた。馬車を森の奥へと進めると、ひっそりとした闇の中、村の灯りが見えてきた。
「……みんな、無事でいて!」
ルナは、祈るような気持ちで馬車を走らせた。
その頃、村では、アウルムの力によってアルフレッドの私設軍隊を撃退したばかりだった。
フィオナとミリアは、安堵した村人たちと共に、アウルムの偉大な力に感嘆していた。
「すごいね、アウルム様!」
ミリアは、恐る恐るアウルムに近づき、その巨大な体に触れた。アウルムは、ミリアの頭を優しく撫でるように、首を下げた。
「ああ。村が、本当に守られたんだな……」
フィオナは、大剣を握りしめ、静かに呟いた。彼女たちは、ルナから伝言を受け、村へと戻ったものの、王都で何が起こったのかは知らなかった。ただ、ルナが村にいないという事実が、彼女たちの心を不安にさせていた。
夜が明け、村に朝の光が差し込むと、一人の男が息を切らして村の入り口に姿を現した。
「ルナ様は、ご無事ですか!」
男は、フィオナとミリアに駆け寄り、そう尋ねた。
「あなたは……?」
フィオナが、警戒しながら尋ねると、男は疲労困憊の表情で、しかし、力強く言った。
「俺は、カイン。ルナ様たちの仲間だ」
カインは、王都から村まで、ほとんど休むことなく走り続けてきたのだ。彼の言葉に、フィオナとミリアは、警戒を解き、彼を村へと招き入れた。
カインは、村の広場で、村人たちに王都で起こったこと、そしてルナが、王国から追われる身となったことを話した。
「……信じられない。ルナ様が、犯罪者だなんて……」
「アルフレッド卿が、そんな卑怯な真似を……」
村人たちは、アルフレッドの卑劣な罠に怒りを露わにし、ルナたちが追われる身となったことに心を痛めた。
「ルナ様は、必ず、この村に戻ってきます。……そして、この村を、誰にも奪わせない、王国で一番の楽園にするはずです!」
カインは、そう言って、村人たちに、ルナの信念を伝えた。彼の言葉に、村人たちは、再び、ルナへの信頼と、希望を取り戻した。
その時、村の入り口から、馬車の音が聞こえてきた。
村人たちが、一斉にそちらを向く。
馬車から降りてきたのは、ルナだった。
「ルナ姉!」
フィオナとミリアは、ルナに駆け寄り、彼女を抱きしめた。
「みんな!無事だったのね!」
ルナは、二人を抱きしめ返し、安堵の涙を流した。
「ああ!ルナ様!ご無事でしたか!」
村人たちも、ルナに駆け寄り、彼女の無事を喜んだ。
カインもまた、ルナの無事な姿を見て、安堵のため息をついた。
「なぜ、カインは私より先にこの村に……?」
ルナはあり得ないといった表情で、カインに尋ねた。
「私は元銀翼団の一員であり、身体能力は常人のそれを遥かに凌駕していす。それに私は、王都近郊の地理に精通していますし、馬車が通る街道とは別に、自身が鍛錬で使っていた森の抜け道や、獣道を熟知しています。」
「それでも、馬車よりも早いなんて……」
「あなたの馬車は、団長が急遽用意したもので、長距離走行に適したものではありません。特に夜間の街道は視界が悪く、速度は思うように上がらなかったはずです。」
「そう言われると、納得するしかないわね。それはそうと……」
ルナは、村人たちに、王都で起こったこと、そして、自分たちが王国から追われる身となったことを話した。
「……こんなことになって、本当に、ごめんなさい。……でも、私は、絶対に、この村を、誰にも渡さないわ!」
ルナは、そう言って、拳を握りしめた。
村人たちは、ルナの言葉に、力強く頷いた。
その後、ルナとフィオナ、ミリア、そしてカインは、村の学校で、今後のことを話し合った。
「アルフレッドは、私たちが古代竜を味方につけたことを知って、次に何を仕掛けてくるか、わからないわ。……でも、彼を恐れているだけでは、何も解決しない。私たちは、もう、王国に頼ることはできない。……自分たちの力で、この村を守るしかないわ」
ルナは、そう言って、アウルムの力を、村の防衛に利用することを提案した。
「アウルム様は、この森の守り神。その力を借りれば、アルフレッドの私設軍隊など、怖くないわ」
フィオナとミリアは、ルナの言葉に賛成した。
カインは、ルナに尋ねた。
「ルナ。……アルフレッドの悪事を暴くための証拠は、どうするんだ?」
ルナは、カインに、王都に残ったレオニードが、証拠を王都にいる銀翼団の団長に託したことを話した。
「レオニードは、アルフレッドの悪事を暴くための、新たな証拠を探してくれている。……私たちは、彼らが、その証拠を掴むまでの間、この村を、絶対に守り抜くのよ!」
ルナの言葉に、カインは、頷いた。
こうして、ルナたちは、アルフレッド、そして王国全体を敵に回し、自分たちの正義を貫くための、壮絶な戦いに、挑むことになった。
それは、辺境の村が、誰にも奪わせない、王国で一番の楽園となるための、新たな物語の始まりだった。
ルナたちは、アウルムの力を借り、村の周囲に、巨大な魔法の結界を張った。
そして、村人たちと共に、村の防衛を固め、アルフレッドの次の攻撃に備えた。
一方、王都では、アルフレッドが、国王に、ルナたちが魔物と通じている、と訴え出ていた。
「国王陛下!ルナ・カーヴィルは、伝説の古代竜を、村に匿っております!このような魔物と通じる者に、王国の未来を任せるなど、言語道断でございます!」
アルフレッドは、そう言って、国王に詰め寄った。
国王は、アルフレッドの言葉に、困惑した表情を浮かべた。
「……アルフレッド卿。伝説の古代竜など、信じられぬ」
国王が、そう言うと、アルフレッドは、国王に、一つの水晶玉を差し出した。
「陛下。これは、私の部下が、村で撮影してきた、竜の姿が映っております!」
水晶玉には、巨大な竜が、村の入り口に立っている姿が映し出されていた。
国王は、その光景を見て、息をのんだ。
アルフレッドの悪行は、さらにエスカレートしていく。
彼は、国王を操り、王国を巻き込む、新たな陰謀を企てる。
それは、ルナたちの村だけでなく、王国全体を滅亡に導く、恐ろしい計画だった。
ルナたちの物語は、ここから、さらに複雑な展開を迎えることになる。
彼女たちは、自分たちの故郷と、王国の未来を、守ることができるのだろうか。
そして、レオニードと団長は、アルフレッドの悪事を、暴くことができるのだろうか。
三姉妹の冒険は、まだ、終わらない。
彼女たちの物語は、伝説となっていく。




