第二十六話 「餌」
ルナが提案した作戦は、アルフレッドを罠にかけるための、危険な賭けだった。
それは、自分たちが王都に留まり、公の場で「次の開拓地」について語る、というものだ。
アルフレッドは、ルナたちが王都の宿屋に留まっていることを、必ずや探り当ててくる。そして、彼が流すであろう妨害工作の情報を、逆手に取るのだ。
三姉妹とレオニードは、王都の宿屋に身を潜めた。
ルナは、わざと人目の多い酒場で、開拓顧問としての任務について、大声で話した。
「国王陛下は、次に、王都の北東にある、不毛の地を開拓するように、とおっしゃっていたわ」
ルナは、そう言って、あたかもそれが真実であるかのように、話を進めた。
その話を聞いていた男が、そっと酒場を後にする。
その男は、アルフレッドが雇った、情報屋だった。
数日後。
ルナたちのもとに、アルフレッドからの手紙が届いた。
手紙には、こう書かれていた。
『ルナ・カーヴィル殿。国王陛下より、王都北東の開拓を命じられたと聞きました。私も、ささやかではございますが、その土地の開拓に役立つ、資材を送らせていただきました。』
手紙の文面は、以前と同じく、恭しいものだった。
「……罠ね」
ルナは、そう呟いた。
アルフレッドは、ルナたちが、次に開拓するであろう土地を、事前に荒らす、という妨害工作を仕掛けてきたのだ。
そして、その妨害工作を、ルナたちに、わざわざ知らせてきた。
ルナは、レオニードに尋ねた。
「レオニード。アルフレッドは、この手紙に、何を隠していると思う?」
レオニードは、手紙をじっと見つめた。
「……アルフレッド卿は、ルナ様たちが、次に開拓する土地を、事前に荒らすことで、ルナ様たちの名声に傷をつけようとしているのでしょう。……しかし、それだけではない気がします」
レオニードは、そう言って、深く考え込んだ。
「……この手紙は、ルナ様たちが、この罠にかかった、と錯覚させるための、偽りの餌です。……本命は、別の場所にあるはず」
レオニードの言葉に、ルナは、頷いた。
ルナは、フィオナとミリアに、作戦を話した。
「フィオとミリアは、王都北東の不毛の地へと向かって。……私とレオニードは、アルフレッドが本当に狙っているであろう場所を探るわ」
ルナの言葉に、フィオナとミリアは、戸惑いを覚えた。
「でも、ルナ姉と離れるなんて……」
ミリアが、不安そうに言う。
「大丈夫よ。これは、アルフレッドを欺くための作戦なの。……それに、私たちには、仲間がいるわ」
ルナは、フィオナとミリアを安心させるように、微笑んだ。
三姉妹は、二手に分かれることになった。
フィオナとミリアは、王都北東の不毛の地へと向かい、ルナとレオニードは、アルフレッドの本当の狙いを探るため、王都の貴族街へと向かった。
王都の貴族街は、豪華な邸宅が立ち並び、平民は、めったに足を踏み入れない場所だった。
ルナとレオニードは、貴族のフリをして、貴族街を歩く。
その時、ルナは、一人の男が、アルフレッドの邸宅へと入っていくのを目撃した。
男は、以前、ルナたちの村に、呪いの種を届けた男だった。
「……あの男、アルフレッドの邸宅に……」
ルナは、レオニードに小声で告げる。
「やはり、アルフレッド卿は、私たちを罠にかけようとしていたのですね」
レオニードは、悔しそうに拳を握りしめた。
ルナとレオニードは、アルフレッドの邸宅に忍び込むことにした。
邸宅の中は、警備が厳重で、二人は、身を潜めながら、奥へと進んでいった。
そして、たどり着いたのは、アルフレッドの書斎だった。
書斎には、アルフレッドが、一人の男と話している声が、聞こえてきた。
「……これで、ルナ・カーヴィルは、終わりだ。あの娘どもが、王都北東の不毛の地に、開拓に向かっている、と、国王に伝えておけ」
アルフレッドは、そう言って、高らかに笑った。
「はっ! ルナ様たちは、そんな罠にはかかりませんよ」
アルフレッドの言葉に、男は、そう答えた。
「何だと? 貴様、ルナたちの仲間か!?」
アルフレッドは、驚きの声を上げた。
その男は――カインだった。
ルナは、カインが、アルフレッドの元にいることに、驚きを隠せない。
カインは、ルナに、全てを話した。
カインは、ルナたちが、アルフレッドの罠にかかることを恐れ、アルフレッドの元に潜入していたのだ。
アルフレッドはカインという存在は知ってたが、王都直属とはいえ、たかが冒険者部隊の一員。顔など覚えてはいなかった。
「ルナ! アルフレッドの本当の狙いは、君たちの村だ!」
カインは、ルナに叫んだ。
「……え?」
ルナは、息をのんだ。
アルフレッドは、ルナたちが、王都北東の不毛の地へと向かっている間に、ルナたちの村を、襲撃するつもりだったのだ。
ルナは、フィオナとミリアに、すぐに村へ戻るように、伝言を託した。
しかし、時すでに遅し。
アルフレッドの私設軍隊は、すでに、ルナたちの村へと、向かっていた。
三姉妹の村は、最大の危機を迎えていた。




