8話 奴隷ネネ
城の門を出ると、大きな橋がある。
あの日、民衆に披露された、奴隷紋を刻印された日と、ギレイと一度向かったチェニ行きの時以来だった。
その門の前に、俺と獣人、そして門兵が数人いただけだった。
「名前は?」
俺が聞くと
「ネネです。」
そう答えた。
「何歳?」
「16歳です。」
「それまでは?」
「シナウの奴隷商にいました。」
奴隷商?
この世界には奴隷が普通にいるのか。
「どうして奴隷に?」
「…、あの、ご主人様?」
「ああ、ごめん。俺、こっちの事全然わからなくて。」
「あ、いえ、いいんです。質問ばかりだったので、何かわかりませんが疑われているのかと…。」
「疑う?どうして?」
「私は獣人ですので。」
「獣人だとどうして疑われる?」
「え、いや、あの」
「本当にわからないんだ。とてもそれが失礼だったらごめん。」
俺は頭を下げて謝った。
「ああ、本当にやめてください。」
ネネは周りを気にしながら俺が謝って頭を下げてるのをやめさせた。
「人様に頭を下げさせたりすると、私が何かしたと思われてしまいます。」
「わ、わかった。」
俺が辺りを見ると、門兵がヒソヒソと話している。
「とりあえず歩きながら話そう。」
「はい。」
そう言って、足枷の錘が歩くたびに鳴りながら俺達は歩いた。
話しててわかった事は
獣人はこの国でとても卑下された存在だという事。
さっきみたいに人間が獣人に頭を下げるというのは、それ自体に大きな問題があり、獣人への処罰の対象になったりする事。
獣人でも正確には、エルフやドワーフは亜人、とされて獣人はもっと身分の低い意味で獣人とされている事。
本当は亜人も獣人も亜人だという事。
「い、良いのでしょうか、こんな話をご主人様の様な人様にお伝えして?
わ、私は処罰されますか?」
かなり言ってしまった事を後悔しているようだった。
「大丈夫。俺も奴隷だから。さっき偉そうな奴が言ってたでしょ?俺は転移させられてシーフにさせられて奴隷になった。この前は大きな広場で胸に大きな奴隷紋を民衆の前で施されたんだよ。」
「そういえば、この国に勇者様4人が現れてお披露目のパレードがあったと、私は奴隷商の中でお聞きしました。」
「その中の勇者の一人が俺。シーフ。盗人。だから俺はもう勇者じゃなく奴隷になった。いつ死刑になるかもわからない。」
「あ、あの、勇者様だったのですね、ご主人様は。申し訳ございません。」
急にそこでネネは土下座をした。
今度は俺が無理矢理に彼女を引き上げた。
「やめてくれ。俺は勇者じゃない。シーフ、盗人だ。偉くとも何ともない。
俺は獣人を自分より下だとは思わないし、とにかくやめてくれ。」
「し、しかし。」
「ネネ、聞いて欲しい。信じてくれないかもしれないが、俺はそもそもこっちの世界の人間じゃない。亜人とか獣人を見るのは初めてだけど、そこに差別とかはないんだ。だからすぐに謝ったり自分を低くするのは止めて欲しい。」
「で、でも…。」
「…わかった。じゃあネネ、命令だ。今すぐ立ってくれ。」
「は、はい。ご主人様。」
ネネは慌てて立った。
「ネネ、それと、ご主人様ってすごくなんていうか…、慣れない。名前で呼んで欲しい。」
「いや、でも、はい。それではユーマ様と。」
「様も要らないんだけど。」
「いえ、それだけはご勘弁ください。もしも他の方にそれを聞かれたら、私が処罰されてしまいます。」
「その、さっきから処罰って…。主人が俺なら、俺が良いって言えば良いんじゃないの?」
「いえ、この国では、獣人が人間様に対等に話すだけで罪になります。それは主従契約だけでない法律の問題です。」
なんていう国だ。
そんな厳しい法律があるのか。
「わかった。じゃあそれはネネに任せるよ。」
「はい。わかりました。」
俺達はまた歩きながら話し合った。
「…そうなのですか。転移されてこられた。
どうりでその…、何もわからないご様子だったのですね?」
「うん。」
そう言って、貰った小さな布袋をネネに渡した。
「お金らしいんだけど、価値が全くわからない。幾ら入ってる?」
ネネは布袋の中を見て
「ユーマ様、こちらは全て鉄貨になります。2ー30枚でしょうか。」
「鉄貨で何が買える?」
「そうですね。鉄貨1枚で屋台の串などでしょうか…。」
「他には?」
「安い宿で鉄貨30枚とか銅貨3枚からくらいです。
鉄貨10枚で銅貨1枚。銅貨10枚で銀貨1枚。銀貨10枚で金貨1枚。金貨10枚で白銀貨1枚です。」
だとしたら鉄貨1枚は¥100円くらいか。わかりやすいな。
白銀貨1枚は¥100万円。
そう言ってネネは布袋を返してきた。
そこそこ歩くと人通りの多い道に出てきた。
足枷の音を聞き、街行く人々が俺達を見ては何かを話している。
「あれ、盗人じゃない?」
「シーフのくせして街を歩きやがって」
「ざまぁないな」
人々の卑下した表情はすぐにわかった。
露骨に聞こえるように言葉にする人もいる。
男性だけじゃなく女性も。
子供が俺を指差して親に聞いている。
「あれは罪人なの。悪い事しちゃだめって事を国王様は教えてくれてるの。」
悪い事だって?
俺が何をしたって言うんだ。
あの側近、国王もか。こういう事だったんだな。
普通なら、罪人が街を歩く事なんて出来る訳ないのに。
シーフをとことん悪者にしたいんだ。
こうやって民衆に見せたいんだ。
「ネネ。済まない。嫌な想いをさせてしまった。」
「いえ、良いのです。私奴隷ですので…、な、慣れています。」
俺とネネは、隠そうとしない嘲笑や嘲り、罵倒を受けながら、会話もなく街なかを歩いた。
ネネは下を向き、辛そうに歩いていた。
「ネネ。やっぱり帰ろう。」
俺は踵を返して城に戻ろうとした。
すると、どこからか小石を投げられ、それがネネに当たった。
「痛い」
ネネの顔に当たったが、幸い血は出てなかった。
「ネネ。大丈夫か?」
俺はすぐさまにネネを守りながら周辺を見た。
そこら辺にいる人々の、冷たい視線が俺達を襲っている。
「ネネ、済まない。俺のせいだ。」
「良いんです。私は獣人奴隷なので。」
「奴隷だからって石を投げられる事は無いはずだ。俺に対して投げたはずだ。」
俺は辺りを睨んだ。
「お前なんか死ね。」
どこからか声が聞こえた。
「罪人が奴隷歩いてるんじゃない。」
「シーフのくせに」
「盗人が街を歩くなんて」
どんどん声は多勢になり大きくなっていった。
やり場のない怒りが込み上げた。
何も事情を知らないからと言って、何を言っても良いって事じゃないだろ?
俺の世界にもいた。
こういう人間はとても多かった。
正義ヅラしておいて、何の事情も知らずに偉そうに言っている奴等だ。
自分は正しいと思ってて、こっちの話を全く聞かない。
同じだ。
石を投げる行為すら間違ってるとは思っていない。
周りも同じだからと、それに同調する。
許せない。
その瞬間、奴隷紋が反応してしまった。
「うぐゎ!」
奴隷紋の電撃が走り、俺はその場に膝をついてしまった。
まわりの人々は、その奴隷紋の電撃に息をのみ、辺りは静かになった。
「ユーマ様!」
ネネは倒れた俺を抱きかかえた。
「おい、奴隷紋が反応したぞ。それって奴隷が反抗しようとしたって事じゃないのか?」
「おい、今盗人が何かしようとしたんだ」
「許せねぇな。」
静かになっていた人々が、今度は憎しみの声に変わって俺達を攻撃してきた。
俺はようやく立ち上がり
「ネネ、ごめん。」
そう言ってネネの手を取って、足枷の音と共に城の方へ引き返した。
後ろからの憎しみの罵倒なんてもうどうでも良かった。
俺達は城に着くと、そのまま牢に連れて行かれた。
ネネも同じ牢に入った。
俺もネネも何も話さず、ただ黙っていた。
俺はまた魔錬を始めた。
ネネはそれをずっと見ていた。
怒りが収まらないのか、興奮しているからなのか、魔気はうねる様に身体中を駆け巡った。
もっとだ。
もっと魔力を大きくしたい。溜め込みたい。
何をしている時も、何もしてない時も、寝ている時も、この魔錬をしてやる。
身体が冴えてくると、俺はネネがいるのを忘れて筋トレを始めた。
日課にしているトレーニングをただただやり込んだ。
収まらない。
気持ちが。
ネネはそれをじっと見ていた。
夜の食事が牢に届けられた。
一応二人分あてがわれた。
奴隷といっても従者だ。
もしもネネの分が無かったら俺のをあげるつもりだった。
俺はネネにようやく話した。
「ネネ。今日は本当に済まなかった。」
「…、いえ、ユーマ様は何も悪くありません。。」
「そんな事は無い。俺が城下に行くと言ったから、ああなってしまった。」
「私はユーマ様の奴隷です。ユーマ様が何をなされようと、私は従うだけです。
それに、あの時ユーマ様は私を守ろうとしてくださいました。
私はとても嬉しかったんです。人様にああされた事は無かったです。」
「ネネ。ネネは奴隷じゃない。俺の従者だ。そんな事はもう言わないでくれ。」
「先程、ユーマ様が必死にお一人で訓練されてる様子を見て、私はなんだかユーマ様の抱えてるものが少しだけわかった気がします。。
はい。私はユーマ様の従者。これからずっとユーマ様の為に尽くしていきたいと思いました。」
急に尽くすと言われて俺は照れた。
「ネネ。尽くすとかって簡単に言わないでくれ。そんなんじゃない、俺の言ってる事は。」
「わかっております。」
俺達は笑い合った。
ネネとは色々な話が出来た。
寝て、起きて、数日たって、日課を増やして、こなして、それでも十分に時間はあった。
この国の事、この世界の事、俺の世界の話、ネネの出身とかも。
ネネの出身はリトルーシという国らしい。
獣人国家。
だが、ネネの親がネネを売った。
そしてその隣のボーランという国に移された。
そしてそのままこのドーヴァにまた売られたらしい。
ドーヴァ王国は魔物領の境にある、大陸から見れば決して大きくはない国らしい。
だが、魔物から取れる魔石や牙や毛皮、そう言った素材が魔物領の境にあるからよく採れる様で、それを他の国に売って経済を高めている。
そしてそのお金で他国から大勢の奴隷を買っているのだというのだ。
犯罪奴隷、借金奴隷、様々、特に獣人奴隷は安く、このドーヴァはそうやって暮らしを立てているらしい。
軍隊と奴隷を前線に立たせ、魔物を倒し収益を得る。戦争国家。ドーヴァ。
ネネは奴隷商では運が良くこのドーヴァにきた。
「こんな獣人差別のある国に来たのに、どうしてそれが運が良い?」
「はい。この国は獣人に対しての差別がとてもあり、そして獣人を動物の様に卑下しています。」
「ひどい。」
「ですがその分、奉仕奴隷に回されにくいのです。」
「奉仕奴隷って…。あ…。」
「はい。確かにこの国では獣人は命を簡単に粗末に扱われます。ただ、性的なものさえ見られないくらい卑下もされております。
ですので、ちゃんと人間様にさえお仕えし、絶対的に忠実にさえしていれば、危ない目にもあわないと。奴隷商の方が仰っていました。」
「…、良いのか、悪いのか。でもそれくらいこの国は獣人への差別意識が強いってことなんだな。」
「はい。私はですので、まだ大事にされています。」
「そうか。それは良かった。」
「え?」
「え?」
「あ、あの。私はユーマ様になら…。」
「え?い、いやいや。何言ってるの?」
「覚悟は出来ております。ユーマ様になら私は全然、その、構いません。」
「俺はそんなつもりでネネを従者にとかって思ってないよ。そもそも従者だって勝手に付けられてるようなものだし。」
「…、そうなのですか。私は…。」
「ああ、いやいや。あの、ネネは普通に可愛いと思う、うん、思う。」
「本当ですか?」
「ああ、まぁ。本当だよ。でもだからって、その、いきなりそういう事言われても…」
「そ、そうですよね。すいません、私ったら。でも…」
きっと怖かったんだろう。
奴隷だから。獣人だから。自分はいつそうされても仕方ないって。
「ネネ。変な言い方だけど、俺はネネを普通に同じ人としてちゃんと付き合いたいと思ってる。
だから、怖がらないで欲しい。」
「はい」
そう言ってネネは今までずっと我慢していたのだろうか、泣いていた。
俺はそれをそっと見てあげるしかなかった。
次の日も、俺はひたすらに日課をこなし、ネネと色々話した。
ネネがいる事で、俺はなんとか気持ちが落ち着いてきている。
ネネはいつも優しく微笑んでくれている。