5話 魔物
団員達に囲まれて、俺は短剣を持っている。
その中に、ゴブリンはいた。
以前何かのアニメで見た、その通りの姿だった。
ゴブリンは周りに囲まれ威嚇しながらも少し怯えた様にも見えた。
でもきっと、俺も同じ様に怯えている。
ゴブリンは小さく、まるで子供だ。
俺は子供を殺すのか。
魔物も人も、今の俺には何の区別もない。
ゴブリンの片手には棒がある。
こん棒というよりはただの棒だ。
だから余計に子供に見える。
狼狽えるゴブリンが、同じ囲いの俺と目が合った。
ゴブリンは明らかに俺に敵意を向けだした。
やられる。
そう思った。
俺はその持ってる短剣の鞘を抜いた。
そして両手に持ち、剣をゴブリンに向けた。
頭ではわかっている。
これでゴブリンが逃げる訳がない事。
逃げれる状況じゃない事。
俺か、ゴブリンか。
どちらかを倒さないといけない事。
ゴブリンは一歩俺に近づいた。
たぶん、来る。
そしてゴブリンは俺めがけて棒で叩きに来た。
俺は目を瞑り大げさに横に逃げた。
避けられはしたが、俺は囲いの団員の方まで逃げた。
すると、ギレイは俺に近寄り蹴りを俺に入れて中に戻した。
「早く殺れ。」
俺はギレイに目を向けると、奴隷紋が反応し、俺は悶絶した。
それを見たゴブリンが俺めがけて攻撃してきたのを、ギレイはゴブリンに蹴りをいれて吹っ飛ばした。
「早くしねぇと予定を遅らせちまうんだよ。」
電撃からかろうじて気を保った俺は、なんとか立ち上がった。
蹴られたゴブリンも立ち上がった。
何かが俺の中でキレた。
やるしかない。やってやる。
もう何もかもどうでも良い。
俺はゴブリンめがけ、手に持った短剣でそのまま突っ込んだ。
短剣はゴブリンの胸に刺さり、俺はそのままゴブリンを押し倒した。
「ギャアア」
ゴブリンの断末魔が俺の耳元で聞こえた。
ゴブリンから流れ出た紫色の血が、短剣を刺している俺の手にしぶいて伝わってきた。
温かい。
すると、ゴブリンはグッと力が抜けて、そしてたぶん、死んだ。
俺は剣を刺したままそこから離れた。
息が荒い。
やってしまった。そう思った。
何か一線を越えてしまった。罪悪感というか、得体の知れない感覚。
囲っている団員達が一斉に笑った。
俺は何もそれ以外考えられなかった。
俺は殺した。
正直、俺だって虫とか殺さなかった訳じゃない。
蚊を叩いて殺した事もあれば、蟻を踏んで殺したことだってある。
そんな良い人間を気取りたい訳じゃない。
でも、飼ってる犬や猫を包丁で刺して殺すほどサイコじゃない。
生き物。
何かしら感情があって本能があって、生きている生き物。
人を殺してしまった感覚。それがゴブリンっていう魔物であっても、そんなあれこれ気持ちを切り替えられる訳ない。
ギレイは俺が殺したゴブリンに刺さってる短剣と、俺が抜いた鞘を俺に渡してきて、
「ほら、さっさと行くぞ。」
と淡々と言った。
俺が殺したゴブリンに、団員の一人が寄ってきて、同じ様な短剣で思い切り胸を切り裂き、手を突っ込みモゾモゾすると、そこから緑色の小さな宝石の様な石を取り出した。団員は
「ほら、勇者様の『魔石』ですよ?」
そう言って、ポンっと俺に投げた。
俺は手に取らずも、俺の足元に転げ落ちた。
おれはそっとその魔石を取った。
何人かの団員達がゴブリンの死骸を集め火で焼いていた。
俺はそれを馬車の中から見つめ、そして馬車は動き出した。
「初めてなんだろ?」
馬車の中でギレイは俺に言った。
俺は何も答えなかった。答えられなかった。
動揺を隠せない。
ゴブリンの悲鳴のような声と、あの血の温かさがまだ残っている。
「盗人勇者さんよ。お前はこれから死ぬまでずっとこうやって魔物を殺していくんだ。
逆らわず、ただひたすらに。」
俺は理由もなく涙を流していた。
「おいおい、泣くんじゃねぇよ。この国の子供だって、ゴブリン殺した程度じゃ泣かないし、むしろ喜ばれるんだぞ。よくやったってな。」
俺はただ涙を流していた。
咽たりせず、ただただ涙を流した。
自分の中でまた一つ、何かが死んだ気がした。
「ギレイ副団長。今日はここいらで?」
馬車の外から声が聞こえた。
「本当はもう少し行きたかったけどな。仕方ねぇ。今日はここで野営だ。」
ギレイは馬車の外に向かってそう言った。
騎士団員達はテキパキと野営の準備をしていた。
俺は馬車からは降りたけど、何もせずにただ茫然とその光景を見ていた。
テントを張りどこから魔物が来ても良い様に、警戒している団員、森から草やキノコを持ってきて、食事の準備をしている団員。
野営が慣れているのか、軍隊だから当たり前なのだろう。
俺はギレイに呼ばれ、椅子代わりの丸太に座り、ギレイから皿を受け取った。
「今日はボアがいたから、丁度良かった。」
ボア。言ってみたらイノシシの肉のスープ。
正直美味しいかどうかわからない。
食べてる気がしない。味がしないのか、味を感じないのかわからない。
「途中、ファレンというシナウくらいの大きな都市に寄るが、それまでは魔物をどんどん倒してもらうぞ。
出来ないんじゃない。やるんだよ、お前さんが。俺はお前のお守じゃない。教育係でもない。
わかるか?これから俺達が行くチェニは、ドーヴァでも最前線の一つなんだよ。
俺は騎士団に入隊してから、ひたすらに戦ってきた叩き上げでここまで来た。
誇りがあるんだよ。
ステータスを貰える人間なんてそう居ない。貰ったやつは神って奴からの恩恵なんだ、この世界では。
お前は貰った。それが悪のステータスでも。
だから戦う義務があるんだよ。
お前の持ってる常識もどうでも良いんだ。
やるんだ。わかったな。」
そう言ってギレイはそこから立ち上がり部下に指示を出しながらその場を離れた。
俺はその日、馬車の中で寝た。
寝た、といっても実際には寝れていない。
でも、もう何も考えたくなかった。
あまりに頭の中に色々入り過ぎて、整理できない。
逃げたい。でも逃げられない。
魔物なんて殺したくない。でもやらなければいけない。
歯向かえない。奴隷紋が反応する。耐えられない。
嫌だ。
何もかもが。
それでもいつの間にか寝ていたみたいだ。
「早く起きろ!出発するぞ。」
ギレイが馬車の窓から顔を覗かせて、その大声で俺は起こされた。
体中が重い。気も重い。
しかしもう騎士団員は野営の片づけを終えていつでも出発出来る状態だった。
ギレイは容赦なく馬車に乗り込み、「出発!」というと、早々に隊は動き出した。
頭がまわらない。昨日の事が何日も前の様にも感じる。どこか何か自分と乖離している。
それでも、すでに隊の先頭が何やら魔物と遭遇しており、戦ってる様子が声で聞こえてくる。
「まずはそれでも弱い魔物からやってもらう。ステータス持ちだからな。死んだら困るんだよ、こっちとしては。」
ギレイは吐き捨てるように言った。
俺はどこかでずっと殺されるんじゃないかと思っていた。違うのか?
「国がどう考えてるかなんて俺にはわからない。俺は軍人だ。言われた事を忠実にこなしていくだけだ。
少なくともお前を殺す指令は受けてない。ならば生かす。生かすなら戦ってもらう。それだけだ。」
既に魔物は倒されて、数人を残して進んでいく。
それから間もなく、騎士団員が馬車に近寄り、「良いのがいました。」
と声が聞こえたと思ったら、
「盗人、出ろ。」
ギレイに言われ、俺は馬車の外に出た。
そこにいたのは、ゴブリンゾンビ、という魔物達だった。
「ゴブリンゾンビか。丁度良いな。おい、盗人。あれはな、死体処理をし忘れたりすると、魔石を抜いても魔気を取り入れて微かな力で動き出すんだ。見ろ、ゆっくり動いてるだろう。」
確かにそのゴブリン達はゆらゆら歩いていた。4匹いた。
色は暗いグレーに変色していて、生気も感じられない。
テレビで見た感じのままの、ゾンビだった。
「一応本能で攻撃してくるが、それもノロくてな。何の脅威にもならない。街の住人でも殺せる。ただ、魔石がないから殺す価値もないような連中だ。
まぁ、見てろ。」
そう言うと、ギレイはゴブリンゾンビの中の1匹の前に行き、構えもせずにいた。
ゴブリンゾンビはゆったりとギレイに手を上げ攻撃するが、ゆっくり過ぎて全く効かない。ギレイは頭を押さえ
「唯一気を付ける事は、こんなノロマに噛まれると、ゾンビになっちまうくらいだ。それでも、噛もうとする動作もノロマだから、滅多に噛まれる奴もいないがな。そして、こういうゾンビを倒すのは…」
そう言うと、腰にあった剣で思い切り首を斬り落とした。
血しぶきが上がる事もなく、首はボトリと地面に落ち、体はゆったりと膝をつき倒れた。
「な、簡単だろう。お前でも出来る。残りはお前がやれ。」
やるしかない。
俺は短剣を強く握り、ゾンビの前に来た。
確かに動きが鈍すぎて、俺でも避けられそうだ。
首を斬る。
日本にいた時、映画やアニメで見ていたもの。
でもやるしかない。
相手はゾンビだ。生きてない。
俺は映画で見た主人公の様に真似をして、思い切り剣を横一文字に振った。
力が入り過ぎたのか、首を斬るというより、もげるように首は取れ、ゾンビの体もそのまま横にふっとんだ。
「力を入れ過ぎるな。剣で斬るんだ。剣は叩く道具じゃない。斬るんだ。」
ギレイは言った。
ゾンビはあと2匹。
俺はゾンビに近寄り、一呼吸して
叩くのではなく、斬る。
そう思ってやってみた。
先程よりも首は斬れたが、またゾンビの体が横に飛んだ。
最後のゾンビに近づいた。
叩くのではなく、引く。
そう思って短剣を振った。
感触がないほど、ゾンビの首は綺麗に斬れて、ゾンビはその場で倒れた。
「最後のは良かったな。」
ギレイはそう言って、団員に死体を集めさせた。
「まずは慣れろ。魔物は殺さなきゃ殺される。そこに感情も何もない。考えるな。やるだけだ。」
そう言って歩を進めた。
数日後
馬車の中で、
「もうすぐファレンだ。」
ギレイは俺にそう言った。
麻痺しているのがわかる。
正義とか、道徳とか、理性とか、価値観とか
ごちゃごちゃになっている。
頭はパンクしてるのに
体がどうにも強張る。
奴隷紋の反応がもう嫌だ。
何か思ってしまうのが怖い。
そして目の前の魔物を殺さないといけない。
「副団長!」
馬車の外から団員の声が聞こえた。
「ワイルドボアです!」
ギレイは俺を見て、
「まぁ、突進してくるちょっとデカいイノシシだ。躱して、刺せ。」
そう言っただけだ。
俺は頷き外に出た。
高さは俺の腰くらい。黒いイノシシが先の方でこちらを伺っている。
ワイルドボアの正面に立った。
あきらかに俺を見た。
そして俺に突撃してきた。
「うわっ」と俺は避けた。
実際よりも大きく感じた。
俺を殺しに来ている。
きっと悪意も何もないのだろう。
目の前の敵、つまり俺を敵と見做し、純粋に殺しに来ている。
そう。
だから俺もそうしなければいけない。
ワイルドボアはまた俺をターゲットにしていた。
来る。今度はギリギリ避けて、刺す。
そして来た。
俺はギリギリまでボアを見て避けた。
そして短剣で刺そうとしたが、ボアはもう過ぎていた。
避けると同時に刺す。難しい。
刺す為に避ける。
次はいける。
ボアはまた俺を睨んでくれていた。
来い。
そう思った。
ワイルドボアが突進してきて、俺は刺す準備をして避けた。
そしてそのまま短剣を力強く刺した。
やった。
が、ワイルドボアはその突進を辞めずにまた過ぎ去り、俺は短剣を放してしまった。
その時
「オークとワーウルフです!」
と辺りを警戒していた団員の声が聞こえた。
そっちに目を向けると、3mを超すくらいの豚っぽい顔をした大きな巨人が木の間から現れた。そしてその脇から5匹の人型狼が唸り声と共に現れた。
「こんな時に。」
ギレイはそう言ってオークの方に向かった。
他の団員もワーウルフの方に向かった。
俺はワイルドボアから目を放してしまった。
ハッとした時、ワイルドボアは俺の目の前に既にいた。
俺は咄嗟に避けて刺さったままの短剣に手を伸ばし掴むと、そのままワイルドボアに乗る形で進んでしまった。
進んだ先にはワーウルフがいた。
「放せ!バカ!」
ギレイが叫んでいたが、もう間に合わなかった。
ワイルドボアごと避けたワーウルフが、俺の背中に乗り、後ろから思い切り肩にかけて噛まれた。
バキッという音が聞こえた。骨を砕かれた。
奴隷紋とは違う激痛。
俺はそのままワイルドボアから落ちた。
気絶しそうな目線の先には、団員が魔物と戦っている姿が見えた。
俺は何を思ったのか、ステータスと念じていた。
地面と団員が戦ってる視界の手前で、ステータス画面が目の前に現れた。
ユーマ(タケダ)
18歳
人族
男
レベル1
ステータス シーフ 斥候
・レベルアップに応じて転職ステータス可能。
・ㇾバルアップに応じて二次ステータス獲得可能。
・団員31名とパーティ編成
俺はそのまま気を失った。