11話 冒険者ギルド
王都シナウの大きな城壁門の前で俺は身分証を見せると、思い切り怪訝な顔をされたが通された。
シーフのユーマだからすぐにバレてしまったんだろう。
俺が通った後も後ろで会話されてるのがわかる。
ここへ戻ると、すぐに嫌でも自分が何者なのかを思い知らされる。
ネネのいる家に帰りたかったが、俺はそのまま中心街へ向かった。
食料を買っておきたい。あと出来れば魔石も売っておきたい。
ネネと街中を歩くと、どんな危険な想いをネネにさせてしまうかもわからない。
実際街ではどれくらいの獣人や亜人が歩いているのか
色々探索もしたい。
俺は今防具をしていて枷もない。
奴隷紋も見えない。
俺がシーフだというのはバレにくい筈だ。
しかしそれは甘かった。
俺は黒髪で、この国の人間は皆金髪がほとんど。
嫌でも目立ってしまった。
中心街に入れば入るほど、俺は白い目で見られているのがわかった。
またこんな想い。
いや、でも良い。
ネネさえ守れるならそれで良い。
獣人は圧倒的に多くはないが、俺が目にした獣人たちはネネと同じ様に、首に太い首輪をされて、明らかに奴隷だと周知される様に歩かされている。
店の前ではこき使われ、蹴飛ばされてる獣人も見た。重そうな荷車を引かされ上から人間に鞭で叩かれている獣人もいた。
誰もそれを咎めたりやめさせようとはしていなかった。
なんて国だ。なんて人達だ。
こういう事をしない国は他にこの世界にはないのだろうか。
そんな事を思いながら街を歩いた。
城を目指して歩くと自然と街の中心街に向かっているのだが
そこで気になる建物を見つけた。
『冒険者ギルド』
いわゆるラノベに出てくる?
移転してきて実際あるとは思わなかった。
でも考えてみれば
これだけ国のそこら中にも魔物はいるんだ。
全部の魔物を国の騎士団だけで間引く事は不可能だ。
当然、個人レベルで魔物は討伐されていて
魔物も魔石や素材で取引しているはず。
今後も王国からは俺にそんなにお金を給金されるとは思えない。
今回の家だって、シュッテ伯が興味を持ってくれなかったら俺はずっと牢にいたままだっただろう。
冒険者ギルドに素材を提供出来ればもう少しマシな生活も出来るのではないか。
ちょっと寄ってみよう。
俺は冒険者ギルドに入った。
中は広い広間になっていて、端には話せるカウンターや椅子も置いてある。
俺は真っすぐ奥まで歩いてカウンターの受付の女性に声を掛けた。
「あのぅ」
受付の女性は俺を見るなり、あ、っと気付いたみたいだ。
そして、
広間にいる冒険者達も動きを止め俺を見ている。
辺りは静かになって、俺の背中に視線を向けている。
背中の視線が痛いのがわかる。
「何か?」
「こういう者ですけど、冒険者にはなれますか?」
そう言って身分証を見せた。
受付嬢は、俺の身分証を見もせずに
「冒険者ギルドは犯罪者は登録できません。」
ここでもか。
「犯罪は犯してはいないのですが…。」
「シーフと奴隷は登録できない様になっております。」
その受付嬢の一言で
広間の冒険者達が見な一斉に笑った。
「あいつだろ?盗人勇者って。」
「胸に大きな奴隷紋刻まれてただろう?俺もあん時見たぜ。」
「怒らせたりしたら奴隷紋が反応してヨガるらしいぜ。」
「ゴブリンも倒せない弱っちぃ勇者様らしい。」
後ろで声が聞こえる。
俺は我慢して身分証をしまった。
「魔物の買取などは出来ますか?」
「誰かから盗んだようなもの、怖くて扱えません。」
「盗んでませんが。」
「そうに決まってます。」
「どうして決めつけるんですか?」
「ギルドに登録していない冒険者からの買取は禁止になっています。」
わかってはいたが、どうしても食い下がってしまった。
すると、後ろから体の大きな冒険者の一人が俺の肩を引っ張り
「おい、しつけぇな、盗人。お前はここじゃ用無しなんだよ。消えろや。」
俺はその冒険者の肩に乗せた手を払いのけた。
すると、奴隷紋が反応して電撃が走って俺は蹲ってしまった。
ギルド内が更に爆笑に変わった。
「おいおい。マジだぜ。」
「何が勇者だ。ただの奴隷じゃねぇかよ。」
俺の肩に手を乗せた大柄な冒険者が俺を引っ張り上げ
「なあ、奴隷がいちいちうろついてんじゃねぇぞ。」
そう言って俺の腹に強烈なパンチを喰らわした。
俺はまた蹲った。
「ギルド内では暴力禁止ですよ?」
受付嬢が薄ら笑いの中言った。
「ああ、違う違う。虫がいたから手を振っただけだ。」
「そうでしたか。早く追い払ってくださいな、その虫を。」
「はいよ。」
そう言って俺はその大柄な冒険者に引き摺られ、冒険者ギルドの外に投げられた。
「二度と来るんじゃねぇぞ。」
そう言って中にまた入っていった。
ギルド内はまだ爆笑に溢れていた。
俺が冒険者ギルドから放り出されたのを見て、道行く人達も俺を見ていた。
ああ、そうだった。
俺はそういう人間なんだって、一瞬でも忘れてた。
ネネと会って、魔物を倒して、レベルも上がって、俺は何に勘違いしてたんだ。
おれはむくりと立って周りを見渡した。
人々は俺を見ていた。
俺も、俺を見ている人達を睨み返した。
人々はそこからどんどん掃けて行った。
「そんな怖い顔して、どうしたのよ?」
俺に話しかけてくる女性がいた。
振り返ると、そこにメクニアが立っていた。
何だかわからないが、会いたくなかった。
俺は歩いて立ち去ろうとしたが
「何か用があって街に来たんでしょう?どうせ誰も相手してくれないわよ、あなたの事なんて。」
俺は立ち止まり、メクニアを見た。
メクニアは俺に近寄ってきた。メクニアの後ろにはメイド服の従者がいた。
「あなたが街を歩いたって、もうシナウでは素性がバレてるんだから。
って、あなた本当に牢から出れたのね?」
俺は無言でいた。
「あの貴族、中々力あるわね。あなたこの世界では完全に悪者なのに。」
「用がないなら話しかけないでくれ。」
「私は用はないわ。でも、あなたは私に用があるんじゃなくて?
どうせ買い物ひとつだってできないでしょう?私ならできるわよ?」
「関係ないだろう、アンタには。」
「ええ?この前だって助けたじゃない?私の助けがあったから、あなたは牢から出れたのかもしれないのよ?」
「助け…。」
俺は言葉を失った。
もうとっくにそんな事期待もしていないし、信じられない。
きっとこれからもだ。
たった1か月で地の底まで堕とされた俺にとって、もうそんな見え透いた優しさなんかで救われる訳がない。
「…、そうね。わかってるつもりよ?」
メクニアは言った。
「ねぇ、ちょっと。」
メクニアは従者を呼んだ。
小声で従者に何かを話しているメクニア。
従者は「え?」という顔をした。
「別に良いじゃない。頼まれてくださいますよね?」
メクニアがそう言うと
「かしこまりました。」
そう言ってそそくさとそこから離れていった。
「すぐ、来ると思うから、それまであの馬車で待ってない?」
メクニアがそう言うと、いかにも貴族が乗ってる様な馬車が向こうにあった。
行きたくはなかった。
なんだか心がとても貧しい自分がいるのもわかっている。
媚びたくない。抗いたい。
自分をここまでしていた者全てを信じない。
心が荒んでいるのもわかっている。
中学生や高校生の時もこんな感じの似たような思いはあった。
親が居ない。貧乏。
それだけでのレッテル。
冷ややかな目。
どんなに繕っても、目の奥に冷ややかなものをいつも感じていた。
いつの間にかクラスでも出来るヒエラルキー。
俺はいつも勝手に最下層と呼ばれるようになっていた。
たったそれだけで。
一生懸命勉強しても、毎日のバイトが心を乾かせてしまう。
どんなに学校に行きたくないと思ったか。
でも、行かないと、仕事しないと、生きている実感も湧かない。
重々しい劣等感。
そして、こっちの世界は
それを極地まで堕とした。
人種、種族差別。
シーフというだけでのレッテル。
もっと露骨で剥き出しの人々の眼差し。敵意。
抗えない自分への腹立たしさ。
それだけでマウントを取ろうとする、メクニアの様な人間の浅ましさ。
それでも感情を押し殺さなければいけない。
奴隷紋という絶対的なもの。
心がギュッとなる。
メクニアの馬車について行って何になる。
立ちすくむしかない。
でも、メクニアの様な人間から逃げたくもない。
くだらない自尊心。要らなかった自尊心。堕とされた事で植え付けられた醜いプライド。
俺は考えながら、鋭い視線をメクニアに向けていた。
「ねぇ、ユーマ。」
メクニアは言った。ハッとした。
「私はわかってると言ったわ。本当よ。」
メクニアもずっと立ち尽くしていた。
すると、急ぎ足で先程の従者が荷物を持って走ってきた。
「お待たせいたしました。これなら数日分は…」
メクニアは荷物を従者から受け取り、それを俺に渡してきた。
「施しでも何でもないわ。憐れみでもない。貸しだなんてさっきは言ったけど訂正するわ。」
そう言って荷物を俺の足元に置いた。
荷物の中にはパンや野菜や肉などの食料が入っていた。
「私はあなたを尊敬する。ここだけの話。城で会ったら私はあなたをどうとも思わない。私も自分を守りたいから。そう、ただの保身。
だから、あなたも自分を守って良い。何をしても。何をしても私はそれを何とも思わない。」
そう言って挨拶もせずに馬車に乗り込み馬車は走り去った。
日が暮れていたが、俺はずっとその馬車を見送った。
俺は荷物を影空間に入れた。
悔しいけど、メクニアはわかっていた。
俺がどう思っていたのかを。
だから余計に悔しかった。
情けなかった。
もっとしっかりしようと思った。
日も暮れてきたが、俺はどうしても探したくなった。
店がどんどん閉まっていく中、道もどんどん暗くなっていく。
食事処などはまだ開いているみたいだ。
開いてる店は、店先に蠟燭をつけている、そんな感じだ。
街灯はないが、ランプの様なものをそれぞれの家や店の前でつけているせいか、思ったより暗くはない。
俺は歩き、店を方々と探し回った。
どれだけ歩いたかはわからないが、ようやくその店を見つけた。
見つけた気がした。
奥にある細道の、とても目立たないような場所。
探索をかけていた。
魔物を探すのではなく、怪しそうな店を。
魔物をイメージすると、魔物探索ができる。
だから俺は魔物ではなく、自分のイメージしたものを想像して探索をしていた。
店に入ると、何もない間取りですぐ奥にカウンターがあるだけだった。
そこに、人相の悪そうなやせ細った男がカウンター越しに立っている。
「坊主、盗人勇者だろう?」
俺は返事をしなかった。
「わかってるって。良くここを見つけたな。誰かに聞いたのかい?」
「いや、勘だ。」
「そりゃあスゲェな。ここは紹介でもないとわからないって場所だぞ。看板も無いしな。」
それは探索はかけていたけど本当に勘だった。
なんだか、怪しそうで、でも何か、気になった。
もしかしてシーフの能力か?
でも当たりだったら良かった。
「で?何か売りたいんだろう?」
「そうだ。」
勘が当たった。
「ここは潜りの「捌き屋」だ。盗品でも何でも、ギルドで扱えないものを裏ルートで転がしてる。
坊主が誰でも俺は構わんよ。シナウには、坊主を受け入れられるのはここくらいしかないからな。」
冒険者ギルドがある以上、絶対にこういう店もあると思った。
表があれば裏がある。
冒険者ギルドのあのいけ好かない受付嬢が言っていた。
盗品は扱えない、と。
俺がシーフじゃなくても盗品や、本当の泥棒はいるはずだ。
そして、事情で何かを金に換えたい人もいる。
それは俺の世界にもあったから。
だから絶対にこういう店があると思った。
「あんたはここで一番偉いのか?裏にボスみたいなのはいるか?」
「はぁ?なんだいきなり。喧嘩売ってんのか?」
「違う。取引だ。」
男はずっと俺を睨んでみている。値踏みしているようだ。
「俺がそうだが?」
カウンターの後ろから、長髪の、なんだか海賊みたいな恰好をした男が出てきた。
「あ、聞いてたんすか?」
「ああ。妙な会話が聞こえたんでな。坊主、あの盗人勇者だろ?」
「ユーマだ。」
「はは。坊主みたいな勇者さんが、こんなところに来ちゃあいけねぇよ。」
「取引だ。」
「全く。話も聞けねぇのか?」
「知っての通り。俺はシーフだ。でも転移してきたから殺されない。今は。」
「まぁ、知ってるよ。」
「シーフが生かされてるんだ。」
「だから何だって言うんだよ。」
カウンターの男が言った。
「冒険者ギルドに行ったらつまみだされた。」
「そりゃあ、あれでも国の管轄だからな。盗品なんかは受け付けてくれねぇな。」
海賊男は言った。
「じゃあ俺がこれから取って来る魔物達は?」
海賊男はジッと俺を見た。
「そんなのどっかに捨てりゃあ良いだろうが。ガキに用なんてねぇぞ。」
カウンター男は息巻いていた。
俺はカウンターに手を乗せた。
海賊男とカウンター男は俺の手を見た。
俺は影空間からゴブリンの魔石を4つ出した。
男達からしたら、急に俺の掌から魔石が出てきたように見えた。
「おお。なんだそりゃ。魔法か?どうやったんだ?」
カウンター男が驚いていた。
「おい、坊主。」
海賊男が言った。
「ユーマだ。」
フッと笑い、
「ユーマ。こっち来い。」
そう言ってカウンター奥の部屋に通した。
奥の部屋は広く、他には誰も居ない。
「今は皆出払っていてここには俺だけだ。」
俺は探索を試みると、確かに他の人間はいなかった。
俺はソファに座り海賊男と対峙した。
「で?坊主。見せたいのはそんな子供じみた魔法じゃないだろう?」
俺はソファの横の空いたところに影空間からワーウルフ丸々1匹を取り出した。
急に現れたワーウルフの死体だが、海賊男は驚きもしなかった。
ソファから立ち上がり、海賊男はワーウルフを触った。
「まだ、死んで間もないな。どうやった?」
「企業秘密ってやつだ。」
「なんでぇ?そのキギョウヒミツっていうのは?」
「内緒って事。」
「内緒、ねぇ。で?」
「こういう魔物の死体、まだ魔石も入ってる。これがこれから馬鹿みたいにここに持ってきたら?」
「そうだなぁ。解体出来る奴を増やさねぇとなぁ。」
「魔石はもしかしたら貰いたい。後は全部売りたい。金になる魔物がいるなら言ってくれ。
俺は魔物には詳しくない。教えてくれれば…、出来るだけはする。」
「ここは「捌き屋」だぜ?正規の報酬にはならないぞ。」
「俺は国の奴隷だ。でも干されて一人だ。魔物を全部焼いたって良い。勿体ないと思わないか?」
「まぁ、ねぇ。」
「取引だ。」
海賊男はソファに座りジッと俺を見た。
沈黙の時間だった。
「ラキエルだ。」
「何?」
「俺の名前だ。坊主。」
「ユーマだ。」
「ユーマ。稼がせろよ?」
そう言ってラキエルは手を出した。
俺はラキエルと握手をした。