1話 ある日の転移
俺は武田勇真。18歳。大学1年生。
早くに両親と姉を交通事故で亡くし、それでも何とか奨学金を手にしてFランと呼ばれる大学生になった。
別に大物になろうとなんて夢なんか見ていない。
何とか人並みの生活が出来ればそれで良い。
親が居ないとか、奨学金でFラン大学行ってるとか、色んな目で見られているのも、もう慣れた。
それでも別に良い。
自分が後ろ指差されずに生きてさえいれば何とかなる。
両親が死んでから、色々な人にどんな風に思われようと過ごせてきた。
関わる人に親切に、ちゃんと人と関わっていけばわかってくれる人はいた。
それで良い。
全部の人に良い様に思われたいなんて思っていない。
才能も特に無ければこれっていう得意なものもない俺にとって、別に死んでしまった両親から言われた訳でもないけれど、一人で生きていく中で、誠実にさえ生きてれば、出る杭にならなければ、なんとかなるしなんとかなった。
これからもきっとそうだろうし、それで良いと思っている。
大学での講義は俺にとって楽しかった。
聞いている授業の内容もそこまで難しくはない。
まわりはサークルだなんだと殆ど講義を聞いていないし出席もしていない。
俺は真面目に教授の目の前で聞いていて、入って1か月くらい経ったら、もうあまり人から誘われる事も無くなった。
どっちにしてもバイトが忙しいし、遊んでる時間は正直ない。
何人かの、ほんの数人の真面目な人か、少し変わった人が俺に話しかけてくるくらいで、後はきっと、俺もその「こんな大学にしか入れない奴が、何をそんなにちゃんとやってんだ。」そんな目で見られているのだろう。
でも俺にとってはそれで良い。
高校生までは、それでも合わせなくてはいけなかったからだ。
今の俺らしく、背伸びもする事なく、生きていけるだけで十分だった。
話しかけてくれる人は大抵親切だったし、俺も親切に接する事ができている。
もうまわりから何をどう思われる事もない、目を付けられる事さえない、楽なポジションにも成れた。
バイトは三つ。
居酒屋と夜の荷物仕分けと古本屋のバイト。
居酒屋と仕分けのバイトがほぼメイン。
講義の日によって少し空いた時間を、その古本屋のバイトに充てている。
大学のキャンパスの近くにあるその古本屋は、気の良いおじいちゃんが一人でやっている本屋。
あまり時給は良い訳じゃないけど、自由に働けるという事と、あまり人が来ないから、結構本が読める時間があるからだ。
本を読むことは昔からあまり好きではなかったけど、それでも何か知識でも増えて、それでいて時給が貰えるなら、今の俺にとっては結構貴重なバイトでもある。
大学生になって前期のテスト・レポートが終えた日、
俺は古本屋のバイトに入った。
夜からの居酒屋のバイトの繋ぎの時間だったし、丁度良かった。
カウンターに、店主のおじいちゃんと、そのおじいちゃんよりもっと年を取った様に見えるおじいちゃんが話していた。
俺はあまり気にもせずに、本の並び替えをしていた。
テスト期間中はここには来れなかったから、意外にも乱雑に並ばれていた。
そのお客のおじいちゃんが帰っていくと、店主のおじいちゃんが
「武田君、ちょっと。」
そう呼ばれたので俺はカウンターに行った。
「これなんだけど、ほんの内容に合った本棚に入れておいてくれるかな。」
「わかりました。」
「儂、ちょっと薬飲んで来るから、30分くらい、お願いしても良いかな?」
「店長、ゆっくりしていて大丈夫です。何かあれば呼びますし。少し休んでください。」
「ありがとう武田君。じゃあちょっと甘えさせてもらおうか。」
そう言って店長のおじいちゃんは奥に行った。
きっとさっきのおじいちゃんは本を売りに来たのだろう。
本は3冊。
1冊目は医学書。
2冊目は有名な小説家の名作。そう言えばこれ、前に売れてたな。
3冊目。
【イースロー大陸の哀しい歴史】
ん、なんだこれ。イースロー大陸なんて聞いた事ない。ムー、アトランティスくらいならあるけど、イースロー?
これ、海外の物語かな?
俺は、その本をめくってみた。
めくると最初のページに
『これは、イースロー大陸の歴史において、ユーマに起きた哀しい歴史。』
え、ユーマ?
俺と同じ名前だ。
何だろう、何か気になるな、これ。
俺は次のページを開いた。
そこにはページ一面に丸い円の中に模様が入ってる図形を見た。
「ん、なんだこれ。これって魔法陣っていうものじゃないのか?」
そう言った瞬間、その魔法陣が強烈に光り出し、俺はその眩しさのあまりに後ろに卒倒した。
本は床に落ち、俺は姿を消していた。
奥から店主のおじいちゃんが
「武田君?どうしたの?」
そんな声が虚しく響いた。
俺は目をようやく開けた。
確かに倒れていた。
しかし、目を開いた光景はいつもの本屋じゃなかった。
目の前には、白い装束をきた教会の人みたいな恰好の人達が驚き慄いている。
「本当に現れましたぞ!」
そう聞こえた。
ざわついているのがわかる。
どう見ても外国人のようだが、何故か日本語を話している。
「早く王に知らせを。」
一人のその聖職者らしい人間がそそくさとそこから離れていった。
正確には日本語じゃない。
でも言葉がわかる。
どうなってるんだ。ここはどこだ。
何が何だかわからない。
そう思ってると、すぐ斜め後ろから女性の声が聞こえた。
「ねぇ、ここどこ?」
パッと振り返ると、金髪の女性が同じ様に座っていた。
よく見ると、反対側の後ろには、これまたthat'sイケメンみたいな金髪男性と、黒い肌、黒髪の女性もいた。
その黒い女性の耳が尖がっているのが見えた。
その女性と目が合い
「何を見てるの?」
そう言って冷たい目で俺に言った。
「あ、いえ、すいません。」
俺はとりあえず謝った。
すると、そのイケメン男性が立ち上がり、
「ここはどこだ?」
と言って凄んだ。
彼の腰には、外国映画で見たような剣を差していた。
すると、聖職者らしき一人が
「突然の事になるのでしょうか…。実は我々もそうなのです。どうか、我々の話を聞いていただけないでしょうか。」
「場合によっては斬る事になるが?」
そのイケメン男性が言うと、黒い肌の女性も立ち上がり、またその女性も腰に帯剣していたのだが、その剣を抜き、
「状況はわからないが、助太刀致そう。あきらかに状況がおかしい。」
そう言って聖職者に対して構えた。
「ま、待ってください。お話を聞いていただきたい。お願いします。」
そう言って聖職者たちが二人に懇願していた。
聖職者達もあきらかに困惑しているのは俺にもわかった。
すると、金髪女性が
「まぁちょっと、話だけでも聞いてあげたら?殺すのはその後でも出来るんだし。」
そう二人に言ってニヤニヤしていた。
「ありがとうございます。こちらではなんですので、すぐ隣のお部屋に行って説明させていただければと。」
聖職者がそう言ったが、黒い肌の女性は
「隣の部屋?何がいるかわからない。罠かもしれない。」
そう言うと、聖職者の一人がそそくさと隣の部屋のドアを開け、そこが会議室の様にテーブルとイスが置かれているのを俺達に見せた。
「そのような事はございません。こちらではゆっくりとご説明をするのは大変申し訳がないと。」
ひたすらに下手に出ている様子だった。
イケメン金髪男性は、黒い肌の女性と目を合わせ
「わかった。何かあればすぐに斬る。」
そう言って二人は剣を収めた。
「ありがとうございます。さぁさぁ、それではこちらに。」
聖職者はビクビクとしながら俺達をそちらの部屋に即した。
「良かったねぇ。」
金髪女性はそう言って歩き出した。
イケメン金髪男性は俺に手を差し伸べ、
「立てるかい?」
と、もの凄い爽やかな笑顔で微笑んだ。
「ありがとうございます。」
俺はそう言うと、グイッと手を引っ張られ、俺はあっという間に起き上がらせられた。
テーブルを挟んで、金髪イケメン男性、金髪女性、黒い肌の女性、俺。
そして対面に聖職者一人が座り、その後ろに他の聖職者達が並び立っていた。
「まず、ここはドーヴァ王国、国の中心王都のシナウ、そして王城内の教会でございます。」
俺以外の3人は目を合わせ
「知らないな、そんな国。」
と言った。
「はい。我々には代々王家に仕える占い師がおりまして、丁度1週間前に、『1週間後にこの教会に4人の勇者が現れ、その中の4人なのか誰かはわからぬがこのイースロー大陸を平定する者が現れる。』と。
占い師は予言してそこで絶命し、我々は疑心暗鬼の中、その1週間後の本日、教会にて本当に現れるのかを待っていました。
そして本当に突然、皆様4人の勇者様達が現れました。
奇跡であり、やはり予言は本物であったと。」
イースロー大陸?
さっき読んだ本の大陸の名前だった。
俺はあの本の魔法陣みたいなものを見たらここへ来た。
「転移じゃない?」
金髪女性はあっさりと言い放った。
「なるほど。」
黒い肌の女性は言った。
「どういう事か?」
金髪イケメン男性が言った。
「私達はきっと、それぞれ違う世界からきた。この国も大陸も誰も知らないと思うわよ。転移じゃなければ…、召喚?」
金髪女性は分かったような素振りで言った。
「何の理由でだ?」
イケメンが言うと
「そんなの知らないわよ。あなたの世界にもいたのかしら?神様っていう存在の気まぐれじゃないの?」
金髪女性はふてぶてしく言った。
「ありがとうございます。我々も目の前で皆様勇者様達が来られた以上、その予言を信じるしかあるまいとも思っており、是非この後、我々の王にもご拝謁していただければと思います。」
聖職者は言った。
「なるほど。納得はいかないけれど、理解はしました。あまりに唐突な出来事だった故、無礼を働いたのであればご容赦ください。」
イケメンがそう言った。
俺は全く理解は出来ていない。
納得も何もない。
転移?召喚?
これって、そういえば、あの古本屋の端っこにあったラノベコーナーのコミックみたいな出来事が本当に俺の身に起こっているっていう事?
冗談だろう?
俺の夜からの居酒屋のバイトどうしよう。
今、何時かな?
まわりを見渡しても時計は無いし、明らかにここが日本じゃないのは分かる。
「ひとつ。」
黒い肌の女性が言った。
「言語が明らかに違うのだが、何故か理解できるし、今もこうやって話せている。どういう事であろうか?」
「それは…」
聖職者は答えられず困っている。
「まぁ、勝手に転移させてきたんだし、それくらいは神様の方でやってくれてるんじゃないの?」
金髪女性がそう言った。
「確かに。もしも俺達がその勇者っていうのであれば、こっちに転移させておいて、じゃあ言葉から、何てことしてたら意味無いしな。」
イケメンも言った。
「受け入れるしか、ないのか。」
黒い肌の女性がポツリと隣で言った。
ドアから一人の聖職者がきて、座っている聖職者に耳打ちをした。
「国王様が是非皆様にお会いしたいという事でご用意が出来たとの事。拝謁していただけますでしょうか。」
「行くしかないのでありましょう。是非。」
イケメンが言った。
「それでは案内いたします。どうぞこちらへ。」
そう言って聖職者は私達を案内した。
教会から歩いていると、転移だとかそういった事が本当なのだと思い知らされる。
俺のいた世界にはありもないだろう景色。どこか昔の中世を思い起こさせるような建物の作り、少し見える遠くの街並みも、テレビでも見た事ない風景。
そして…
金髪女性が歩きながら、黒い肌の女性にこう言った。
「あなた、黒エルフでしょう?」
「それが何か?あなたの世界にもいたの?」
「まぁ、居たは居たけど、あまり良く思われていなかったし、ね。」
「気にするな。私の世界でもそうだった。」
するとイケメンも
「私の世界にもいた。確かに私の世界でも良い話ではなかった。しかし、こちらに勇者として転移されているのだから。私は気にも留めない。」
「私も同じかな?ただ、聞いてみたかっただけ。」
金髪女性もそう言った。
「僕の世界にはエルフなんていなかった。漫画の世界にしか。」
俺がそう言うと、
「マンガ、とは何だ?」
黒エルフの女性がそう言うので
「ああ、ええ、なんというか…、絵本ですかね?」
「ああ。なるほど。絵本に書かれるっていう事は昔にはいたのかしら?」
「いえ、あくまで想像の中の人であって、歴史にもエルフが居たというのは描かれていません。」
「そうなのね。」
いくらこれが壮大なドッキリであっても、今目の前にいるのは間違いなく現実の人。
しかも、とても綺麗でビックリする。
「まだ、何か?」
黒エルフの女性にそう言われ
「いえ、僕は初めてエルフの方に、しかもこんなに綺麗な女性に会った事がないので、つい。すいません。」
するとイケメンが
「世界が違うと、美しいという価値観も違うのか、不思議だな。」
と言うので
「あなたも僕の世界に居たら、とんでもなくモテると思います。世界中の方々から。」
そう言ったら
「そんな事はわかっていますよ。」
とイケメンは笑っていた。
俺もとりあえず合わせて笑うしかなかった。
黒エルフの女性は何故か俺を睨んでいた。
怖い。
もう見れない。
そうしていると、とてつもなく大きな扉の前に行き着いた。
「それでは、こちらに国王はいらっしゃいます。」
聖職者がそう言うと、大きな扉が開き、向こうに荘厳な空間がある事にすぐに心臓が飛び出そうなほどの緊張が走った。