宿が決まりました。
いっぱいあるね、宿。地図で見たけどどれが良いのやらわかんないや。
こう言うときは地元の人に聞くべきかな。
誰に聞こうか周りを見渡して、暇そーにしてる屋台の人を発見!
売ってるタコヤキモドキを買うついでに聞いてみた。
「この街で一番いい宿?そりゃあ金剛亭だけど…
あそこは1泊金貨百枚だよ、そんなにお金あるのかい?」
金貨ひゃくまい。ってことは金貨100枚。
それっていくらだ?
金貨1枚が大体一万円だから、ひゃくまんえん!?
1泊ひゃくまんえんって値段設定おかしいでしよ。
と思ったら、貴族さま御用達の宿らしくて、泊まってるのはほとんどが貴族か大商人なんだって。
なんでも領主様が有名なんだって。
あと、剣聖さまがこの街に住んでるから観光気分で貴族が来たり、顔を使いたい商人とかが来たりするらしい。
で、「僕の泊まれそうな宿はありますか?」って聞いて教えてもらったのが『鹿涼亭』。
「料理も美味しいし安いって評判だよ」
だってさ。
もう日も暮れてきてるから、教えてもらえてよかった。
カランカラン
「いらっしゃい」
「泊まりたいんですけど」
「1泊銀貨2枚」
「はい」
チャリン(お金を渡した音)
「鍵持ってけ」
⋯店番してるくせに無口すぎるよ!
そんなんでよく宿やってけるな。
少し呆れながら階段を登る。
僕の部屋は…一番奥か。しっかり鍵も付いてる。
部屋は思ったより狭いけど一人だったら十分。
調度品は備え付けの暖炉と、ベッドと、窓際に机があるくらいだな。
部屋の中があったかいと思ったら、暖炉に火が燃えてるからか。
靴を脱いでベッドに飛び込んで、なんともなしに天井を見上げる。
日本では見る機会のないような煤けた木の天井が目に入った。
「そっか、知らない世界に来たんだ…」
今までは何処か夢の中にいるようで、実感できていなかったんだ、と気がつく。
同時に心細さがやってきて。
「母さん…」
つい声に出てしまう。
母さんと交わした最後の会話が思い出せない。
その時までは幾度も繰り返される日常だったから。
それがもう記憶の中だけのものになってしまうかもしれない。
そう思うと胸中に後悔の念が押し寄せてくる。
歪んだ天井が僕を嘲笑っているように感じて、
部屋に満ちる静寂がやけに耳につく。
日が落ちて暗くなった部屋に、暖炉の火だけがチラチラと燃えている。
ああ、母さんに日頃からもっと感謝を伝えておくべきだったな。
早くに死んだ父さんの分も働いて、女手ひとつでここまで僕を育ててくれた母さん。
2人で誕生日を祝ったことも記憶に新しい、
どうして僕は、当たり前の幸せが、与えられることを当然のように感じていたんだろう。
嗚咽が漏れて、あとからあとから涙が溢れてくる。
学校では大して目立ってなかったかもしれないけど
僕を気にかけてくれる人もいた。
考えたことなかったな、今まで。
クラスメイトに会いたいなんて。
母さんが恋しいなんて。
学校はめんどくさいと思ってた。
母さんを鬱陶しいと思ったことすらあった。
でも。
今は、母さんの声が、また聞きたい。
いつかうちに帰れる日は来るのかな。
……………




