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(元)オネエ淫魔と堕天使と、毒という名の狂気(1)

 






 夜深く、誰もが寝静まる頃──。



 穏やかな寝息が満ちる部屋に、ゆっくりと()が流れ込む。

 それは気化された睡眠毒。

 深い深い眠りにつき、一定時間完全に目覚めなくなる毒。

 部屋に毒が満ちて数十分後──。

 闇から這い出るように現れる人影。

 金に近い琥珀色の、爬虫類のような瞳。

 人のシルエットが徐々に変わっていく。

 右手が人ならざるモノへと変わっていく。

 鋭い爪に、岩のような巨腕。

 その腕がゆっくりと上に持ち上げられて……穏やかな寝息を立てながら上下する布団に……。



「何しようとしてるんだ?」



 ピクリッ、と動きが止まる影。

 その声が響いたのは、影の背後からで。

 そしてそこには……影と同じ瞳を鋭くさせたエイスが立っていた。


「……ど、どう……して……」

「それはこちらの台詞だ。()()()


 窓辺から差し込む月明かりが、その影の姿を照らす。

 そこにいたのはエイスに瓜二つな人物。



 双子の姉──……エイダだった。



 エイダは動揺しながら、後ずさる。


「…………なんで……?なんで……睡眠毒が効いてないの……?」

「そんなもの、元天使族であるアリスが無効化できるからです」

「…………は……?」


 慌てて振り返れば、布団の上に座る幼い少女アリス

 エイダはその背には灰色に染まった穢れた翼を見て、目を見開いた。


「な……ん、で……」

「それは堕天使が何故、浄化できるのか?って質問です?答えは簡単ですよ?堕天したって天使族の力がなくなる訳じゃないのです」


 アリスはクスクス笑う。

 確かに、天使族は浄化の力を持ち、毒や麻痺を無効化することができる。

 例え、堕天していたってその力は変わらない。

 所詮、堕天というのは属性が変わり、魔力の波長が変わるだけなのだ。

 元々有している能力は変わらない。

 しかし、堕天使は殆ど天使族に処分されてしまう。

 ゆえに……それを知る者がいなかった。

 だから、エイダも驚いたのだろう。

 エイスと共にいたのが堕天使のアリスじゃなければ、結果は変わっていたはずだ。



 アリスがエイダに殺される……そんな、結末に。



「姉さん。どうして、アリスを殺そうとしたんだ」


 エイスは鋭い視線をエイダに向ける。

 エイダは憎々しげにアリスを睨んで、その皮膚から気化させた記憶阻害毒を放出させる。

 しかし………。


「そんなの出したってアリスが無効化するのです。それに、エイスは自分の正体をちゃんと把握したのです。だから……もう毒は効かないのですよ?」

「……………っ!」


 エイダはそれを聞いて、ギロリッとアリスを睨んだ。


「貴女が……エイスに教えたの?」

「えぇ、そうです。エイスとお姉さんに竜の血が流れていると教えたのは、アリスなのです」


 そう……淫魔族の双子であるエイダとエイス。

 その身体の中には、淫魔の血だけではなく……。




 ──竜の血が混ざっている。













 傍若無人な毒竜が……閨のオモチャとして拉致したいろんな種族のメス達……。

 その中に、淫魔族であり双子の母親である人物がいた。

 彼女は他の種族の女達が苦しまないようにと、積極的に毒竜と閨を共にした。

 淫魔族だから、そういうのは得意だと他の者達を励ましながら。

 毒竜が他の女達に手を出さないように。あらゆる手練手管を用いて。

 ゆえに、その身に宿した命は淫魔でありながら、竜にも近しい存在だった。

 そして……双子の母親は、双子を産むと共に命を落とす。

 竜以外の者は竜の力に慣れさせないと……その巨大な力に負けて、死んでしまう。

 つまり、竜の力に適合しきらずに竜の子を産んだ双子の母親は、子を産んだ瞬間に死んでしまったのだ。

 そして、毒竜の相手をしていた淫魔がいなくなり……他の女達に毒竜の魔の手が伸びようとした時……。



 ──《破滅の邪竜》が気紛れで毒竜を殺した。



 拉致された者達は救われたことを喜びつつも、何故もっと早く助けてくれなかったのかとラグナを恨んだ。

 そうすれば双子の母親は死ぬことはなかったのにと。

 彼女達を励ましてくれた太陽のような女性が死ぬことはなかったのにと。

 お門違いだと分かっていても、そう思わずにはいられなかった。

 こうして、拉致られた者達はそれぞれの居場所へと帰り、産まれたばかりの双子も淫魔族の元で暮らすことになったのだが……。



 結局のところ、双子は淫魔族の元では暮らしていけなかった。


 双子は他の淫魔族とは一緒にいられなかった。



 それはそうだろう。

 双子は淫魔ではあるが、竜の血を引くのだ。

 そして……その竜の性質()を、双子は濃く継いでいたから。

 ゆえに、他の淫魔達は本能的に恐怖してしまう。

 だから、淫魔族の中でも孤立していた。

 そんな日々が続いたからこそ、エイダはどうして自分達が孤立してしまうのか大人達に問うたのだ。

 そうして知った真実。

 本来ならば、真実を弟にも伝えるべきだったのだろう。


 しかし、エイダは思ったのだ。




 自分達に強力な力があると知ったら、エイスじぶんの元からいなくなるかもしれない──と。



 だから、エイダは竜の血を引いていることを秘密にしてきた。

 エイスに大切な人ができそうな可能性を……排除をしながら………。













「お姉さんの本質(気持ち)も分かってたけど……それは伝えなかったのですよ?それだけは実際に見ないと駄目だと思ったので」


 アリスならば、エイダの全てをエイスに伝えることができた。

 だがそれはしなかった。

 アリスは憐憫の笑みを浮かべて、エイダを見つめる。


「可哀想な人ですね」

「……お前っ……!」


 エイダはその言葉に顔を歪ませ、アリスに異形の腕を振るおうとする。

 だが……次の瞬間──。




 エイダは床に膝をついていた。




「………………ぇ……?」


 身体から一気に力が抜けて、エイダの身体が床に完全に倒れ込む。

 竜化した腕も、元の細腕に戻ってしまい……それどころか呼吸すらもままならない。

 ヒュー…ヒュー……と浅い呼吸しかできない。

 毒竜の力を持つがゆえ、自分が()()()で倒れたのだとエイダは理解する。

 ゆえにそれを分析して中和しようとするが、どうしてだか上手くいかなくて。エイダはその事実に、驚愕を隠せなかった。



「なぁ、話を逸らすなよ」



 ゾワリッ……。

 エイダは唯一なんとか動く眼球を動かす。

 そこにいるのは自分と同じ顔。

 自分の弟。

 しかし、今だけは……その顔が化物にしか見えなかった。



「なんで今、アリスを攻撃しようとした?アリスが姉さんに何かした?何もしてないよな?どうして?なぁ、答えろよ」



 その声はいつもの声じゃない。

 酷く冷たく、威圧ある声。

 エイダはこの声をよく知っていた。

 この声は……まさに……。



 最愛を害されそうになった時の、主人ラグナと同じ声。



 それが分かってしまったら、エイダはもう止まれなかった。



「そん……のっ……当たり…ま……エイス……他人……のモノ、にな……る……なん、て……許さな……!」



「……………は?」


 まともに喋ることができないけれど、確かに紡がれた言葉。

 エイスはそれを聞いて動きを止める。

 はっきり言って、彼は自分の姉が何を言っているのか、理解できなかった。

 どうしてそんな理由でアリスを殺そうとするのか。

 どうして他人のモノになるのを、姉が許さなくてはいけないのか。


「…………()()()()


 だが、アリスだけは動揺していなかった。

 全てを知っているからこそ……この展開が分かっていた。


「知ってるとはいえ……実際に確認しないととは思ってますけど……この《全知ちから》は万能ですね。外れたことがないのです」


 アリスはその幼い顔に似合わない……大人びた顔で。

 呆れたような様子で肩を竦めた。


「エイス。きっと、今、貴方はお姉さんが何を言ってるのか理解できてないと思うのです」

「………あぁ…」

「だから、アリスが教えてあげます。お姉さんははっきり言って……()()()()()()()なのです」

「……アリスより…子供?」

「子供は自分の玩具オモチャを取られそうになったら怒るでしょう?暴れるでしょう?それと同じなのです」


 そこまで言われてエイスはやっと、自分の姉の本質を理解する。

 見た目は淫魔族に相応しい大人の色気溢れる姿でも……その中身は、違ったのだ。



「自分のモノを取られたくなくて。取ろうとする人を排除する。それはまさしく我儘な子供……所有欲、支配欲の塊なのです」



 つまり、エイダがアリスを殺そうとしたのは……エイスがアリスのモノになったからで。

 エイスは、自分が姉に所有物のような扱いをされていたという事実に……言葉を失う。


「…………なん、だよ……それ……」


 ずっと、二人っきりだった。

 淫魔の里に暮らしていたけれど……両親はいなくて。

 加えて、自分達が他の淫魔と違うと分かっていたから、互いに支え合ってきた。

 姉弟だからだと、思っていた。

 しかし、そう思っていたのはエイスだけで。

 エイダは、自分の所有物オモチャを大事にしているだけだったのだ。


 そんな事実を知り傷ついたエイスに……アリスは告げる。

 優しい、優しい………声で。


「エイス。今のエイスなら竜の毒を使うことができるのです」

「…………アリス……?」


 ゆっくりとベッドから降りて、アリスは彼に微笑みかける。

 小さな身体でエイスに抱きつきながら、告げる。


「エイスは今、その毒を使えばなんでもできるのです」

「…………なんでも……?」

「………そう。それこそ、お姉さんの中にある支配欲だけを消すことだって」

「……………ぁ……」

「大丈夫なのです。自分の正体を把握して、毒竜の力を支配下に置いたエイスの方が……お姉さんよりもスペックが上なのです。お姉さんよりも……とーっても、強いのです」


 そう言われたエイスは自分の手を見つめる。

 現にエイダは、エイスが放った麻痺毒で動けなくなっているのだ。

 竜の力は、主人ラグナを見ていても分かるように規格外のモノ。

 だから、アリスの言葉に間違いはないのだろう。

 いや……《全知》の力を持つアリスの言葉なのだから、絶対にそうなのだろう。


「竜の血というのは、なにかしら狂っているのです。お姉さんの支配欲もそう。エイスの異常なほどの執着心もそう。だから……エイスがお姉さんを止めないと、お姉さんの支配欲は永遠に変わらないのです。ずーっとエイスを自分のモノ扱いするのです。また、アリスが殺されかけちゃうかもしれないのです」


 それを聞いたエイスは、ほぼ無意識で自身の体内で新たな毒を作り始める。

 それは、人の欲を消す毒。

 そして、都合が悪い記憶を消す毒。


「…………あぁ、そうだよな……?姉さんがアリスに手を出すなら……オレはそれを止めなくちゃいけない」


 エイスの、竜によく似た瞳が……目の前の自分の大切な人を奪おうとするあねを見据える。

 自分の大切なアリスを奪おうとするなら、例え双子の姉であろうとエイスの敵となる。

 それほどまでに、エイスはアリスを必要としている。

 自分のモノを奪われるなんて……許せない。



 だが………エイスは気づいていない。


 その執着心も……エイダとよく似たモノだということに。



「…………エイ……ス……」


 エイダは柔らかく微笑むエイスを見て、身体を震わせる。

 同じ竜の血を引いているのに、自分よりも恐ろしい存在に恐怖が走る。

 その眼に宿る狂気に……声を失くす。



「姉さん。姉さんが悪いんだ。オレからアリスを奪おうとするから。だから、消してしまおう?オレを自分のモノだと思うその欲望も、アリスをオレから奪おうとする記憶も。全部、全部、全部!」



 狂気を宿して微笑むエイス。






 そして……その毒は、容赦なく双子の姉へと放たれた──。








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