堕天使の甘い毒に侵された(元)オネエ淫魔は、自分の正体を知る。
二人で仲良くお風呂に入り……互いの髪を乾かしたり、互いの身体を拭きあったり。
そんな風に戯れながら入浴を終えた二人は、まだ少し寝るには早い時間だったため、ベッドに腰掛けて互いの話をすることにした。
勿論、アリスはエイスの膝の上で……だ。
「オレ達が物心つく頃には、オレと姉さんがただ淫魔じゃないって思い始めたんだよなぁ。他の淫魔達から恐れられてさ」
そう、双子には親がいない。
しかし、淫魔族の里で暮らしていた。
だが……その里で、双子は何故か異物のような扱いを受けていたのだ。
それを聞いていたアリスは不思議に思いながら、首を傾げる。
「……………どうして、エイスのお姉さんは教えなかったのですかね?」
「何を?」
「自分達の正体ですよ?」
「………………え?」
エイスはそれを聞いて固まる。
自分がただの淫魔ではないということは、なんとなく分かっていた。
だが……。
「オレの……オレ達の正体を……姉さんが、知って……る……?」
「正確には、親代わりをしてくれていた淫魔。淫魔族の長。それに……里を出て行く時にエイスのお姉さんも知った、という感じですね」
「…………そ、んな……」
「邪竜の眷属になったのも、それが理由ですよね?」
「…………ち、がう……オレは……何も、考えてなくて……ただ、姉さんに連れられて……」
エイスは衝撃の事実に言葉を失くす。
自分達の正体を姉であるエイダが知っていたこと。
それをずっと黙っていたこと。
(どうして……そんなことを……?)
困惑するエイスを、アリスは優しい顔で見つめていた。
はっきり言って、《全知》を持つアリスは全て知っている。
エイスの正体も、エイダがそれを教えなかった理由も。
邪竜の眷属となった理由も、双子の両親のことも。
全部、知っている──。
しかし、それを教えてしまってはいけない。
エイスは、自分の目で確かめなくてはいけないのだから。
でも……あまりにも信じられない現実は、エイスを逆に苦しめてしまうかもしれない。
だから、アリスは彼に告げた。
エイスの心を蝕む、甘い言葉を含ませながら。
「エイス。アリスはエイスのためにならなんでもしてあげるのです」
「…………アリス……?」
「だから、エイスが知りたいこと、なんでも聞くといいのです。自分の目で見た方がいいことは言わないですけど……なんの知識もなく、現実を知ったらエイスが苦しいだけなのです」
「………………」
「………それに……エイスは、自分の事情を知らないと……」
アリスはそこで言葉を切ると……目を伏せながら、呟いた。
「********に、アリスが殺されてしまうかもしれません」
「なっ!?」
エイスはそれを聞いて言葉を失う。
なんで、アリスが殺されるのか。
なんで、アリスを殺すのか。
それが理解できなくて……でも、それを知らないと大変なことになるんじゃないかと、頭の中で大音量の警告音が鳴る。
「…………エイスは、どっちを取ります?」
「そんなの、アリスに決まってるっ!でもっ……」
エイスは片手で顔を押さえて、顔を歪ませる。
その言葉に動揺して……頭がマトモに働かない。
そんな彼を見て、アリスはゆっくりとエイスを抱き締めた。
小さな身体で頭を抱いて。柔らかな髪を撫でる。
まるで聖母のような、優しい声で語りかけながら。
「大丈夫なのです。どんなに辛い現実があろうとも、アリスはエイスの側にいるのです」
「…………ア、リス……」
「離れません。アリスはエイスのモノです。誰にもエイスをあげません。エイスはアリスのモノですから。だから、大丈夫ですよ?」
甘い囁きはまるで毒のようにエイスの心を蝕む。
ドロドロに溶けさせて、アリスという少女から離れ難くさせる。
「……アリス、は……オレのことを知っても………離れて、いかない?」
「もう全て知ってるのです。それで側にいるのです。不安になる必要がどこにあるのですか?」
「…………あ……あぁ……なら……安心だ……」
まだ出会って幾ばくもないのに、エイスはアリスという少女に囚われている。
いや、本能で理解してしまったのだろう。
同じ境遇なのは、双子であるエイダだ。
しかし、彼女には元騎士候補生がいる。
彼女のための、存在がいる。
なら、エイスとエイダは同じ条件でも同じじゃない。
エイスには、大切な人がいない。
そしてそれは……アリスも同じで。
この気持ちに名をつけるなら、孤独というのだろう。
同じだから、離れ難い。
同じだから、傷の舐め合いができる。
同じ気持ちを抱いているから……他人の温もりが心地良い。
これは、愛なんて高尚なモノじゃない。
ただの、依存だった。
自分だけの特別が欲しいという、ただの執着心。
そして……自分だけの大切を、誰にも渡したくないという……独占欲。
でも、それが二人には丁度いい。
そして、互いに互いの大切になると言った言葉は……孤独な二人にはもう捨てられない、誓いになったのだ。
だから、エイスはアリスを優先する。
自分のモノを奪われないために。
自分の大切なモノを奪わせないために。
***とだって、対立する。
「さぁ、エイス?何が知りたいですか?」
「…………オレ、全てを ──……」
そしてエイスは、堕天使の導きによって自分の正体を知った──。