(元)オネエ淫魔、ロリコン疑惑が浮上する。
そんなこんなで。
唐突にオネエを卒業したエイスは、今後どうするかを考え始める。
はっきり言ってアリスを手放したくない。
自分のコンプレックスを認めてくれる存在なのだ。
それに、あんな酷い状態で地面に丸まっていた以上……身寄りもないはずだ。
そんなアリスを一人にするなんて、考えられなかった。
ほんの一瞬だけ──孤児院という考えも浮かんだが。エイスは早々にそれを棄却していた。
「………アリスは、どうしてあんなところにいたんだ?」
「アリス、捨てられたのです」
「……………いきなり重要なところ話すんだな……」
アリス曰く。
アリスは、小さな部屋で暮らしていて。
暴力を振るわれるのが当たり前な中、暮らしていて。
けれど、ある日、アリスのお母さんじゃないお母さんが彼女を外に捨てたのだとか。
そこから、アリスは様々なところを歩き回り……最後にエイスに会ったのだと。
「ちょっと待て」
「はいです」
エイスは聞いた話を整理する。
つまり……アリスはやっぱり虐待を受けていて。
義母らしい人がアリスを邪魔に思い、家から追い出したと。
そうして浮浪児になったアリスは……なんとか生き延びたのだと。
話をまとめたエイスは、予想よりもハード過ぎるアリスの過去に頭が痛くなった。
「…………アリス……よく生きてたな。……偉いぞ」
「偉いです?アリス、偉い子です?」
「あぁ、偉い子だ」
「ふへへ〜」
その頭を撫でてやると、アリスは嬉しそうに笑う。
取り敢えず、エイスは今の話を聞いてアリスに人並みの幸せを送らせる決意をした。
こんな最悪な人生、認められない。
「なら、まずはこの街から出て行こうか」
「…………街から出るのですか?」
「あぁ。この街はアリスの教育に悪いからな」
もう、この街は終わりを待っているだけだ。
人々は犯罪行為をしても気にしていないし、廃退している。
こんなところ、いるべきではない。
「…………明日には……いや、今のウチの方がいいかもしれないな」
「今です?」
「あぁ」
エイスは綺麗になったアリスを見ていた街人達……そして、女将を思い出す。
あれは獲物を狙った目だった。
それに何人かエイス達の後を追う者達もいたのだ。
美しい少女を売れば金になると思っているのかもしれない。
宿の場所は知られているし、下手をしたら女将が……。
(この街はとても治安が悪い。それに、アリスがいるんだ。最悪を想定しないとな)
エイスはアリスの頬を撫でながら、優しく微笑んだ。
「アリス。夜になったら行こう」
「夜に?」
「あぁ。夜のお散歩をしよう」
まだ時間的には早かったため、二人は仮眠を取る。
そして……夜が深まった頃──エイスは着ていた服を取り替えた。
麻のシャツ、茶色のズボンに焦げ茶のブーツ。
黒いロングコートを羽織ったその姿は、完全に人と変わらない姿になっていて。
淫魔族特有のボンテージ衣装よりも、普通の姿になった方が……白いワンピース姿でとても可愛らしく、清楚な感じになったアリスと共にいるのに支障が出ないと判断したからだった。
そうして、二人は窓から飛び出した。
「ふぁぁぁぁ〜!」
煌めく星々を見ながら、アリスは手を空に伸ばす。
エイスはそんな彼女に微笑みながら、もう一度抱き直した。
「アリス。ちゃんとオレに抱き着いて。落とさないけど、落ちるかもしれないだろ」
「はいです!」
現在──エイスは空を飛んでいた。
今までしまっていた羽根を出し、淫魔の飛行能力を駆使して空へと逃げたのだ。
「ここから安全な町は……どこだろうな」
「王都はどうです?あっち!」
アリスは右斜め前を指差して伝える。
それを聞いたエイスは、驚いたように目を見開く。
「アリスは地理が分かるのか?」
「う?ううん、なんか頭の中で王都はあっちって……」
「頭の中……?」
「アリスの《贈り物》です!」
エイスはそれを聞いて驚く。
《贈り物》は神が与える力だ。
アリスはふにゃ〜と笑って告げる。
「アリスの力、《全知》なのです!」
ピシッ……。
エイスが一瞬だけ固まり……そして、一筋の冷や汗を流しながら、呟く。
「…………あのさ……それ、普通にヤバイ奴じゃないか?」
「ヤバイですか?」
「ヤバイだろ。国に狙われるタイプの《贈り物》だぞ?」
《全知》とは言葉の通り全てを知る力なのだ。
その力があれば、なんだって知ることができる。
それこそ……強力な兵器の作り方も、化物の召喚方法も。…………死者蘇生の方法も。
唯一の救いは、どんなこともできる《全能》はなかったことだろう。
もし、二つが揃っていたら……アリスの価値は、とんでもないことになっていたはずだ。
そこでふとエイスは思う。
「…………オレと会うのも……アリスは知ってたのか?」
エイスとアリスが出会ったのは偶然じゃなくて、仕組まれたことなら。
それは少し、寂しい気がしたのだ。
しかし、そんなエイスの気持ちを、アリスは否定する。
「ううん、知らなかったですよ?」
「え?」
「だって、この力、使えなかったんですもん!」
「……………え?」
「でも、エイスのために使いたいと思ったら使えたのです!」
確かに、《全知》が使えたら。とっくに、今までの環境の変え方が分かっていて、行動できていたかもしれないのだ。
…………つまり、エイスとアリスが出会ったのは仕組まれたことではなくて。
本当に偶然で。
そして、その力が使えるようになったのも……エイスのためなのだと。
エイスは、その事実に頬を赤くする。
(………こんなの……まるで運命みたいじゃないか……)
エイスは頬を緩めながら、アリスの頬を撫でる。
腕の中で少女は楽しそうに、嬉しそうに軽やかに笑う。
そのまま、二人は王都に向かって飛び続けるのだった。
◇◇◇◇◇
普通、都市というものは夜間になると門が閉まるものだ。
しかし、王都は人の多さや冒険者の夜間依頼などがあるため、門が戦闘時以外に閉まることはない。
そんな不夜城に辿り着いた二人は……入場料を払って、王都に入った。
「うわぁぁぁ!」
アリスは目をキラキラさせて、周りを見渡す。
夜だというのに沢山の光が煌々と照らし、もう夜遅いというのに賑やかな声が響く。
エイスもさっきの街とは違う華やかさに、少し驚いてしまった。
「………さて。宿屋を探す前に腹拵えかな」
「アリスもお腹ペコペコです」
そんな言葉と共に〝きゅぅぅぅ……〟と可愛らしい音がアリスのお腹から聞こえてくる。
エイスはプッと噴き出しながら、歩き出した。
「アリスの可愛いお腹の虫が満足するようなご飯はどこにあるかな〜」
「うぅぅうっ……!恥ずかしいですぅ……!」
頬を赤くしながら、アリスはグリグリと彼の肩に頭を押しつける。
そんな仕草さえも可愛くて、エイスは頬を緩ませる。
こんなほのぼのとした時間を過ごすのは、いつぶりだろうか?
エイスはアリスといる時間が愛おしくて……離さないようにと強く抱き締めた。
「エイス!あそこ!」
アリスが指差したのは、大衆食堂のような雰囲気が溢れる店。表の看板には《ねこねこ亭》と書かれている。
中から漂うのは香ばしくて、美味しそうな匂い。
エイスは良さげな店を見つけてくれたアリスの頭を優しく撫でながら、声をかけた。
「折角アリスが見つけてくれた店だ。早速入ろう」
「はい!」
店内に入っていくと、抱いた印象がまさに正確だったことを悟る。
酒を飲んで大騒ぎする冒険者らしき者達。
この王都で働いているだろう人々。
それに活発に動くウェイトレス。
小洒落た店ではないが、中々親しみやすい雰囲気の店だった。
「いらっしゃい!好きな席に座りな!」
恰幅の良い猫獣人の女将が、入り口に立ちっぱなしだったエイス達に声をかける。
エイスは働くウェイトレスにぶつからないように気をつけながら店の中を進み、空いている席に座った。
勿論、アリスを自分の膝に乗せた状態で。
エイスはメニューを見て、膝の上にいるアリスにも見えるように角度を調整した。
「文字は読めるか?」
「はい!」
アリスは「うーん……」と唸りながら、身体を左右に揺らす。
……悩むと身体が無意識に動いてしまうらしい。
エイスはその可愛らしい姿に笑いを無理やり堪えた。
「アリス、野菜のリゾットが良いのです」
「野菜のリゾット?アリスは野菜が好きなのか?」
「はい!果物も好きです!」
「分かった、覚えとく。オレは肉にしようかな」
エイスは店内を活発に動いていたウェイトレスに声をかける。
注文時にウェイトレスはエイスの顔を見て頬を赤らめていたが……エイスはそれに気づかない。
男女の機微に聡い淫魔族であれば、彼女の様子からどんな気持ちなのかは悟ることができただろう。
しかし、今のエイスはそれに気づけない。
今のエイスにとって、重要なのはアリスだけになっているのだ。
コンプレックスを肯定してくれたということは、エイスにとってそれだけ必要なことだったのだから。
「お姉さん、どうしたんです?」
アリスはそこに立ったままのウェイトレスに声をかけると、彼女はハッとして「なんでもないわよ」と慌ててその場から去る。
そんな彼女の様子を見て、アリスは「うー?」と首を傾げるのだった。
「変なお姉さんです」
「だなぁ」
そうして料理を持ってきてくれたウェイトレスはさっきとはまた違う人で。
そんな彼女もエイスを頬を赤くしながら見つめているが……彼はそれに気づかず料理を受け取ってお金を渡す。
しかし、今回のウェイトレスは積極的だった。
「お兄さん、ここら辺の人?」
「…………ん?違うけど……」
「ねぇ……なら、さ。今晩、暇?」
豊満な胸を見せつけるようにしながらウェイトレスは微笑む。
しかし、そういう色仕掛けはエイスの得意分野で。
エイスはクスッと……妖艶に微笑んだ。
「そういうのは相手を見てから誘いなよ、小娘」
魅了を僅かに乗せながら、エイスは言葉を発する。
すると、それだけでウェイトレスは腰砕けになりその場にへたり込んでしまった。
「女将!こいつ、食事に邪魔なんだけど!」
エイスは大声で女将を呼ぶ。
女将はへたり込んだウェイトレスを見て、肩を竦めた。
「まーた、客に手ェ出そうとしたのかい」
「お……女将ぃ……」
「ごめんよ、兄さん」
女将はウェイトレスの首根っこを掴んで、去って行く。
それを見ながら、エイスはふと思った。
本来──精気を求める淫魔としては、先ほどの誘いを断る理由は限りなく少なかった。
なのに、エイスはそれを無意識の内に断っていて。
今、それに気づいたことに驚く。
どうして、自分はそんなことをしたのかと──……。
「ほい!」
「むぐっ!?」
しかし、そんな考えは口に突っ込まれたスプーンによって遮られる。
エイスは、目の前で頬を膨らませたアリスを見て……目を丸くした。
「エイス!アリスとご飯食べてるのですから、他のこと気にしちゃメッ!」
子供を諭すように。
でも、拗ねたように言うアリスに。エイスの頬が緩んでいく。
エイスは口からスプーンを出して、頷いた。
「…………ふふっ……そうだな。今はアリスと一緒にいるんだ。他のことは気にしない」
「うん!」
…………ちなみに、今のやりとりを見ていた他の客達は。
エイスに対して〝幼女趣味〟という印象を抱いたようであった……。