ラースの森特別演習⑩
吸血鬼が落とした眼鏡を拾い上げ、深呼吸をし始める。
「失礼しました。私としたことが」
テンションの上下がすごい人だな。
とはいえ、こっちの眼鏡の人は割と会話ができそうなタイプなような気がする。
俺はベルフェゴールにも聞いた質問を投げかける。
「そっちの眼鏡さん。君たちのボスはなんで俺を狙うってんだ?」
吸血鬼は、一瞬目を大きく開けたが、すぐに表情を元に戻す。
「ベルフェゴールに何か聞いたんですか?」
「通信結晶で電話してる時にボスがどうこう言ってたからさ」
「あの脳筋……」
この感じ、やはりこいつらは誰かの命令でここにいるのは間違いないね。
吸血鬼は 「まあいいでしょう」と言って話を始める。
「ただ私達がこれから成すことに貴方が邪魔になる可能性があったからですよ」
「それだけ?」
「ええ、それだけです」
これ以上聞けることは無さそうだな。
先ほど吸血鬼の鎖を至近距離で見た時、付加魔法 腐食 麻痺 が付与されていた。まずやるなら吸血鬼だな。
「ベネット、魔法の出力を上げなさい。全開で行きますよ」
「了解にゃあ」
猫妖精=ベネットが地面を蹴った
瞬間――
バリリーーーーン
ラースの森を覆っていた結界の一部が割れたような激しい音が響く。
新手か?いや……。
結界の一部が割れたことにより、他の部分が黒く染まる。
その為どこが割れたのか、侵入者がどこから来るのかがすぐにわかるという仕組みだ。
俺が空を見上げると、結界を破ったであろう主が美しく、速く俺たちの元へと降りてくる。
まるで天使の様に美しい見た目と、綺麗な魔素を持つ少女は俺と敵2人の間に降りたかと思えば、すぐに俺の方に近付いてくる。
敵意はない……。
それにこの魔素どこかで……。
その女の子は頭を90度に下げたかと思えば直ぐにこちらに目を移す。
「遅れて申し訳ございません。イブ様。
7つ星魔法使い レオナ・ガルシア到着致しました」
彼女が軍が要請した 7つ星魔法使い か。年は俺の2つほど上だろうか。身長もあまり変わらない様に思える。
「いや、いいタイミングで来てくれたよ。ありがとう」
「勿体無いお言葉です」
完全に形勢逆転だろ。彼らもさっきまでとは態度が違う様に思える。
「レオナ・ガルシア 7つ星ですか……」
「にゃにゃーーん。ちょっとピンチ?」
レオナは 「交代です」 と言うと2人へと歩き出す。
すると、猫妖精と吸血鬼 を赤い光が包む。
まずい!!
「レオナ!!逃すな!!」
「はい!!」
ドゴゴーーーーン
……。
俺たち2人の攻撃による土煙が消えた頃、あの2人の姿も綺麗に消えていた。
すると、空から
「またいずれ会うことになるでしょう。レオナ・ガルシア イブ・レッドパール 次会った時があなた方の最期です」
との声が聞こえた。
「ふぅーーー、まあひとまずはなんとかなったのかな」
「申し訳ございません。逃してしまって」
レオナは申し訳なさそうな顔で目線を落とす。
「いいっていいって、あいつらの戦闘記録も残ってるだろうし、直ぐに捕まるよ」
「だといいんですが」
「……。」
うーん。かなり口下手で人見知りな俺はこう言う時なんの話をしていいのかが分からない。
レオナも何故かもじもじしてるし……
先ほどまで堂々として可憐だった彼女は、頬を赤らめ何か言いたげな顔で体をくねくねとしている。
「あのー……。なんかあった?」
「あっ! はい! いいえ! なんでもありま……せん」
なんかありそうな間だなぁ。
「あの!! イブ様、私のこと覚えていますでしょうか」
「え?」
「あ……。すみません。私ったら何を」
やばい。正直全然わからない。魔素記憶魔法に情報が入っていないし、初対面だと思うんだけど………
「ごめん。どこかであったっけ」
俺が決めた道は正直に言うだ!知ったかぶりで誤魔化せたらいいのだが、バレた時は相手を傷つける。←ここテストに出るよ!
「あ、そうですよね。すみません」
「なんかの作戦で一緒なったっけ?」
「いえ!! 私が一方的に知ってるだけって言うか……
4年前の戦争の時に、私の事を助けていた………」
言葉が進むに連れ声が小さくなっていき、最後の方は全く聞き取れなかった。
「あー、そうなんだ」
「その時から、いつかイブ様と一緒にお仕事をしたいって思ってて」
「それで7つ星まで来るの凄すぎるね」
俺のそんな一言に2人で笑う。やっと静かになったラースの森に2人の笑い声が響いた。
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一仕事を終えた俺たちは、本部への報告へと向かっていた。
っていうか、何気に7つ星との絡みなんて3年ぶりとかなのか。
「なぁ、レオナって何歳?」
「ひゃ、ひゃい!」
先ほどまで飛行魔法で正確に飛んでいた彼女の軌道がぶれる。
「18歳です!」
「18歳か。戦争には参加したの?」
「いえ、できるだけ近くで家族を守りたくて」
「へぇ、大事なんだね、家族のこと」
「大事……だったんですけど……」
レオナは少し苦笑いでそう話す。
悪いこと聞いちゃったな。
「そうか。ごめんな」
「いえいえ! 仕方のない事です」
レオナの目には涙が浮かび、誤魔化すために微笑んでいるのがわかる。
「そういえばさっき、俺が助けたって言ってたけど」
「あ……えっと……
私4年前のレブン戦役で、家族を失って途方に暮れてたんですよ」
「うん」
「その時、自暴自棄になってて、死に場所が欲しくて最前線に志願したんです。
我ながらバカだなって思いますけど」
レブン戦役と言えば、俺が死霊魔法使いと戦った、歴史上では最後の戦争と形容されるらしい。
「その時、イブ様の隊に派遣されることになったんですけど、私の事情を聞いて 戦争で失った物の代わりは戦場には無い って言ってくれて」
「ぶっっ」
はっず!くっさ!!
でも、この子が俺の顔を知っている理由が分かった。
レブン戦役で最前線を承った俺の隊の死亡率は98%と言われていた。だからそんな部隊に志願してくれた人達に敬意を示すために仮面を外してたんだった。
「その時思ったんです。私の弟よりも小さい男の子が国のために一生懸命になっているのに、何も努力せず、何にも貢献できずただ勝手に死ぬのってどうなんだろうって」
「戦地から帰された私は、それから毎日魔法について勉強しました。それで気がついたら7つ星に」
「強い子だね」
「えへへ」
レオナの可愛い笑みに脳死させられたと思えば、気がついた時にはオースティン領に到着していた。