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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ムードメーカーくんはあまえんぼ

作者: 東雲有咲

東雲有咲でございやす。

ムードメーカーくんが実は闇抱えてて、甘えたなのいいなって思って書き始めたやつ。

ムードメーカーって、基本おしゃべりやから、逆に無口な子組み合わせたらどーかなって思って、このカプになった…。

あと、閉じ込める?みたいな表現があります!

監禁…とまではいかないと思うのですが。

苦手な方は、回れ右してくださいまし。

じゃ、キャラ紹介っ!


*キャラ紹介*


神崎かんざき 颯太そうた[攻め]

無口でクールな感じ。湊の幼馴染み。湊とはよく喋り、笑顔も見せるが、他のやつとはほとんど喋らない。クーデレ?


かじ みなと[受け]

ムードメーカー的存在。誰かに甘えたいという願望を持っている。若干病んでる。




ー自分語り失礼しますー

※飛ばしていただいて結構です。


微笑みうつ病という言葉は、皆さまご存知でしょうか。

正式な名称ではござらんのですが、そう呼ばれているうつ病の種類がございます。

本文でも詳しく解説いたしますが、ざっくりとここでご説明を。

微笑みうつ病とは、人前では笑って過ごしているけれども、内面ではうつのような症状が出ていることを指します。

自分、それだった時期があって。

友達の前だと笑って過ごせるけど、一人になった瞬間気分が下がったり、夜考え事をしてて寝不足になったり。

あと、「疲れた」が口癖で、ずっと言うてた。

なんか、友達とかの前やと愛想笑いをずっとしてるみたいな感じなんよ。

愛想笑いばっかりしてるなーって自分では思ってても、友達からはゲラやんとか、愛想笑いちゃうやろとか言われて。

心から笑ってないのにな、とちょっとモヤモヤしたりしてたんやけど。

まぁ、不安から開放されて、少しはましになりまして。

今もその愛想笑いとやらは癖になってるんか、なかなか抜けませんけど。

で、最近その微笑みうつ病というワードを見つけまして、詳しく調べてみると症状がぴったり当てはまってたんよね。

自分、これやったんか、と腑に落ちたのが最近のこと。

そんな自分をこのムードメーカーくんに投影してみた。

だから、ちょっと題名からは離れていってるかも…(ちゃんと甘えたやけどな?)

えー、長々と申し訳ございません。


これは、自分が甘えたいな、愛想笑い見抜いてくれへんかな、こういうふうに言ってもらいたいな、という願望を詰め込んだ作品になっております。

良ければ、最後まで読んでいってください。


ふいに後ろから頭を撫でられた。

犬の頭でも撫でるように、わしゃわしゃと。

「おまっ、俺はお前のペットかよ!」とツッコむ。

「…ペット?そんなんじゃない。けど、兎に似てるなとは思う」

表情を一切崩さずに淡々と話す。

こいつは幼馴染みの神崎颯太。

家も隣で、親同士がもともと仲が良かったこともあり、産まれたときからの付き合いだ。

「ホント、颯太は湊にべったりだよな〜」

「それな。ずっと一緒で、飽きねぇの?」

飽きる、飽きないの話じゃねぇ。

俺らは、一心同体だから。

離れたくても離れらねぇ関係なんだよ。

お前らには分かんねぇだろうな。

と言いたかったが、どうせ言っても訳の分からないことを言っているやつとしか見られないからやめておいた。

その代わりに「これがな、案外飽きねぇんだよ」と言って笑った。

いつからだったか?

愛想笑いが、上手くなったのは。

心の底から笑えなくなったのは。

笑顔が仮面みたいに張り付いて、取れない。

「そんなもんか!」

「そんなもんだ!」と返すと周りも笑い出す。

ただ、颯太だけが悲しそうな瞳を俺に向けていた。

「あ、そろそろ授業か」

「腹減った〜」

「そろそろ昼だもんなー」とか言いながらそれぞれの席につく。

颯太は肩をぽん、と叩いてもうちょっとだけ頑張れと小声で言った。

少しうなずいて、自分の席に戻る。

頭、撫でられた…。

嬉しいような、くすぐったいような。

不思議な感じだ。

親から愛されていないわけではない、と思う。

最低限の保証はされてたし、割りと愛されてる自覚はあった。

けど、俺が三歳のとき、妹が産まれた。

それからは、妹に愛が注がれた。

何をするにも二番目だった気がする。

でも、それなりに愛されてはいたはずだ。

なのに、なんで…。

甘えたいという願望が強く出るんだ。

愛されて、こなかったからか?

愛に飢えているからか?

なぁ…。

俺、

俺は…、

「先生。梶が顔色悪そうなので保健室連れていきます」

教室の静寂を颯太の声が切り裂いた。

あ…。

助けてくれた、のか…?

「おー。じゃあ、連れて行ってくれるか?」

「はい」

と言うとすぐに俺の席まで来てくれた。

それから、肩を貸してくれて、颯太と一緒に教室を出た。

俺はされるがままになっていた。

保健室に連れては行かれず、空き教室に入った。

「大丈夫?」と顔を覗き込んできた。

「ん、あんがと」

「ぎゅう、する?」

うなずいてぎこちなく手を広げる颯太の胸に飛び込む。

全部受け止めてくれそうで、なんか安心する。

「疲れた」

ぽろりと本音をこぼす。

「お疲れ。よく頑張りました」と頭を撫でてくれた。

頑張ったね。

よく頑張りました。

なんていう言葉を聞くと泣けてくるのはなんでだ?

褒めてもらえると、嬉しいのはなんでだよ。

「もっと」って言いたい。

「もっと褒めて」って。

でも、そんなの誰にも頼める訳ない。

そう思って我慢してた。

なのに、こいつに独り言を聞かれて…。

「一回でいいから誰かに甘えてぇな…」

「じゃあ、甘える?」

「でも、お前に迷惑かかるから…」

後ろを向くと、案の定颯太がいた。

穴があったら入りたいと人生で初めて思った瞬間だった。

けど、颯太は甘えたいって言っても引かなかった。

それから、たまに俺は颯太に甘えている。

「まだ教室帰んないだろ?」と不敵な笑みを浮かべている。

不覚にもドキッとしてしまった。

「お前さー、かっこいいんだから、もうちょっと愛想良くしろよな」と笑う。

沈黙が、ちょっと気まずかったから。

もう、知らないうちに癖になっているのかもしれない。

「…俺の前では、それ、やめて」

「それって、なんだよ」

「仮面被るの、やめてってこと」

カメンカブルノ、ヤメテッテコト。

一瞬、颯太が言ったことが理解できなかった。

それを察したのか、言い換えてくれる。

「演じてるだろって」

あ…。

気づいて、くれた?

なぜか無性に泣けてきた。

颯太は慌てふためくこともなく、ただ優しく頭を撫でてくれた。

今まで、気づくやつなんかいなかった。

俺の愛想笑いが、上手いから。

「お前ってゲラだよなー」

「笑いすぎだろ」

「愛想笑いってwぜってー違ぇじゃんww」

心の底から笑ってないのに。

誰も、気づいてくれなかった。

息をするように笑った。

自分でもなんで笑ってるのか分からない。

「大丈夫。絶対、大丈夫だから。無理しないで」

そんな優しくすんなよ。

余計に泣けてくるだろ。

って笑いたいのに。

出てくるのは嗚咽と涙しかなくて。

「…俺、頑張ってるよな?」

そんなこと聞いたって無駄だってわかってる。

「うん。湊は頑張ってる」

ただの自己満足だって。

でも。

頑張ってるって言われるだけでちょっと頑張れそうな気がする。

「湊は十分頑張ってる。よくここまで頑張ったね」

こうやってどろどろに甘やかしてくるから、俺がダメになるんだ。

分かってる。

颯太から離れなきゃいけないって。

けど、それ以上に褒めてもらえるのが嬉しくて仕方がない。

「大丈夫、大丈夫」と言いながら背中をさすってくれる。

すごく安心する。

この大きな手も、優しい声も。

いつもはなんの感情も乗ってなさそうな声なのに、こういうときだけ優しいって分かるような声出すのはずるい。

「あんがと。ちょっと楽になった」

「良かった」と微笑む。

やっぱこいつ、顔がいい。

もっと愛想よくしてたら彼女とかいるんだろうな…。

彼女?

今まで考えたこともなかった。

こいつに彼女ができるんだろうな、とか。

「戻れそう?」

颯太の声でふと思考の海から引っ張り出される。

「ん、だいじょぶ」

「そっか」

たぶん、こいつは口下手なだけで、優しいやつなんだろうな。

颯太は教室に戻ろうとは言わなかった。

きっと、俺に気を使ってくれているんだろう。

「そろそろ戻ろうぜ。あいつらも心配してるだろうし」と言うと渋々といった様子でうなずいた。

教室のドアに手をかけると、やんわりと颯太に止められた。

「戻らないで」

切なそうな声が耳元で聞こえる。

俺だって、戻りたくねぇよ。

ずっとお前に甘えてぇよ。

けど、それはできないんだよ。

分かれよ。

「なんでだよ。戻らねぇと」

「無理してほしくない。できることなら、俺の部屋にずっと閉じ込めてたい。気なんか使わないでいい。俺は湊に愛想笑いなんかしてほしくない。心から、笑ってほしい」

少しイラついているような颯太の声が教室に響く。

心から…。

本気で俺のことを思ってくれてんだな。

でも、俺は…、

「ホントなら俺もそうしたい。けど、」

颯太はもう分かっていたらしい。

最後まで言うまえに言葉を遮った。

「ごめん。俺が意地悪だった。忘れて」

「…俺、お前に捕まってもいいぜ」

考えるよりも先に言葉が出ていた。

そんなことしたらケーサツに捕まるんじゃないかだとか、心配されるだとか、そんなことはどうでもいい。

今はこいつと…。

「え、」

目を見開いていた。

まさか、そんなことを言うとは思わなかったんだろう。

「だって、ずっと二人で居られるんだろ?なら、俺はそうしたい。…ずっと、お前と一緒に居てぇよ」

なんでか分かんねぇけど、泣きそうになる。

もし、叶うなら。

お前と…。

じゃなくて、叶えるんだ。

「ホントにいいの?」

こんな顔してると小さい頃の姿にそっくりだ。

不安そうな顔をして首を傾げる。

「いいって言ってんだろ」

その度に俺が大丈夫だって言ってたっけ。

懐かしいな。

「じゃあ、遠慮なく」

ニヤリと笑った。

あんなに弱そうでよくガキ大将に絡まれてた颯太が、今じゃこんな顔するんだもんな。

「それじゃ、今から早退しよう。俺は心配だからついていくって言えば大丈夫だろうし」

こいつ、案外ノリ気だな。

そんなに嬉しかったのか…?

「家には何日か泊まりに行くって言ったらそんな心配されねぇだろ。それと、学校は風邪引いて何日か休むって伝えとけばいいだろ?」

俺も思ったより楽しみにしてるんだな。

人生で一番と言ってもいいほどに頭をフル回転させてる。

「とりあえず、一旦家帰るわ。そっからお前んちに監禁されに行くな」

まるで今から遊びに行くみたいだな。

そう言いたかったけど、お前があまりにも真剣な顔をしているからやめておいた。

それから、先生に早退する旨を伝え、学校を出た。

「そんなに考え込まなくても…」

「俺、先帰る。またあとで」と言って走っていった。

なんだよ、急に。

帰り道なんか、ほぼ一緒みたいなもんじゃんか。

それとも、俺と帰んのがそんなに嫌なのかよ。

とぼとぼと一人で帰るのは、とてつもなく面白くなかった。

いつもは颯太とダベりながら帰るから時間なんかあっという間で、楽しかったのに。

ふと上を見上げる。

それから、雲一つない青空に向かってつぶやいた。

「寂しい、」

甘えさせてよ。

頭撫でてよ。

褒めて。

いっぱい、褒めて。

会いたい…!

居ても立っても居られなくなって、走って家に向かう。

さっき自分で家に帰ってから、なんて言っていたのも忘れて颯太の家に直行する。

ピンポーンと軽快な音が鳴り響く。

「…はい」

「俺!早く、開けて!!」

ブツッ。

インターホンが切れた。

ドタバタと颯太が走って玄関に向かっている音がする。

「どした?大丈夫?早かったね」

ドアが開いて、心配そうな顔をした颯太が顔を覗かせる。

颯太の顔を見ると、ほっとした。

「…まぁな」

早く会いたくて走ってきた、とは言えなかった。

甘えたかったからっていうのは恥ずい。

「家、帰ってないの」

カバン背負ったままだったし、着替えてもねぇし。

面倒くさかったとか言えばいいのに、俺は訳のわからないことを並べた。

「忘れた」

家に帰るの。

「あ、その。鍵、忘れた…から」

誤魔化した。

けど、うまく誤魔化せたかは分からない。

「そっか」

颯太は特に怪しむこともなく、ドアを大きく開けて入りなよと言った。

「お邪魔しまーす…」

いつも来てるはずなのに、今日はちょっと雰囲気が違う気がする。

「気負わなくていいよ。いつも通り遊ぶだけ」

全部わかってる。

目が、そう語っていた。

「分かってるって」

「ジュース持ってくる」と言って部屋を出ていこうとする。

なんで、俺から離れようとすんの。

俺が、お前に捕まってもいいとか変なこと言ったからか?

それとも、甘えられんのが嫌だった?

俺、面倒くさい?

「湊、これじゃ行けない」

颯太の声でふと我に帰る。

無意識に袖を掴んでいたらしい。

「あ…。わ、悪ぃ」

慌てて手を離す。

ぜってぇ面倒くさいやつって思われた。

なんで引き止めた?

行ってほしくなかった?

分からない。

俺は、俺がわからない。

これが愛想笑いが上手くなった代償か?

と一人苦笑する。

自分がわからなくなる。

他人だけじゃなくて、自分にも嘘をついてたから。

感情を押し殺してたから。

感情が前に出てないのは颯太のほうじゃなくて、俺だったんだ。

そう気づくと急に自分が自分じゃなくなったみたいで、変な感じがした。

「湊は甘えるの下手だよね」と言われて、何も言えなかった。

言葉が出なかった。

図星だったから。

「一人で我慢してさ、閉じ込めて。いつも周りのことを気にかけて」

颯太が次になんていうか分かんなくて、怖い。

「すごい。偉いよ」

こいつは、昔からそうだ。

褒めてもらえることが少なかった俺は、颯太から褒めてもらえるのが嬉しくて、調子に乗っていたときもある。

バカだったから、テストで百点なんか取ったこともない。

褒められるようなことをした覚えもない。

だからかもしれない。

高校生にもなって、甘えたいと思うのは。

「大丈夫そう?」

こくりとうなずくと、颯太はほっとしたようだった。

俺、バカだ。

颯太に迷惑かけて、気を遣わせて。

「俺、もうお前に迷惑かけねぇから。今まで、悪かったな。帰るわ」

こうしないと、ダメなんだ

もうお前にこれ以上迷惑かけらんねぇよ。

踵を返して、颯太に背をむける。

「迷惑、じゃないから。その、俺、上手く言えないけど。俺、湊が好きだ」

「…は?おまっ、何言って…」

真剣な瞳が俺を射抜く。

俺はそれ以上何も言えなかった。

好き?

颯太が、俺を?

なんで?

俺、は。

颯太のこと、そーいう意味で好きなのか?

ちゃんと、答えねぇと。

嫌い…じゃねぇけど、恋人としては難しい。

だって、こいつは昔からずっと一緒で、これからもずっと友達として一緒だって…。

そう思ってた。

もし、付き合おっかってなったら、こいつは俺の恋人になるってことだろ?

それって、今と何が違うんだよ。

今のままじゃ、駄目なのかよ。

でも、「恋人」になったらもっと甘やかせてもらえる?

「ごめん。返事はいらない」

俺が悩んでいるのを察したのか、颯太が慌てたように言った。

「いや、絶対に答え出すから。もうちょっと待ってくれね?」と笑う。

心から笑いたいのに。

癖になってる愛想笑いが抜けない。

自分で自分が嫌になる。

でも、こいつといるときは愛想笑いが少ない…気がする。

気づいたら笑ってる。

「俺さ、湊が笑ってる姿、好きなんだよな。…でも、愛想笑いしてるところは見たくない。だから、俺が笑わせて見せる」

ドキッとした。

今まで、ずっと、苦しかった。

「なんか、悩みなくて良さそー」

「ずっと笑ってて、お気楽でいいよなー」

なんて言われて、笑って誤魔化すことしか出来なくて。

俺にだって悩みはあるし、気楽じゃない。

人前では笑ってなんともないような顔をしていられるのに、一人になると急にネガる。

明日が来ないでほしいとか、生きたくないとか、そんなネガティブなことばかり考えてしまう。

「今日、泊まってく?」

「うん。そうする」

一人でいると、また不安になるから。

自己嫌悪で死にそうになるから。

少しだけ、甘えてもいいか?

「あのさ、もし、違ったら聞き流してくれたらいいんだけど。『微笑みうつ病』って知ってる?」

首を横に振る。

そんなの、初めて聞いた。

「人前では笑ってるけど、内面ではうつ病の症状が出ている…。っていう人のことを言うんだけど。湊、微笑みうつ病なんじゃないかなって」

「んー…。うつ…なのかは分かんねぇけど。でも、その病気だったらヤバイのか…?」

「…セルフチェックみたいなのあるけど、やってみる?」

俺は颯太に言われるがままにセルフチェックとやらをやってみた。

気分の低下、睡眠不足(または過眠)、疲労感、ストレス発散が上手くできない、自己肯定感が低い…。

ほとんどが当てはまっていた。

「この微笑みうつ病は、責任感の強い人とか、我慢強い人、人の評価や顔色をうかがう人がなりやすいんだって」

責任感が強い?

我慢強い?

評価や顔色をうかがう?

俺はそんなんじゃ…。

「まるで湊のことを説明してるみたいに症状がぴったり合う。きっと、無理してたんだよ」

無理してた?

俺が?

何いってんだよ。

俺は大丈夫だ。

俺は、うつなんかじゃ、ない。

スマホの画面から目を背ける。

でも、分かってる。

自分でも最近俺ヤバいなって思ってた。

けど、改めて言われるとなんか…。

不安になる。

「大丈夫。一緒に改善していこう」

背中をさすってくれる。

俺よりも高い体温が、手のひらから伝わってくる。

手があったかくて、颯太の声が優しくて。

ほっとした。

急に力が抜けて、後ろに倒れそうになる。

最近、あんま寝てなかったしな…。

ぐらりと視界が揺れる。

どうにでもなれ。

重力に体を預け、目を閉じる。

体温の高い手が俺の腕を掴む。

受け止めてくれた…のか。

あ…。

また俺、迷惑、かけて…。

そこで俺の意識は途切れた。








「__と、_なと、みなと…」

うっすらと目を開けると、颯太の顔がぼんやりと見えた。

「ご飯。食べれる?」

食べれる。

あんがと。

って言いたいのに、声がかすれて上手く出なかった。

代わりにこくりとうなずいた。

「良かった。ご飯だって」

先に部屋を出て階段を降りる颯太の後ろ姿を見ながら、まだはっきりしない頭で考える。

夢、見なかったな。

いつもは何かしら夢を見るのに。

ぐっすり寝れた。

おかげでちょっと目が冴えた。

「大丈夫?」

颯太が階段の途中で振り向いた。

「ん、だいじょぶ。ちょっと楽になったわ」

微笑んで、リビングに入っていった。

それから、飯食って、風呂入って。

ちょっとだけ颯太とゲームして。

もう十時半にはベッドに入っていた。

幸い、颯太のベッドは少し大きめで、高校生男子が二人寝てもそんなに狭くなかった。

「さっき寝たのにまだ眠ぃ…」と目をこする。

「きっとあんまり寝れてなかったんだよ。…おやすみ、湊」

「ん…。おやすみ」

数分後。

隣からは規則正しい寝息が聞こえる。

やっぱ、さっき寝たから眠れねぇな…。

反対向きで寝たり、仰向けになったりって体制変えてたけど寝れねぇ。

諦めて起き上がると、「眠れない?」ともう寝たはずの颯太の声がした。

「えっ、お前、もう寝たんじゃ…」

「湊がもぞもぞしてたから起きた」

俺のせいかよ。

「悪い…」

「冗談だけど」

真顔で冗談言うな。

本気かと思うだろ。

「冗談かよ」

「寝かせてあげよっか」

…子供じゃねぇんだし。

ちょっと昼寝したから眠れねぇだけで…。

「はっ?別にいいって…」

「ほら、早く寝転んで?」

結局、颯太の圧に負けて、ベッドに寝転ぶ。

目の上に手がのせられる。

やっぱあったかい…。

俺の手なんかよりも大きくて、指が細くて、あったかかった。

軽く押さえつけられてて、目が開かない。

でもごめん。

寝れねぇよ…。

って思ってるうちに寝たんだろうな。

気づいたら朝だった。

いつの間に寝たんだ?

目覚めもいいし。

身体もだるくない。

…なんかの魔法か?

ってくらいにぐっすり寝れたし、目覚めが良かった。

颯太はもう先に起きてたみたいで、カーテンを開けてた。

「朝ご飯テーブルにあるから勝手に食べててって親が」って言ってまたベッドに潜り込んできた。

「二度寝?」と聞くと「まぁ、そんなところ」と言葉を濁した。

「学校には休むって言ってるし、親にも言ってるから」

「悪ぃ。俺、またお前に迷惑かけて…」

申し訳なくて、うつむいた。

「迷惑じゃない。もっと、頼って。謝らないで。迷惑じゃないから」

頼る?

なんでも、一人でできると思っていた俺にはない概念だった。

いや、一人でやらなきゃいけない、の間違いか。

「それと…、もっと、甘えて」と微笑んだ聡太の顔を直視できなかった。

甘えて、いい?

迷惑じゃ、ない?

「うん。ありがと…」

俺は泣きそうになっていた。

颯太が、そう言ってくれるのが嬉しくて。

駄目だなぁ、俺。

なんて言って笑う必要がない。

っていうのは、どんなに楽なことか。

泣き顔見られんのは恥ずい…。

けど、「泣いていいんだよ。大丈夫、大丈夫」って颯太が言うから。

子供みたいに声を上げて泣いた。

目が赤くなるまで泣いた。

「…そろそろご飯食べる?」と言いつつベッドからは出ない。

「ん、」

目をこすりながら起き上がる。

あくびを一つして、伸びをする。

いつもは学校かと憂鬱になる朝も、今日はいい朝だと思えるほどに気分が晴れていた。

そして、ベッドから出ようと…。

したけど颯太が寝転んでるから出れない。

「颯太、早くベッドから出ろ」

「なんで?」

「出れねぇから」

「お腹すいた?」

「いや、そんな…」

すいてねぇけど。

と言いかけてやめた。

颯太が手を握ってきたから。

まるで親が子供と離れないように手をつなぐみたいに。

俺は親と手を繋いだ記憶がない。

だから、手を繋いでもらってる子供を見ると大事にされてんだなってちょっと羨ましくなる。

俺も今大事にされてるって思うと嬉しくなった。

たぶん颯太はそんなこと考えてねぇだろうけど。

颯太が手を絡ませてきた。

おまっ、それはやりすぎだろ。

軽く手を握って、満足そうに微笑った。

「可愛い」と言って颯太の整った顔が近づいてくる。

なんだよ、お前、そんなに目悪かったか?

なんていう冗談も出ない。

じりじりと後ろに下がる。

けど、後ろは壁でもうこれ以上は後ろに下がれない。

ぎゅっと目をつぶると、唇に柔らかいものが触れた。

は?

何、して…。

今…。

キス、された?

ってか、俺のファーストキス…。

「返事、遅いから。我慢出来なくなった」

あ…。

返事…、忘れてた。

にしても、我慢できなくなったってなんだよ。

「ごめん。気持ち悪かったよね」

「は?別に、そんなんじゃ…」

抵抗、なかった。

俺、颯太にき、キス…されて嫌じゃなかった。

しゅん…とうなだれている颯太を見る。

ドクン、ドクン、ドクン…。

心臓の音がやけにうるさい。

「……や、じゃ、なかった」

「え?」

「その、颯太にキス…されて、嫌じゃなかった」

「ホント?気持ち悪くなかった?」

こくりとうなずくと、抱きしめられた。

「好きだよ」

耳元で囁かれるとぞくぞくする。

「…くすぐったい」

ふふ、と颯太が笑う声がする。

それにつられて俺も笑う。

心から。

幸せだっていう笑みをこぼす。

ありがとな。

俺を、助けてくれて。

お前は俺の[[rb:救世主 > メシア]]だよ。

じっと颯太を見つめていると、おでこにキスを落とされた。

「なんか、欲しそうな顔してた」

「なんだよ、それ」と言って笑う。

愛想笑いをしていたのが嘘みたいだ。

窓から差し込む夕日が部屋の中を照らしていた。









晴れて恋人となった俺達は、前とあんまり変わってない。

「友達」から「恋人」という関係になっただけ。

名前が少し変わっただけだ。

「湊、頭になんかついてる」

「ん!」と言って目をつぶる。

取って、っていう意味なのに、颯太はどう取ったのか、キスしてきた。

「外でするのはなしだろ」

「湊が可愛くてつい」

なんだよ。

可愛いって。

って言いたいのに、真っ赤になった顔を見られたくなくて顔を背ける。

まぁ、こんな感じでラブラブな日々を送っていた。

そんなある日…。

「颯太、一緒に帰ろうぜ」と誘うと、「…ごめん。今日はちょっと…」と言って目をそらした。

そんな日もあるよな。

別に、毎日一緒に帰らなくたっていいだろ。

「そっか。わかった」といってこの日は別々で帰った。

けど、一緒に帰れない日が何日が続いて…。

「お前、最近颯太と喋ってねぇけど、なんかあったのか?」

隣の席の鈴木が話しかけてきた。

こいつとはまぁまぁ喋る。

けど、やたらと絡んでくるから面倒くさい。

「いや、別に…。なんもねぇよ」

「ホントかよ〜。お前、なんかしたんじゃねぇの?」

いや、ホントに何もない。

今まで喧嘩はたくさんした。

けど、颯太が俺を避けたりしたことは一度もない。

…まさか、あれか?

この間、聡太が女子に告白されているところを見た。

学年一可愛いって噂の女子。

やっぱ、颯太ってモテるんだな…。

なんて他人事のように思ってた。

でも、不安だった。

もし聡太が告白を断らなかったら?

颯太が「はい」って言って、その女子と付き合うことになったら?

なんか、嫌だ。

これは俺のわがままだ。

けど、颯太が他の、俺以外の誰かのものになるのを見るのはなんか嫌だ。

『付き合ってください!』

『…ごめん。俺、付き合ってる人いるから。君とは付き合えない』

ほっとした。

と同時に、その「付き合ってる人」が俺じゃなかったらどうしようという不安が波のように押し寄せる。

大丈夫だ。

颯太は一途だから。

そう自分に言い聞かせて、その場を離れた。

最近は昼も一緒に食ってねぇし…。

ちょこちょこどっか行ってんだよな…。

隠し事なんか、一回もしたことなかったのに。

颯太が浮気なんて、あり得ない。

「おーい、湊。聞いてっか?」

顔の前で手を振っている。

それくらいは見えるっての、バカ。

と言いたいのをぐっとこらえて、できるだけ明るく振る舞う。

「あ、悪ぃ。何?」

「お前さー、ぼーっとし過ぎ。今から、カラオケ行こーぜって話。ちゃんと聞いとけよ」

「あー、放課後な!うん、わかった」

ホントは行きたくなかった。

カラオケなんか、楽しくない。

聡太が居なきゃ、どこに行っても楽しくねぇんだよ。

二つで一つのものがかけてるみたいだ。

そう、まるで片方欠けた靴下のように。

風邪引いたとかなんとか言って、抜け出せねぇかな。

…もう、心配してくれねぇのかな。

聡太、は、俺のこと…。

もう、甘やかしてくれねぇのかな。

好きってなんなんだろうな。

俺はもう、わかんねぇよ…。

『湊、大丈夫だよ』

「は、?颯太?」

今、確かに颯太の声が…。

「なぁ、今颯太が…」

先を行く鈴木に話しかける。

「いねぇじゃん。ったく…。お前はちょっと颯太から離れたほうがいいぞ」

なんで、みんなして俺から颯太を離したがるんだよ。

「…そうかもなー」

「そんな顔してたら、女の子にも嫌われるぜ?」

「は?女…?」

なんで急に女が出てきた?

ぼーっと聞いてたからか、鈴木が何を言っているのか分からなかった。

「おう。言ってなかったか?女の子も来るんだって。いわゆる、ご、う、コ、ン!」

合コン!?

俺はそんなの聞いてねぇぞ!!

「…俺は行かねぇ」

「はぁ!?俺がどれだけ苦労してこの合コン取り付けたと思ってんだ!!」

そんなの知らねぇよ。

俺は、颯太と…。

つ、付き合ってる…んだよな?

「ほら、もう女の子たち待ってるから早く行くぞ」

手を引かれるままにカラオケに入る。

もう部屋には女三人がいて、三人とも近くの女子校の制服だった。

左に座ってるのは大人しそうな黒髪のロングの女。

真ん中に座ってるのはいかにもギャルって感じの茶髪にピアスがバチバチ開いてるミニスカギャル。

一番右はピアスは開いてねぇけど髪を明るい茶色に染めてる。

どいつもこいつも派手な見た目しやがって。

「…で、こっちが俺の友達の梶湊!」

「あ、よろしくお願いします」

軽く頭を下げる。

「えー!二人ともかっこいいー!」と騒ぐ女子たち。

うるせぇ…。

ってか、早く帰りてぇ。

「そうでもないよー。そっちのみんなも、めっちゃ可愛いね」早速口説きにかかっている鈴木を尻目に、俺はメニューを見始める。

「湊くんは何飲む?」

「…コーラで」と笑ってみせる自分が憎らしい。

いつも周りの顔色ばっか伺って、バカみたいだ。

カラオケに来たのに、みんな歌わずに話している。

何しに来たんだよ、まったく…。

わざと用もないのにスマホを触ったりして時間を気にしている素振りを見せる。

「湊くん、歌わないの?」

そんなことを気にも留めずに女子は話しかけてくる。

「あー、俺、用事あるから。この辺で…」

「えー!帰っちゃうの?」

大きい声で言う女子に、鈴木が顔をしかめる。

いや、三十分も居たんだからもういいだろ。

半ば強引に部屋を出て、先に会計を済ませてさっさとカラオケを出る。

はぁ…。

時間無駄にした。

合コンなんか、聞いてないっての。

まぁ、あいつなりに考えてくれたんだろうけど。

疲れた…。

また逆戻りだ。

せっかく颯太が助けてくれたのに。

俺、何やってんだろ。

あれ、俺…。

気がつけば颯太の家の前だった。

「聡太…」

まだ帰ってねぇのかな。

俺に隠れてコソコソ何してんだよ。

そんなに気になるなら直接聞けばいいじゃねぇか。

そんなことはわかりきってる。

けど、聞けない。

踏み込むのが怖い。

湊には関係ない。

って言われたら。

もう終わりだ。

「湊?」

「ぁ、そう、た…」

颯太の顔を見るとほっとした。

と同時に、泣きそうになる。

「俺になんか用だった?」

前は毎日のように聞いてた颯太の声は、どこか懐かしく感じた。

「…何もない」

目をそらした。

もうこれ以上話すと、どうにもならなくなりそうだったから。

「ほんとに?」

「何もないって言ってんだろ!」と言って走って家に帰った。

颯太は追いかけてこなかった。

ドアをばたんと閉めて、玄関に座り込む。

ピンポーン。

チャイムがすぐそばで鳴り響く。

「はーい」

母さんがインターホンを取ったらしい。

「あ、帰ってたの。ほら、お客さんよ。早くよけなさい」

俺はリビングに行ってかばんを下ろす。

客?

誰だよ、こんな時間に…。

まぁ、どうせ、いつもお茶飲みに行ってるママ友とかだろ。

「……すみません。急に押しかけてしまって…」

そ、颯太!?

なんで、

「いいのよ〜。湊に用があるんでしょ?今呼ぶわね?…湊ー!湊ー!?」

母さんは颯太に甘い。

やっぱ、顔がいいからだろうな…。

「なんだよ。ったく…」と顔を出すと、颯太がいた。

「少し、話してもいいですか?」

「ええ、いいわよ〜。湊、部屋に行ってきなさい。あとでおやつとジュース持って行ってあげるからね〜」

最後のはきっと、颯太に言ったんだろうな。

俺は無言で二階の自分の部屋に向かう。

なんだよ、いまさら。

お前から避け始めたくせに。

「最近、話せなくてごめん」

「…何が話せなくてごめんだよ!お前が避け始めたくせに!!お前からす、好き…とか言い始めたのに結局は女子のほうがいいのかよ!どうせ、俺のことなんか……」

違う。

そんなこと言いたいわけじゃない。

「ごめん。俺が悪かった。不安にさせてごめん」

颯太が悪いんじゃない。

悪いのは…。

俺だ。

「…違う。颯太が、悪いんじゃ、なくて」

「ん?」

「俺がすぐに不安になって颯太を縛ってるだけだ。その、悪いのは俺のほうで。颯太だって一人で居たいときくらいあるよな!」と笑ってみせる。

大丈夫。

ちょっと前に戻っただけだ。

また愛想笑いをしてしのいだらいい。

「湊。俺の隠し事、バレてた?」

いたずらっぽく笑う聡太から目を離せなかった。

「いや、全然!何してんのとか、知らねぇし…」

「嘘。正直に言って」

「…なんかしてんのは気づいてた。けど、何してたのかまでは知らない」

「そっか。その……。言いにくいんだけど…」

彼女できたんだっていうんだろうな。

別に、おかしいことじゃない。

付き合ってたわけじゃないし。

好きって言ったわけじゃないし。

「相談してたんだ」

は?

相談…?

誰に?

何を?

俺のこと?

「保険の清水先生いるじゃん?」

こくりとうなずく。

…まったく話の先が見えない。

「先生に、湊のこと、相談してたんだ」

「俺の、こと?」

「うん。湊の不安、取り除いてあげたくて。でも、逆効果だったよね。ごめん」

そんなことない。

颯太は頑張ってくれてたのに、俺…。

疑ってごめん。

って、なんで言えないんだよ。

何もない。

彼女もいない。

そう思ってほっとしたら涙が溢れてきた。

「紛らわしいことすんなよ、バーカ」

颯太の胸の中で泣きながら言った。

「やっぱり兎だ」

「は?」

兎?

どこから兎が出てきたんだよ。

「ほら、覚えてる?兎みたいって言ったこと」

「兎…」

いつだ?

まったく覚えてねぇ……。

「ほら、頭撫でたとき」

…ちょっと嬉しかったから覚えてる。

『…ペット?そんなんじゃない。けど、兎に似てるなとは思う』

なんて、言ってたか。

「なんで兎なんだよ」

そんな似てなくね?

「あまえんぼで、寂しがり屋で、すぐに不安になるから」

「そ、そんなの、みんなそうだろ」

ホントのことだけど、改めて言われると恥ずい。

「そうかもしれないけど、湊は人一倍そうだから」

小柄だし、と小声で付け足していたのを俺は知っている。

人のコンプレックスをぬけぬけと…!

「それと、可愛い」と耳元で囁く。

「っ〜!!」

耳、ぞわぞわするからそんなとこでしゃべんな!

って言いたいけど、恥ずくてなんか途切れ途切れになる。

「くすぐったい…から、んなとこでしゃべんな…」

「はぁ…。そーいうとこ」

な、なんか、呆れられてね?

大丈夫か?

「もう離さないから」と笑った颯太の顔は、とても綺麗だった。

目が離せなかった。

じっと見つめていると、颯太が顔を覗き込んできた。

「なんかついてる?」

「えっ!いや、な、なんにも…」

見惚れてたなんて言えなくて。

バレバレの嘘をついた。

颯太はたぶん気づいてる。

けど、何も言わなかった。

「もう隠し事はしないから」

「…いや、俺も疑って悪かった」

くしゃりと頭を撫でてから、頬にキスをして颯太は帰った。

なんだったんだよ、今の。

こっちは恥ずかしくて颯太の顔も直視できないってのに、涼しい顔して帰りやがって。

へなへなとその場に座り込む。

あの顔は反則だろ…。

赤くなった顔を両手で覆う。

なんか、颯太と居るとドキドキしてばっかだ…。

初めてのことばっかで、ドキドキしてんのに、颯太はまったく表情変えずにやってのける。

やっぱ、彼女とか居たのか…?

じゃないと、あんな余裕ないだろ。

聡太が他のやつとものだって思うと、ちょっともやもやする。

ずっと俺だけのものだったらいいのに。

というのは、俺のわがままだろうか。

颯太が座っていたところに寝転ぶ。

まだ颯太の温もりが残っているような気がした。

だんだんまぶたが落ちてくる。

眠い…。

目を閉じると、今すぐにでも寝れるような気がした。

ちょっと、だけ…。

と言って、三時間ほど眠っちまって、晩飯を食いそこねたドジな俺だった。









正直言って妹が羨ましい。

褒められて、上げられて、甘やかされて。

妹が褒められるたびに胸が痛くなる。

泣きそうになる。

俺だって褒められたい。

甘えたい。

お兄ちゃんだからお手本になりなさいって言われても、なれない。

なんで、俺が我慢しないといけねぇの?

なんで、俺がお手本にならないといけねぇの?

理由は簡単だ。

俺は静香のお兄ちゃんだから。

それなら兄をやめたらいい。

でもやめれないから悩んでる。

今までは、必死に泣きたいのを我慢してるだけだった。

それで精いっぱいだった。

反論する勇気もなかった。

でも、今は違う。

颯太がいる。

甘えさせてくれる。

褒めてくれる。

まだちょっとはずかしい…、けど、ちゃんと聡太は俺を受け止めてくれる。

そんなところが好きだ。

好き、?

自然と出た言葉に困惑が隠せない。

もしかして、俺……。

「兄貴ー、いんのー?」

ノックもなしに部屋に入ってきたのは、妹の静香だ。

中学に入ってから染めた茶髪、金色のピアスみたいなイヤリング、ピンクや黄色といったカラフルなピン…。

そう、静香はいわゆるギャルだ。

まだ中学生なのに、高校生に見える。

「あのさー、これ、代わりにやってくんない?今から遊びに行くから」

差し出したのは数学のプリント。

宿題か何か?

「は?やるわけねぇだろ」と睨みつける。

「ふーん。そんなこと言うんだ〜。じゃあ、お母さんにチクろっかな〜」

「別に、好きにしたらいい」

俺の反応が不満だったのか、唇を尖らせている。

それから、パッと顔を輝かせた。

「あ!いいこと思いついた!私、欲しい物があるんだけどー…」

また高いバッグとか、アクセサリーとか言うんだろ。

俺、今金ねぇって言ってんのに…。

ってか、あってもお前には買わねー。

と思ってたら、静香は予想の斜め上のおねだりをした。

「颯太くん、くれない?」

「……はっ?」

聡太を、あげる?

ってうか、「あげる」ってなんだよ。

颯太は誰のものでもないし、そもそも「もの」じゃない。

何を言ってるんだ、こいつは。

ニマニマと笑う静香を見る。

「別に兄貴のものでもないし、いいでしょ?」

確かに俺のものではない。

けど、お前のものでもないだろ。

「…嫌だ」

誰にも渡したくない。

お前は颯太の何を見て好きなんだよ。

どこが好きなんだよ。

そりゃあ、俺だって颯太の全部は知らないし、どこが好きなんだって聞かれるとうまく答えられない。

けど、少なくともお前よりは十分ましだ。

「なんで?」

「なんでって…」

言葉に詰まった。

なんで。

俺が好きだから。

聡太のこと、渡したくないって思ったから。

って言うと、またからかわれそうだな。

「理由がないなら、私がもらってもいいじゃん」

確かに、そうだ。

けど、違ぇんだよ。

お前には渡したくない。

颯太の見た目しか興味ないようなやつには。

「颯太は、俺のだから」

散々颯太は誰のものでもないとか言っておきながら、「俺のもの」発言かよ。

と思ったが、颯太を取られないようにするためにはこう言うしかなかった。

「ふぅーん。…颯太くんにうざがられないようにしなよ」と言って静香は部屋を出ていった。

颯太が取られなくてよかった。

颯太まで取られると、俺はもう生きていけない。

というか、俺ってうざいのか?

そーいうのって、自分ではわかんねぇよな〜。

なんか、口喧嘩に勝ったみたいだ。

いつもはまた妹泣かせて!とか、どうせ、あんたが悪いんでしょとか言われて、結局俺が怒られる。

どれだけ静香が悪いことをしても、怒られるのは俺だ。

しかも、泣き真似をして気を引こうとするから最悪だ。

俺の言い訳なんかよりも、静香が泣いて喚いている声のほうが大きくて、親はそっちを優先する。

俺の意見なんか、一つも聞いてもらえない。

何回この家を出て行ってやろうかと思ったことか。

「颯太……」

兎、か…。

割と当たってるのかもな。

…寂しいと死ぬってホントなのか?

スマホで調べてみた。

検索欄に、うさぎ 寂しいと死ぬと入れると、いろんな記事が出てきた。

その中の、「うさぎは寂しいと死ぬってホント!?」という見出しをタップする。

結論から言うと、兎は寂しいと死ぬというのは嘘らしい。

でも、ストレスをためやすかったり、体調不良を隠すとか、なんとか…。

そこから先は兎の豆知識みたいなのだったから、飛ばした。

なんだ、死なないのか。

もし俺がほんとに兎で、寂しいと死ぬなら…。

ケージに入れられている兎を想像する。

聡太とかに飼われてたら、どんななんだろうな…。

すぐに異変に気づいてくれて、自由気ままに生きていけんのかな…。

でも、喋れない。

それは、良いのか悪いのかわからない。

人と話さなければ、関わりを持たなければ、愛想笑いなんてしなくて良くなる。

けど、喋れないということはコミュニケーションが取れないということだ。

颯太に、今日こんなことがあってさーとか、大丈夫か?とか、甘えさせてくれね?とか、何も言えない。

お腹すいた。

寂しい。

構って。

くらいは行動で伝わるかもしれない。

けど、やっぱ、自分の気持ちを伝えられないっていうのは、不便だ。

「何考えてんだ、俺…」

ふと我に返る。

それから、あまりのしょうもなさに苦笑する。

あー、暇だなー。

颯太んとこいくか。

スマホを持って家を出る。

聡太の家はすぐそこだ。

というより、隣だから歩いても数分もかからない。

インターホンを押そうとしたとき、ドアが開いて颯太が出てきた。

「今からインターホン押そうとしてた」

「俺も、湊のところ行こうとしてた」

結局、考えてることは一緒かよ。

顔を見合わせて、どちらからともなく笑い出す。

ひとしきり笑ったあと、颯太が切り出した。

「…俺、湊と一緒に行きたいところがあるんだけど」

「行きたいとこ?」

颯太はうなずくと、俺の手を取って歩き始めた。

急に立ち止まったかと思うと、振り返って微笑んだ。

「ここ。湊と一緒に来たかったんだ」

「ここって…」

昔、颯太と一緒に遊んだ公園だ。

もう遊具は錆びて、あまり綺麗じゃない。

「昔、いっぱい遊んだよね」

颯太がぽつりと言った。

「遊んだ。泥だらけになって」

水たまりに入ったり、砂の城作ったり。

あの頃は何をしても楽しかった。

「で、めっちゃ怒られたんだよ」

「でも楽しいんだよなぁ」

ベンチに座って、もう誰もいない公園を見渡す。

「湊、」

真っ直ぐに俺を見てくる。

「ん?」

「湊は俺のこと、好き?」

「好きに決まってんだろ」

「…湊はわかってない」と小さな声で言った。

「は?」

どういうことだよ。

わかってないってなんだよ。

俺はお前が好きで…。

「湊の『好き』はそーいう意味じゃないんだよ」

「そーいう意味ってなんだよ。俺は、ちゃんとお前のこと…」

「俺が言ってるのは、恋人の好きってことなんだよ!湊は俺の気持ち、なんにもわかってない…」

恋人の、好き?

俺の好きと何が違うんだよ。

俺はお前が何を言ってるのかわからない。

「何が違うんだよ。俺は…、わからない」

好きは一つじゃないのか?

俺の言ってる好きと、お前の言ってる好きは違うのか?

LOVEとLIKEの違いみたいに、違うのか?

颯太はため息をついて公園から去った。

似ているようで違う?

おんなじなのに違う?

何かが壊れていく音がした。

なんで…。

せっかく、一緒になれたと思ったのに。

誤解も解けて、いい感じになれたと…。

思ってたのは俺だけだったのか?

わかんねぇよ…。

ベンチに座って、曇った空を見つめる。

俺達、もうダメなのかな…。

もし別れても、ただの幼馴染みに戻るだけだし。

それに、何も変わったことなんかなかった。

関係の名前が変わっただけ。

それだけじゃないか。

でも、俺にとってはそれだけじゃない。

「もう颯太なんか知らねぇ…!」と誰もいない公園に向かって叫ぶ。

俺には颯太もいなくなってしまった。

俺の味方は一人もいない。

もうこのまま家に帰らずにどこかに行きたい。

あんな窮屈なところから抜け出したい。

でも、抜け出しても行くところがない。

だから、俺は……。

あそこから抜け出せない。

まるで首輪のついた犬だ。

やろうとしてもできない。

それがもどかしい。

大人しくワン公になるか…。

そして、行動に移さない自分が嫌いだ。

俺は重い腰を上げ、家路を辿っていった。








颯太と喧嘩してから数日。

朝、颯太が迎えに来てくれることもなくなった。

毎朝欠かさずに来てくれたのに。

俺から行こうかな。

いや、今一緒に行っても気まずくなるだけだろと思ってやめた。

一人は寂しい。

しかも、面白くない。

学校に行って、愛想笑い振りまいて。

いつもの通り振る舞うだけ。

一つ違うのは、疲れたって言っても受け止めてくれる人がいないこと。

甘えさせてって言っても、甘えさせてくれる人がいないこと。

もともとそうだったんだ。

そんなに変わんないだろ。

いつも一人で抱え込んで、消化してきただろ。

颯太いなくなるだけで急にポンコツになるとか…。

「湊?」

「なんか、顔色悪くね?大丈夫か?」

「別に大丈夫だって」

朝から頭痛かったんだよな。

あと、喉もゴロゴロしてたし。

まぁ、大丈夫だろ。

って言い聞かせて来たけど、やっぱ無理かも…。

ぐらぐらしてきた。

ゆれてる…。

もう無理だ。

けど、倒れて迷惑かけるわけにはいかない。

保健室行くか。

「……保健室行ってくるわ」

「おう…。気をつけてな?」

鈴木に心配されながら、ゆっくりと立ち上がって教室を出る。

保健室…って、一階だよな。

どこにあんのかわかんねぇけど。

まぁ、行ったらわかるだろ。

壁伝いで一歩ずつ踏みしめるように階段を降りる。

そうしないと、倒れてしまいそうだ。

「頭、いてぇ…」

まだ三階かよ…。

こんなんじゃ、いつまで経ってもたどり着かねぇじゃん。

「はぁ……」

思い通りに動かない体にイラつく。

さっさと行きてぇのに…。

ちょっと、休憩…。

と、踊り場に座り込む。

「こんなところにいた」

上から降ってきた声。

颯太だ。

「ぁ…。そ、た……」

「、ちょっとごめん」と言って颯太は俺の膝を持ち、肩を掴んで抱え、軽々と持ち上げた。

「は……?」

「もうちょっとの辛抱だからね」と微笑む。

颯太に運ばれながら、朦朧とする頭で思った。

顔はいいのにな…。

俺でもドキッとするほどには。

真剣な顔をしている颯太の横顔を眺める。

それから、なんか颯太が保健の先生と話してたけど、俺はあんまり覚えてない。

ベッドに寝かされて、颯太が手を握ってくれたのは覚えてる。

それで、冷却シートをおでこに貼られて、颯太の手が目の上にのせられた。

「おやすみ」という颯太の声を頭の端で聞きながら、だんだんと意識が遠のくのを感じた。








夢を見た。

あんまり覚えてないけど。

俺はどこかに一人で座ってて。

泣きながら叫んでる。

どこにいるんだよ!

なぁ!早く、来いよ!

見つけてくれよ!って。

延々と叫んでる。

次に叫ぼうと思ったとき、声が出なかった。

心の中でつぶやいた。

甘えさせてよ。

わかった、おいで。

優しい声がして、俺は振り向いた。

それから、どうなったのかは覚えてない。

目を開けると、真っ白な天井が目に入った。

固く握しりめられたあたたかい手に目をやれば、椅子に座って颯太が寝てた。

ずっと…、居てくれたのか。

体はさっきよりも軽くて、頭痛も少しおさまったみたいだった。

「湊…?大丈夫?」

目をこすりながら颯太が聞いてくる。

「ん、大丈夫。ありがとな」

二人の間に沈黙が流れる。

正直言って気まずい。

「俺、もう大丈夫だから、授業戻れよ。お前までサボらすわけにはいかねぇし」

颯太を安心させるために笑う。

けど、颯太は顔をしかめただけだった。

「じゃあ、俺、もう行くな」と言って、立ち上がり、カーテンの向こうに消えた。

「ん、授業、頑張ってな…」

笑ってカーテンの向こうに手をふる。

ほっとけば勝手に元に戻ってる。

そんなことはないと俺は知った。

いつまでこのままなんだよ。

俺はもう…。

でも、俺が謝って済む話じゃないと思う。

だって、どっちも悪くないから。

もう疲れた。

「梶くん、大丈夫?」

カーテンから顔を覗かせたのは保険医の清水先生だ。

「はい。大丈夫です」

「親御さんに連絡しておこうか?」

「いえ。大丈夫です。一人で帰れるので」と言ってそそくさと保健室を出た。

何いってんだ、俺!

一人で帰れるとか言って。

帰りたくないくせに。

颯太がいないとただの弱いやつのくせに。

廊下を歩いていると、空き教室を見つけた。

ダメ元で取っ手に手をかける。

ガタガタと音を立てながら扉が開いた。

はは、ちょうどいいや。

床の上に膝を抱えて座り込む。

目頭が熱くなって、喉の奥から何かがせり上がる感じがした。

「もう、何もかも嫌だ……」

ぽろぽろと溢れる涙がズボンを濡らしていく。

声を押し殺して泣いていると、聞き慣れた声が降ってきた。

「また泣いてんの?」

涙目で扉の前に立っている声の主を睨む。

あー、もう。

なんでこいつは俺がどこにいても見つけるんだよ。

「…またってなんだよ」

笑いたいのに。

笑えない。

颯太の前では嘘が上手につけない。

「…ほら、おいで」

ちょっとバツの悪そうな顔をしながらぎこちなく手を広げている。

また目尻に涙が溜まっていく。

「颯太……!」

颯太の胸に飛び込んだ。

ぼやけた視界の中で、颯太の笑った顔が見えた。

「その…。ごめん。俺、勝手に湊の気持ち決めつけて…」

「いや、悪ぃ。俺も言い過ぎた」

照れくさくなって、目をそらす。

「湊、好きだよ」

耳元で颯太の甘い優しい声がする。

「俺だってちゃんと、颯太のこと好きなんだからな!」

俺は若干顔を赤らめながら言った。

「可愛い。…俺さ、湊の笑ってるところも好きだけど、そーやって恥ずかしがってる顔も好きなんだよね」

なんの告白だ、バーカ。

って笑ってやりたいのに。

俺は一層顔を赤くしながら口をパクパクと動かすことしかできなくて。

颯太はそんな俺の反応を楽しむようにニヤニヤと笑っている。

こいつ、こんな顔もするんだ。

背中に腕を回して、ぎゅっと抱きしめる。

久しぶりに感じる颯太の体温は、あったかくて、気持ちが良かった。

安心したらなんか眠くなってきた。

「湊?」

「ん……。そぉ…、た……」

「あー、もう!これだから俺の湊は……」

「俺の」湊?

さらっと俺の発言をする颯太に、重いまぶたを持ち上げる。

「いや、何さらっと俺の発言してんだよ!」

「なんかおかしかった?」

「いや、おかしいも何も……」

何がおかしいって言われると、上手く答えられない。

「あっ、そっか。プロポーズまだだったよね」

は!?

いや、俺はそんなことを言いたいんじゃなくて…。

「湊…、付き合ってください」

真剣な瞳が俺を射抜く。

俺は勢いに負けて返事してしまった。

「……は、はい」

これ以上にないくらいニコニコしながら颯太がいった。

「じゃあ、誓いのキスね」

いや、だから俺は…。

抵抗する暇もなく、唇を奪われる。

「そ、颯太」

もう限界だっての。

「ん?何?嫌だった?」

その子犬みたいな目で見てくるのやめろ!

「いや、その…」

なんていうか…。

颯太が顔を覗き込んでくる。

「もうちょっとお手柔らかにお願いします…」

このままじゃ、俺がパンクするっての。

「…それはちょっと無理かも」と言ってニヤリと笑う。

「なんでだよぉぉぉ!!!」

俺の嬉しい叫びとうるさい心臓の音が空き教室にいつまでも響いていた。

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