昼食時の戦車戦
「ちっ、ソ連人の奴ら、もうここまで来てんのかよ……!?」
戦闘食のビスケットを片手に、アルノルトは双眼鏡を覗き込みながら苦く唸る。
夏に特有の突き抜けるような群青色と、一面緑のうつくしい平野の地平線上。彼らの撤退路の後ろに見えるのは、追撃しに来たと思われる三両のT-34だった。
一九四四年、六月二三日。ベラルーシ北東部、ヴィーツェプスク。アルノルトの所属するドイツ国防軍第三装甲軍は、ソ連軍からの攻撃を受けていた。
昨日未明に開始されたソ連軍の攻勢により、後方の砲兵陣地はその殆どが壊滅。圧倒的な物量で押し寄せるソ連軍に対し、ドイツ国防軍は為す術がなく、撤退を余儀なくされていた。
彼の乗るⅣ号戦車の中から、操縦手のフリッツが呻く。
「なんです!? もう追いつかれてるんですか!?」
「残念ながらな! ヨーゼフ、砲を後ろに向けろ! ルッツ、大隊長に報告! 後方にT-34が三両だ!」
「「了解!」」
砲手と通信手から威勢のいい声が上がるのを聞きながら、昼食の戦闘食を仕舞って車内へと投げ入れる。ちっと舌打ちをしながらも、アルノルトは双眼鏡で後方の戦車達を見据えた。
「硬芯徹甲弾を装填。目標は正面車両の車体右側だ。――当てろよ?」
「勿論」
砲身が静止するのを待って、アルノルトは告げた。
「―――撃てッ!」
発砲。――着弾。
鈍く轟く砲聲と瞬刻の爆炎を経て、七五ミリの砲弾は過たずに敵戦車の操縦手席を穿つ。
装填手のブルーノに次段装填を指示する傍ら、直ぐさま他の車両へと視線を向ける。視界の端で、先程の車両が朱い炎を上げて擱座しているのが見えた。恐らく、弾薬庫が誘爆したのだろう。
どうやら味方もすぐに加勢に入ってくれていたようで、残る二両は既に動かなくなっていた。遅れて、通信手のルッツから報告の声が届く。
「残りの二両は既に味方がやってくれたようです。大隊長より、“各員、周囲を警戒しつつ撤退行動を再開せよ”とのこと」
「了解」
他に敵影がないのを確認して、アルノルトははぁと安堵の息を吐く。いつもなら昼食を摂っている時間だというのに、ろくに時間も取れやしない。
投げ入れた戦闘食を拾い上げながら、部下達に告げた。
「これにて戦闘終了。撤退行動を再開する。……各員、今のうちに昼食を摂っておけ。またいつ追撃が来るか分からんからな」
了解ですとの返答が帰ってきて、アルノルトは再び展望塔から顔を出す。戦闘食のビスケットを齧りながら、祖国の妻子に思いを馳せるのだった。