表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

昼食時の戦車戦

作者: 立上雪花

「ちっ、ソ連人(イワン)の奴ら、もうここまで来てんのかよ……!?」 


 戦闘食(レーション)のビスケットを片手に、アルノルトは双眼鏡を覗き込みながら苦く唸る。

 夏に特有の突き抜けるような群青色と、一面緑のうつくしい平野の地平線上。彼らの撤退路の後ろに見えるのは、追撃しに来たと思われる三両のT-34だった。



 一九四四年、六月二三日。ベラルーシ北東部、ヴィーツェプスク。アルノルトの所属するドイツ国防軍第三装甲軍は、ソ連軍からの攻撃を受けていた。

 昨日未明に開始されたソ連軍の攻勢により、後方の砲兵陣地はその殆どが壊滅。圧倒的な物量で押し寄せるソ連軍に対し、ドイツ国防軍は為す術がなく、撤退を余儀なくされていた。



 彼の乗るⅣ号戦車の中から、操縦手のフリッツが呻く。


「なんです!? もう追いつかれてるんですか!?」

「残念ながらな! ヨーゼフ、砲を後ろに向けろ! ルッツ、大隊長に報告! 後方にT-34が三両だ!」

「「了解!」」


 砲手と通信手から威勢のいい声が上がるのを聞きながら、昼食の戦闘食(レーション)を仕舞って車内へと投げ入れる。ちっと舌打ちをしながらも、アルノルトは双眼鏡で後方の戦車達を見据えた。


硬芯徹甲弾(APCR)を装填。目標は正面車両の車体右側だ。――当てろよ?」

「勿論」


 砲身が静止するのを待って、アルノルトは告げた。


「―――撃てッ(フォイア)!」


 発砲。――着弾。

 鈍く轟く砲聲(ほうせい)と瞬刻の爆炎を経て、七五ミリの砲弾は過たずに敵戦車の操縦手席を穿つ。

 装填手のブルーノに次段装填を指示する傍ら、直ぐさま他の車両へと視線を向ける。視界の端で、先程の車両が朱い炎を上げて擱座(かくざ)しているのが見えた。恐らく、弾薬庫が誘爆したのだろう。


 どうやら味方もすぐに加勢に入ってくれていたようで、残る二両は既に動かなくなっていた。遅れて、通信手のルッツから報告の声が届く。


「残りの二両は既に味方がやってくれたようです。大隊長より、“各員、周囲を警戒しつつ撤退行動を再開せよ”とのこと」

「了解」


 他に敵影がないのを確認して、アルノルトははぁと安堵の息を吐く。いつもなら昼食を摂っている時間だというのに、ろくに時間も取れやしない。

 投げ入れた戦闘食(レーション)を拾い上げながら、部下達に告げた。


「これにて戦闘終了。撤退行動を再開する。……各員、今のうちに昼食を摂っておけ。またいつ追撃が来るか分からんからな」


 了解ですとの返答が帰ってきて、アルノルトは再び展望塔(キューポラ)から顔を出す。戦闘食(レーション)のビスケットを齧りながら、祖国の妻子に思いを馳せるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ