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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

向こうのお山の麓まで

作者: 浅葱焱

向こうのお山のふもとまで



昔昔とある村に15ほどの歳になる2人の美しい娘が住んでいた。

村長と祭祀長の娘であったため同じような立場の2人は幼い頃よりいつも一緒にいた。

トウカは活発で運動が得意、キッカは穏やかで頭が良かった。2人は同じ歳頃なこともあってか、とても仲良しだと村でも評判であった。

あの日までは。

あの日、トウカとキッカは初めての大喧嘩をした。頬を叩き、髪を引っ張り合い、落ちそうなほど見開かれた目から大粒の涙を零しながら、大人たちに止められるまで、止められても口で罵りあい続けた。

「わからずや!」

「それはきっかでしょう!」

2人を引き離した大人たちはへとへとになりながら別々の家に引っ張りこんで無理やり喧嘩を終わらせた。

大抵直情型なのはトウカの方であったため、今回もトウカがキッカに食ってかかったものかと思われたが、なんと珍しい、声を荒らげたところさえ見たことがないキッカが始めた喧嘩だとか。更にはどうにも納得できなかったようで、トウカに有利な条件でいいからと、勝負を持ちかける始末であった。

その内容は、明日の昼頃に、村の入口からよーいどんで進み始めて、一山向こうの麓までどちらが先に駆け着くかというもの。

あまりにも自分に有利な勝負だとトウカは笑いながら受け入れ、村長もまたその内容ならと2人が争うことを認めた。


次の朝、キッカは手製の薬草茶を手にトウカの元を訪れた。トウカはキッカが煎じたお茶が大好物ですぐに笑顔で招き入れた。2人がいつものように仲良く喋り出すまでにそう時間はかからなかった。

「おいしい。私が好きなの覚えていてくれたのね」

「当たり前でしょう?」

「これで仲直りね」

「でも勝負はやめないわ。絶対」

「はいはい、分かっているわ。私知っているもの。キッカはおっとりして見えて強情だって」

でも私が勝つに決まっているけどね、とトウカは自慢げに笑った。キッカは微笑んだだけだった。


そうして2人の勝負の時間がやってきた。運動が得意なトウカは駆けるのも速く、ぐんぐんとキッカを引き離して進んでいく。キッカはというと焦らず確実に前に進んでいっているようだった、が、村から見守っていた誰の目から見てもトウカの勝利は確実であった。


山を降り始めたあたりで、トウカは体に異変を感じた。何ともふわふわとした心地になり、まぶたが段々と重くなってきたのだ。

幸いキッカの姿も音も聞こえない。少し休むとしよう···と、大きな木にもたれかかるように座ると、そのまま自分でも気付かぬうちにすっと眠りへと落ちてしまったのだった。


「···ごめんね、トウカ」


はっと目覚めたトウカは辺りを見回した。気づけば夜になっていて、トウカは顔から色を無くした。急いで立ち上がり全速力で駆け出す。今日は新月。足元も全く見えない暗闇の中、肩で息をしながらトウカは思い至った。

キッカは薬草を煎じるのが美味かった。

トウカが眠れない夜に眠れる薬を煎じてくれたのもキッカだった。そう、それは午前中に一緒に飲んだあのお茶と似た味ではなかったか。


トウカは、今日ばかりは負けるわけにいかなかった。お役目を受けたのは自分だったからだ。

(早く、もっと早く、動け、足、私の、足っ!動け!)

何度か転びながらもひたすらに前に進んだトウカの目にチラチラと揺れる光が映り込み始めた。

ゴールの予定だった山の麓近くの神社だとすぐに分かった。

あれは炎だ。松明の光。

トウカは走ったのとは関係なく嫌な汗をかきはじめる。

(私がいないのにもう始まったのか?)

(分かりたくない。誰が私のお役目を取ったかなんて)

そんなトウカの思いを裏切るように、生ぬるい風が鉄錆の匂いを運んでくる。

ふらふらになりながらトウカは神社に足を踏み入れた。

松明の光に照らされていたのは、

穏やかな顔をして瞳を閉じたキッカだった。

ただ眠っているようだった。トウカ自慢の親友が完璧な美しさでそこにいた。

首から下がなくなっていることを除いては。


15年ずつ、新月の晩に。村から一山離れた場所にある湖を囲うように作られた神社にて。

その年に15になる村で1番の娘は、龍神様に捧げられるのだ。

トウカのはずだった。村長の決定で、トウカになったはずだった。


その時、社の奥から歩いてきた祭祀長にトウカは掴みかかった。

「父様!何故です!何故キッカを捧げたのですか!」

祭祀長···トウカの父はただ「最後にお役目の者を決め直したいとあの子が持ちかけた勝負に乗ったのはお前だトウカ」と言い、小さな紙を渡してきた。

トウカへ、と書かれた整った小さな字は紛うことなくキッカのものだった。

それを震える指で開く娘を見ながら祭祀長は数日前を思い出す。


トウカとキッカが喧嘩する前の晩、キッカが密かに訪れていたのは祭祀長の家であった。

キッカは頭を地面につけ深深と土下座をした。

「キッカ?!止めなさい」

慌てて止めようとする祭祀長に頭をあげずにキッカはいいえ、と声を出した。

「私の父が···本当は私がお役目を担うところ、祭祀長様の娘の方が龍神様に相応しかろうと、トウカに擦り付けたと知りました。合わせる顔もございません」

「···!」

どこから聞いたのか、キッカの言うことはほぼ合っていた。実際トウカでもキッカでも2人のどちらかなら問題あるまい、と村の大人衆の総意で決まってはいた。本来ならより位の高い家の娘が出るのが常であったから、キッカになる可能性の方が高かった。

しかし娘可愛さからか村長であるキッカの父は神に近しい者の方が良かろうとトウカを押したのだ。

しかし、先にも述べたように2人のうちどちらでも良かったのだ。キッカが土下座をする必要などなかった。

そう伝えても首を振るばかりのキッカは散々謝罪をした後にゆるゆると顔を上げながら「明日、トウカと喧嘩をします」となんの脈絡もなく告げてきた。

強い瞳をしていた。

「お役目を返せと喧嘩をします。その上で、トウカから見ても父から見ても勝ち目のない勝負を持ちかけます」

キッカの話す勝負の内容はかけくらべだった。確かにキッカが勝つことは万に一つもないだろう。

「父もトウカも、トウカの見送りだと、最後を看取りに行くのだと勘違いするでしょう。ですので祭祀長様、もし仮に私が先に着いたのなら。儀式を始めることが出来る1番早くに始めて欲しいのです。父がなにかに気付く前に、トウカが辿り着く前に、何卒私を龍神様に捧げてください」

それだと言うのにキッカは自分の勝利を確信したように祭祀長に頼み込んだ。

「···どうして、そこまでトウカを」

「私は生命力に溢れた明るい笑顔のキッカが好きなのです。息を止め、物言わず、動きもしないあの子にどんな価値がありましょうか···いえ、そうではなく。ただ私は私の親友にこの先も生きて欲しいのです。ただそれだけなのです。分かってくださりますよね祭祀長様」

かくしてキッカは宣言通りにトウカと喧嘩し、村長にお役目を賭けた勝負を認めさせ、どんな手を使ったのか、トウカより先、日没前に神社へとたどり着いたのだった。

その結果が今目の前にある。


トウカは手紙を読んだのだろう、頼りない足取りでキッカへと近付き、震える手で軽く小さくなった彼女を抱きしめた。

「私だって、私だって!キッカのためだから怖くなかった!キッカが生きてくれるならそれで良かったのに!」

全身をわなわなと揺らし、トウカは慟哭を上げた。

そしてキッカを抱きしめたまま、湖へと近付いていったトウカは、祭祀長の呼び止める声も届かず、捧げられたキッカの体を探すようにその中へと飛び込んだのだった。

祭祀長が慌てて探したものの、どういう訳か溺死体すら上がらなかった。


その後のことは分からない。何しろその村はそれからしばらくして滅んだのだ。

白い体に赤い目の···まるで兎の如き色味をした大蛇のようなモノが滅ぼしたと聞く。


それからしばらくして、年頃の娘を喰らうことに執着した八頭八尾の蛇神のようなモノが、罠だと分かりきった眠りの効能のある薬酒を「この味···思い出した。やっと迎えに来てくれた」と喜んで飲み干し、退治されたとか何とか。そんな伝承もあるようだが、この娘達とは関係の無い話だろう。

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