表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/47

第七話 欲望の叫びと規格外の筋肉



 手続きが終了した瞬間に、翌々日に再集合とだけ伝えられたテオドールは、釈然としない顔のまま家に帰った。

 そして今、彼はレベッカと出会った湖のほとりで、彼女と向かい合っている。


「では、地獄の特訓を」

「りーゆーうーの、説明!!」


 内向的なテオドールにしては珍しく、地団太を踏んで説明を求めた。ここに至るまでの一切が意味不明なのだから、無理からぬことだ。


 しかしレベッカは冷静無比なまま、小首を傾げて言う。


「珍しい力だから、育ててみたいと思った?」

「どうして疑問形なのさ。意思の疎通は取っておいてよ」


 可能なら冒険者家業を続けようと思っていたテオドールにしてみれば、勧誘は有難いことではあった。

 だが理由は、「珍獣を育成してみよう」というのと然して変わらない。


 嘘でもいいから、もう少しドラマティックなエピソードを用意できないのかと呆れてはみたが、向こうは育てる気満々で、仮加入の申請を終わらせているのだ。


 勇者への協力が国民の義務と言われれば徴兵と変わらないため、今さら逃げることもできないが、彼には気掛かりな点もあった。


「それで、地獄の(・・・)特訓と銘打たれたら、不安なんだけど」

「修行の予定はウィルが組んだから問題ない。絶対できる。目標は3ヵ月以内に、あの街で最強クラスになること」


 今の戦闘力は最弱に近い順位なので、ほぼ全員をごぼう抜きにする勢いで鍛えることになる。

 しかも四半期で達成しろと言われたのだから、テオドールはもう笑うしかなかった。


「鍛えてくれるのは、助かるけどさ……」


 強くなれば自信も付き、前向きな人生を送れるだろうという展望はあった。

 だが今の彼にとっては、目先の問題がまず先にくる。


「これは何に使うの?」

「無論。筋トレ」


 彼らの目の前にあるのは、赤茶けた大きな岩だ。

 何の変哲もない、ただの岩だ。


「……具体的にどう使うつもりでいるのか、聞いてもいいかな?」

「背中に載せて、筋トレ」

「だよねぇ」


 ただし、テオドールの身体よりも大きな岩だ。

 彼の腕力を考えると、まず間違いなく下敷きになって潰れる。


「大丈夫。自分にスキルを付与して」

「自分に?」

「そう。補助魔法の要領で」


 生産系の能力者という自認でいたため、そんな使い方をしたことはもちろん無い。そもそもテオドールには魔法の素養が無く、補助や付与の魔法も使ったことがない。


 それに規格外という力で、何をどう補助すればいいのかも分からなかった。


 しかしなるようにしかならないので、期待1割、諦め9割くらいの低いテンションのまま、彼はスキルの発動準備に入る。


「僕は規格外だ。型にハマらないビッグな男だ。何だってできる……ええと……出過ぎて打たれない、高い杭……です」


 自己暗示のように念じ続けてはみたものの、これでいいのか――何をやっているのだろうか――という気持ちは、彼の胸中にも当然ある。


 ひとまず言われた通りにはしてみたが、しかし当のレベッカは唇を尖らせていた。


「……違う、そうじゃない」

「……なら、どうしろと?」

「そのスキルを、どう使ったら課題をクリアできるか。考えるのも修行」

「なるほど」


 今の彼では圧倒的に筋力が足りず、岩に触れても微動だにしない。

 これを、スキルの力を用いて解決し、高負荷トレーニングに漕ぎ着けることが課題になる。


「規格を思い描いて、そこから外れたものを生み出す力を……どう使うか」


 便利な力ではあるが、何となく「岩を持ち上げる力」と念じて、どうにかなるほど万能ではない。


 だが、穴が開くほど凝視してくるレベッカの手前、何かの成果を出さねばという思いが、彼の頭脳を回転させた。


「補助、付与。つまり、自分の身体にこの力を使うってことは?」


 考えること数分。論理的に考えた結果、テオドールの中でそれらしい筋道が立った。


 自分の体を、人類と(・・・)いう規格(・・・・)から外して造り変えれば、岩くらいは持ち上げられる。


 つまりは、ローブに触れることで長さと大きさの調節が可能となったように、自身の身体に触れて筋力を調節するということだ。


「補助って言うと、そういう結論だよね」

「わくわく」


 人間として規格外の筋肉だったり、霊長類として規格外の骨格だったりと、身体を丸ごと規格外品に置き換えてしまえば、絶大なパワーアップをすることも夢ではない。


 品物が大きくなるほど消費も激しいが、毎日生産してきた木箱の物量を考えるに、多少体積が増えたところで容量が不足するとも思えなかった。


「一応実績はあるわけだし、これならできるかな?」


 補助魔法で筋力を底上げするのと変わりないので、最初のアドバイス通りでもある。


 しかし果たして「規格外品を生み出す」という力が、そこまで自由な解釈で使えるのかは疑問符が付くところだ。


 失敗したらとんで(・・・)もない(・・・)ことになりかねないため、実行しようか悩むテオドールに向けて、レベッカは再度の助言を送った。


「できる。こういう力を取り扱う時は、まずは、信じることが大事」

「信じる?」

「そう。自分の持つ力と、可能性を信じること。力を手にして何がしたいのか、願ってみて」


 見栄っ張りなところがあるテオドールからすれば、そんなことを言われて「ダメでした」では恰好が付かない。

 このまま立ち止まっていたところで、仕方がないことも自覚している。


 だから彼は素直にアドバイスを受け止めて、自分が思い描いていた将来像に考えを巡らせた。


「僕がなりたいのは八百屋じゃない。一流の冒険者なんだ」

「どうして、なりたいと思ったの?」


 目標を具体化させることで、モチベーションを上げよう。レベッカからすると、それ以上の意味は無い激励の言葉だ。


 一方で、問われたテオドールは更に掘り返す。

 どうして自分が冒険者になりたかったのか、その原点を振り返って曰く。


「そうだ。僕は、有名になりたかったんだよ」

「……ん?」


 冒険者を志したのは格好いいからだ。

 格好よければ持て(はや)されるからと、彼はこの仕事を選んだ。


「ああそうだよ。でっかいモンスターをぱぱっと討伐して、皆から尊敬されたかったんだ!」

「えっ」


 幼少の頃からどんくさく、何をやってもてんでダメな少年時代を過ごしてきた彼は、あらゆる方面へのコンプレックスが蓄積していた。


 この点では、どれだけいい野菜を作っても、八百屋が拍手喝采を受けることなどない。


 彼がよくよく振り返れば、やんややんやとされることを夢見て、適性の無い冒険者を続けてきた。


 しかし現実は下積みを3年続けても全く芽が出ず、パーティへのやっかみを一身に受けた上に、仲間の一部からもバカにされる日々だ。


 そんな毎日を送った彼は、いつしか冒険者という職業そのものに執着するようになったが――素直な気持ちを――願望を口にしろと言われれば話は早い。


「金や稼ぎなんてどうでもいい。僕は、ちやほやされるために……冒険者を志したんだーッ!!」

「ええ……」


 あまりにも小物感溢れる直球の欲望に、無表情を崩さなかったレベッカの眉が八の字に曲がる。


 だがテオドールは止まらなかった。足掛け10年の時をかけて熟成された感情が、一気に噴き出した彼は、突如として承認欲求の権化(ごんげ)と化した。


 どちらかと言えばこれが彼の素であり、仮に神託の際に戦闘系のスキルを入手していた場合、今頃はもっとハッピーで有頂天な性格になっていたはずだった。


「そうだよ今さら失うものなんて無い。普通のやり方を散々やってダメなんだったら、どんな常識外れでもやってやる!」

「え、ええと。発破の掛け方を、間違えた……?」


 困惑するレベッカだが、彼女としては大したことを言ったつもりがない。

 励ますために、ありきたりな言葉を投げかけただけだ。


「むむ……」


 あまりにも三下のマインドだが、熱意だけは本物だ。


 どれだけ不遇な時期を過ごしてきたのかと、不憫に思う気持ちは彼女にもある。だがやる気が漲っていること自体はプラスなので、目前の宣言は一旦受け流した。


 すると暴走するテオドールは深呼吸をしてから、胸に右手を載せて力を発動させる。


「どらぁ! 《規格外》の僕!」


 この貧弱な身体が多少筋肉質になったところで、身の丈を超える岩など持ち上げられない。


 ならば大柄の人間ではなく、人間よりも巨大な生物の規格をベースにした方が早いだろうと思い、彼は別種族のイメージを膨らませた。


 そこで思い描いた身体はホブ・ゴブリンのものだ。


「武装した人間を片手で持ち上げる、あの筋力を。完全武装の僕を素手で数メートルも吹き飛ばした、あの腕力を再現するんだ!」


 彼が冒険者を辞めるきっかけになったトラウマもののモンスターであり、強そうなイメージなど幾らでもできた。

 使い慣れた力の新しい用途が、彼の身体を人間という枠の外へ運んでいく。


 人外の力を。常識と規格から外れた力を、この身に。


 テオドールがそう念じ続けると、身体に変化が起こった。

 両腕が輝き始めると――眩い光の中から――頑健な新しい腕が姿を現す。


「……成功だ」


 両腕は一瞬で、巨大で筋肉質な姿に変貌した。

 自分の体で、人外の膂力(りょりょく)を再現することには成功したが――しかしこれは大成功とも言えない。


「って、うわぁあ!?」

「……ぷっ」

「笑わないでよ! ……ど、どうしようこれ!」


 彼はすぐに自分が犯した失敗に気づいた。

 というのも、イメージがあまりにも鮮明だったために、忠実に再現し過ぎたのだ。


 ふと気づくと細身の胴体には、筋肉質で大型の腕が付いていたものの、それは鮮やかなまでの緑色(・・)をしている。


 つまり彼の身体は望み通りに、規格外の人ではなく、規格外のゴブリンとなった。


 そして強化されたのは腕だけであり、両手を地面に付けば足が浮いてしまう有様だ。

 腕の重さに耐えかねるため、もちろん自力での歩行も難しい。


「えっと、これ、元に戻るかな?」

「……イメージ次第?」

「う、うおおお!? に、人間の腕。人間の色になれぇ!」


 慌ててやり直しを試みるテオドールをよそに、レベッカは冷静さを取り戻した。

 彼女は指先をあごに当てて、暢気(のんき)に考え込んだ結論を言う。


「スキルを極めれば、別系統のスキルや必殺技に昇華できる。テオの技は、変身?」

「こんな姿、人に見せたくない」

「見た者は生かして帰さない。故に必殺」

「言っていることは格好いいけど、絶対に嫌だよ!?」


 動揺していたせいかイメージが定まらず、先ほどよりも苦戦することにはなったが、たっぷり3分ほどの時間をかけて、どうにか腕の色は元に戻った。


 ただし、戻ったのは色だけだ。当初の目標を達成するため、腕の大きさはアンバランスなままにしてある。


「ぜっ、はぁ、はぁ……できたぞ。これで訓練にも耐えられる」

「ぐっじょぶ」


 ともあれ、これだけ太い腕があれば、岩の重量も支えられるだろう。

 自信を付けたテオドールは、意気揚々と腕を回した。


「分かった? レアスキルの使い方は、大抵想像力次第」

「それはもう、十分に」


 自由にスキルを扱うというのが、「こういうこと」だというのも、彼には理解できた。

 鍛え方の方向さえ間違わなければ、順調に強くなれる能力だともだ。


「よし、いつでもいいよ」

「……いいの? なら、始めよう」


 開始の宣言をするや、レベッカは片手でひょいと岩を持ち上げた。


 華奢な女性が、自分よりも大きな岩を持ち上げる姿に、どこかシュールなものを感じるテオドールだが――それはさておき、次いで放たれた言葉で、彼はもう一つの失敗を悟る。


「それじゃあ、己の想像力不足を嘆くといい。その辛みがきっと教訓になるから」

「へ? それはどういう……」


 彼がよくよく考えると、強靭になったのは腕だけだ。

 すなわち、岩を支える胴体や、踏ん張るための足は貧弱なままだった。


「あ、ちょっと待っ」

「ごう」


 レベッカは、一般的な冒険者なら十分に耐えられると思い岩を下ろしたが、残念ながらテオドールの身体能力は平均から遥か下にある。


 彼女の予想を裏切って、無慈悲なGOサイン(かけごえ)と共に、彼は岩に押し潰された。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 活躍して有名になるのが叶ったら結果 皆も恩恵受けてて嬉しいモチベーション 扉が開かれてわくわくします [一言] 承認欲求が悪いんじゃない理想や手段が悪くなければいい 承認に相手下げじゃなく…
[一言] 生まれてしまう………… 承認欲求モンスター!!
[良い点] 主人公が等身大な所 [一言] 追放された辺りであぁよくある追放モノかな?と思ったら 主人公のパトスがベクトル違いでめっちゃ笑いましたw そして筋トレ米津を上回る変異体爆誕とかインパクト強す…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ