第十二話 地
「なんだよこの体たらくは。俺はお前に、マクシミリアンがパーティから少しばかりば離れたくなる理由を、それとなく作れと言ったよな?」
「……言いました」
別パーティに移籍させたところで、クラン間での異動だ。仲間たちも同じチームで働いているという認識を持たせたまま、徐々に関係を希薄にしていく作戦だった。
温かく迎えてくれる先輩方のパーティがあれば、そちらに馴染むにつれて、気まずさが残る元パーティのことなど気に留めなくなるという寸法だ。
しかし現状では士気が崩壊しきっており、前向きな気持ちで所属しているとはとても思えない。
下手を打った部下の胸倉を掴み、ボリスは頬を張った。
「パーティクラッシュしろとまでは言ってねぇだろうがよ、ああん!?」
寄り付きかなくなればそれで任務完了なのだ。ならばテオドールへの脱退勧告により、居心地の悪さを演出してやればいい。
ボリスからの接触を受けたドニーは、その程度の温度感で嫌がらせを始めた。
だがこれは、今となっては完全に裏目であり、ただ関係の悪化を招いただけで終わっている。
「取引に応じればお前のことだけは、後輩への指南役かお目付け役として残留させる約束だったよな」
「……そうです」
「この仕事ぶりで、俺が約束を守る義理があんのかよ」
本来ならマクシミリアンも、異動程度は素直に従っただろう。
しかしドニーはやり過ぎた。マクシミリアンはこれ以上の脱退者や脱落者は出させないという、意地を持つようになってしまったのだ。
もっと言えば、クランを抜けてテオドールと合流する案も悪くないと、シャーロットに相談していたところまでボリスは掴んでいる。
そんな裏事情を知らないまでも、風向きが悪いと見たドニーは弁解を試みるが、彼にはただ言い訳を羅列することしかできなかった。
「テオドールが戦闘面で足を引っ張っていたことは事実です! あいつが意固地に拒否するとは思いませんでしたし、周りがあそこまで反対するとも――」
「ほざくな。結果が全てだ」
計画外と言えば、テオドールのこともそうだ。ボリスは彼に対する計画も別個に立てていたが、これも空振りに終わっている。
そのことを思い返したボリスは、再度怒鳴り声を上げた。
「追い出されたレアスキル持ちに優しく声を掛けてよぉ、俺のシンパにする計画も見事におじゃんだろうが。どうして勇者なんてもんが現れんだよ!」
「そ、それは俺のせいでは……」
マクシミリアンらを引き入れた際に、事前に聞いていた人数と違うことに触れて、全員での加入を勧めるつもりでいた。
つまりドニーに火を付けさせて、自らが消火して恩を売るマッチポンプを狙っていたのだ。
そうすればマクシミリアン共々恩を買えると共に、テオドールの可能性を見出して抜擢したことによる忠誠まで受けられる予定だった。
しかし蓋を開けてみれば、彼が街に着く3日前から、テオドールは勇者一行のパーティに仮登録されてしまったと言う。
追い出して10日後くらいが失意のピークだろうと見ていたものが、脱退から1週間でウィリアムたちに出会ってしまったのだ。
この展開はボリスにもドニーにも予想できるはずがなかった。だから八つ当たりが大半だとして、ボリスはそもそもの話をする。
「というかお前ら、頭がおかしいんじゃねぇのか? どうしたらあんな能力を持ち腐れにできんだ」
「……俺たちは全員、不良品を生産するスキルと聞いていたので」
ボリスが言いたいのはそこではない。どうしてその能力をもっと深く考察しなかったのかと怒り、もっと利用する方法を考えないのかと嘆いていた。
彼は大仰な手振りで、ドニーの頬を軽く叩きながら言う。
「いいか不良品なら何でも作れんだぞ? 俺がそんな能力を手にした日には、多少質が悪くても高く売れる、金銀財宝を作って遊んで暮らすぞ?」
何でも作れるなら何でも作る。作らせる。本人の望みが冒険者だろうと関係ない。
パーティのためクランのためと言いながら、裏方に回したテオドールの生産能力を、使い倒す算段があったのだ。
ボリスとて能力がそこまで開花するとは思っていなかったが、現状を見れば逃がした魚は巨大すぎた。
そこに不満を持つ彼は、憤懣やるかたない様子で続ける。
「大体がレアスキルってのは、何かしらの抜け道や裏技、使いようがあると相場が決まってんだよ。奇貨居くべしって言葉を知らねぇのか? なあ、奇貨ってやつなんだよあれは」
これに関しては周囲の先輩冒険者ですら、誰も指摘しなかった。子どもの頃からどんくさいテオドールが外れを引いたぞと、見下している節があったからだ。
そんな先入観を持っていたところに、お払い箱になりたくなければテオドールの確保に協力しろと言われたことも、ドニーからの脱退勧告が度を超した原因だ。
そしてボリスが怒る最大の原因は、何ら価値を持たない――価値あるものに変化しないと確定している――ものが手元に残ったことだった。
「それに引き換えお前のスキルは《斬撃》だ。マクシミリアンの下位互換の、そこら辺にいる戦士の、更に下位互換だぞお前」
「……っ! い、一般的にはそうかもしれませんが、俺の能力も成長しています!」
「知るかよ」
多少成長しようと、どこにでもある普通の力だ。
切るとすれば真っ先にドニーであり、だからこそ脅しやすく踊らせやすかった。
「そんな下位スキルは、そこそこ止まりで頭打ちだ。……本来なら、クビになるのはお前のはずだったってことを理解してんのか?」
言われるまでもなく、いつか仲間から見捨てられるかもしれないという不安がドニーにはあった。優秀な能力を引き当てた幼馴染たちへのコンプレックスは、テオドールと同じように持ち合わせている。
しかし図らずも、最終的には全員が同じクランに所属できて、ヘマをしなければこの先も続けていけるという展望が拓けたのだ。
――あいつが元のままでさえいれば、丸く収まるところだったのに。
足蹴にされて頬を張られ、床に這いつくばって屈辱を味わっているドニーは、テオドールがほんの一時でも我慢してくれればという逆恨みの念を抱く。
しかし負い目の方が遥かに大きいため、屈辱と後悔が入り混じった、ドス黒い感情が彼の胸中を埋めていった。
「……なあドニー、俺のスキルもそこまで有用じゃねぇんだ。それでもここで生き残れたのは、何故だと思う?」
ドニーの瞳が濁ったと見たボリスは、ここで暴行を止めて振り返る。
テーブルから引き寄せたタバコに火を付けると、煙をドニーの顔に吐き掛けながら、彼は尋ねた。
「組織への影響力を。政治力を付けたからでしょうか」
「そうだよ、立ち回りってやつだ。それさえ上手ければ、どんな弱者だろうが生き残れる」
一転して優しい声色になったボリスは、ドニーの耳元で囁いた。
先ほどまでの荒々しい口調から一転して、穏やかな声で彼は言う。
「俺も入ったばかりの頃は、先輩からもっと酷い目に遭わされたものさ」
「ボリスさんにも、そんな時期が?」
「おう。ヘマをしたお前を見捨てずに、こうして教えて焼き入れてんのは、鍛えてやろうって心意気でもあるんだぜ。まあ部下の手前ってのもあるが」
ドニーはちらと、無言で含み笑いをしているメイアの方を見た。
彼女はボリスと近しい補佐兼お目付け役であり、マクシミリアンを脱退させる作戦の督戦をしている存在だ。
「なあ、これ以上は失敗するなよ。約束は守るつもりだが側近の手前、いつまでもお咎めなしってわけにはな」
「……分かりました」
「よし、期待してるから上手くやれ。ほらもう行きな」
ドニーは部屋を出る直前に、目立つ外傷だけを治療された。
メイアの嘲笑を受けながら部屋を後にした彼は、次は無いと自覚して、暗い気持ちのまま酒場に歩いていく。
「で、どうするつもり?」
「どうもこうもねぇよ。ゴミだなあれは」
退出した瞬間にまた態度を変えたボリスは、メイアに改めて命じる。
「そろそろ若手の有望株が必要だ。マクシミリアンの方はもう、カタをつけさせろ」
「何か手を出せと?」
「まあ必要があればな。あの様子だと、お坊ちゃんの覚悟は決まったみたいだが」
どんな手段を採ろうとも、それはドニーの自由意志だ。
ボリスは上手くやれという言葉を、上手く説得しろという意図で発しており、何の含みも持たせてはいないという認識だった。
「俺も仮に人が死のうと、行方不明になろうと――お巡りさんからの尋問系スキルを躱す用意はできてんのよ?」
「はいはい。それなら私も、ちょっと焚きつけるだけね」
ボリスとしても、信頼できる部下を切り捨てるつもりはない。メイアは確実に手元に残し、ドニーを捨て駒として扱うと決めた彼は、タトゥーを摩りながらタバコを吹かした。
次はどんな手で自分の駒を増やそうかと、彼は締め切った暗い部屋で、ただ思案する。




