第十話 容量不足
「大丈夫?」
「頭と、身体の節々が痛い」
「ふーむ、途中までは上手くいっていたのだがねぇ」
事態を冷静に分析したウィリアムは、失敗の原因を2つ考えついた。
地面に横たわるテオドールの前に屈みこむと、彼は人差し指を立てながら言う。
「まず1つ。僕の身体を作るには、魔力の容量が足りなかったんだろう」
「今日は初めて力を使ったし、能力の使用上限にだけは自信あったんだけど」
「あはは、まだまだ足りないってことさ」
「うん、要修行」
戦闘向きではないとは言え、便利だからと日常で多用してきた。そのためテオドールは通常の使い方をしている限り、生み出せる物資が不足するなどと思ったことはない。
しかし勇者の身体が高品質過ぎるため、能力を限界まで使っても生成しきれず、負荷がかかり過ぎてブレーカーが落ちたということだ。
テオドールが意味を飲み込めたと見て、ウィリアムは2本目の指を立てる。
「2つ。悲しいことに肉体が貧弱すぎて、僕の身体をコピーしたテオ君の身体が悲鳴を上げていたよ。上書きに耐え切れない……ってところかな」
要するに、体力不足と魔力不足の両方が一気に襲い来た結果、相乗効果で痛みが増し、気絶することになった。
逆説的に言うと、片方だけでもクリアできれば、肉体の生成までは駒を進められるということだ。
「言い換えれば下地が無いだけだね」
「ということは……」
「そう、鍛えれば何とかなる。再現できるどころか、最終的には勇者と聖騎士、両方のスキルを同時に使ったりもできるんじゃないかな?」
まだ修行不足とは言いつつも、3ヵ月を経て一定の成果が出た。
現時点でできずとも、将来的にはウィリアムが見立てた通りに、有用スキルを並行して使いこなすことができるかもしれない。
貧弱な身体を引きずり、無為に過ごした3年間から比べると、テオドールにとっては飛躍的な進歩だった。
「まあ、現状では能力を発動させるどころか、土台の身体を作るのも難しいみたいだけどね」
「それでも前進した。十分過ぎるくらいに」
テオドールは落ちこぼれ気味で、周りを見れば優秀な仲間ばかりだった。
コンプレックスや周囲からの視線で常に閉塞感が付きまとい、最終的には脱退勧告を受け入れざるを得ず、落ちるところまで落ちてもいた。
少し前まで人生に絶望しかけていたが、しかし彼はようやく、未来に希望が持てるようになったのだ。
先行きを象徴するかのような、昇る朝日に手を翳しながら彼は呟いた。
「じゃあ、なれるかな」
「……何に?」
「物語に出てくるような英雄に。……崇め、奉られるレベルの」
どんな敵も打ち倒して、人々を救う英雄。それは少年の日に志した姿だ。
落ちこぼれには過ぎた夢だったが、今ならその理想に手が届くかもしれないと知り、彼は自然と表情が緩んだ。
「英雄譚の10個や20個、好きなだけ作ればいいさ。その分だけ僕が楽できるから、存分に応援するよ」
「うん、私も期待してる」
コストが支払いきれず、能力を十分に扱えていないのが現状だとしても、展望は見えた。
お墨付きを貰ったテオドールは、穏やかな表情で瞼を閉じる。
「良かった……うわぁ、頑張ろう」
世界最強の力を、さらに強化して運用すること。
例えば勇者の近接戦闘能力を駆使しながら、大魔法を連発すること。
いつかそんな時が来ることを夢想しながら、テオドールは全身を襲う脱力感に身を任せて、再び寝落ちた。
◇
「前線を離れて、後方地帯にまで足を運んだ甲斐があったね。最近いいことが無かったから、久々の良い出来事だ」
そう言うなりウィリアムは立ち上がり、服を払って伸びをした。
「さて、僕はもう行くとしよう」
「テオが起きるまで、待たないの?」
「あとはお若い二人だけで……ということで、待つだけ野暮だろう?」
再び気絶したテオドールは、レベッカに膝枕をされている状態だ。
それを見たウィリアムは、意地悪そうに笑いながら寝顔を覗き込む。
「若き英雄が目を覚ました時、膝枕をされていると気づいたら、どんなリアクションをするだろうねぇ?」
「性格悪い」
レベッカは頬を膨らませているが、ウィリアムとしては、今後が楽しみという意味では彼らの関係発展にも期待している。
くっ付くとすれば、積極的にアプローチをするのはどちらかな? などと、彼は考えていた。
「まあ僕の性格が悪いのは、今に始まったことじゃないだろう? それに、現場を想像して楽しむだけなのだから、十分に良心的さ」
「……本当に、人選ミスだと思う」
レベッカは閉口したが、ウィリアムは首を縦に振って、とぼけた表情をしていた。
「そりゃそうさ、僕は勇者になんかなりたくなかった。……神様ってのは意外と意地悪なんだよね」
「私は感謝してる」
「それは、まあ、そうか」
ウィリアムが持つのは《勇者》のスキルだけだが、レベッカは2つのスキルを保持しており、《聖騎士》の他に《直感》のスキルを持っている。
これは勘が鋭くなる力で、主に犯罪捜査で使われるものだ。
意識せずとも自動で発動し続けるが、時折感覚が強まり、何かに導かれるかのように行動を促されることがある。
レベッカが直感に従ってふらふらと行動し、湖に辿り着き、膝の上で眠る少年に何かを感じた結果が今だ。
強力な力を持ったがために、様々な責任を負わされることになったと辟易しているウィリアムだが、レベッカは上手く力と付き合えているように感じた。
「ま、いいさ。僕は一足先に街へ戻るから、あまり遅くならないうちに戻っておいで」
「……分かった」
ウィリアムから見れば、レベッカがテオドールという青年を見る時、成長への期待とは別な感情を抱いている節がある。
特に、初めてテオドールを連れてきた時は傑作だったと、彼は笑った。
どちらかと言えば戦力になる人材というよりも、結婚相手を連れてきたかのような顔をしていたように見えたからだ。
「一体、何を期待しているのかなっと」
この分では、戻って来るのは夜になるかもな。
などと思いながら、彼は朝日に照らされた街道をのんびりと歩く。
「まあいいさ。父親が娘の邪魔をするというのは、やっぱり野暮だ」
そんなことを呟きながら、彼はただ歩く。
勇者ウィリアム・フォン・ローゼスは、その場に残したパーティメンバーにして娘の、レベッカ・フォン・ローゼスの成長も祈りながら、その場を後にした。
「……そう言えば。テオ君って僕らの歳、知ってたっけなぁ?」
勇者の身体には活力が漲り、肉体年齢はかなり若い。
言動も陽気を通り越して奇怪なので、彼が年相応に見られたことはまず無かった。
下手をすれば息子や娘と同世代に見られることもあるため、ウィリアムはしまったという顔をする。
「カップルと勘違いされていたら、どうしようか。そうしたら早めに誤解を解いて、後押ししてやった方が健全かもしれないけれど……」
普段よりも穏やかな口調でぼやき続けながら、彼は未来に思いを馳せた。
しかし今レベッカと一番近しい男性がテオドールなのだから、ウィリアムは彼らが深い仲になった時のことも思い浮かべて、ふと首を傾げる。
「娘さんを僕に下さい。という展開になったら、それはそれでどうしよう」
今のところ恋愛方面に発展している気配は無いが、その点についても一応考えた。
そして彼は思案の末に、手を打ちながら名案を口にする。
「娘を嫁に欲しくば、僕を倒して見せろ……くらいは、言った方がいいのだろうかね」
しかしあと10日も経てば暫くは別行動となるので、今くらいはいいだろう。
お昼デートくらいなら、口うるさく言うこともない。
などと能天気なことを考えつつ、彼は太陽に手を翳した。




