第二章 出会いと再会と ー後編ー
「所で頼光様、急な招集とは何か御座いましたか?」
貞光が改まった口調で訊ねた。
「此の前の土の中の奴の事でしょうか?」
金時が言った。
「其方は未だ分からん」
「では……」
「無駄遣いを減らせと言ってるだろうが! この馬鹿者共!」
頼光の一喝に四人が一斉に姿勢を正した。
六花も頼光の迫力に思わずたじろいだ。
金時が其に目敏く気付いた。
「頼光様、イ……六花ちゃんが怖がってますよ」
六花を腕を掴んで頼光の真正面に立たせると自分は其の背後に移動した。
振り返ると綱と貞光もさり気なく六花の後方に回り込んでいる。
「六花を盾に使うな」
季武はそう言って六花の肩を掴むと自分の側に引き戻しつつ彼女の真後ろに立った。
頼光は六花の頭越しに四天王を睨み付けた。
四人は一様に目を逸らした。
五人とも背が高いから屈まない限り六花では視線を遮れないのだ。
頼光は六花が居る所為で怒れなくなった様だから帰るべきではないかと思ったが季武の手がしっかり両肩に置かれていた。
其ほど強い力ではないが帰す気はないと言う強固な意志を感じる。
季武も六花を弾避けにする気満々らしい。
後ろに視線を向けると綱達が縋る様な目で六花を見ていた。
季武が手を放してくれたとしても彼らを見捨てて帰ってしまうのは気が引ける。
然し頼光の邪魔をするのも申し訳ない。
困った六花が頼光を見上げると、彼は大きな溜息を吐いたが六花に帰れとは言わなかった。
もしかして、こう言う事も何度もあったのかな……。
「兎に角もっと出費を減らせ。此の前、大損して原資が減ったそうだ」
げんし?
首を傾げた六花に、
「投資の元手になる資産だ」
季武が囁いた。
「そう言えば、こないだ仮想通貨が暴落しましたね」
仮想通貨!?
六花が目を丸くした。
季武が、
「人間界で暮らしていくには生活費が必要だろ。最近は投資で稼いでるんだ」
と説明してくれた。
異世界の人が仮想通貨に投資……。
然も大損したと言う事は小細工せずに真っ当(?)に稼いでいるのだ。
「食費も掛かり過ぎだ。外食は控えろ」
「でも料理禁止って仰ったの頼光様ですよ」
「お前達が火事なんか起こすからだ! 彼の時の村の再建が何だけ大変だったと思ってるんだ!」
火事!?
村の再建!?
脱穀してない米を食べるのも大概だが、火事まで起こして禁止されていたとは……。
然も村の再建という事は村一つ丸ごと燃やしてしまったのだろう。
そう言えば、ご飯、黒焦げって言ってたっけ。
「……あの、良ければ私が食事作りに行きましょうか?」
六花が恐る恐る申し出た。
話を聞いていて生まれ変わる度に四天王の食事を見兼ねたイナが作っていたんだろうと察しが付いた。
脱穀してないお米や生の野菜を食べてるの見たらほっとけないし……。
「何時も済まない」
頼光は申し訳なさそうに謝った。
「何時も」と言うのは恐らく季武の弁当の事ではなく前世の話だろう。
そんなに何度も作ってたんだ……。
背後でハイタッチしている音が聞こえたから少なくとも四人のうち二人は六花が料理に行くのを歓迎してる様だ。
頼光も其を見て呆れた表情をしたものの何も言わなかったから取り敢えず六花が作りに行くのは認めて貰えたらしい。
頼光がこめかみを押さえてるのを見て、此は確かに中間管理職だと納得した。
ひょっとして二千年近くも人間界に居るのに料理が出来ないのは自分が毎回作っているからではないかと言う疑問が頭をもたげた。
とは言え作りにいくのを歓迎して貰えるなら作りたいから其は言わないでおいた。
もしかして毎回同じ事考えてるのかな。
と言う考えが脳裏を過ったが取り敢えず黙っていた。
此も何時も考えているのかもしれないと思いながら。
話を変える様に頼光は咳払いをした。
「綱! お前、今の高校は金時と同じ制服が使えるって言ってたな! 金時は私服で良いから金時の制服を使うって言ってたのに何で学ランの請求書が来てるんだ!」
「学ランは同じで良いんですけど、ボタンは学校指定の物に変えろって言われたので」
「ボタン付け替えの手間を省く為に新しい制服を買ったのか!」
「仕立屋に頼んでも金取られるのは同じですよ」
「ボタンくらい自分で付けろ! 唯でさえ私立で金が掛かってるんだぞ!」
「じゃあ、俺、都立に転……」
「駄目だ!」
綱の言葉が終わる前に頼光を始めとした四人が同時に却下した。
綱は残念そうな声で「ちぇ」と呟いていた。
学費の問題なら国立大附属も都立と同じくらいだった気が……。
「今は四人とも学生だから収入が全然無いんだよね。討伐が有るからバイトも出来ないし」
金時が後ろから六花に説明した。
「いつもちゃんとお金払ってるんですか?」
「ああ」
「暗示を掛けられるのに悪用しないんですね!」
さすが正義の味方!
と感動し掛けた六花に、
「暗示で誤魔化せるのは対応した人間だけだからな」
季武が淡々とした口調で水を差した。
例えば買い物なら店の仕入れの記録と売上が一致しなければ客の万引きか店員の内引きを疑われるし、金融機関なども同様に記録が合わなければ無実の人が横領の罪を着せられかねない。
暗示で誤魔化して手に入れると必ず記録の何処かに齟齬が生じる。
其処から異界の者の存在に気付かれる可能性が有る。
だから金が絡む事は誤魔化せない。
反ぐれ者は人間に気付かれて倒されても構わない(出来るかどうかは別として)。
だが討伐員は人間の殺害を禁じられている為、敵と見做されてしまうと動き辛くなる。
実際、都では頼光達が派遣される前も後も〝見える〟人間に敵視されて色々大変だったらしい。
だから存在を知られない様にしているのだ。
討伐の為に派遣されている者は世界中に大勢居る。
全ての記録を辻褄が合う様に膨大な手間暇を掛けて改竄するくらいなら金を稼いで、きちんと支払いをした方が早い。
要は費用対効果の問題だ。
つまり、その点がクリア出来るならやるんだ……。
「人間に知られたらいけないなら私もダメなのでは……」
「信じてくれる人間なら構わねぇんだよ」
「イナちゃんは味方だからね」
貞光と金時が言った。
何となく過去の行いから六花を信用していると言う感じだ。
昔の私ってそんなに良い人だったのかな。
謙遜でも何でもなく自分がそんなに良い人間だとは思えないのだが。
まぁ頼光様や四天王の味方なのは確かだけど。
「なら、俺、会社員に……」
「駄目だ!」
綱が言い終える前に再度四人が断固とした口調で突っ撥ねた。
綱はがっかりしていたが食い下がったりはしなかった。
理由は分からないが強く主張出来ない何かが有るらしい。
都立高校と会社員の共通点ってなんだろう。
六花は内心で首を傾げた。
「電気代も高いと言われたぞ。必要なとき以外パソコン使うな」
「そうは言ってもSNSのチェックは必須ですよ。今はSNSで獲物を漁る鬼が多いんですから」
SNSで獲物を捜す鬼と、それに目を光らせる頼光四天王……。
「ニュースを見るのにも必要ですし」
「ニュースはテレビで見ろ。ゲーム用に買ったんじゃないぞ」
「ゲームするんだ……」
泣く子も黙る頼光四天王がテレビゲーム……。
頭がくらくらした。
「ニュースはテレビよりネットの方が早いですよ」
「テレビはニュースの時間しか遣りませんから」
「臨時ニュースは基本的に反ぐれ者とは関係ないですし」
「其にオンラインゲームって友達付き合いに必要ですよ。ボイスチャットで結構色んな情報入ってきますので」
「家族間の遣り取り丸聞こえなの気付いてない人間って意外と多いんですよ」
「人前じゃ出来ないような話、結構してるよな」
「夫婦喧嘩とかは五月蠅ぇだけだけどな」
「ネットには結構鬼が居て呼び出して喰うとか良く有りますし」
「呼び出しなんて個人的な言伝だろ。そんなもの、お前達に見られるのか? 其で鬼を見付けた事が有るのか?」
頼光に問い詰められた金時達が返答に詰まった。
ちらっと背後を見ると季武が白い目で三人を見ていた。
どうやら季武はゲームをしない様だ。
「其から、スマホも成るべく使うな。もっと安く抑える工夫をしろ」
「スマホも友達付き合いに必要ですよ、な」
綱が同意を求めると、
「ネットに載らない口コミの情報とか有りますので」
「噂話とか都市伝説とか、案外馬鹿に成りませんよ」
「人が消えるのは大抵反ぐれ者の仕業ですから」
貞光と金時が同意した。
何処其処の廃屋へ行って帰ってきた者が居ない等と言う場所は大抵反ぐれ者の住み家らしい。
「季武君以外はお友達が居るんですね」
「季武は人付き合い出来ねぇんだよ」
「其で村に住めなくて行き倒れに成ったくらいだからね」
「イナちゃん以外完全無視だもんな」
人付き合いが嫌いな季武が六花を無視出来ないのは弁当を作ってるからだと思うが、其処まで悲惨な食生活を送っているのかと思うと益々心配に成ってくる。
今は弁当を買えるから行き倒れの心配は無いと思うが。
不意に頼光が辺りを見回した。
「如何かなさいましたか?」
金時が訊ねた。
頼光は暫く黙っていた。
四天王は互いに視線を交わした後、辺りの気配を探りながら周囲を見渡した。
濃紺のスーツを着た二人組の男性や、お洒落な服装の女性、話をしながら歩いている学生達、犬の散歩をしている初老の夫婦。
何時も通りの光景だ。
特に異変は感じられない。
「お前達を見張っている者がいるかもしれん。十分気を付けろ」
頼光はそう告げると、季武に、
「今日はもう遅い、季武、イ……六花ちゃんを送ってやれ。私も帰るがもっと出費を抑えるように努めろ」
と言った。
六花は頼光と四天王に別れを告げると季武と共に公園を後にした。
深夜、頼光は四天王と共に郊外の駅前に居た。
強い鬼が此処に居るのだ。
四天王の任地では無いのだが此の地の担当者が遣られて取り逃がしてしまったので頼光が派遣された。
頼光に従って四天王も随行していた。
夜遅い時間で店舗は何処も閉まっている。
駅前と住宅街の辺りにはコンビニが有って営業しているが此の辺りにはオフィスビルしかないので建物の中に居る人間の気配は何処も一人か二人だ。恐らく警備員だろう。
頼光が居る事で季武以外の三人は神経を尖らせていた。
「居た!」
周囲を見回していた頼光が鬼の気配を察知して駆け出した。
四天王も跡を追って走り出す。
頼光の方が力が強い分、気配を感知出来る範囲も広い。
四人には未だ鬼の気配を感じ取れないでいた。
徐々に建物が減っていき、辺りは畑だけになった。
綱達が緊張を解いた。
「彼処だ!」
数キロ先にガソリンスタンドが有った。
畑の中を通っている国道沿いだ。
ガソリンスタンドの照明に照らされて大きな鬼が立っていた。
大鬼は五メートル近くは有るだろう。
周りに二メートル前後の鬼が何体も居る。
季武は立ち止まって背中の弓を取った。
疾走している頼光達は季武の射線上に入らない様に間を空けた。
季武が鬼に向けて立て続けに矢を放つ。
走っている頼光達を矢が追い越して鬼を貫いた。
鬼が次々と消えていく。
頼光達が鬼の近くに着く頃には大鬼以外は居なくなっていた。
綱が髭切の太刀で斬り掛かった。
鬼が手の甲で髭切の鎬を叩いて弾く。
貞光が刀を振り下ろした。
鬼が回し蹴りを放った。
貞光が後ろに飛び退く。
金時が鉞を横に払った。
鬼が刃の側面を叩いて弾く。
「くそ!」
金時が舌打ちした。
季武の矢も悉く振り払われると飛んでこなくなった。
頼光が膝丸の太刀で斬り掛かった。
鬼が素早く後ろに跳んだ。
膝丸は掠っただけだった。
鬼を追い掛けながら、
「綱!」
頼光は目で鬼の後ろに行く様に指示した。
頼光は鬼の正面に回った。
頼光と綱が、鬼を挟む様に立った。
視線で綱以外の三人にも其々に移動先を指示する。
四天王が指示に従い鬼を取り囲んだ。
頼光が斬り込む。
鬼が後ろに跳ぶ。
綱が背後に回ったのに気付いた鬼が着地と同時に横へ跳んだ。
綱の髭切が空を切った。
鬼が一気に頼光との間合いを詰めた。
頼光を鬼が蹴り上げる。
頼光が後ろに飛び退いた。
頼光を追い掛け様とした鬼の前に季武と貞光が立ち塞がって前進を防ぐ。
季武と貞光の刀、金時の鉞は何も避けられてしまった。
鬼が綱の振り下ろした髭切を鎬を叩いて弾く。
完全に四天王の太刀筋を見切られていた。
此の任地の者が遣られるだけの事はある。
鬼が横に腕を振り回した。
四人が後ろに跳んで避けた。
其の間を通って頼光が鬼に駆け寄った。
頼光は何故か膝丸ではなく槍を手にしていた。
膝丸でなければ攻撃が通らない筈だ。
膝丸ではないと気付いた鬼は敢えて身体で受けて槍の柄を掴もうとした。
が、其の間もなく数十メートル後方に吹っ飛ばされた。
相変わらず凄ェ馬鹿力……。
貞光は呆れ顔で頼光に視線を走らせた。
地面に倒れた鬼が半身を起こそうとした。
槍の攻撃が通らず傷一つ付いてないが衝撃で直ぐには立ち上がれない様だ。
頼光は鬼の元に駆け寄ると槍を振り下ろした。
槍は鬼の腹に当たったがやはり傷付けられなかった。
然し突き抜けないからこそ槍で押された鬼はコンクリートの床に押し込まれる形に成った。
鬼を中心としてコンクリートに大きなヒビが入った。
床が割れて陥没し、鬼がコンクリートごと地下のガソリンタンクの中に落ちていく。
頼光は塊を蹴って後ろに飛び退いた。
「全員下がれ!」
頼光の声に、駆け寄ろうとしていた綱達が大きく後ろに跳んだ。
貞光は近くに季武が居ない事に気付いた。
視界の隅の小さな光に目を向けると、離れた場所から地下タンクに向けて火矢を放つ季武の姿が映った。
貞光が舌打ちした音はガソリンスタンドの爆発音に掻き消された。
業火に包まれた鬼に頼光が名弓雷上動で矢を放った。
矢に貫かれた鬼が絶叫しながら消えた。
「他に鬼の気配は無いな」
頼光は背後で猛火を上げているガソリンスタンドには目もくれずに辺りを見回した。
「穴を塞いだら帰って良いぞ」
頼光は穴の有る方向を指すと異界に戻っていった。
「行ってくる」
季武も平然とした表情で穴の方に向かった。
残された三人が頭を抱えた。
「油断した! 畑の中なら被害は農作物だけだと思ったのに」
「季武の得物が弓ってのも問題だよな~。離れてるから止めに行く暇ないし」
得物とは得意な武器の事である。
「彼の二人、本当、人的被害以外気にしねぇな」
「其だって出すなって命令だから気を付けてるだけじゃん。巻き込んで良いってなったら東京大空襲が小火に見える様な事するぞ」
「其の程度で済むかどうか……頼光様、昔何処かの火山噴火させて、とんでもない被害出したから上が人間界に来させない様にしてるって噂聞いたぞ」
「他の任地は上司も人間界に常駐してるしな」
「此の辺りの活火山って富士山か?」
「箱根も凄いらしいじゃん」
「箱根がヤバかった頃は未だ討伐員は派遣されてねぇだろ」
「日本とは限らないぞ。ヴェスヴィオ山噴火させて街一つ火山灰に埋めたから異動になったとか」
「火山噴火させる様な人を火山で出来た島には寄こさねぇだろ。ヨーロッパの方が火山少ねぇんだし」
「じゃあ、鹿児島の火山か? 長い間九州に人が住めなくなったって言う……」
「其七千年以上前じゃん。自称の倍以上年食ってるって事に成るぞ」
「場所は兎も角、其で任地が都内限定なのかもな。断層は有っても火山は無ぇから」
少なくとも街が溶岩や火山灰に埋まる心配はしなくて済む。
「他はもっと担当区域広いもんな。移動が大変だって愚痴ってたし」
「其の代わり建物吹っ飛ばす上司の心配する必要ねぇけどな」
貞光がそう言った時、
「おい、塞いできたから帰るぞ」
戻ってきた季武が三人に声を掛けた。
「季武、此の惨状見て何とも思わない訳?」
金時が次々と遣ってくる消防車に視線を向けた。
「後始末は俺の仕事じゃない」
季武の素っ気ない言葉に、三人は〝後始末〟をしなければならない役目の者に同情した。
自分ではなくて良かったと思いながら。