第二章 出会いと再会と ー中編ー
四天王同士の雑談は基本的に誰が喋っているか分からなくても問題ないのでいちいち誰が言ったか書いてません。
大体の見分け方は
季武「俺」語尾「~だろ」「~だぞ」
貞光「オレ」言葉遣いは「ない」が「ねぇ」など少し荒っぽい
金時「おれ」語尾「~じゃね?」(相手が人間の時は)「~だよね」
綱「俺」語尾「~じゃん」「~だぞ」
語尾「~だろ」「~だな」は全員共通
頼光「私」語尾「~だろう」
「如月さん」
六花が教室へ向かっていた時、五馬が声を掛けてきた。
「あ、八田さん」
「五馬で良いよ。六花ちゃんって呼んで良い? 図々しいかな」
「ううん、そんな事ないよ。私も五馬ちゃんって呼んで良い?」
「勿論だよ」
六花は五馬と並んで歩き始めた。
「本当は少し心配してたんだ。六花ちゃんに変な子だからって無視されたら如何しようって」
「変って何が?」
「六花ちゃんが拾ってくれた落とし物、変だと思わなかった? 石ころなんか……」
「思い出の品でしょ。全然おかしくないよ」
六花の答えに五馬は何故か複雑な表情を浮かべた。
悲しい思い出でもあるのかな。
それならこの話はしない方がいいよね。
六花は話題を変えようと民話研究会の話をした。
「楽しそう。私も民話、大好きなの」
「鈴木君に頼めば入れてくれるよ」
「本当!? じゃあ、頼んでみる」
五馬が嬉しそうに言った。
昼休み、何時もの様に六花と季武は屋上へ向かった。
屋上に居る間に嫌がらせをされるのだが、教室では鬼や昔の話などは出来ない。
「今日ね、ヒレカツにしたの。季武君が鬼に勝てますようにって」
其の言葉を聞いて季武は飛切りの笑顔を六花に向けた。
六花は真っ赤になって俯いた。
心臓が全力疾走してる。
嬉しくて叫び出しそう。
この笑顔の為なら体操服を何枚破られても構わない……と言いたいところだけど、これ以上体育休んでると学校から親に連絡されそうだし、どうしよう……。
「何時も悪いな。食費、大丈夫か?」
季武が心配そうに訊ねた。
「うん、お母さんが遣り繰りしてくれてるから」
「そうか」
「平安時代から生きてたなら、もう千歳くらい?」
「貞光と金時の二人は二千年を少し越えてるだろうって」
関東に水田での稲作が伝わったのは紀元前三世紀頃。
貞光と金時が人間界に来たとき既に水稲栽培が始まってから何世代も経っている様だったから恐らく其くらいではないかとの事だった。
「俺は其の二百年後くらい。綱は俺より三百年くらい後だろうって」
「綱さんは別の場所に居たの?」
「いや、来たのが何時かなんて覚えてても意味ないからな。何のくらい後だったか気にしてなかっただけだ」
季武が二百年後くらいと言うのは貞光と金時が来てから季武が来るまでに人間が世代交代した回数から大体二百年くらいではないかと見当を付けたそうだ。
綱も同様に当たりを付けたらしい。
唯、此も凡その年数でしかない。
年号が無かった時代だし何度季節が巡ったかなど数えてなかったから分からないのだ。
「頼光様は三千年くらいって言ってる」
「どう言う意味?」
「頼光様の方が俺達より先に生まれたから、何くらい年上なのかは分からないんだ。だから本人がそう言ってるとしか……」
異界には寿命も暦も無い。
当然、年齢という概念もない。
だから基本的に討伐員の年齢は人間界へ来てからの年数なのだ。
「頼光さんとか、他の四天王の人達もこの辺にいるの?」
「貞光は彼方の中学で、金時は向こうの高校、綱は其方の高校」
季武は学校の方向を指しながら言った。
「頼光さんは?」
「頼光様は中間管理職だから普段は人間界に居ない」
中間管理職……。
頼光は人間界に常駐している訳ではないので季武達と違い「住んでいた年数=年齢」ではない。
本人が初めて人間界へ来たのが三千年前くらいだと言っているから季武達の年齢換算方法に当て嵌めると三千年に成ると言う事らしい。
「じゃあ、頼光さんは指揮だけで戦うのは四天王? ホントは強くないの?」
「頼光様は俺達が束に成っても敵わないくらい強い。だから酒呑童子討伐の為に人間界に派遣されたくらいだし」
「それで狐を射る事が出来たんだ」
六花が何気なくそう言った途端、季武の動きが止まった。
『今昔物語集』の話だと分かったらしい。
狐の話というのは、頼光は春宮(皇太子)に遠くの建物の屋根の上で寝ている狐を射殺せと命じられたと言うものである。
普通の弓でも届きそうにない距離に居るのに渡されたのは弱い弓の上に鏃の部分が重い矢で常人では到底届かない筈だった。
だが頼光は見事に狐を射貫き褒め称えられた。
季武はバツが悪そうな顔で又食べ始めた。
『今昔物語集』で季武君が出てきた話って、お祭り見に行ったのと妖怪の赤ちゃん攫った話……。
何方も余り格好良い話ではない。
祭の話は、見物に行く為に乗った牛車に酔って気絶してしまい、結局お祭りが見られなかった。
然して「帰りも又牛車に乗ったら死んでしまう」と言って人通りの無くなった夜中に顔を隠して徒歩で帰ってきた。
其の挙げ句、季武は牛車に近付く事すらしなくなった。
妖怪の子供を攫った話は「妖怪なんか怖くない」と言って夜中に妖怪が出ると言われてる川に行ったら本当に出た。
其の妖怪に子供を抱けと言われて受け取った後、妖怪が子供を返せと言うのに返さずに邸まで帰ってきて「妖怪から赤ん坊を盗ってきた」と自慢したと言うものだ。
「お前の首の後ろの痕なんだが……」
季武が話題を変える様に言った。
「み、見た?」
六花が赤くなって首の後ろを手で隠した。
「ご、誤解しないで欲しいんだけど、これは生まれたときから付いてる痣で、決してキ、キ、キスマ……」
「知ってる。俺が付けた」
「え? でも……」
「初めて会った時だ」
「それ……、私が生まれる前? だよね? これ、生まれた時からだし」
季武が頷いた。
「お前、見鬼で何時も鬼を怖がってたから寄ってこないようにする為に」
「初めて会った時って、いつ?」
「俺が人間界に来たばかりの頃。正確に何時なのかは分からないんだ」
「でも天皇の名前で……」
「俺が来た時は未だ役人が居なかったから朝廷が無かった頃だと思うぞ。仮に有ったとしても授業で習う天皇の名前は諡だし」
諡とは崩御した時に奉られる名前で生きている間は諡で呼ばれる事は無い。
「大和朝廷が出来る前って、もしかして邪馬台国の場所とか知ってるの!?」
六花が思わず身を乗り出すと季武が可笑しそうに微笑った。
「相変わらずミーハーだな。其の質問、何度目だよ」
「え……」
六花が目を見開いた。
てことは私、生まれたのも季武君と会ったのも二回だけじゃないんだ。
「ごめん、何度も……」
「良いよ。お前に会えたって実感出来る」
季武が優しく微笑んだ。
其の笑顔に六花の鼓動が早くなって頬が熱くなった。
「邪馬台国は何処かに有ったんだろうけど、俺達は基本的には任地から離れられないんだ。だから俺も魏志倭人伝が有名になってから初めて知った」
「そうなんだ」
「昔の事、何でも聞いて良いぞ。今世でも昔話、好きだろ」
「ホント!?」
「ああ」
季武は笑顔で頷いた。
昔の話を実際に生きてた人から聞ける!
『今昔物語集』の話が本当なら鬼だけではなく妖怪も居るのかもしれないし、狐や狸はホントに化けるのかもしれない。
何から聞こうか考えながら、最初に浮かんだ疑問を口にした。
「初めて会った時ってどんな感じだったの?」
貞光達の付けた当たりが正しければ二千年近く前。弥生時代だ。
季武は異界に生まれると直ぐに任務で人間界に来た。
其の時、手違いで人間界での注意事項をきちんと説明されないまま来てしまい、冬に食べ物が手に入らなくなって行き倒れになった。
其を助けたのが昔の六花だった。
「其のとき持ってた食い物くれた」
そう言ってから照れくさそうな顔で、
「そうだよ、初めて会った時から食い物貰ってた」
と言った。
其の表情に六花が可笑しそうに微笑った。
「其のまま、お前んちに転がり込んだ」
「……季武君って、女の子になったり出来るの?」
「囮に成る為に女装し……」
其処まで話してから六花の言わんとしてる事に気付いた。
「見た目は変えられるが性別は変えられない。茨木童子は男だって言っただろ」
女装は可能だが性別そのものは変えられないから女の鬼なら茨木童子では無いと言う事だ。
「つまり……」
「彼の頃は余り細かい遣り取り無しで夫婦に成ったから……」
「じゃあ、もしかして……」
六花は項を押さえた。
「ああ」
季武は視線を逸らせた。
六花は真っ赤になって俯いた。
「場所、変えても良いぞ」
「え?」
「其処の痕消して、腕とかに……」
「良い。だって初めて会った時の記念でしょ」
六花は首を振った。
「何時もそう言うな。本当は俺の痕なら何でも良かったんだ。爪で軽く傷を付けるだけでも。でも、お前の肌を傷付けたくなくて……」
「ありがとう」
六花は微笑んだ。
「いつも聞いてくれてるの?」
「ああ」
「もう聞かなくて良いよ。何度聞かれても消すって言わないと思うから」
「分かった」
何時もの台詞を聞いた季武は優しく微笑った。
放課後、図書準備室に行くと少し遅れて鈴木が五馬と一緒に入ってきた。
六花と五馬は目が合うとお互いに微笑みを浮かべた。
全員揃った所で鈴木が新しいメンバーとして五馬を紹介した。
「名前に聞き覚えある気がするんだけど……」
太田が言った。
「記紀に八田って名前の人が出てくるよ。『古事記』に八田若郎女とか『日本書紀』に八田皇女とか。あと五馬はいなかったと思うけど『五十』って書いて「い」って読む名前は一杯いるよ」
鈴木が答えた。
「鈴木さん、詳しいんだね」
「いや、僕も聞き覚えある気がしたから記紀を読み返したんだ」
五馬の言葉に鈴木が照れくさそうに言った。
そっか、記紀だったんだ……。
六花も『古事記』や『日本書紀』は読んだから当然其の名前を見ている筈だ。
六花は納得して椅子に座った。
昼休み、
「はい、これ」
何時もの様に屋上で六花は季武に弁当を差し出した。
「有難な」
季武は嬉しそうに受け取って早速弁当箱を開いた。
こういう姿を見ていると、若しかして季武も自分に好意を持ってくれているのではないかと考えたくなるが確かめる勇気は無かった。
思い上ってるって怒られて嫌われたくないし……。
「朝や夜はどうしてるの?」
「コンビニで弁当買ってる」
「コンビニが無かった頃は?」
「江戸の町が出来てからは、今で言う惣菜みたいなの売り歩いてる人間が居たし、屋台なんかも有ったから」
「その前は?」
「畑で採れた野菜が主だな。江戸の町が出来るまでは普通の村に住んでたから。後は森で採取とか動物狩ったりとか」
「お米じゃないの? この辺の人だってお米食べてたよね? 水田が伝わった後に来たって言ってたし」
「米は脱穀した上で炊く必要が有るだろ。肉は焼くだけだし野菜なら生でも食えるから。米も、籾の状態でも食えるが旨くない」
季武の言葉を聞いた六花は絶句した。
脱穀すらしてないお米食べた事あるんだ……。
「其に、炊いてもどう言う訳かお前みたいに旨くない」
まさかと思うけど、お米研がないで炊いてるとか?
「火加減が難しくて何時も黒焦げになる」
研ぐとか以前の話だった……。
まぁ釜で炊けと言われたら六花も無理だが。
然し二千年近く人間界で暮らしていて料理が出来ないと言うのも不思議だ。
食べ物が手に入らなくて行き倒れになったのなら食事は必須で然も自己調達しなければいけないと言う事だ。
六花が首を傾げていると、着信音が聞こえた。
季武はポケットからスマホを出して画面を見た。
「放課後、頼光様が来るんだが会うか?」
「頼光様や他の四天王とスマホで連絡取ってるの!?」
六花は驚いて大きな声を上げた。
「そりゃ、人間じゃないが頼光様以外は人間界で暮らしてるし……」
季武が苦笑した。
「そ、そうだよね」
「で、如何する?」
「迷惑じゃない?」
「迷惑なら聞かない」
「それなら貞光さんにもお礼言いたいから季武君達さえ良ければ……」
季武は頷いてメッセージを打つとスマホを仕舞った。
「平安京で鬼退治してた人がスマホ……」
「家にはパソコンもあるぞ」
季武が笑いながら言った。
「そ、そうなんだ……」
平安時代の人がスマホやパソコンを使っている、と言うのは衝撃的だった。
平安時代の人と言ってもタイムスリップしてきたのではなく、ずっと人間社会で生きてきたのだから文明の利器を使っているのは当然なのだが。
「二十年前もパソコン使ってるのを見て驚いてたな」
季武が可笑しそうに言った。
「二十年前?」
「……前回のお前は二十年前に死んだんだ」
「私、今十四だから、死んでから次に生まれるまでに五年くらい? 生まれ変わるのに掛かるのがそのくらいなの?」
「いや……」
季武は目を伏せた。
「俺が鬼に遣られそうになった時に庇おうとして殺されたから……上に掛け合って早くして貰った」
「上って……季武君の世界って人間の生まれ変わりとかに関係してるの? もしかして、閻魔様ってホントにいるの? あ、それとも黄泉比良坂?」
「生まれ変わりとかは俺達の世界じゃないんだが……説明が難しいな……」
季武が考え込んだ。
「あ、別に、無理しなくても良いから」
六花は慌てて手を振った。
何となく、季武や、季武の世界を理解するには一生掛かりそうだな、と思った。
放課後、季武と中央公園に行くと頼光と季武以外の四天王が揃っていた。
「六花、頼光様だ。貞光は覚えてるだろ。後は、右から金時、綱」
頼光も季武と同い年くらい(の見た目)かと思っていたが、落ち着いた感じの成人男性の姿をしていた。
二十代半ばくらいだろうか。上品な印象のスーツを着ている。
すごい格好良い……。
伝説の英雄という贔屓目抜きにしても格好良い。
黒い真っ直ぐな髪に凜々しく整った顔立ち、背が高くて姿勢が良い。
酒呑童子を倒した人と会えるなんて……。
凛として立っている様は正に英雄と呼ぶに相応しい姿だった。
四天王は全員十代(の外見)だった。
頼光も四天王もアイドルが裸足で逃げ出す様な美形揃いだ。
『今昔物語集』の〝堂々たる容姿〟という言葉から肩幅が広くて胸板が厚い筋骨隆々とした体格を想像していたのだが、五人とも背は高いが大柄という印象は受けない。
貞光は季武と似た様なブレザーだったが胸に付いてる校章やネクタイの柄が違った。
目付きがキツい所為か怖そうな印象を受ける。
ドラマなら不良役を遣らされそうな感じだ。
確か『今昔物語集』では失礼な口利いた男の人にムカついて殺しちゃったんだったよね……。
綱は愛想の良さそうな顔付きだった。
黒い学ランのボタンを外して前を開けている。
金時は気さくな表情を浮かべていた。
着ているのはラフな格好の私服だ。
季武を含め四天王は今時の学生と言う感じだった。
並外れた美形という点を除けば。
「初めまして。如月六花です」
六花が頭を下げた。それから、
「えっと、名字は……」
六花が困った様に季武に訊ねた。
「伝承と同じだ」
「どの伝説?」
「そう言えば話に拠って名前が違うんだったな。碓井、坂田、渡辺だ」
「碓井さん、この前はありがとうございました」
「貞光で構わねぇよ。イナちゃん、相変わらず昔話に詳しいんだな」
貞光が言った。
「頼光様好きなのも変わんないよな。必ず会いたがるし」
綱が言うと、
「イナちゃんは鬼や蜘蛛が怖いんだから酒呑童子や土蜘蛛討伐した頼光様に憧れるのは当然じゃね?」
金時が答えた。
「イナ?」
六花が躊躇いがちに自分を指すと頼光を含めた全員が頷いた。
どうやら六花は過去に〝イナ〟と言う名前だった事が有った様だ。
然も全員過去に会った事が有って〝イナ〟を覚えているらしい。
「お前、毎回ピンポイントで見付けんな」
「どう言う嗅覚してんだよ」
「毎回って、そんなに何度も?」
六花は季武を見上げた。
「お前が生まれ変わる度に会ってる」
「脱穀してないお米食べた事あるって言ってたけど、私、昔はお料理出来なかったの? それとも季武君にご飯作ってあげた事なかったの?」
六花が訊ねた。
「其ゃイナちゃんが居ねぇ時だよ」
貞光は顔も怖いが言葉遣いも荒っぽい。
曲がりなりにも頼光四天王の一人が不良という事は無い筈だが。
「イナちゃんがお料理下手だった事は無いよ」
金時はかなり当たりが柔らかい話し方をする。
「何時も季武がイナちゃん見付けて、俺達が季武んちで食わせて貰うってパターンだったし」
綱は少し子供っぽい印象を受ける。
一番沢山鬼退治の話が残っているから四人の中で最も勇猛そうなイメージだったのだが。
「お前達、何時までイナちゃんに甘える気だ」
頼光が四人を睨み付けた。
「頼光様だって人間界で庶民遣れば分かりますよ」
「人間は生でも旨いらしいですけど、動物の肉や野菜は料理しないと不味いんですよ」
旨いらしいって事は……。
「喰ってないぞ」
六花の考えを見抜いた季武が言った。
「あ~、やっぱ『御伽草紙』読んでたか~」
金時が苦笑した。
「読んでなかった事ないじゃん」
綱が言った。
「彼じゃ、俺達の方が鬼じゃねぇか」
貞光が不満を口にする。
「神様の手も借りてないし、盛り過ぎだよな」
金時の言葉に全員揃って頷いた。