第四章 復活と土蜘蛛と ー後編ー
「彼の時、一月近く頼光様の邸に居たよな」
「頼光様凄ぇ嫌そうな顔してたよな。凄ぇ広ぇ邸だったのによ」
「頼光様が迷惑そうにしてたのは綱が邸の使用人に手を出してたからだ」
季武が冷ややかな声で言った。
「お前っ……! 其じゃあ意味ねぇだろ!」
「何で他人の邸でまで女に手ぇ出すんだよ!」
「季武! 何でバラすんだよ!」
「お前の所為で俺までブチ切れた頼光様に斬られる所だったんだぞ!」
「頼光様がキレるって相当じゃねぇか!」
「何んな修羅場だったんだよ!」
キレた理由、聞かなくても分かるくらい綱さんって、しょっちゅう修羅場ってるんだ……。
「修羅場其物じゃなくて回数の問題だ」
「たった一月で頼光様がキレるって何んだけだよ!」
「何で他人の邸に居る時くれぇ大人しくしてらんねぇんだよ!」
「仕様がないじゃん! 家に帰れなくて寂しい思いしてる時に優しくされたら絆されるだろ!」
「そんなんだからキヨちゃんが怒んだろ!」
「頼光様は人間界には住んでないんじゃ……」
「都に居た頃の話だ」
季武の言葉に貞光と金時が振り返った。
「都って言えば、六花ちゃん、頼光四天王知ってたよね? 何処で聞いたの?」
金時が訊ねてきた。
貞光も表情からすると同じ事を知りたいらしい。
「よく覚えてませんけど、多分、子供の頃に昔話か何かで……」
「六花ちゃん、本当昔話好きだよな~。確か民話研究会に入ってるんだっけ」
綱が言った。
「民話研究会って具体的に何んな事するの?」
「家で資料を読んでその事に付いて皆で話し合ってます」
「資料って……例えば……」
金時が恐る恐るという感じで訊ねた。
「はっきり聞けば良いじゃん。もう『今昔物語集』読んだのかって。何時も読んでんだし」
綱が今までのお返しとばかりに言った。
「今昔物語に出てる頼光四天王の話って、金時さんはお祭りの話だけで、貞光さん一人の話は死んだ振りの強盗の罠に引っ掛からなくて賢明だって褒められた話ですよね」
「読んだのかーーー!」
金時と貞光が頭を抱えた。
六花がそっと横目で季武の方を窺うと、季武はバツが悪そうな顔で視線を逸らせた。
決まり悪そうなのはお祭りの話の方かな、それとも妖怪の話の方かな。
「人を除け者にするからバチが当たったんだ」
「お前は女の所に行ってて居なかったからだろ!」
「彼ん時もキヨちゃん怒らせてたじゃねぇか!」
「で、でも、今昔物語には〝いずれも堂々たる容姿で武芸に秀でて思慮深く〟って書いてありますし……」
六花が慌てて慰める様に言った。
そう言う男達が牛車に酔って気絶するとは情けないと言う話だが。
「そんな細かい所まで覚えてるんだ……」
「読んだばかりなので……」
六花は申し訳さそうに小さな声で言った。
この様子だと、貞光さんが無礼な男に腹を立てて殺した話を読んだ事は黙ってた方が良さそう。
「一応言っとくが頼信の命令で男を殺したのは貞光じゃないからな」
「あ、やっぱり」
「って、やっぱ其も読んでたのか……」
貞光の顔が引き攣った。
此の話は頼光の弟が貞光にある男を殺すように命じた。
其の時は命令を聞くつもりはなかった(貞光は頼信に仕えている訳ではない為)。
だが其の男が「自分は腕利きだからお前に殺せる訳がない」と失礼な事を言ったのに腹を立てて男と其の郎党達を殺してしまったと言うものである。
然して自分がムカついたから殺しただけなのに「流石頼信様は人を見る目がある」などと他人事の様に言っていて民話研究会のメンバーから「頼信関係ないだろ」と突っ込まれていた。
お祭りや妖怪と、この話を合わせて民話研究会で皆が『今昔物語集』の頼光四天王はギャグ担って言ってたのは黙ってた方が良さそう……。
「貞光、ムカついただけで大勢殺すような凶暴な奴って思われてたんだ~」
綱が貞光を見ながら意地悪く言った。
貞光がムッとした顔で綱を睨み付けた。
「いえ、人違いだと思ってました!」
六花が慌てて言った。
「藤原保昌……さんの郎党を頼光四天王が殺したって話も実際は違う人だって聞いたので、貞光さんの話もそうなんじゃないかと……」
「え、保昌様の郎党を俺達が殺したなんて話あんの?」
金時が初耳と言う顔で訊ねた。
「何かの本に載ってるとか。でも『御堂関白記』には違う人の名前が載ってるそうです。頼光四天王が殺した事になってるのは後世に書かれた本で『御堂関白記』は事件が起きた時に書かれた日記だから正しいのは『御堂関白記』だろうって……」
「俺達が出てるのは後世に書かれたものだけだからなぁ」
頼光と四天王が生きてた(事に成ってる)頃に書かれた同時代資料に名前が出てくるのは頼光だけだ。
他は死後、大分経ってから書かれたものばかりである。
「かなり作り話入ってんだよな」
「今昔物語ですら百年くらいは経ってるしね」
「じゃあ、今昔物語の他の話も実際は違うんですか?」
「季武が妖怪の赤ん坊連れてきたってのは嘘だね」
「出てきた途端バッサリ斬っちまったかんな」
「貞光さんが強盗に引っ掛からなかった話は……」
此の話は、死体が道に転がっていた横を貞光が通り過ぎたと言うものである。
死体が有ると郎等から報告を受けた貞光は自分の装備を確認した上で郎党の隊列を整えて横を通り過ぎた。
其を見ていた人達は大勢の郎党を引き連れてるくせに死体に怯えたと言って馬鹿にした。
然し其は強盗が死体の振りをしていたもので、貞光の後から来て不用意に近付いた者は殺されて身包み剥がれた。
其で貞光は常に用心を怠らない立派な武士だと称賛されたと言うものである。
「誰かと間違ぇたんだか、単に死体の横を通り過ぎただけの話が誇張されたんだか……」
貞光が首を傾げた。
「彼の頃は道端に死体が転がってるのは珍しくなかったから皆素通りしてたんだよね」
「死体が転がってたって……平安時代ってすごく平和そうなイメージですけど……」
「あ~、其は『写真はイメージです。実際の商品とは異なります』って注意書きと同じなんだよね」
「上級貴族でさえ乱闘して死人が出てたりしたくらいだかんな」
確かに『御堂関白記』にも何度か暴力事件が出てきたし『今昔物語集』にも強盗の話は沢山出てくる。
『今昔物語集』は後世に書かれたものだが。
「事件じゃなくても野垂れ死にとか結構あったしね」
「貴族でも貧乏な奴は幾らでも居たかんな」
「行き倒れなんか、ほったらかしも珍しくなかったんだよね」
そう言えば貞光さんが強盗に引っ掛からなかった話の次は芥川龍之介の『羅生門』の元になった話だっけ。
季武達に拠ると異界の者は人間を殺す事を禁じられている。
だから戦争中は徴兵されない様に戸籍を改竄して子供や年寄りの姿になったりしていたらしい。
「本当、戦時中は面倒だったよな~」
金時が言うと他の三人が実感の籠もった顔で頷いた。
「やたら威張ってる連中居たけど、貞光みたいにムカついたから殺すって訳にもいかなかったもんな」
綱が言った。
「だから彼は俺じゃねぇ!」
「綱さんって都に居た時は貴族だったんですよね? だから奥さんが三人居るんですか?」
「都に居た時はキヨだけだよ」
「痕を付けた相手はな」
季武が白い目で綱を見ながら言った。
「あ、綱以外は恋人居ない時は女断ちしてるから」
「俺達、性欲とか無ぇし」
金時と貞光の言葉に六花が耳まで真っ赤になった。
「金時、貞光、お前達は二千年越えのおっさんだが、六花は未だ十四だぞ。口に気を付けろ」
「二千年越えでおっさんなんだ……」
「じじいって言うと頼光様が怒るんだよね」
「頼光様三千年だからな」
「其自称じゃん」
「本当は四、五千年、軽く越えてんじゃね? 此の前ドキュメンタリーで線文字Aの番組観て、こんな簡単な字が読めないのか、って呟いてたし」
「頼光様読めんのかよ!」
「彼、四千年近く前だろ!」
「おかしいと思ってたんだよなぁ」
「鯖読むとか女かよ」
綱達が頼光の話を始めた。
六花は其を背中で聞きながら料理の続きを始めた。
四天王のマンションからの帰り道、
「えっと……、痕と普通のアザって区別付くの?」
六花が季武に訊ねた。
「異界の者なら分かる」
「人間が見た時とは違って見えるって事?」
「そうじゃなくて、近付くと異界の者の固有の気配がするから」
鬼が家に入ってこられなかったのも季武の痕が発している気配の所為だったらしい。
六花が頷いたときマンションに着いた。
季武に礼を言って六花はマンションに入った。
夜、四人は其々に散らばって都内を見回っていた。
「茨木童子が都内に居る可能性あると思うか?」
「一番隠れ易いのは人口密度が高い場所だろ」
「都内で一人暮らしの人間なら喰われても先ず気付かれねぇしな」
其々が周囲に気を配りながらスマホのグループ通話で話していた。
其の時スマホの着信音が聞こえた。
全員が一斉に口を噤んだ。
グループ通話中だから着信音が鳴るのはもう一台の連絡用のスマホだ。
頼光なら普通にグループ通話に入ってくるから、今もう一台のスマホに連絡してくるのは六花だけだ。
唯、六花が助けを求める為の連絡は四人全員のスマホに通知が来る。
「六花に会いに行ってくる」
季武にしか来なかったなら救援信号では無い筈だが声が強ばっていた。
只の連絡ではないのだ。
他の三人に緊張が走った。
「場所は?」
「中央公園」
中央公園に近付いた季武は公園の方から六花の気配がしないのに気付いた。
季武は隠形に成ると道着姿に変わった。
太刀と脇差を腰に差し箙を背負う。
用心して小道を通って広い場所に出た時、芝生の上に人の姿をした反ぐれ者と縛られた六花が目に映った。
然し……。
季武は眉を顰めた。
「季武君! 助けて!」
其の言葉に後ろに跳んだ。
季武の立っていた場所に土蜘蛛の脚が刺さる。
季武は太刀を抜き様、横に払った。
土蜘蛛の脚が斬り落とされる。
「ーーーーー!」
土蜘蛛が叫び声を上げた。
更に土蜘蛛に斬り掛かろうとした時、別の気配を感じて飛び退いた。
二体の土蜘蛛が攻撃してきた土蜘蛛を庇う様に季武との間に立ちはだかった。
「キシャーーーーー!」
二体の土蜘蛛が威嚇しながら牙を鳴らした。
季武が太刀を構え直した時、
「季武!」
綱達が駆け付けてきた。
三人が武器を手に土蜘蛛達に斬り掛かろうとした時、突然土煙が立って何も見えなくなった。
四人は其々大きく後ろに跳んで煙の外に出た。
季武は街灯の上に立つと辺りを見回したが周囲に異界の者の気配は無かった。
煙が消えると縛られた六花一人が取り残されていた。
「季武君!」
「六花ちゃん!」
駆け寄ろうとした三人を季武が手で制した。
「季武君?」
六花が戸惑った表情を浮かべた。
季武は抜刀すると其を六花に突き付けた。
「す、季武君?」
六花の声が震えた。
「季武君、如何しちゃったの? 綱さん、金時さん、貞光さん」
六花は助けを求める様に綱達を見たが、三人は黙って立っていた。
綱達は六花を凝視していた。
三人には六花に見えるが季武はイナを間違えない。
其に、確かに何か違和感が有る。
「六花は怯えない」
「刃物を突き付けられたら誰だって怖いよ」
「知らない相手だったらな。俺になら武器を突き付けられても怖がったりしない」
「あ! そうだ! イ……六花ちゃんは危害を加えてこないって分かってるものは怖がらない!」
金時の言葉に六花の偽物は舌打ちした。
三人が武器を構え直した。
再び土煙が立って偽の六花を覆い隠した。
視界が遮られる。
四人は再度埃の外に跳んだ。
季武は街灯の上に立った。
煙が収まると季武は地面に下りた。
偽の六花が居た場所にスマホが落ちていた。
季武が其を拾い上げる。
「六花ちゃんが攫われたのか!?」
「なら急いで捜さないと!」
慌てる綱達を余所に季武は自分のスマホで六花の家の固定電話に掛けた。
「はい。如月です」
スピーカーから六花の声がした。
綱達が安心した様に溜息を吐いた。
「六花」
「季武君!? なんで家の番号知ってるの!?」
六花の言葉を聞いた綱達が白い目で季武を見た。
「スマホ落としただろ」
季武がそう言うと、
「ううん」
六花が否定した。
「え、持ってるのか? 今、其処に有るか?」
「うん、あるよ」
「スマホで出てくれ」
季武はそう言って通話を切ると六花のスマホに掛けた。
「はい、どうしたの?」
スマホ画面に六花の顔が写った。
「何でもない」
季武は通話を切った。
「念の為、本物か確かめてくる」
季武はそう言うと六花のマンションに向かった。
季武がマンションの前で気配を探り本物だと分かると三人に連絡した。
四人は見回りを再開した。
「彼のスマホが話に聞くクローン携帯か?」
「そうだ」
季武が答えた。
「即答したな」
「偽六花が残していったスマホにクローンアプリが入ってる」
クローン携帯とは本物と同期している別の携帯電話である。
一番簡単なクローンの作り方はアプリをインストールするもので、主に機種変更などをしたとき簡単にデータを移したり、子供のスマホを見守るのに使用される。
他人を内密に監視する場合、アプリが入ってる事に気付かれたらバレるので普通は違う方法を採るが六花は普段スマホを使う機会が少ないのとアイコンが隠れていたので気付かなかったらしい。
「何で分かったんだ? てか、何故疑った?」
「俺に助けを求めた」
「あ~、確かにイナちゃんは口が裂けても助けてとは言わないな」
「助けを求めるくれぇなら季武を庇って死んだりしてねぇよな」
「出てきたの、土蜘蛛だよな」
「前に地中から攻撃してきたのは土蜘蛛か」
季武達が討伐してきたのは殆どが鬼とは言え、他の反ぐれ者も数多討ち取ってきたから何の種族からも恨みを買っている。
「六花ちゃんの事は何処で知ったんだ?」
「季武が何時も一緒に居るんだから見張ってれば分かるだろ」
金時の言葉に綱と貞光が納得した。
其の頃、都心から離れた空き家に土蜘蛛が集まっていた。
「何故ミツしか出てこなかった!」
サチが怒鳴った。
其処には季武を襲った土蜘蛛達が集まっていた。
「全員で掛かっていれば仲間が来る前に奴を……」
「サチ、あんたこそ何故卜部季武だと言わなかった」
ギイという土蜘蛛がサチを遮った。
「卜部が何だと言うんだ」
「卜部、以前異界に逃げ込んだ鬼を追い掛けて行って討伐した上に核を其の場で砕いたんだって」
ミツが言った。
土蜘蛛達は其の話を聞いて躊躇していたらしい。
だからミツが遣られそうに成るまで出てこなかったのだ。
「どうせ異界へ逃げた所で助からない。卜部が遣らなくても異界の連中に始末されてた」
サチがそう言うと、
「そうだけど……卜部は異界まで追い掛けていって核を砕くような凶暴な奴だよ」
「頼光は手下も化物だ」
土蜘蛛達が口々に答えた。
頼光一人に怖気付いているくらいだ。
部下も其に劣らぬ化物と聞けば及び腰になるのも無理はない。
ミツが窺う様にサチを見た。
ミツはサチの手助けが目的だから迷いは無いが他の者は躊躇っている。
だからサチの考えを知りたいらしい。
今此処に居る土蜘蛛はサチを含めて八人だが、メナを含めた三人は様子見組だから戦うのは五人だ。
五人掛かりでなら各個撃破出来るのではないかと思ったが腰が引けている状態では実力を発揮するのは難しい。
となれば後は数を頼みにするしかない。
確実に倒せるだけの人数を揃えれば皆本気で掛かっていくだろう。
「もう少し数を増やそう。皆で各地から仲間を募るんだ。討伐員を恨んでる者は多い。化物だろうと多勢に無勢なら勝てる」
サチがそう言うとミツ達は頷いて散っていった。
サチも帰っていった。
メナも立ち去ろうとしてエガが考え込んでいるのに気付いた。
何時もエガと一緒に居るカズが所在なげに立っている。
「エガ?」
メナに呼び掛けられて我に返ったエガはカズを連れて何処かへ消えた。




