お役御免と追放されるも、実は高ステータスなので領地に戻りハーレムと美女達と復讐する凄腕忍者の領地改革記。今さら戻って来いと言われてももう遅いでゴザル!~魔王(きちく)の懐刀(かいな)ムムム拙者変?~
「一昔前の文学では、失うことで初めて青春が始まるそうだよ?」
その言葉はなんだと言うのだろう。慰めのつもりだったのだろうか。
古い造りの客室で揺られながら、熱い香草茶を飲む。
当時、ちょうど列車が走り出した頃だったからか、この揺れに連動して私は、主人たるB-Tと恋人ルーシーが合体した時の事をおもいだしていた。
あ、いや、エッチな意味じゃない。文字通り、《初心者の街》は教会地下の、悪魔合体の儀式によって、彼らは合体して1つに、主神に、なった。
Blindness-Thanatos。色欲の魔王。母神を降し主神となった簒奪者。旧王家残党からの蔑称などはどこ吹く風で、嬉々として名乗るようになるそれら。
今、私はその簒奪者たる愛しい主人の元を離れ列車の一等客席に乗っていた。
転移装置も増えて、今ではすっかりローテク化したこの全国縦断列車であるが、最近は活気を取り戻しているらしい。
私も領地の家臣連中に聞いたくらいであるが、金も時間もある富裕層の贅沢として持て囃されてるのだそうだ。あくせくとした都会から離れ、のんびりするのにちょうど良いと。
時代も変わったものである。この列車は、出来た当初は流通交通の革命だと言われ、多くの商人役人軍人が、あくせくと乗り込んだものだった。世の中の流れが早くなりすぎて過労死するものがでるぞ、と大きな反発運動があったくらいだったのに。
それがゆったり遅い乗り物、レトロなデザインが逆にエモいわれぬ。と評価を得ているとは。確かに世の中の流れは早くなったんだな。
私も、そして我が魔王も、時代に取り残されたレトロなのだろうな。不死不老だとして、不変な我等には最早この国にとって病巣。膿みのような害悪なのかもしれない。
『ちょ、ちょ、ちょ!今回のファスナーモンスター殺意高いんだけどぉ!死んじゃうってマジで』
あ、我が魔王のゲーム実況生配信始まってた。課金課金ッと。
『あ、対罵忍さん赤米ありがとうございまっす!「死んだら私が人工呼吸します」はい、キモイすねありがとうございまっす。まあ、実際ね、サキュバスのハーフだからマウスtoマウスで大分回復しますからね僕』
ふふふ。顔がイイな我が魔王。ああ、私もTicBucに動画上げないと。列車乗ってるし反応増えそう。
今回の任務はさる御方の御成、その護衛、である。
全国縦断の巡幸御成は列車開通当初からの恒例行事で、当時は藍鸞が皇として、まだ内戦中のこの国の士気高揚と前線の慰撫が目的で始めたことだった。
列車という新技術の御披露目で旧王家軍の心を折り、どっち付かずの各領主を脅す目的もあったが。
「ホネブトフォンに向かってウィンクしたりお尻ふりふりしたり何やってるんでし?」
「あ、リンゴちゃんおはおは~。こうやって媚び媚びの動画撮らないとランク上がれないんでゴザルよ。ムム、ちょっと胸元はだけさせとこ」
「何で大大名が個人配信に躍起なんでし。公的な立場どうした」
「ナハハハハ!拙者の仕事、ダンジョン潜るとイチャイチャだけだから立場なんて何もないでゴザル!資源輸出と婚姻外交で今や国内外のキーマンは拙者と主神の家系で埋め尽くされているからやりたい放題なのでゴザル」
「つまり、暇なんでしね?」
「うん。そうでしでゴザル」
家臣団もほとんどに血が入ってて、更に私の息子娘で彼らの正室側室が埋め尽くされてるからな。縁故ぬきで、実力で地位に就いてる。全員異常に優秀だ。我が王の遺伝子ヤバすぎん?そのうち進化の袋小路に入るんじゃないだろうか。
人類、絶滅。原因、イケメン過ぎて。
「そしたらかつて妻たちと話したように、私と我が魔王で新世界のアダムとイブになるしかない、か」
「どうした?急に」
「WAO!!ここに居ましたネ。ライ麦サン、リンゴサン」
パーティーメンバーの闇這夜・寂尊が客室にするりと入って来た。殺気を漏らさず戦闘態勢に移る。リンゴ氏も流石は公家の立場、恐怖を抑え込み平静を保つ。
闇這夜が入って来るということそれ事態があらかじめ決められた敵襲の合図だった。
視線で旧王家暗殺者たちの大まかな配置を伝える闇這夜。髪も目も肌も黒曜石のように艶やかで美しい。闇夜に溶け込まず尚輝くような黒色の天使。我と我が魔王のお気に入りの子でもあった。
ずどん、壁や窓に天井と床、あらゆる箇所を突き破って旧王家残党が攻めて来る。
「Oh!敵襲!!」
年々、質も技術も上がってくるな。
彼らにここまで手を煩わせられるとは思わなかった。はるか昔にダンジョンへ潜った彼らはその地下の摩訶不思議な世界に適応、拡張増産すら可能とし、新たなダンジョンを生み出してはこうして地上侵攻の橋頭堡に使っている。
今回も線路脇にて待ち伏せしていたのだろう。襲撃者たちを捩じ伏せ、彼らが潜伏していたであろう何処かにある新興のダンジョン自体は攻略部隊の要請をしておく。
「さ、流石魔王の懐刀。はちゃめちゃ強いでしね~」
「ナハハハハ!照れるでゴザル!」
「美事な一撃必殺!PAO!」
当時、この鉄道が出来た頃、最先端の技術を幾つも保有していた我々皇軍だったが、斜陽の旧王家はそれでも強力だった。
ダンジョン産のアーティファクトにより造られた空宙戦艦《ティアマト》の主砲《魔導砲》。
王家の長兄でもあった宰相は、我が皇軍主力ごと狂王をこの魔導砲で消滅させ、盤面をひっくり返した。
病んだ頭を切除した彼はそのまま効率よく戦場を動かしたが、そこへ父殺しへの天誅の名目で王家の長女、に変装した私が長兄を暗殺。混乱する旧王家軍を尻目に脱出した。
後々、旧王家残党は、
長兄の腹心が率いる寺沢フリート。
本物の長女が率いる正統王家軍。
正室の末子にして皇太子が率いる新生王家軍。
途絶えたと思われていた王家嫡流の子孫が興したネオ王家軍。
等々に別れて我が皇国に反撃の機を伺いつつ、それぞれが牽制しあうようになる。非常に良いバランスに分断出来た。流石は藍孌。恐るべき一手だった。
それら、後に一日戦争三分天下、と呼ばれた戦は開始から終了までを全て、神と悪魔のお祭りの時に行われた。
我が魔王に知られれば、タイムマシーンを使われて1人で何でも解決してしまうだろうから。
それではダメなのだ。
だから、タイムマシーンの制約、『ハッピーエンドは巻き戻せない』ことを利用して取り返しがつかなくなるまで、
「ライ麦畑先生?考え事でし?」
「おっと、御免でゴザル。歳を取ると物思いが多くなっていかんでゴザルな」
「……輝かんばかりにツヤツヤの少年でしよ先生は」
呆れられてしまった。見た目はそうだが中身は最早老木も良いとこなんだがな。
「ネ、ネ、ライ麦サン、リンゴサン。もう一回。ネ?」
満足しなかったのか闇這夜が復活してきた。リンゴ氏が内側で強張るのを感じる。
「もう。睡眠不足は大敵でゴザル。二人一辺にお相手するでゴザルよ?」
リンゴ氏と闇這夜に挟まれ攻め立てられた。
いやぁ、いくつになってもゲームは楽しいでゴザルなぁ!!
対戦格闘で三人汗だくになりながらぐっすりと眠る。
朝、心地よく起きるとシーツも体もベトベトで、服を着る前にそのまま三人一塊でシャワーを利用した。相変わらずリンゴ氏は強張っていたので解すためにも温める。
「生きた心地がしなかったでし」
「何、心配ござらん。全て予定通りでゴザル。ほら、力を抜いて」
今回の任務はこの少年、リンゴの護衛である。
三々五々に分裂した旧王家残党は、互いに吸収や消滅を繰り返し、ダンジョンの地下深くへと潜って行った。
その内の一握りが、ダンジョンの奥深くに《楽園》を見付けたらしい。
「は、はふぅ~。まるで天国でし~」
以降、多いに繁栄することになる旧王家残党だが、そもそもダンジョンは危険地帯の方が多い。凶悪なトラップに好戦的なモンスターがひしめく。直ぐに楽園は逼迫した。
「凶悪なモンスターデス。退治しちゃうゾー」
「オウフ!お強い冒険者どの、お慈悲を、でゴザル」
「らぁめでぇーふ」
旧王家残党は人口過密を解消すべく、『地上解放戦線軍』を組織。以降、定期的にこの戦線軍がダンジョンを介して地上に溢れることになる。
「ぷは、溢れちゃいマシタ。ライ麦サン、お元気」
「リンゴちゃんもそろそろでゴザルなぁ。ゴシゴシゴシ」
「はふ~」
リンゴ氏はその第一次地上解放戦線軍の総司令、大君の末裔として、この御成を行っている。
「もう。ライ麦先生!御返しでし~」
「じゃあ身も再襲撃デース」
「ひゃあ!二正面作戦ぅ~」
彼ら地上解放戦線軍は、軍とは名ばかりの棄民であった。ろくな物資も持たず、レベルだけはそれなりな、石と棒で武装した集団。
火尖槍の一種に葉の意匠を纏った低レベル帯少年兵たちの経験値として多くは消えていった。
「ホネブトフォンで魔王に動画送り付けるでゴザル。どぅれ魔王め!羨ましかろ~ブイブイ」
この電話しかり突撃銃しかりまたは戦略戦術しかり、レベルやスキル、アーティファクトのようなあらゆる神秘を凌駕する文明の恐ろしさよ。
高レベルのドラゴンすら容易く駆逐する皇軍の末端に、解放戦線軍は擂り潰され、一部が捕虜となりリンゴ氏のように神輿に担がれて逆侵攻の口実に利用されている。
第一次のみならず、第二次第三次地上解放戦線軍残党も、旧王家残党の残党の更に残党である哀れな彼らも各地のダンジョンから同時期に侵攻。多方面から攻め立て、楽園の制圧を目指す予定である。
「ひゃあ!お前たちは護衛してろでゴザル!」
「「「隊長どのぉもう辛抱たまりません!僕たちだって一緒にシャワーしたいですぅ」」」
「陥落しちゃうぅ!そんなに一杯入ってきたら陥落しちゃうでゴザルからぁ!」
どんなに取り繕い、言葉ばかり名ばかりの地位名誉を与えようと、彼らの本質は棄民だ。
その復讐心を大いに利用して、彼らの手を汚させている。
今回の御成はリンゴ公ダンジョン親征前の士気高揚が目的だ。いまや皇国の一部となっていた元棄民たちとの別れの挨拶でもある。
はしゃぐリンゴ氏や闇這夜。攻め立ててくる他の隊員たちを眺める。言葉ばかり名ばかりの仲間たちを。
この列車旅行が終わったら、彼らと会うことは二度と無いのだろう。
旅の終わりが近づくにつれ敵襲は苛烈になっていった。
駅を取り囲む民衆が全て化けていた魔物であったり、会談予定の市長と掏り替わっていたり。今現在の襲撃など、遠くのダンジョンからカタパルト型出口により射出、パラシュート降下して走る列車に取り付いてきた。後部貨物車両で乱戦が始まる。
本当に技術が向上しているな。弾道予測が正確に行えるなら砲弾でも用意した方が良いと思うのだが、しかし彼らも『線路を壊すわけにはいかない』からな。
ここ連日の襲撃はこれの布石だったのだろう。今までにないくらいの手練れたちだ。隊員は選りすぐりだが疲弊していて思うように動けない。
「拙者にこれを抜かせるとは、褒めてやる」
世紀を跨いで最早神器となった我が宝剣《流星刀》を滑らせる。
かつて、落ちものの魔王が魔力を物質化し命を絞り出し放った致命の一撃を素材にした流星刀は決して砕けない。デッドコピーされた突撃銃の弾丸を全て弾いた。
剣の形に成型することすら難しいがそこはやりようがある。我ら悪実は太古の昔から武器を造ってきたのだから。
弾丸を弾いてばかりでは埒が明かない。
我流を貫いて無双と持て囃された我が秘剣《流星剣》で銃も首も飛ばしていく。
魔剣妖剣を用いた恐るべき剣法などと噂されているが何のことはない。蓋を開けば単純で、《二段ジャンプ》と《溜め攻撃》が《流星剣》の骨子である。
盗賊や戦士、特に忍者系職業ならば誰でも習得できるスキルの組み合わせが《流星剣》を形作っていて、だからこそ、秘剣としたわけだが。
「接近してもリーチの差!助けてー!」
銃撃を避け、悪実の脚力で肉薄したは良いが、ちみっこいリンゴ氏はナイフが相手に届かずそのまま取っ組み合いになってしまった。てか、何護衛対象が仕掛けとんねん護られとけや。
勘違いされがちだが《二段ジャンプ》の効果は『空中でジャンプが出来る』ことではなく、『空中に足場を作る』ことである。
その気になれば足元以外にも、手のひらやお尻に足場をつくれる。これでアクロバット回避や複雑な位置の宝箱を取ったりなどは盗賊連中がよくやっていることだ。
この《二段ジャンプ》で剣先を足場に押し付け固定、そこに《溜め攻撃》を発動。投石機の要領で溜め込まれた力を放ち、通常より遥かに早い斬撃が生じる。
この我流《流星剣》を愛剣《流星刀》で用いることでスキル《魔剣・流れ星》が発動し、威力と攻撃範囲が伸びて誰にも手がつけられなくなる。
今も、《魔剣・流れ星》の伸びる斬撃で、車両の奥で絞められていたリンゴ氏を救いだした。貨物の木箱が壊れ、大量の果物が敵の首と共にゴロゴロとこぼれ落ちる。
「ひいいい!自分の首が飛んだかと思ったでし」
「リンゴちゃん。君の護衛が出来て拙者本当に幸せでゴザルよ」
「でしし。すみません先生」
全て片付いたか。
「ライ麦サン!リンゴサン!」
おっと、パーティーメンバーの闇這夜・寂尊が貨物室にするりと入って来た。殺気を漏らさず戦闘態勢に移る。リンゴ氏も流石は公家の立場、恐怖を抑え込み平静を保つ。
闇這夜が入って来るということそれ事態があらかじめ決められた敵襲の合図だった。
旧王家と内通していることはこの御成の前に既に知っていたからだ。
本当に、連中は質も技術も向上しているな。
がきん、刃と刃とが噛み合う。流石、私と我が魔王の秘蔵っ子であった闇這夜は、我が《流星剣》を見よう見まねで修得していたようだ。
「永い時のなかであなたは倦み、病んでしまわレタ。最早害悪なのデス」
そうだな。藍孌なんかは頭が良すぎて、民衆の愚かさに狂ってしまうので、定期的に赤ん坊まで戻して何もかもリセットさせてる。記憶もなくし生まれなおす度賢君として国を盛り立てて、再び狂えば我が魔王のレベルドレインにより全て奪って。
まさに死と再生を繰り返す青き鳳凰の名に相応しい。
拙者はバカでよかった!まだ保つし!
「ライ麦サン。帰りましょう?」
いやだ。
「人の身で永劫には耐えられないのデス。あなたも皇のように」
そうして何もかも忘れてしまったら、彼女のことも忘れてしまうじゃないか。
失ったことすら忘れてしまったら、私の青春はどうなってしまうのだ。
「リンゴ」
「はいでし先生。《魔剣・流れ星》」
唯一の弟子であるリンゴ氏が、隠していた爪、もう一振の流星、姉妹剣《夜這星》を振るう。仕舞いを終いにして闇這夜に必殺を突き立てた。
「リンゴサン。復讐はダメです。正しいとか間違ってるとか、そんな問題じゃない。天も地も変わらナイ。そんなものに囚われては、いつまデモ、身共は棄てられたままじゃないか」
「それでも、地下の《楽園》を目指すでし。身も心も綺麗サッパリ忘れてただの子供に戻っても、この胸に燻る憎悪だけは消えなかったから。理由すら忘れたこの復讐心だけを糧に、僕らは死出の山を登る」
隊員が集まってくる。ギラギラと目を光らせて。
ウチの家臣団は優秀で、我が魔王相手に領土を切り取り、皇国、地下旧王家勢力との二正面作戦の大立ち回りを難なくこなしている。
我に出来ることと言えば暗殺と籠絡のみだからな。
既に和解した皇国と旧王家残党に対し、地上解放戦線軍の残党を焚き付けて地下に侵攻することにしたのだ。
我が主神を殺して力を簒奪するわけにはいかない。一つに混じりあったあの人まで死んでしまうし。
なんか、我が魔王は死んでも死ななそうではあるが。
だから《楽園》にて新たな神となったという旧王家党首の頭首を狩りにいくのだ。
「マ、ダ、まだ、死ぬわけにはいかナイ。ライ麦サン。もう一回。ネ?」
《空蝉》によって致命傷を免れた闇這夜が血塗れで立ち上がる。闇夜でも耀く黒曜石の肌を、そして己の命を一層、血潮が光らせて研ぎ澄ます。欠ける程に鋭くなる黒曜石のように。
「油断大敵でゴザル。二人一辺にお相手するでゴザルよ?」
「はいでし先生」
リンゴ氏と対角線上に並び闇這夜を挟む。
いやぁ、いくつになってもゲームは楽しいでゴザルなぁ!!
「「「《魔剣林弾雨・流星群》」」」
周りを囲んでいた隊員から複数の斬撃を食らう。重複スキル?いつの間に修得した?
いや、まともにこの我流を教えたのは、かつて指導した同じ境遇であった新兵たち。そしてその時に打ち倒し、いまや無知無垢な少年に戻った、目の前のリンゴ公のみ。
「ナハハハハ!やってくれたな小僧ども」
「先生。僕、身も心も綺麗サッパリ忘れてただの子供に戻っても、この胸に燻る憎悪だけは消えなかったから」
やめろ。
「先生の大切な思いも、きっと消えないでしよ」
その結果お前みたいに、理由もわからず死ぬしかなくなるじゃないか。灰まみれの埋み火として胸の内を占めて、熱だけは放ち続けるのに中身はぽっかり空いたままで。
「僕、生まれて良かったと思ってるでし。哀れまないでほしいでし先生」
口付けと共に何かを流し込まれた。毒か、薬、その両方か。白兎と黒兎が順番に口移し、簡単な手当てを受け闇這夜に担がれた。
「身は逃げマス。この雄々しき、我ら悪実の英雄を連れて。リンゴサン。サヨナラ。また会う日まで」
「僕らは予定通り《楽園》へ。サヨナラでし。先生をよろしくお願いいたします」
ゲームに負けたので、簒奪は諦めた。
しかしまだ、我が主神の元へは帰っていない。
大層ご立腹で戻ってこいと言っていたが逆バニーコスでもうちょっと待ってって言ってる動画送ったら善いよって返ってきてご機嫌になってた。付き合いが永いから欲しいものも良くわかっているのだ。
定期的に天使の囁きで我が主神にはリプ返してるし、しばらくは保つだろう。そのやりとりにリンゴ氏がエイメン!してくれているので今のところ彼らのダンジョンアタックも順調なようだ。
旧王家からもエイメン!がくるのが罪悪感スゴいが。
「この長い長い青春とも終にお別れか。しばらく傷心旅行でゴザル。付き合って」
「アジュオーキー?モチロン、傷が癒えるまでお供しますヨ」
「それにしても、悪実もすっかり男女の区別がわからなくなったでゴザルなー」
隣に座る闇這夜も、かつての愛弟子リンゴ氏もそうだが、少女と見紛う姿のものばかりになった。
酒精の強い酒ばかり提供するバルで、当然客層も悪実ばかりなのだが、どんなに背が高くとも私の胸元くらいしかない。……あと、闇這夜もそうだがなんか男もおっぱい大きくなってない?年齢的に、女子だったらそういう時期なのだろうけど、闇這夜日に日に膨らんでる気が。
周りの客達も、カウンター席をチラリと見れば男女のカップルが両方ともブラ紐が透けてるように見えるし、ウェイターさん、サロンに長袖で暑いからか胸元開いてるけどもうばいんばいん揺れてるでゴザル。逆にウェイトレスさんフリルミニスカートが可愛いけどペッタンコだな。あ、睨まれた。
思えば太古の昔は男女ともに厳ついヒゲモジャの姿をとっていたのが、いつの間にか女たちは低い身長、強い力はそのままに他種族の少女の姿へと変わっていたと聞いている。
穴ぐらに住み滅多に交流しない我らを、背が低い兎の特徴を持つ種族、という伝聞だけを聞いた他種族があれこれと想像した結果、現実我らの肉体に作用したのではないか、という説が最近では有力だ。
妖精の血が薄く混じる為に、他者の思いでその姿を如何様にも変容させる性質が、種族全体で発現したのではないか、と。
サキュバスのハーフたる我が主神がそれに近いことしてるし、きっとそうなんだろうな。
「だとしたら拙者の影響かコレ。みんなすまんでゴザル」
「ライ麦サンの影響ですか?何で?ライ麦サン、悪実の中で一番雄っぽいじゃないデスカ」
え?
「やはり英雄、原初の悪実に最も近い御方であると評判ですヨ。だって伝え聞いた昔では、悪実の男ってライ麦サンみたいに雄々しい方たちばかりだったんでショ?」
う、生まれてはじめていわれたでゴザル!雄々しいとな!ふおぉおおおぉ!そ、そうか、みんながどんどん女の子化していってるから、相対的にワシが男らしいポジションについとるんやな!
「ホラ、みんな見てますヨ」
な、何と。辺りを見渡す。
ウェイターさんは投げキッス。睨むウェイトレスさんは元々ジト目なだけで、こちらに熱い視線を送っていただけだったと気づいた。
先程のカウンターのカップルとか、二人してこちらにウィンクしてきた!
どれだけ、どれだけモテない生活を送ってきたと思っとるのだ。我が主神とルーシーちゃん以外とは傷の舐めあいみたいな気持ちで同衾してると思っていた。しかし、
「よし、ミハちゃん。ナンパするでゴザルよ。あのカップルと、今夜はフォーマンセルでゴザル」
カウンター席の二人の肩を抱く。小柄な二人は簡単にすっぽり包めた。昔の横幅の長い悪実相手には絶対出来ない行為だ。二人はうっとりした顔で此方の胸に頭を預けてくる。
今の世代には明確に雄として認知されている!!それも飛びっきりの!!!
我が世の春が来た!
絶対いやだ。
「ミハちゃん。やっぱ首取りに行く」
「エエ!?無理ですヨ!!今度は本気で連れ戻されますヨ神様に!」
この優越感すら失ってレベルドレインで赤ん坊に戻って、現代の感覚ですくすく育つなんて耐えられない。
青春時代出来なかったあれやこれやを、今取り戻すのだ!
絶対帰らんぞワシは!!
文化は一周するものとは良く言ったもので、あれから時代は進み、またガタイのよいドワーフの男女ばかりが溢れるようになっていた。遥か太古のヒゲモジャの男女たちが再び。流行り廃りで見た目がすぐ変わるな悪実。
一時期、兎っぽさが強調されて全身モフモフの可愛い見た目になったのだが、どうもモフモフ→モジャモジャ→ヒゲのおっさんへとイメージが変遷してしまい、古き良き懐かしの姿に皆戻ってしまったようだ。
私がドワーフと言っても信じない者も増えてきたくらいだ。
「種無し野郎がいつまでものさばりやがって。俺がメスジジイにとってかわってやらぁ」
ああん?
「ぶち○すぞクソガキゃあ!種がパンパン詰まってるとこみせたらぁ!!」
冬の時代到来だ。時代よ早く流れて進んでくれ。早くもう一周してほしいでゴザル。