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【書籍化】ナイチンゲールは夜明けを歌う  作者: 干野ワニ
九章

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第81話 プレゼント選びは注意が必要です

 あの疑惑のランチ会から三日とあけず、ベルガエ騎士団に所属する部隊が続々とエルゼスに到着し始めた。ガリア南東部からの移動には、その大所帯を考えると優に十日はかかるだろう。だがこのスピードで現れたということは、かなり前から話が進んでいたということなのだろうか。


 総人口五万のエルゼスに五百名の消費者がポンと増えたことで、領都ピエヴェールの市場はにわかに活気を帯びていた。さらに騎士団の着任から五日が経っても、まだ国境の様子は平穏なものである。やはり杞憂だったのかな……と、私が少しばかり警戒を解いた頃。


 オーヴェール城に突然訪ねてきた王弟殿下を玄関ホールまで出迎えて、私はスカートを掴み深く腰をおとした。彼に会うのは騎士団の駐屯地に挨拶に伺ったとき以来である。


「ベルガエ大公殿下におかれましては、ご機嫌うるわしゅう存じます」


「ああ、フロランス嬢も変わりないようでなによりだ」


 僅かにうなずいて挨拶を返す王弟殿下に、私は頭を下げたまま謝りの言葉を述べた。


「行き違いとなったようで、大変申し訳ございません。ただ今兄はふもとの行政府の方へ参っておりまして」


「いや、本日はそなたに会いに来たのだ」


「わたくしに……でございますか?」


 驚いて顔を上げる私に、仮面の殿下は今度はしっかりとうなずいて見せた。


「ああ」


「どうぞお掛けくださいませ」


 釈然としないまま応接室に誘導し、向かい合ってソファに座る。リゼットが差し出したまだ熱めのお茶を彼は早速飲み干すと、一息ついて口を開いた。


「実は、そなたに頼みたいことがある」


「はい、何でございましょう」


「その、先日もらった膏薬を、また少し分けて貰えるだろうか。あれを塗ると酷い痒みも瞬時に引き重宝していたのだが、切らしてしまってな」


 あの私が贈った膏薬は、そんなふうに強い薬効を持つものではない。保湿剤として以外の効果といえば、ハーブの力でちょっとスーっとするくらいだ。それが瞬時に効いたというのであれば……痒みの正体は、メンタル面の問題だったのかもしれない。


「お役に立てたようで何よりです。ちょうど在庫がございますので、急ぎ準備致しますね」


「ああ、頼む。これは……その礼の品だ」


 そう言うと、彼は懐から黒く艶めくビロードの巾着袋を取り出した。それはローテーブルに置かれると、コトリと硬い音をたてる。


「これは……」


「開けてみてくれ」


「はい」


 私は状況が判然としないまま、手のひらにすっぽり収まるサイズの袋を手に取った。紐をほどいて指を入れると、なめらかだが硬い感触。つまみ出されたモノは、しろがねに輝くシンプルなブローチだった。


 精巧に流線形が(かたど)られた銀細工の中央には、大粒の淡い緑柱石(ミントベリル)がしっかりと嵌め込まれている。


「わあ……なんて、綺麗な……」


 いや、この金属の輝きは、銀細工のものではない。

 これは──


「もしかして、白金じゃ……」


「ほう、良く判ったな」


 そう聞いて、私は目を見開いたまま硬直した。


 白金(プラチナ)は融点が高く、最近ようやく高位の火術師にのみ加工が可能となった、まだまだ流通の少ないお品である。だがすぐ硫化して黒ずみやすい銀とは違いプラチナは普遍の輝きを持つということで、急激に人気を上げていた。また貴族が自ら精錬に関わる必要があることからも、高価な上にとても手に入りにくいお品のはずだ。


「この宝石も、とても美しい緑柱石ですわね……」


 無傷で産出することが殆どないことで有名な緑柱石だが、そこに嵌め込まれているのは傷のひとつも見付からないものである。その透き通った盤面は色味こそごく淡いものだが、まるで澄んだ美しい湖面を見ているようだ。


「ああ……そなたの瞳に似た色を探して作らせた」


 お……重っ!


 ただの簡単な保湿軟膏あげただけなのに……こんなに高価そうなオーダーメイドの宝飾品を頂くなんて、気が引けるにもほどがある。


 殿下ってば、アラサーにもなってプレゼント選びが下手にも程があるでしょうよ!

 ──そう考えて、私は内心頭を抱えた。


 プレゼントは高けりゃ良いというものではない。特に初めてのプレゼントであまり高価なものをあげるとドン引きされる可能性が高いから、注意が必要だ。まだ好みなども分からない、あまり親しくない相手へのプレゼントには、後に残らないちょっと良いお菓子などの消え物が無難とされている。


 もっとも、以前ギィにいきなり手編みのマフラープレゼントなんてことやらかした私には、人のこと言えないんだけどね……。いや、あれはミヤコの古い漫画知識を、フロル(12)が曲解しちゃっただけだから!


 私は気を取り直して……王族相手に不敬にならないよう気を付けながら、おずおずと話を切り出した。


「あの……こんな高価なお品を頂くわけには……」


「気に入らなかったか……?」


 すると王弟殿下は、しゅんっとしてその広い肩を落とした。仮面で表情を隠しているのに、落胆している様子がひしひしと伝わってくる。なんだか申し訳なくなって、私は慌てて両の手を振った。


「いいえ、とっても素敵で気に入りました!」


「そうか」


 見えている部分の表情が変わった訳ではない。だが今度はぱっと雰囲気が明るくなる白面を見て、私は思い出した。そういや彼は斑点病(ヴァリオラ)の療養を理由として……私と同じ年頃の一年間を、離宮で幽閉同然に過ごしたらしいということを。そして彼は、離宮を出た後も──


 ──今回だけは、素直に好意を受け取っておこう。

 そう考えて、私は微笑んだ。


「ありがとうございます。拝領のお品、大切に致します」


 早速裏のピンを外すと、胸元のリボンの結び目に留めてみせる。うん、意外とさりげなく輝いて、ちょうど良いサイズだ。


 どうですか? と言わんばかりに胸を張って笑って見せる。すると殿下はわずかに目を細めて、小さくうなずいた。


 よくよく考えたら相手は庶民ではなく封建君主な王族だし、それほどすごい気合いの入った出費という訳ではないはずだ。現代でも石油王とかなら気軽にジュエリー配り歩いてても不思議じゃないし。たぶん。


 だが私は、にっこりと笑ってから付け加えた。


「ですが、僭越(せんえつ)ながら……今後、わたくしめにはこういった身に余るお品の下賜(かし)は不要にございます」


「し、しかし! また、頼もうと思っているのだが……」


「ご配慮賜るということでしたら、お話をお聞かせ下さい」


「話?」


「はい。私はこの通りほとんどの時を領地に籠り、あまり自由のない身です。ですので、これまで殿下が各地で見聞なさった珍しいお話をまた、このようにお茶でもご一緒しながら伺えましたら幸いにございます」


「……そんなことで、良いのか?」


「はい!」


 私が満面の笑みで頷くと、殿下はわずかに口許を綻ばせて微笑んだ。


「ならばお安い御用だ。今日は、まだ時間はあるか?」


「はい」


「では、どんな話をしようか……あまりご婦人に喜ばれそうな話など、思い付かないのだが」


「では……わたくしの希望を述べさせて頂いても?」


「ああ、許す」


「それでは、差し支えなくば殿下がエルゼスにいらした経緯を詳しく伺いたく存じます」


「そんなこと、聞いて何になるというのだ」


「わたくしは女の身。軍議にも参加を許されず、蚊帳の外になりがちでございます。しかし、不安なのです。何が起こっているのか少しでも知ることができれば、この不安も和らぐのではないかと存じます」


「令嬢が何も不安に思うことなどない。私がここに来たからには、この地も、そなたも、必ずや守ってやると約束しよう」


「殿方はいつもそう仰いますわ。でも、そういう問題ではないのです。未知なるものへの恐怖というものがどれ程恐ろしいものか……殿下はご存知でしょう?」


 私はそう言うと、殿下の左目のあたりをじっと見つめる。ややあって、彼は仮面の下でため息をついて、言った。


「それは……解った。では、私が知り得ることは出来るだけ教えてやろう。他言は無用と心得るように」


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