第78話 愚者の黄金
──翌日の昼下がり。
早速ピエヴェールにある司教の館を訪ねると、私は彼のコレクションを見て驚いた。もっと成金趣味な財宝が並んでいるのかと思いきや……その蒐集物の多くが、未加工の裸石や未研磨の原石だったためである。
一面に高価な板ガラスを使用した薄い箱に、几帳面に並べられた貴石のコレクションには……それぞれ小さな文字で来歴がびっしりと記されていた。どうやらただ美しい宝飾品が好きな人というわけではなく、ガチの宝石コレクターなのだろう。私の隣でコレクションに見入っている兄も、相当に驚いているようだ。
そんな中で特に私の目を引いたのは、ケースの一面に並べられた数多くの黄鉄鉱である。思わず顔を近づけて凝視していると、上機嫌な司教が口を開いた。
「どうだね、この美しい黄金、そして四方完全なる方形は! このわし一番の宝たちに目をつけるとは、なかなか見どころがあるではないか」
「ええ本当に、素晴らしい金色の輝きですわ! それになんと美しい姿でしょう」
そう調子を合わせながら、私は内心疑問符を浮かべた。この立方体、色は綺麗な黄金だけど、やっぱ金じゃなくて黄鉄鉱だよね。でも黄鉄鉱を一番の宝と表現するなんて、この世界でもあり得ないはずだ。黄鉄鉱はかつて採掘の場で金に間違えられることも多かったというけれど、もしやこの人騙されてるんじゃ……。
私がいらぬ心配をしていると、司教の得意気な笑い声が室内に響いた。
「ホッホッホ、騙されておるな! これは金ではない。愚者の黄金と呼ばれる……実は鉄の一種なのだよ」
「まあっ! そうなのですか!?」
私は驚きの声を上げながら、内心では別の方向で驚いていた。まさか司教は知っての上で、鉄を一番の宝と言っていたのだろうか?
そんな私の疑問を見透かすかのように、司教はさも当然と言わんばかりに言葉を続けた。
「わしはこの自然の造形美に昔から惚れ込んでおってな。祖国カタロニアのとある鉱山から、出物があるたび届けさせておるのだ。市場では黄金ほどの値はつかぬものだが、生まれたままの姿でこれほど美しいものは黄金でも見つからぬだろう。まあこの自然の奇跡が生んだ美術品の稀少性は、お主のような女子供には分からぬだろうが」
そうしてフフンと鼻を鳴らす司教に、私は殊勝そうな顔をしてみせる。
「わたくしは浅学菲才の身、なれど……このため息の出るような美しさだけは分かるような気が致します」
「そうかそうか、良い心がけぞ」
そう言って司教は口髭を揺らすと、貫禄のある身体を倒れそうなほどにふんぞり返らせた。
もっとも、この黄鉄鉱たちがどれも惚れ惚れするほど美しいということは、私も本心である。どれも博物館陳列レベルのものばかりで、お土産コーナーに数百円で置かれているものとはレベルの違う輝きだ。
以降も司教のオススメする逸品というものはどれも、美しい結晶体を持つ原石や、変わった内包物を持つ裸石ばかりである。
一般に高品質とされる宝石類は変化に乏しくてつまらん! と豪語する彼だが、恵まれた環境だからこそ完璧美人に飽きて個性派アイドルにハマるなんてことも、あるのかもしれない。
なにはともあれ、司教は宝石コレクターというより結晶コレクターだということが分かっただけでも、今回は大きな収穫だった。これならなんとか資金力ではなくアイデアで勝負できるかもしれない!
──でもそんな美しい結晶なんて、何を贈れば満足してもらえるだろう?
「司教の好みそうな結晶……何か良いものはあるでしょうか」
うーん、あの司教のコレクションを越えるものなんて、そう簡単には思いつきそうにない。オディール嬢に手紙で聞いてみようかな?
「結晶かぁ……」
帰りの馬上で私が考え込んでいると、前で手綱を握っている兄が口を開いた。今日の移動は、タンデム用の鞍を着けての二人乗りだ。ドレス用の横乗りは、未だに一人だとどうにも山道でずり落ちそうで怖いからである。
「あー、ビスマスとかどうかな?」
「ビスマス……?」
え、ビスマスって……整腸剤に使われるアレのこと?
その意外に広い背中にしがみつきながら、私が首をひねっていると……兄は続けた。
「ええと、蒼鉛って言った方がいいかな。銅や鉛の精錬過程で出てくる余り物なんだけど……エルゼスにあるような鉄鉱山じゃ出ないんだよね。商人に頼んで探してみてもらえないかな。たぶんそんなに高価なものじゃないから」




