第59話 紫眼の少女
花系ジャム製造を委託している村の、視察からの帰り道。左右を森に挟まれた街道を、私は馬車で進んでいた。前後を護るのは、おにい様からレンタルしている二人の護衛騎士である。
後ろ半分だけ幌のついた小型の馬車は一頭立てで、御者を除けば大人が2人乗ればいっぱいになる大きさだ。馬車という乗り物は、どうやら小さいほどによく揺れる。初めの頃はひどい乗り物酔いに悩まされたものだが、最近ようやく慣れてきたところだ。
背もたれのクッションに身を埋め、まだ爽やかさを残す初夏のぽかぽか陽気に微睡んでいると。突如、鋭い馬の嘶きが聞こえて、馬車が急停止した。
「どうしたの!?」
私は咄嗟に座席から立ち上がり、前方に目を凝らす。すると先導していた騎馬の足下で、抱き合い震えている子供たちが見えた。
「姫様、申し訳ございません。森から子らが飛び出して参りましたので、緊急停止致しました」
「まあ! 怪我はない!?」
反射的に馬車から降りようとした、その時である。複数の足音をともなう喧騒が森から響き、私達は身構えた。
「おいっ、確かにこっちだろうな!」
「へえ、確かにそっちに抜けましたんでさぁ!」
状況を察した私は急いで馬車から飛び降りると、二人の子供を両腕で捕まえる。
「ちょっとごめんね!」
今日の服装は、細身のズボンにロングブーツと膝丈の巻きスカートを合わせるという、ロマーニア式の婦人用運動服だ。ドレスのときじゃなくて助かった!
「姫様っ!」
慌てて馬から飛び降りた先導の騎士──ガエタンの手伝いを受けて、私は二人の子供たちを馬車へと押し込んだ。最後に私を馬車に上げてから、彼が再び愛馬に跨がった、刹那。深い森から十人弱くらいの男達が、街道へと姿を現した。
「んなっ!」
視界が開けたちょうど目の前に、正規兵の制服を纏う騎士がいるとは思わなかったのだろう。状況を見た後衛の騎士──ステファンも、いつの間にか馬車と男達の間に立つよう駒を進めている。頭目らしき男は驚いたように二人の騎士、そして馬車へと視線を巡らせると、声を上げた。
「いやがったぞ、紫眼の娘だ! てめぇら邪魔だ、どけっ!」
騎馬を押し退けるようにして馬車へ向かおうとした男達は、だが寸前にステファンの槌矛の一撃で昏倒した。
ズドムッとすごい音がしたが……大丈夫だろうか?
倒れた男に、私がちょっぴり同情している間に。
「静まれっ!」「静まれい!」
二人の騎士はならず者たちを牽制しつつ、声を上げる。
あ、またあれやるんですか?
あれ、あんまり効果あったことないんだけどなあ……。
「この紋章が目に入らぬか! 畏れ多くもエルゼス侯がご令孫、フロランス・ド・ロシニョル様にあらせられるぞ!」
「頭が高い! 控えよ!」
いやこの、前の副将軍みたいなノリ。
効かなかったとき結構悲しいんだけど……。
「き、貴族……法術師だ!」
とたんにざわめき武器を下ろすならず者たちに、だが頭目らしき男は声を荒げた。
「てめぇら、落ち着け! 教会に紫眼の娘を売っぱりゃあ、オレら全員一生遊んで暮らせる大金が手に入んだ! 貴族殺しがナンボのもんよ!」
「で、でもお頭! 相手は法術師ですぜ!?」
「術師っつーても、女だけなら戦う術は持たねぇはずだ! 騎士どもも、この数の差なら負きゃしねぇ。おめぇら、やっちまえ!!」
「応っ!!」
再び武器を構える者達を前にして、私はため息をついた。おにい様が居るときなら、人数差があってもこの方法が結構効くんだけどね。やはり法術師とはいっても女の身じゃ、何かと舐められやすいのだ。
私は仕方なく車上に立ち上がると、声を上げた。
「ステファン、ガエタン……こらしめてやりましょう!」
「「はっ!!」」
あの頭目の男。漠然と女は弱い、ではなく、ちゃんとガリア貴族の女が攻撃法術を習わないのを知っているなんて、なかなかの情報通っぷりである。前職は傭兵ってところだろうか。
だが何事も、例外はあるというものだ。おにい様の練習につきあうという名目でどさくさに紛れて習得した中級呪文を、お見舞いして差し上げよう。
私は車上に立ったまますっと人差し指を突き出すと、虚空に小さく円を描いた。
「炎の柱」
すると前方の地面を大きく囲うように、炎の軌跡が素早く円を描いた。二人の騎士達は手慣れた様子で、ならず者共を次々と円の内部に叩き込む。最後に騎士達が円から離脱するのを見届けて、私は鋭く指を突き付けた。
「実行!」
瞬間、円から炎の柱が噴き上げ、ならず者達の姿を飲み込んだ。
「なっ、なん……」
「たっ、たすけてくれ!!」
柱の中から響いてくる無数の叫びを聞きながら、私は僅かに眉をひそめた。ややあって、最後の悲鳴が消える。
「終了」
炎が消えると、中にいた男達はすっかり憔悴しきった様子で、小さくうずくまっていた。私は素早く馬車から降りて駆け寄ると、彼らの容態を確認してゆく。確認が終わった端から、二人の騎士が手際よく罪人達の手足を縄で繋いでいった。出かける度に必ず一度はこういったトラブルに遭遇するものだから、もう手慣れたものである。
確認を終えて、私は額の汗をぬぐった。今は全員意識が朦朧としている状態だが、水を少しばかり飲ませたらすぐに回復するはずだ。あの呪文は中に閉じ込めた者達を炎で焼くためのものではなくて、酸欠と熱気で気力をがっつり削ぐだけのものだからね。数分休ませれば、あとは自力で歩いて連行されてくれるだろう。
私は馬車の中で怯えたように座り込んだままの子供たちに近付くと、目線を合わせるようにしゃがみこんだ。
「もう大丈夫だよ。ケガはないかな?」
すると年かさの男の子の方が、まだ少し警戒しつつも口を開いた。
「たすけてくれてありがとう。ねえちゃん、なんかエラい人?」
「まあね!」
私は芝居がかった仕草で胸を張ると、子供たちに笑いかけた。
「私はフロルっていうの。私が来たからには、もう安心よ! 君たち、お名前はなんて言うの?」
「おれはカミル。こっちはミア」
「カミルくんとミアちゃんね! 二人のおうちはこの近く?」
「うん、すぐそこの村なんよ。森で薬草探しよったら、急に出てきたあいつらに追いかけられたんじゃ」
少年の言葉を聞いて、私は驚いた。この訛り、先住民のものだ。そういやこの森の近辺、先住民の村があるエリアだったっけ。
「せっかくだから、お姉さんが村まで送っていくよ」
「そこまでせんでもええよ。知らん人つれて戻んたら、父ちゃんにおこられるけん……」
「でも、また怖い人が出るかもよ?」
「それは……」
「にいちゃん、うち、このねえちゃんといっしょに行きたい」
「ミア……」
カミル少年はちょっと困ったように、妹らしき少女を見やる。だが彼女の持つ紫色の瞳が不安に揺れる様を見て、考えを変えたようだった。
「わかった。おねがいします」
そう言ってよくある茶色い瞳を持った少年は、ぺこりと小さく頭を下げた。質素な身なりや十歳前後といった年齢のわりに、なかなか礼儀正しい少年である。
私は彼の土埃でごわつく頭をヨシヨシと撫でると、立ち上がった。
「よし、では行きましょうか!」




