第57話 カフェは紳士の社交場?(2)
「当店でのお買い物はいかがでしたでしょうか。お気に召されるものは見つかりましたか?」
商人の先導で個別商談用の部屋が並ぶフロアに向かいながら、私は上機嫌で答えた。
「ええ。たくさん試着させてもらって、お気に入りの一着を見付けることができたわ」
「そうねぇ。わたくしの若い頃は特注品ばかりだったけれど、既製品を色々と試してみると、画では分からない良さなど見付けられるから素敵だわ」
そう言ってうなずき合う私達に、彼は満足そうな笑みを返す。
「それはようございました。ところでフロランス様、店内ご覧になりまして何かお気付きの点などございましたでしょうか?」
「特にないけれど……ああ、そういえば。衣装を壁掛けで展示する発想はとてもいいのだけど、平面では分かりにくい部分もあるでしょう? だから等身大の彫像を作って、それに衣装を着せて展示してみるなんてどうかしら?」
「ほう、それは……ご意見ありがとうございます。さっそく実施させましょう」
そう言うと、ギィ・ヴァランタンはニッコリと笑った。
これは……アイデアを信用されていると喜ぶべきか、それともタダでアイデアを引き出されたと悔しがるべきか……。
「ところでお二方がお召しになっている水鳥の外套ですが、なかなかの評判でいらっしゃるようですね。……専売権の売却はご検討ですか?」
やっぱり……各売り場の担当者にでも、逐一こちらの動きを報告させていたんじゃないだろうか。顧客は他にも大勢いるだろうに、いったいどれだけアンテナを張りめぐらせているんだろう。私は内心おののきながらも、努めて余裕を見せつつ口を開いた。
「そうね。条件によっては検討するわ」
「では来年の秋冬に向けて、またご相談させて頂きたく」
「ええ。また後日お話ししましょう」
*****
個室に到着してコートを預けると、すぐさまテーブルにいくつかの茶器が用意された。東大陸風の丸っこいフォルムのポットの横に、取っ手のない小さな湯飲みが並んでいる。
「こちらフロランス様ご所望の、緑茶でございます。またお話にございました紅茶ですが、仲買人を通じて現地に問い合わせましたところ、少ないながら入手することができました」
「まあ、紅茶があったのね!」
「はい、仰る通りでございました。また青茶というものもございましたので、試しにご用意しております」
「あら、シンアのお茶ね。出始めは物珍しくて皆飲んだものだけれど、流行りが続かなかったのよねぇ……。他にも種類があったとは、知らなかったわ」
緑茶を飲んだことがあるらしい大伯母さまが、珍しそうに紅茶、そして青茶へと目を移す。
「どうぞ、お召し上がり下さい。紅茶はまだ熱い状態かと思われますので、お気をつけ下さいませ」
目の前にそれぞれ注がれたお茶を見て、私はまず緑茶を手に取った。温度は低めで、適切な抽出温度はきちんと守られているようだ。だが、この色は……。
一口含んで、私は少しだけガッカリした。どこか白く濁った薄黄色のお茶はどこまでもまろやかなのだが、逆に言うと味気ない。飲みやすい感じはするのだが、あの緑茶のもつ旨味や甘味もなければ、かといって渋みや苦味が効いているわけでもないのだ。
やはり、これはお茶を作る際に使った水の硬度が高すぎるせいではないだろうか。水に含まれるミネラルが多いと茶葉の持つシュウ酸と結合し、シュウ酸カルシウムに変化する。すると色は白濁し、かつまろやかな味になるのだ。
まろやかな緑茶は飲みやすいのだが少々行き過ぎてしまったようで、どこか淡白で印象が薄い感じになっている。そのせいで流行が長続きしなかったのかも知れない。
次に紅茶を見ると、前世の記憶よりもかなり黒ずんだ印象を受ける色だった。これじゃ紅茶というよりも黒茶という感じかな。だが少し残念に感じる色味とは裏腹に、口に含むと控えめな渋みに深いコクが効いている。
最後に青茶は、普通にちょっとクセが強めのウーロン茶だった。うん、普通に美味しい。ただガリア風のお菓子に合いそうなのは、この中だと圧倒的に紅茶である。
「あら、この紅茶? というのかしら。これ、焼き菓子によく合うわねぇ」
紅茶と一緒にマドレーヌを摘まんでいた大伯母さまもどうやら同意見だったようで、私は安心して力強くうなずいた。
「はい、私もそう思います」
「やはり、お二方もそう思われましたか。私めも試飲して驚きました。紅茶は緑茶に比べてかなり生産量が少なく、なかなか西大陸まで出回らなかったようですが……これなら少々値が張りましても、希少品として売り出す価値がありそうです。ただ売り出し方をどうするか、思案するところではございますが」
そこで言葉を切ると、商人はちらりと視線をこちらに寄越した。なんか期待されている気がするが、この件ではこちらとしても好都合だ。
「それなら、百貨店内に新しいカフェを作ることを提案するわ」
「珈琲店は今のところ一軒で十分かと思われる状況でして……。現在ございます店舗で紅茶も供するのではいかがでしょうか?」
「いいえ、男性用の方のカフェではないわ。提案したいのは、女性だけ、または女性同伴の男性だけが入ることのできるカフェよ。買い物疲れのひとやすみや、正式なお茶会を開かずともお友達と気軽にお喋りできる場を作れば……きっと人気が出るわ」
「恐れながら、珈琲店は紳士の社交場でございます。男性同伴でもない貴婦人が外で飲食なさるなど、果たして貴族の方々に受け入れられるでしょうか」
「ヴァランタン商会の現当主は、これまで貴族は買い物に外出するなんて考えられなかったところに、その常識を打ち破ったのでしょう? その後継を狙うなら、このくらいの冒険は必要なんじゃないかしら? そもそもおしゃべりって、圧倒的に男性よりも女性の方が好むものなんだから」
成人女性が一日に発する単語数の平均は成人男性の約三倍……なんて調査結果を知らなくても、女の方がやたらとおしゃべり好きなのは誰でも知っていることだ。
「そうね、お買い物の途中で休憩したいときもあるし、偶然お友達に会うこともあるのよね。お茶を頂きながら少しお喋りできる場所があれば、素敵よねぇ」
大伯母さまの援護射撃を受けて、商人の眉が僅かに上がる。
「珈琲に加えて紅茶や香草茶も飲めるようにして、そこに甘いお菓子を添えたらどうかしら。名前は珈琲店ではなく、喫茶室なんてどう?」
「なるほど……」
顎に手を当てて考え込み始めた商人に好感触を得て、私は勝負に出ることにした。これは新しい金儲……いや、事業になりそうだ。
ええと、お店をプロデュースさせてって……ガリア語ではどう言えばいいんだろ? 私は少しだけ思案したが良い言い回しが見つからなくて、結局言葉を変えることにした。
「私に良い構想があるのだけど、それをもとに新店舗を開店してみない? 提供する商品については、定期的に助言を行うわ。まずは事業計画書を作るから、そこから判断してもらえないかしら」
「あら、面白そうねぇ。もし実現するなら、わたくし個人的に投資したいわ」
商談なんか始めて大伯母さまにはドン引きされないかと少し心配だったが、どうやらノリノリなようである。そういえば大伯母さまって、見込みのある芸術家や実業家に積極的に出資しては成功しているパトロンでもあったわね。
三大公爵家の前当主夫人である大伯母さまが出資しているとなれば、ほとんどの貴族は表だっては文句が言えないはずだ。さらに彼女の社交界での影響力を考えると、この上ない宣伝効果が期待できるだろう。
どうやらヴァランタンも同じ結論に至ったようで、即座に首を縦に振る。
「それはそれは……かしこまりました。ぜひご助言賜りたく存じます。しかしながら事業計画とは」
彼は目を細めて薄く笑うと、言葉を続けた。
「楽しみに、お待ちしております」
実は前世では、短期間だが妄想カフェ開業にハマっていたことがある。それはメニューや内装を妄想するだけではなくて、原価率やら人件費やら調べて某政策金融公庫の創業計画書を埋めてみていたほどの本格派だ。それと貴族の家計管理データをすり合わせれば、なかなか現実的なものが作れるだろう。
そのまま話し込んでいるうちにすっかり遅くなってしまったことに気付いた私達は……まだ書店にはりついていた兄を促して、邸への帰路を急いだのだった。




