第48話 無垢なるドレスのリサイクル計画
「素材は決まりましたので、それでは意匠設計の方に移らせて頂きます。こちら基本の型でございます。まずこの中からお選び頂きまして、その後フロランス様の御好みに合わせ装飾を決めていく方向がお勧めでございます」
「わかったわ」
私は答えながら、裁断師がテーブル一面に広げたデザイン画を手に取った。どれもそれはもう華やかなものばかりで、「え、この上にさらに装飾なんていらないでしょ!?」と、問いたくなるようなものばかりである。
おにい様と毎日猛特訓を繰り返したダンスは何とか形になってきたのだが、こんなご大層なドレスを着て果たして練習と同じように踊れるだろうか?
「一番簡素なものはどれかしら……」
想像しただけでぐったりとした私が問うと、裁断師はうち一枚を差し出した。
「こちらになります。簡素ではございますが、一面に金糸で刺繍を施すことにより、より華やかさを引き立てる形となっております」
私は受け取ったデザイン画に目を通す。確かにシンプルなデザインに精緻を極めた刺繍は映えるだろうが、果たしてこの絹地に合うだろうか。絹地のせっかくの艶めきを殺してしまい、見る者には金糸の豪華さのみが印象を残すだろう。
何より、金糸の刺繍なんて、お仕立て代がそりゃもう跳ね上がりそうである。それに新成人の正装は、一生に一度しか着られないのだ。たった一度しか着られないものに、そんなにお金をかけるなんて――
そこまで考えて、私はふと気がついた。タンスの肥やしにするくらいなら、リメイクして着てしまえばいい。ならば出来るだけ細かいカットが必要でないデザインにして、金糸銀糸の刺繍や宝石類の縫い付けなんかも最低限にしてしまえば、安上がりな上に再利用の用途も広がるというものだ。
絹の光沢を最大限に活かすようたっぷりとドレープを取り、かつ大ぶりのフリルを流れるように左腰から裾へと取りまわす。仕上げに一本のリボンからぐし縫いだけで完成する薔薇モチーフの拡大版をフリルの始点にあしらえば、ほぼ裁断なしで軽いのにゴージャスっぽいデザインの完成だ!
私が愛用の蝋板に図を描きながら意気揚々と説明すると、だが裁断師は困ったような顔をした。
「恐れながらお嬢様、昨今の流行では宝飾やクロッシェをあしらうのが主流でございまして、このままでは少々地味ではないかと存じます」
「正直なところ、地味なくらいでちょうど良いと思っているの」
そう言って、私はちらりと商人を見た。ヴァランタン商会取り扱いの絹地の広告塔として使うつもりでの提供なら、目立ってなんぼというものだろう。銀眼の持ち主であるおにい様の社交界復帰はきっと注目を集めるに違いないと考えると、貴重な絹の無償提供も頷けるという話である。
「なんと、勿体無いことでございます。せめて、胸元に装飾などつけられてはいかがでしょうか」
案の定、目立って欲しかったのだろう。ギィは装飾のデザイン画集をパラパラとめくると、あるページを指し示した。
「フロランス様の御髪は紅でございますから、こちらの装飾に紅玉をあしらわれてはいかがでしょうか」
白いドレスに真っ赤なルビーって……紅白でおめでたいにも程があるよ!
ただでさえ赤い髪に白いドレスなんて、タンチョウ鶴もびっくりのド派手っぷりなのだ。
勘弁して下さい。
「でもあまり奢侈なものになっては、衣装負けしてしまうわ」
「しかしながら……」
なおも何か言いたげな商人に、私はちょっと申し訳ない気分になった。例え同意のないステマだろうと、高価な商品を無料提供してもらっているのは、確かなのである。
「では間を取って、この装飾の宝石なしで、銀糸のみで仕上げてもらえるかしら」
「……そうですね。装飾は簡素な方が、フロランス様の無垢な美しさをいっそう際立たせるかもしれません」
「そうよ。簡素な方が絹地の無垢な美しさをいっそう際立たせるんじゃないかしら」
私は商人のお世辞の一部を言い替えて反芻すると、ニッコリと笑った。
「またまた、ご謙遜を……」
慌てたように笑顔を作る商人の横で、コホンとひとつ咳払いしたのは裁断師である。
「ではこちらで、仮縫いまで行わせて頂きます」
「ええ、お願いするわ」




