第46話 社交シーズン、到来
「で、お前の初心舞踏会に付き添う後見役は決まったのか? どうせ選定に困っているのだろう。特別にこの僕が引き受けてやっても良いのだが」
「間に合ってます」
顔を見るなり開口一番、相変わらず偉そうなジャン=ルイに向かって、私は笑顔でバッサリと返した。
領主代行官の不正に対する追求劇から、早数か月。季節は廻り、エルゼス領には再び秋風が吹いていた。かの不正の当事者は大いに反省したかと思いきや、相変わらずのジャン=ルイ節である。
領主業務の引継ぎを行う中、彼の兄に対する態度は百八十度改められた。その対応はむしろ過保護なほどで、引継ぎも順調に行われているようだ。
しかし私への態度はといえば、常にマウントを取ろうとしてくるところは相変わらずである。だが最近では私も遠慮なく言い返させて頂いているので、お互い様かもしれない。
「間に合っている……だと? 相変わらず可愛いげのない女だな! 何処ぞの馬の骨とも分からぬ輩では許されんと解っているのだろうな!?」
腕組みをして顎を上げる彼を見上げながら、私はにこやかに答えた。
「ご配慮いただきまして大変光栄に存じますが、わたくし、初心舞踏会には兄と出席致しとうございます」
「兄」という単語に面白いほどに狼狽しながら、ジャン=ルイは反論した。
「アルベールを社交界に出すだと!? いくら心細いからと言って、なんて酷なことを! だいたいお前は、何かというと兄に甘えすぎて……」
「ルイ、ぼくなら大丈夫だよ」
その時。応接室の入り口の方から声が響き、私達はほぼ同時に振り返った。視線の先に兄の姿を見付けて、ジャン=ルイは声を上げる。
「アルベール! 夜会に出るなど、本当に問題ないのか!?」
「心配ありがとう。でも、ぼくはもう逃げたくないんだ。大丈夫、フロルと一緒だから」
そう言って、兄の暖かな銀の瞳がこちらを向いた。どちらからともなく微笑み合う、兄妹。その様子にジャン=ルイは一瞬剣呑な視線を向けたが、やがて額に手を当ててため息をついた。
「その、お前がそれで良いというのなら良いのだが……無理はするなよ。フロランス! 我儘ばかり言って兄を困らせないように!」
「もちろんですわ。で、ご用件は以上でいらっしゃるかしら? では、ごきげんよう」
私がにっこりと笑って手を振ると、ジャン=ルイは眉を吊り上げた。
「お前に用はないが、帰れと言われる筋合いもないぞ! アルベール、せっかくだから囲棋でも一局……」
「残念ですが、本日はこれから初心舞踏会に必要な衣装の仕立屋が参りますのよ。残念ですが」
「ルイ、ごめん。明日ぼくの方から領主館へ行くから、その時でいいかな」
「ぐっ……アルベールが、そう言うのなら……」
ジャン=ルイは悔しそうに眼鏡を押し上げると、しぶしぶといった風で頷いた。
「では明日、約束だからな」
「うん、約束するよ」
兄と共に彼の見送りのために玄関へ向かうと、ちょうど商人が到着したところである。仕立屋らしき男女数名を伴って現れた彼は、ジャン=ルイの姿を見るとにこやかに笑いかけた。
「これはこれはジャン=ルイ公子、いつも御贔屓にありがとうございます」
「ヴァランタンか。その方に見立てさせた品だが、ご婦人方に大そう好評だったぞ」
「それはそれは! 白銀の貴公子とも名高いジャン=ルイ公子の御眼がねに適いますとは、このヴァランタン、商人冥利に尽きるというものでございます」
そう言って恭しく頭を下げる商人へ向かって、ジャン=ルイは鷹揚に頷いた。
「うむ。また発注させてもらおう」
以前はさんざっぱら裏があるに違いないとか言っていた彼だが、いつの間にかヴァランタンの営業力にやられていたようだ。おじい様といいジャン=ルイといい、キレやすくておだてに弱いのは、ロートリンジュ公の血筋なのかもしれない。
すっかり機嫌が直ったジャン=ルイを送り出すと、私達は仕立屋を連れて応接室へと移動したのだった。




