第22話 玉ネギ染めで暇つぶし
ネックウォーマーをチマチマ編み続けて、数時間後。
「できた!」
単純作業が嫌になってくる寸前で私は毛糸を使いきると、ゴム編みの最初と最後を筒状につなぎ合わせる。仕上げにお風呂で蒸気にあてて、編み目を整えたらネックウォーマーの完成だ。
この出来なら、なんとか渡しても恥ずかしくない……かな? 私はギィにこれを手渡すところを想像して、そして気が付いた。このまま渡すより、せめてプレゼント包装くらいした方がいいだろう。
しかし紙といったら高価な羊皮紙しかないこの国には、包み紙なんて存在するわけないのよね。……そうだ、小風呂敷でも作って包装紙代わりにしよう!
私はルシーヌに頼んでもう長らく使っていないパーティー用のテーブルクロスからきれいなものを一枚貰うと、自分で染めることにした。
本当は貴族らしく刺繍でもしたいところだが、残念ながら色糸の持ち合わせが足りなかったのだ。新品じゃないのが申し訳ないけど、ラッピング資材だから再利用でも大目にみてもらおう。
長方形の大きなクロスから六枚の小風呂敷を切り出すと、私はそのうちの五枚に大小様々な絞りを加えていった。あたりをつけた部分をちょいと摘まんでは、根元に古糸をきりきりと巻き付けていく。
最後の一枚は、無地のまま残しておいた。これはテレビで見ただけのフワフワ知識でやっている絞りが失敗したときの、保険である。まあ、糸巻きに五枚で力尽きたという説もあるけどね……。
よし、とにかく絞りはできた! ここまでできたら、あとは染めるだけだ。私は厨房へ向かうと、入り口からエメに声をかけた。
「染めの準備の方はいかがかしら?」
「もちろん、できてますよ」
エメは笑って、侯爵家の広い厨房の一角にある染色用の大鍋を指し示した。中には大量の玉ねぎの皮が、グラグラと煮立てられている。この茶色い皮の汁が、なぜか綺麗な黄色に染め上げてくれるのだ。
「玉ねぎだけでいいんですかね? 大青や茜もちいとはございますよ?」
大青は青、茜は赤に染めるための植物染料だ。だが廃材でできる玉ねぎの皮に比べると、入手難度が別格である。今回はメインじゃなくてラッピング用だし、失敗するかもしれない初心者が使うにはもったいないだろう。
「大丈夫。今回は黄色だけでいいわ」
そう言いつつ絞りを加えた布を取り出すと、エメは驚いたように目を丸くした。
「おやおや、そんなぐしゃぐしゃにしたら、染めムラができちまいますよ!」
「大丈夫、染めムラをつけたいの! まだ実験段階だけれど……」
完成した染色液を火から下ろしてもらうと、私はエメと手分けして火箸で布を鍋に漬け込んでいった。
*****
「よし、こんなものかしら!」
鮮やかな黄色に染め上がった六枚の布を陰干しして、私は額の汗を拭った。後は乾くのを待つだけだ。絞りでつけた模様がどんな仕上がりになっているのか、楽しみである。
私が鍋を片付けようとすると、横で晩餐用の食事を作っていたエメが、慌てて止めに入った。
「お嬢さまに洗わせるなんて、とんでもない!」
「いいのよ、貴女の職場を貸してもらったんだから、後片付けくらいはやらないと」
「ダメですよ! あたしが後でやっておきますから」
「ハイ……」
ものすごい剣幕の料理番に気圧されて、私は頷いた。
手持ち無沙汰になったもののまだ少し残る申し訳なさで、私は周囲を見回した。何かできることはないかと探していると、給仕用に用意された食器が目に入る。
「ねえエメ、作業中に申し訳ないんだけどちょっと良い?」
「はいお嬢さま」
「あのお盆の上の食事、もしかしておにい様に持っていくものかしら?」
「ええ、その通りですよ」
「じゃあ……ちょっとお手紙を付けても良い?」
「もちろんどうぞ!」
「ありがとう! ちょっと待っててね!」
私は急いで自室に戻ると、手習い用の小さな蝋板を取り出した。古いメモを消そうと蜜蝋を火であぶって温めると、ほんのり甘いハチミツの香りがする。いい感じに蝋が柔らかくなったら、表面を平らにならしてリセット完了だ。
私は鉄筆を手に取ると、冷えた蝋を引っ掻いてメッセージを書き付けていった。引きこもり歴四年のおにい様に宛てた久しぶりの手紙の内容は、なんてことはない日常会話だった。
サヨちゃんと名付けた小夜啼鳥のこと。
染物に挑戦してみたこと。
今日の夕食のメニューのこと──
──それと、この蝋板は食器と一緒に返してね。
そんなふうにどうでもいいことをつらつらと書き綴って、最後はこう締めくくった。
「おやすみなさい、また明日」
実は私には、おにい様の滑舌の悪さの原因に心当たりがあった。もし考えた通りの症状だったとしたら、私はその治療方法を知っている。だがそれが正解だったとしても、この世界の医療技術では……。
完成したメッセージを持って厨房に戻ったところで、ちょうど従僕のセルジュが兄の夕食を取りに現れた。私は蝋板を夕食のお盆に添えてセルジュに託すと、心の中で祈りながらおじい様の待つ食堂へと向かったのだった。




