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第20話 御用商人と世界地図(2)

「ところで、貴方の誕生日はいつかしら?」


 ミヤコの影響だろうか、ふといつも貰いっぱなしなのが気になって、私は問いかけた。


「ご期待に沿えず申し訳ございませんが、私めに誕生日はございません」


「あ……ごめんなさい」


 私は即座に失言に気が付いて、謝りの言葉を口にした。彼は孤児から才覚を見出だされてヴァランタンの養子になったという噂である。誕生日は本人にも分からないのかもしれない。


「失礼致します。お茶をお持ちしました」


 扉の無い入り口の向こうから声が響き、ヴァランタンからの手土産を切り分けたお盆を手にリゼットが現れた。この国では、お土産の飲食物はその場で味わって感想を伝えるのが正しい作法なのである。温かい珈琲(カフェ)の香りで空気が変わり、私は内心ほっとした。


 南大陸からの交易品で高価な珈琲はうちではめったにお目にかかれないものだが、実はこれもギィの手土産だ。普段はお菓子だけなのだが、快気祝いということで奮発してくれたのだろう。ここのところずっと必需品の注文くらいしかしていないのが、何だか申し訳ない気分である。


「牛乳はお入れになりますか?」


「いいえ、(ノワール)でいただくわ」


 貴重なお菓子の甘味を存分に味わうためには、やっぱりコーヒーはブラックよね。芳ばしい黒珈琲(カフェノワール)を一口含むと、私は皿に盛られた焼菓子をひとつ、指で摘まんだ。


 食事同様、この国の正式な作法ではお菓子類も手掴みである。軽くてどこかポヨポヨとした弾力のある小型のスポンジケーキ風のそれを一口サイズにちぎると、私はその珍しい感触に驚いた。


「このお菓子、変わった手触りね」


「仰せの通り、この冬の新作でございます。こちらはビスキュイ・ド・サヴォーと申しまして、かのサヴォー伯爵秘伝の処方より、私共に専売権をお譲り頂いたものでございます」


 サヴォー伯爵エスコフィエ家といえば、伯爵位ながらロマーニア王国との国境の半分を領有し、宮中でも影響力の強い一族である。最近は貴族が資金調達のために秘伝を売るケースが増加しているというが、うちと同じく国境を守るエスコフィエ家も砦の維持費など色々と大変なのだろう。


「まあ、サヴォー伯爵の……」


 そう呟いて、私はスポンジを口に放り込んだ。しっとりとしながらけして重くはなく、きめ細やかで不思議な弾力を持つそれは、優しい卵の香りがする。ミヤコの記憶に懐かしい、まるで絹布(シフォン)のようなケーキである。


「うん、ふわっふわでとっても美味しいわ! このフワフワってあれよね、ほら、確かメレンゲ切り込んでるんだっけ?」


「……どちらでそれを?」


 瞬時にギィの表情が凍りついたことを、(ミヤコ)は見逃さなかった。


「よろしければ後学の為に伺いたいのですが、どちらでお聞きになったのでしょうか」


 かつての(フロル)であればきっと気付かなかっただろう。だが社会人経験を経た(ミヤコ)は彼の雰囲気の変化に気付いてしまったのだ。


「ええと、特に根拠があるって訳ではないのだけれど……その、以前食べた生焼けのメレンゲに触感がちょっと似てたから……なーんて……。フフ、フフフフフ……」


 不自然な笑いで誤魔化そうとする私に、鋭い視線が突き刺さった。


「先程の世界地図の件といい、この焼菓子の製法の件といい……不躾ながらあなた様は瘴気病(マル・アリア)で倒れられる前とは、まるで別人のようです」


「そっ、そうかしら!? しいて言うなら最近ちょっと大人になった感じかしらー? フフフフフ」


「なるほど、それで珈琲牛乳(カフェオレ)ではなく、黒珈琲(カフェノワール)(たしな)まれるようになった、と」


 そんなことまで観察されてたの!?

 こわっ! やり手の商人こわっ!


「とっ、とりあえず、メレンゲの件は気のせいだから忘れてちょうだい。私も忘れるから!」


「そうして頂けますと助かります」


 そう言って、彼は片眉を上げて微苦笑を漏らしたのだった。


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