第17話 ツンデレとモラハラは紙一重(1)
あれから数日がすぎ、とうとう明日は大伯母さまが領地に戻られる日である。社交界の情報通である彼女の話をもっと聞かせてもらいたかった私は、ダメ元で頼んでみることにした。
「もうお帰りは明日ですのね……。もっと大伯母様とお話ししていたかったのですけれど、今少しご滞在頂くことはできませんの?」
「そうしたいのはやまやまなのだけれど……今日ルイが迎えに来てくれることになっているの」
そう言って、大伯母さまは申し訳なさそうに眉尻を下げる。
うへぁ……。
思わずそう口にしそうになり、私はコホンと軽く咳ばらいをしてごまかした。
ジャン=ルイ・ド・フランセルは、祖父の実家であるロートリンジュ公爵フランセル家現当主の次男坊であり、マリヴォンヌ大伯母の孫、つまり私にとっては再従兄にあたる親戚だ。
足の悪い当主と引きこもりの嫡男の代わりにエルゼス侯爵領の領主代行官をつとめている彼は、いつもはピエヴェールの街にある領主館と王都を行き来しながら暮らしている。そして祖母の送迎やら何やら口実を造ってはオーヴェール城へとやって来て、その度に本家をかさに着て嫌味と説教を垂れ流して行った。
彼がしょっちゅう我が家にやって来る理由は簡単で、兄の引きこもりが原因である。再従弟を心配しているという彼の言い分ももっともなのだが……早く出てこいこの恥さらし! と詰るばかりの彼の説教では、引きこもり相手には明らかな逆効果だろう。
さらに私もみすぼらしいだとか愛想がないだとか、散々嫌味を言われて何度も泣かされたものだ。
実のところ、心配するふりをして仕事がうまくいかないストレスの捌け口にでもされているんじゃないだろうか。正直顔も見たくはないが、来るのなら挨拶しないわけにはいかないだろう。
私は気を取り直してしょんぼりとした表情を作ると、口を開いた。
「大伯母さまが帰られましたら、さみしくなりますわ……」
「そんな顔をしないで。また近々訪ねるようにするわね」
「きっとですわよ?」
「ええ、約束しますよ」
全く、顔はそっくりなのに、何故に中身がこうも違うのか。
その時、執事のクレマンが応接室の入り口に現れた。
「ジャン=ルイ公子のご到着にございます」
入って来たのは亜麻色の髪にうちの兄と同じ銀の瞳を持った、20歳そこそこの美貌の青年である。彼はまっすぐに大伯母様に近寄ると、にこやかに笑いかけた。
「おばあ様、お迎えに上がりました」
「あらルイ、苦労をかけますね」
「いいえ、構いません」
二人のやりとりが一段落するのを待って、私はジャン=ルイ公子に向かって片足を引き、完璧な淑女の礼をとってみせた。
「今日はようこそお越し下さいました。ジャン=ルイ公子におかれましては、ご機嫌よろしゅう」
いつもおどおど挨拶しては不出来だと叱られていた私が堂々と目を合わせて微笑んだので、彼は面食らったように口ごもった。
「あ、ああ。君も無事に悪い空気の呪いを退けられたようでなによりだ」
彼は気を取り直して眼鏡を押し上げると、いつも通り粗を探すように私を上から下まで睨むように眺め、そしてフンとひとつ鼻で笑った。
「ようやく挨拶くらいはまともになったようだが、貧相な形は相変わらずだな。ずいぶん長く寝込んでいたようだが、すっかり骨と皮ばかりではないか。分家が貧相だと我が家も恥をかくのだぞ。初心舞踏会が近いのだから、それまでにはその残念な姿体を何とかしたまえ。ただでさえロシニョル家は嫡男がろくに社交もできていないのだからな」
「面目次第もございません」
私は神妙そうな顔で目を伏せると、無駄によくしゃべるジャン=ルイのお小言を聞き流した。
以前のか弱い少女だった私はこいつの言動にいちいち傷つけられていたものだが、アラサー社会人の経験値を取り込みレベルアップを果たした今、もはやこの程度の攻撃ではノーダメージである。
エルゼス領主代行の業務をほったらかして王都で夜会に出まくりな彼は「本当は仕事が忙しいが社交を放棄しているロシニョル家の代わりに仕方なく出てやっている」らしい。
なるほどなるほど、それは人間関係のストレスがすごいでしょうね、わかります! それに貧相な体形って、つまりすごく痩せてるってことですよね!?
もっと言って下さって良いですよ!
さあ!
私は心の中で茶化してダメージを軽減しながら、じっと嵐が過ぎ去るのを待った。




