【コミカライズ連載開始!】代用コーヒーは懐かしの香り
※おかげさまで、コミカライズの無料連載が始まりました!(URLは後書きにて…)
※SSの時系列は、第二部開始直前ぐらいです。
「カフェインが……カフェインが欲しいッ!」
私は何かとリラックスさせようとしてくる香草茶を飲み干すと、船をこぎそうになる頭をブンブンと横に振った。もう時刻は深夜をかなり回っているだろう。だが明日までに、どうしてもこの書類を仕上げてしまわねばならないのだ。
こんなときには、にがーいコーヒーで眠気覚ましといきたいところなんだけど、あいにくコーヒーはとっても高価な交易品だ。そうそう毎日飲めるような存在ではない上に、今はあいにく切らしてしまっている。
「こーひーいいいいいぃ……」
私は高嶺の花になってしまった飲料に向かい怨念のこもった声を上げると、かすれそうになるペン先を必死に動かした――。
――翌朝。
ヴァランタン商会へ向かう使いに厳重に封をした文箱を託すと、私はフラフラと庭に出て、城壁沿いに歩き始めた。本当は今すぐ寝た方がいいのは分かっているけれど、なんだか思いついたらソワソワして、試したくて仕方なくなってしまったのだ。
もういっそ、カフェインは入ってなくてもいい。あの苦みさえ味わえたなら、反射的に脳が覚醒するはずなのだ。徹夜明けのせいでテンションがおかしくなっている気もするが、飲めないと思うと余計に飲みたくなるのが人情だろう。
この身体ではそれほどカフェインを摂ってないはずなんだけど、もしもカフェイン中毒だったミヤコの記憶が中毒症状を引き起こしているのだとしたら、新発見だ。すごい。
そんな益体もないことを考えながら歩いて行くと、間もなく狭い中庭に出た。ついこの間まで殺風景だった中庭は、春を迎えて天然の花畑になっている。というのは物は言いようで、要はまだ人手不足なので目立たぬ場所の草取りは手が行き届いていないというオチだった。しかし今の私には、好都合だ。
私は倉庫から拝借してきた移植ごてを振り上げると、地面に向かって勢いよく振り下ろした。狙うは、黄色いピサンリの花の主根……つまりタンポポの根っこである。眠気が限界突破した頭は思考が半分停止しているらしく、私は表情を作るのも面倒なまま、ザクザクとシャベルを振り続けた。
かつて籠城中の兵士たちに踏み固められただろう裏庭の土は、なかなかのしぶとさだ。何よりタンポポの根っこはやたらと太くて硬くて長いから、簡単に引き抜かれてくれる様子はない。私が無表情で土を突き崩し続けていると、目の前に人影が立った。
「な、なにやってるの? なんか怖いんだけど……」
ドン引きしたような声が聞こえて、私は無表情のままギギギと顔を上げた。
「あら、おにい様。見ての通りですわ」
「いや、分からないよ!」
「ええと、わたくしは今ピサンリの根を集めているのです。黒焼きにして粉に挽き、珈琲の代用としている地域もあると伺いまして」
「ああ、なんか聞いたことあるなぁ。よし、手伝うよ」
「えっ、この頃すごくお忙しいのですよね? 完成したらお届けしますから!」
私が思わず驚きの表情を浮かべると、兄は苦笑しながらシャベルを手に取り、ひげ根を切るように深く突き立てた。
「仕事ばかりだと息が詰まるんだよねぇ。それにぼくも珈琲が毎日飲めたらなって思ってたんだよ」
おにい様は意外に庭仕事も得意なのか、はたまた元の腕力が違うだけなのか――みるみるうちに花畑は耕され、代わりに太い根っこが積み上がった。
「こんなものかな?」
「完璧ですわ! すぐに厨房に……の前に、そうだ、泥を落としていかなければ」
私たちは厨房の裏手にある水場に向かうと、根っこをたわしでゴシゴシと擦った。何だかゴボウみたいで楽しくなったところで、勝手口から厨房へと入る。エメに事情を伝えてかまどを一つ借りると、鍋に刻んだ根っこを入れて、振り転がしながら煎りはじめた。
――十数分後。
芳ばしい香りを立てる根っこの黒焼きをすり鉢で細かく挽くと、私は湯を注いだ。
「すごい、見た目はそれっぽいですわね!」
「香りもなかなか良いねぇ」
だが期待を込めて一口飲むと、二人は同時に首をひねった。
「なんか違う……?」
苦みはあるけど、なんかまだ草っぽいというか……ちょっと方向性が違うのだ。加熱方法が良くなかったのだろうか?
そのとき。がっかりとして肩を落とす私たちを覗き込むように、エメが通りすがりに言った。
「珈琲の代用でしたら、ロマーニアでは大麦を黒焼きにしたものを使うんですよ。奥様がよく飲んでらしたじゃあありませんか」
「母さまが?」
頭をひねる私の横で、兄は得心がいったようにうなずいた。
「あ、あれそうだったのか! 確かオルツォって呼んでたやつだよね」
大麦の実なら、癖もなく根っこよりは珈琲っぽく仕上がりそうだ。私たちは早速エメに大麦を分けてもらうと、真っ黒になるまで煎り始めた――。
やがて完成した代用品は、黒い液体の端がほんのり琥珀に色づいていた。
うん、見た目はとても良い感じのコーヒーっぷりだ。だが一口飲んだ瞬間、感想が見事なハモリをみせた。
「「麦茶じゃん……」」
同時に言って、私達は思わず笑い合った。いくら黒焼きにするといっても、要は麦を煎って煮出した汁なのだ。
「これだけ材料が揃っているのに、ちょっと香ばしいぐらいの麦茶になるって、なんで気付かなかったんでしょう」
私は苦笑すると、手の中のホット麦茶をすすった。冷やして飲むものだとばかり思ってたけど、これはこれで美味しい。すると向かいの兄も麦茶(仮)を飲みつつ、楽しげに笑った。
「ほんとに、先入観って怖いけど、面白いよねぇ」
――結局、コーヒーの代用になるものは見つからずじまいだった。だがこれはこれで、麦茶という良い食事のお供が、定期的に家族の食卓に登るようになったのだった。
《了》
このたび、コミカライズ版の連載が始まりましたー!
コミカライズは、百餅こもち先生にご担当いただきました♪
フロルをはじめとして、どのキャラもめっちゃ生き生きと描いていただいているので、ぜひ読んでみてください(*´∀`*)
掲載サイトは「コミックノヴァ(https://www.123hon.com/nova/)」様にて
第1話と最新話は無料でお読みいただけます!(※10/1修正しました!)
(連載ページ:https://www.123hon.com/nova/web-comic/nightingale/)
第1話はおじい様回からスタートし、来月更新予定の第2話には書籍版で加筆したイベントの部分を採用いただいております♪
コミカライズ版「転生ナイチンゲールは夜明けを歌う」、どうぞよろしくお願いいたします!




