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第12話 立入禁止、破ります(1)

『ほら、もう一枚着ておきなさい』


『いらない。だってうごきにくいんだもの』


 すでにけっこう着ぶくれしている私は、そう言って口をとがらせた。


『まあ、こんなに寒いのに……』


 信じられないという顔をした母は、室内だというのにモコモコの毛皮の外套に身をうずめている。


『わたくしの故郷では水術師が最も貴重で便利と言われていたけれど、今は火術師で良かったと本当に思うわ』


 母の故郷であるロマーニア王国は、ガリアの南東に隣接する比較的温暖な国である。暖かい土地で育った母には、エルゼスの冬の寒さはそうとうに(こた)えるらしい。


 母は重ね着を嫌がる私に困ったように笑うと、自分の首から襟巻きを外して娘の首にぐるぐると巻き付けた。


『せめてこれを巻いてお行きなさい』


 外したばかりの襟巻きには、まだ母の温もりが残っている。私は嬉しくなって顔をうずめると、見送る母に手を振って庭に出る兄の後を追った。



 ◇◆◇◆◇



「お嬢様、おはようございます」


 リゼットの声で私は夢から引き戻されると、ぼさぼさの頭でむくりと起き上がった。


「おはようリゼット」


 薄暗い枕元に燭台を置いたリゼットは、私の肩に毛織のショールをかける。そして手際よく温かい香草茶をカップに注ぐと、私に手渡しながら言った。


「今朝は冷え込んでおりますので、窓は開けておりませんがよろしいでしょうか?」


「そうね」


 板ガラスはこの国にも一応存在はしている。だが一部の貴族だけが法術の炎を用いて作ることができるそれは、恐ろしく高価な逸品である。


 木製の窓は光を通さず、隙間から漏れる僅かな光と暖炉の炎、そして小さな燭台だけが冬場の主な光源だった。でも寒い中で着替えるなんて絶対に無理だから、少々暗くても仕方ない。


 私がお茶を飲み始めると、リゼットは一晩中燃え続けていた暖炉の方へと向かった。残り火を火箸でかき混ぜて、新しい木炭を追加する。


 電灯のない生活では、特に冬場は睡眠時間が長くなりがちだ。前世の私が渇望していた睡眠不足とは無縁の生活だが、この寒さで全館暖房がない点についてはちょっと辛いものがある。


 私は寝間着のままベッドで簡単な朝食を済ませると、しぶしぶ服を着替えた。


「この後お墓参りに行くから、外套(マント)を出してくれる?」


「かしこまりました」


 マントを取りに退出したリゼットを見送って、私は暖炉へと向かった。


「うー、さむいさむい……」


 私は暖炉の前にしゃがむと、炎の中を火箸で探る。そうして見つけた手のひら大の焼石を火箸で()き出すと、布でぐるぐるとくるんで温石(おんじゃく)を作った。


 温石は日本でも古来から使われている定番の携帯カイロだが、効果時間が短いのが残念なところだ。鉄粉さえあれば使い捨てカイロは簡単にできるんだけど、肝心の鉄粉は作るのが難しいからなあ……。


 そうこうするうちに戻ってきたリゼットにマントを羽織らせてもらうと、私は温石を懐に入れて部屋を出た。螺旋状の石階段を降りて、厨房横の裏口から庭に出る。

 庭とはいっても城と城壁の間にある空きスペースというだけで、有事の際に邪魔になるような花壇は作られてはいない。多くの兵士が籠れるようそこそこの広さはあるが、生えているのは壁際で取りこぼされた雑草くらいである。


 ガリアでも北東部に位置するここエルゼスの冬は、厳しい寒さで有名だ。だが日本の雪国のように大雪が積もるわけではないのが、少しは救いだろうか。


 私は懐の温石を抱き締めながら冬の庭をあてどなく歩き回ると、ようやく見つけた白い小さなキク科の花を摘み取った。そして小ぶりのブーケを作ると、今度は目的を持って歩き出す。


 しばらく壁沿いに移動すると、城の裏手に小さな石造りの祭壇が現れた。両親の名が刻まれた墓標は、ロマーニア産の白い大理石で出来ている。その前に両膝をつけてひざまずくと、私はさっき作ったブーケを供えて手首を合わせて祈った。


 父は生前、幼い私に城内のいくつかの場所に近付くことを禁じた。それは武具の保管庫や修理場、騎士の鍛錬場など子供には危険な場所で、これまでの私は両親の死後も約束を守り続けていたのである。


「でも私ももう、中身だけはいい大人ですので……」


 そう言い訳しながら私は手首を離すと、墓前で勢いよく土下座した。


「お父様、お母様、約束破ります。ごめんなさい!」


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