実行結果「シノミヤ モア」
本日のデートは集合時間が遅めだった。
したがって、俺達が屋上に着く頃には既に外は真っ暗だった。
きっと頂上から見下ろす景色はそれになりにロマンティックな輝きを放っているだろう。
……俺高所恐怖症だからまともに見れなそうだけど。
というかそもそも観覧車そのものが超絶怖い。
強風でも吹いて止まったり壊れたりしない? そんな恐怖体験ア○ビリーバボーを得るために一回九百円とか高すぎない?
九百円もあったら頭の大盛に豚汁までつけられちゃうよ?
「どうぞ!」
誘導員のおじさんが見た目に似合わないイケボなことにモヤっとしつつ、俺と四ノ宮はゴンドラの一つに乗り込んだ。
キュルッとした金属音を伴って勢いよく扉が閉められる。
自分の呼吸音が聞こえるくらいの静けさになった。
向かい合うようにして、それぞれの椅子に座る。
十秒程沈黙が続き、初めての気まずさを覚え始めている頃合いで、四ノ宮は穏やかな顔で話し始めた。
「彩乃がよく私に言っているわ。『冬根先輩についていけば大丈夫』って」
「はい? 彩乃が?」
「そうよ。あの子、あんなんだから冬根君には直接言ったり態度に出したりしないでしょうけど、それでも冬根君の事をかなり評価しているのよ」
「評価……氷花だけに?」
……。
ああ、ごめん今の無し、謝るからそんな目で見ないでぇ。
四ノ宮はコホンと一つ咳払いをしてから、
「実際、私もそう思うわ。冬根君、今までたくさんの人を導いてきたものね」
「俺は別になにも……」
俺が恋愛マスターとして導いてきたのは、ほぼ全てが出来レースだったのだ。
導いたんじゃない。導くように導かれていた、だ。
「ちょっとだけ、私の話を聞いてくれるかしら」
いつものラウドボイスではない四ノ宮の優しい声に、俺は観覧車が高度を上げているのも忘れて一つ頷いた。
これから、今日のデートをすることになった理由を話してくれるということだろうか。
「私ね」
四ノ宮は一度窓の外の景色を見て小さめの深呼吸をしてから視線を俺に戻して、言葉を継いだ。
「私、冬根君の事が好きなの」
…………。
「――……は?」
◆ ◆ ◆
「私は今まで、男の人を好きになったことなんてなかったわ。あんな兄を見て育ってきたし、男の汚さや醜さ、そういう部分ばかりが頭に残っていたの。中学の頃も、拓嶺高校に入ってからも、周りの男子はみんなそう見えた」
四ノ宮は少し俯きながら、ゆったりとした口調で話している。
「小さな頃、お父様と一緒に見た『タイタニック』の影響が大きいのは自分でも分かっているわ。これが本当の理想の恋愛、そんな風に育った私はきっと偏っている。その自覚もあるわ」
自覚あったんですね。
「いろんな恋愛の形があるのも理解はしている。それでも許容はできなかった。何度か男子と近づこうとしたこともあったけど、その度に理想とのギャップに噛みつかれて、ますます尖っていった。その自覚もあるわ」
「世の中いろんな奴がいるさ」
「そうね。だからもしかしたら兄のやっていることも、誰かにとっては理想なのかもしれないわね。それでも私は私の理想を譲るつもりはなかった」
観覧車は高度を上げ、もう少しで頂点だ。
「そんな時よ。『他人の色恋沙汰を言葉巧みに操るペテン師』がいる。そんな噂を耳にしたわ。彩乃と共に調べていくうちに、冬根君にたどり着いた」
「ペテン師……そんなこと言われたな。懐かしいな」
「でも冬根君、あなたは違った。私の理想を信条として、具現化している真の恋愛マスターだった」
ぐ、ぐはぁ!! (吐血)
おいおい、ここにきてこんなこと言われると思うか? 勘弁してくれよ。
「なあ四ノ宮、俺がお前を引き込んでおいて本当に悪いんだけどさ」
「何かしら」
「俺、実はそんな奴じゃないんだ。真の恋愛、とかそういうのあんまりよく分からない。お前が思っているような奴じゃないんだよ」
俺が恐る恐る口にした言葉には、意外な返答が返ってきた。
「ふふ。知ってるわ」
「え?」
「あの日、私を勧誘してくれた日、私は本当に嬉しかった。まさか同志が同じ高校に居るなんてってね。でもね、それはただのきっかけ」
ピントの合わない目を空に向ける四ノ宮。
きっかけ、ですか。
「私だって、そこまで馬鹿じゃないのよ? 冬根君が本当に真の恋愛マスターを望んでやっていないってことくらい、徐々に分かっていったわ」
徐々にかよ。それはまあまあ馬鹿の部類に入るのでは?
「それでも関わって冬根君がどんな人か知っていくうちに、惹かれていったわ。なんで今まで男の人を好きになったことが無かったのかわからないくらい、すんなりと惹かれていった」
「……」
四ノ宮は言葉とは裏腹に厳しめの表情で俺を見つめている。
観覧車は頂上に達した。外の夜景は困惑する俺を笑っている気がする。
「冬根君、カッコいいわ」
「……は、はぁ?」
「火野副会長を助けた時もカッコよかった。旅行の時、酔った私に飲み物をくれたのも嬉しかった。彩乃の応援もしてくれたのよね。冬根君は誰かの為に動ける人間。そういうところ、本当に好き」
直接的な表現に、俺は顔にガッツリ熱を帯びていくのが分かる。
きっと真っ赤になっていることだろう。
「でも、一ノ瀬さんの時に私を邪険にしたのはちょっとショックよ」
「え? あ、ああ、いやあれは、その」
「ふふふ。分かっているわ。私、駆け引きとかそういうの苦手だもの。きっと難しいところで動く冬根君の邪魔になってしまうものね」
「いや、別にそんなことは……」
なんだなんだ。マジで目の前のコイツ、四ノ宮か?
理解があり過ぎて大人しくて妖艶で、俺の知っている四ノ宮ではない。
「さてと」
俺達の乗るゴンドラは下りはじめている。
すっかり高所恐怖症のことなど忘れて、俺は混乱の最中だった。
「冬根君が、どんな思いなのか、私にはもう分かっているの」
「何だよ、どんな思いって」
「あんな必死に、探して追いかけるのを見せつけられたら、誰でもきっとわかるわ」
穏やかな笑顔で四ノ宮はそう言った。
「何のことだ?」
「あの時の冬根君の顔が一番カッコよかったわ。でもそれがあの時の川に向けた顔っていうのは分かっているの」
「川?」
あの時の川――――河川敷の石段、バイオリンの音、金色の靡く髪。
一気に頭に蘇ってくる。
「妬ましいって感情も初めて。年下のくせに生意気なあんな子に負けるってのも悔しくてたまらないわ。それでもね……私は彩乃を尊敬している。あの子は本当にすごい子よ。そんな子に慕われて私は誇らしい。だから私は彩乃を見習うことにしたわ。彩乃にそうさせたのは冬根君だけどね。だから意地悪になっちゃうけど、あらためて言わせてね」
四ノ宮は揃えた脚の上に両手を小さく乗せて、ピンと背を張る。
「私は、冬根君の事が好き。生まれて初めて、男の人を好きになったわ。冬根君、私と付き合ってください」
俺は全身に広がるように鳥肌が立った。
呼吸の仕方さえも失念してしまうレベルの静かな衝撃波が全身を貫いている。
女性からの告白。ゲームの世界でしか感じることのできなかった事象だ。
それを求めて選択肢を選び、コントローラやキーボードの操作一つで成り立っていた事象。
いつか俺もこんな……と鼻の下を伸ばして現実に渇望した事象。
俺は、それが飛び交っているであろう人間らを妬みの視線で眺めていた。
器の小さな俺は崩壊を企みさえした。
本当はただ、羨ましかっただけなのに。
さて。
実際に俺の望んだ青くて甘酸っぱい事象が今現在俺のもとに遂に訪れた。
その感想はどうだ? あ? 俺よ。
「……ありがとう、嬉しいよ」
今なら心の在処が明確に分かる。
蝕むような痛みが際限なく襲ってきているからだ。
入学当初から俺が望んだ『青く甘酸っぱい、普通の青春っぽい恋愛』っていうのは、こんなにも苦しいものなんだな。
「でもごめん。四ノ宮とは付き合えない」
俺が声を絞り出すと、四ノ宮は相好を崩した。
「そうよね! まあわかっていたわ! 冬根君、変な子が好みだものね!」
「……なんだよそれ」
君も十分、変な子だけどな。
「素敵な考えや頭脳を持つ男でも、女の趣味は例外って言うものね。そこのところまでは他人がどうこうできない。それはしょうがないわ」
「……」
観覧車はもうすぐスタート地点に戻る。イケボの誘導員が見えてきた。
「まあこうなることは分かっていたからいいの。でも――」
四ノ宮はそこまで言うと不意に立ち上がり、俺の座っている方の椅子に無理やり座ってきた。
ゴンドラが揺れる。右半身が四ノ宮の小さな身体に密着し非常に狭い。
痺れるような悲しみをまとう俺の鼻に優しい柑橘系のような香りが届いた。
「振られてからが本番、っていうでしょ?」
すぐ右隣り、至近距離の四ノ宮は俺のほうを向いていつもの無垢な瞳を向けてきた。
あまりの近さに心が跳ねる。
「なんだよそれ」
「振った罪悪感とか同情とかで、きっと冬根君は私のことを少なからず意識するはずよ!」
「は、はぁ」
四ノ宮らしく、四ノ宮らしくない言い回しだ。
ポニーテールを躍らせながら四ノ宮は言葉を継ぐ。
「せいぜいあの性悪女と仲良くしてなさい! その間に私はもっと魅力的になるわ! 冬根君が振ったことを後悔するくらいに!」
いいや。お前はそのままで十分魅力的だ。俺が保証する。
「そして、冬根君が……冬根君から、私にアプ、ローチをして、くる、くらいに……」
声を震え詰まらせ、四ノ宮は笑顔のまま大きな縁眼鏡の中の目から大粒の涙を流した。
滴が伝い顎から滴り落ちるたびに俺の心は抉られるような痛みを感じる。
四ノ宮は向きを正面に変え、少し俯いて深呼吸をする。
今の俺はそれを見ていることしかできない。
「彩乃は……彩乃は本当にすごい子だったのね」
まだ震えの残る声で四ノ宮はそう言った。
「気持ちを伝えるのにこんなにもエネルギーがいるとは思わなかったわ。彩乃はこんな気持ちだったのね。これは……」
開始場所に辿り着いた俺たちのゴンドラの扉が勢いよく開けられ、係員が大きな声で出るように促す。
俺と四ノ宮はゴンドラを降り、エレベーターまでの仕切られた道を歩き、俺は下降のボタンを押した。
エレベーターを待つ間に見た四ノ宮は、泣きそうな笑顔だった。
「これは、かなりキツイわね」
口角を上げたまま呟く四ノ宮に、再び胸がチクリとする。
青春ってなんだよ。恋愛ってなんだよ。
恋愛マスターって、何なんだよ。
もしも、こんなに苦しい思いをしなくて済むのなら、望んでマスターでも何でもなってやるよ。
だから、教えてくれよ。
なんでこんなに、心が痛むんだよ。
エレベーターに乗って一階に下り、俺達は建物を出た。
終始会話は無かったが、暗黙の了解といった感じで俺たちは帰りの駅に向かって歩いた。
四ノ宮と一緒に居て、ここまで居心地が悪いのは初めてだった。
それだけ、今までは四ノ宮の前向きな飛び出し気味の明るさに助けられていたということを痛感する。
駅につくと、四ノ宮は不意に立ち止まった。
「帰らないのか?」
「私はこれから、行くところがあるから。冬根君は先に帰ってちょうだい!」
「そうか」
何故か腕を組んで券売機近くで仁王立ちポーズの四ノ宮。
一緒の列車じゃないことに若干ホッとする俺って、もう最低以外の何者でもないよな。
「じゃあ……な」
俺は小さく会釈するようにしてから、四ノ宮に背を向けて改札を抜けた。
「冬根君! 最後に!」
背後からいつものラウドボイスが聞こえ、俺は振り返る。
改札越しの四ノ宮は勇ましい笑顔だった。
「聖応大学、合格おめでとう!」
その言葉を聞いた瞬間、わけの分からない何かが込み上げてきた。
鈍く歪む視界に震える唇で、俺は精一杯返事をした。
「ありがとう、四ノ宮!」
そのまま俺は、振り返らずにホームまで走った。
お読みいただき誠にありがとうございます。
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四ノ宮が彩乃に倣って、思いを告げる為にデートをしようと言ってきたのでした。
例え、駄目だとわかっていても。
そこに四ノ宮らしさがありましたね。
これにて『恋愛経験ゼロ』ではなくなったのでした。タイトル…かえたほうがいいかしら。
というか何モテてんだよ冬根。チッ。
次回、傷心の冬根くんにとある刺客が。