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相談発生「シノミヤ モア」

 ぼんやりとした視界の中、俺はいつの間にか本を読んでいた。

 好きな先生の新刊ライトノベルだ。いつの間に出ていたのだろう。


 ここは……音楽準備室だ。


 腕時計が示す時刻は放課後。

 いつも隣に居るはずの助手は何故かいない。どこに行った?


 コンコン――。


 唐突に鳴り響くノック音。俺は反射的に「どうぞ」と声を出していた。


 慣れ親しんだドアの軋音を伴って、入ってきたのは凛堂だった。

 扉開閉の風圧でゆらりと金色のおさげが揺れる。


「おう、遅かったな」

「……」

「? まあ座れよ」


 俺が隣のパイプ椅子を優しく叩いて促すが、沈黙を貫いて入り口付近で立ったままの凛堂。久しぶりに目も閉じたままで、何か様子がおかしい。


「マスター」

「ん?」

「マスターに相談がある。今日は、相談をしに来た」


 相談?

 瞬間、昼休みの四ノ宮の言葉が頭に蘇る。


 ま、まさか……。

 四ノ宮が言っていた『恋愛マスターに相談をしたい人』ってのはお前の事なのか?


「私には、ずっと好きな人がいる」

「えッ!?」


 一瞬で全身に鳥肌が立った。


「その人は、私が小さいころから知っている人で、私が今でも慕う人」

「そ、それって」

「三年生でもうすぐ卒業だから、今から告白をしようと思う。マスター、どんな告白をすればいいと思う?」


 リリリンドウサン、まさかそれって、やっぱり俺のこと?

 告白は男の仕事っていうかなんていうか、いやでもしてくれるなら嬉しいっていうか、


「素直に、思いを伝えるといいと思うよ」


 俺の口からは勝手に言葉が出た。何言ってんの俺。


「分かった」


 凛堂は目を閉じたまま、小さく頷いた。


 いやいきなりですね、心の準備とかまだ何も――って、え?

 凛堂さん!? どこ行くの!?


 凛堂は音楽準備室を飛び出していった。え。

 俺は持っていた小説を投げ捨てて慌てて音楽準備室を飛び出し、ギリギリ見えた廊下を曲がる凛堂を追う。


 階段をこれでもかというくらい下り、どんなに急いでも追いつけない凛堂を追うこと数分、廊下の突き当たりで凛堂は止まった。

 隠れながら覗いていると、凛堂の傍には背の高い男が一人立っていた。え?


「ん~? 凛堂さんかい、どうしたんだい?」


 男が高飛車チックな声を出している。アイツ誰だよ。


「綾小路先輩、ずっと好きでした。お付き合いしてください」


 …………は?


 ――くん……。


「ふふ~ん、嬉しいねぇ。僕ァ凛堂さんみたいな小さい子が大好きさぁ。もちろんOKだよ」

「本当?」


 おいおいおいおい、マジで誰だよ綾小路!

 ってかおい! 凛堂! どういうことだ!


 お前は俺の助手で、俺を慕っているんじゃなかったのかよ!

 なんだこれ!


 俺は強く肩を揺さぶられるような眩暈がして、その場に崩れた。

 凛堂が綾小路の顔を見つめながら背伸びをしている映像が、涙でぼんやりと歪んでいく。


 ――氷花くん!!



「にゃ!?」


 歪んだ視界は突然変わった。

 目の前にはジャージ姿でショートカットの可愛い子がいて、俺の顔を覗き込んでいる。


「やっと起きたよ。氷花くん、おはよう」

「お、おは……え」


 視界と意識がはっきりとしてきた。

 どうやら俺は寝てしまっていたらしい。


 目の前の(なつめ)が俺の肩を揺らして起こしてくれたみたいだ。

 俺は慌てて垂れかけの涎をすすって上体を起こす。ここは教室の自分の席だった。


 それにしてもなんて夢だよ……マジで誰だよ綾小路君。


「氷花くん、『にゃ』だって。えへへ、可愛いね」

「……」


 無邪気に笑むあなたのほうが二億倍可愛いです。


「氷花くん、なんか久しぶりだね。ここんところ僕、受験とかで忙しくて」

「ああ、クリスマスパーティ以来か? あの時のさくらの寝顔、すごく良かったな」

「もう! そんなの見ないでよぉ!」


 顔を赤らめてポコポコ叩いてくる棗。

 全力で(なつめ)ルートに進みたくなるくらいには可愛い。


「ごめんって。それで何か用か?」

「何かって氷花くん、もう放課後だよ? 帰らないのかなぁって」

「そっか……って、マジか!」


 ――今日の放課後、いつもの場所に行く手筈になっているわ!


 頭の中で再生された四ノ宮の言葉に一気に冷や汗が全身に吹き出す。


「それでその、最近全然お話とかしてなかったから、氷花くんが良かったら今日一緒に帰らないかなって思って」

「ごめんさくら! 俺まだ残ってやらなきゃならないことあるんだ」

「そ、そっか。えへへ……それじゃしょうがないね。ごめんね」


 眉をハの字にして悲しそうな笑顔をする(なつめ)

 俺は慌てて鞄を掴んで立ち上がり、


「何でさくらが謝るんだよ。そうだ、連絡! スマホに連絡するから、どこかでまた遊ぼうぜ?」

「本当?」


 パッと表情に彩りが生まれる(なつめ)


「ああ」

「約束だよ? 連絡待ってるね」

「おう。また、温泉でも行こうぜ!」

「温泉は、ちょっと……恥ずかしいよう」


 モジッとして赤い顔で俯く(なつめ)の姿にリビドーがさわさわと撫でられた気がしたが、慌てて首を振って「またな」と別れを告げ、教室後ろに掛けてあるコートをひったくるように取ってから俺は教室を飛び出した。


 音楽準備室に向かうという久しぶりのルーティンワーク。

 ルーティンなのに久しぶりとか矛盾しています! と脳内ナルホド君はつきつけてきたが、だってそうなんだもん! としか言いようがない。ヤハリ君の必死な冷や汗顔の気持ちが今なら痛いくらい分かるね。


 すでに放課後突入から数十分経過しており、下手をすればもうすでに相談者が訪れているかもしれない。

 そんな焦りから走って辿り着いた音楽準備室の前で、俺は心臓が一段階激しくなった。


 ここに来るのはいつ以来だろうか。相当久しぶりの感覚だ。

 はたして凛堂は中にいるのだろうか。


 呼吸を整え、頬に垂れる汗をコートで拭ってから、俺はノブに手を伸ばす。

 静電気に歓迎されて声を上げそうになってから、力強く握ったドアノブを回した。


 ◆ ◆ ◆


 部屋の奥、窓から差し込む冬の浅い日差しが目に刺さりながら、俺は音楽準備室に入った。


「……おっす」


 居た。


 金髪おさげで碧眼を本に向ける俺の助手が、いつもの定位置に居た。

 突然現れた俺の上擦った挨拶に驚く様子もなく、いつものように無言で小さく頷く凛堂。


 最早ちょっと懐かしくて泣きそうになるね。


 俺が密かに感慨深くなっていると、トントンと優しい音が鳴った。

 凛堂が俺の定位置のパイプ椅子を手で叩く音だった。


 あまりの変わらなさに鼻から強めに息を漏らしてしまいながら、俺はいつもの椅子に座る。


 すぐ横に鞄とコートを置き、鞄から小説を取り出す。

 栞のページを開いてから横目に凛堂を盗み見る。


 夕暮れの赤い陽が凛堂の三日月ヘアピンに反射して目がやられ、俺は片目を閉じながら口を開いた。


「とりあえず、受験の結果は明日出るよ」

「そう」

「多分大丈夫だと思う。結構自信ある」

「そう」


 ああ。


 この感じだ。この手ごたえの無い会話。

 絶妙な距離感。慣れた埃っぽさと狭さ。心地のいい雰囲気。


 きっと、俺がもしも年を取ってから青春を振り返るとしたらここで過ごした約一年間が一番色濃いのかもしれない。


「学部は違うけどさ、一緒の大学に行けるのは、なんかちょっといいよな」

「……」


 凛堂は無反応だった。

 と思ったが、チラと横目で確認した凛堂の頬が僅かに紅潮しているのを俺は見逃さなかった。


 目の前の字面には全く集中できそうにない中、俺が霜平から聞かされた全てを凛堂に話そうかどうか悩んでいると、少し強めにコンコンとノック音が鳴った。


 凛堂がいつもより少し大きめに反応して、俺に綺麗な碧眼を向けているのが見なくても分かる。


 遂に来たようだ。四ノ宮が持ってきた『相談』とやらが。


「どうぞ」


 小説を閉じて鞄の上に置くと同時に、もはや気にならない軋音を鳴らして入ってきたのは、一人の女子生徒だった。


「こんにちは」


 いや、こんにちはじゃない。どうしてお前単体でここに来る?


「四ノ宮? 相談者を連れてくるんじゃなかったのか?」


 俺の問いに、四ノ宮は何も言わずに仏頂面を晒しながら大きめの縁眼鏡をくいっと上げている。

 凛堂の顔は俺と四ノ宮を右往左往している。状況が読めずに動揺する凛堂も珍しくて見てあげたいが、今はそれどころではない。


「おい?」

「冬根君! いえ、冬根マスター!」


 お淑やかな胸を突き出すようにして、腰に手を当てる四ノ宮。

 大方、相談者にでも逃げられたか?


 俺が返事をせずに黙っていると音楽準備室は静かで、俺の腕時計の秒針の微弱音さえはっきりと耳に届く。


 凛堂は何かを言いたそうに俺に顔を向けている。

 俺はその助手に小さく首肯を捧げてから、四ノ宮に改めて視線を戻して、


「相談者はどうした?」

「真実の……真の恋愛を正しく導くために! 冬根マスターに相談をもってきたわ!」


 腕を組んで少し顎を上げ、座る俺を見下ろすような顔の角度になる四ノ宮。


「いやいや、だからその相談者はどうしたんだよって」

「ここにいるわ!」


 どこにだよ。

 またいつかの彩乃みたいに音楽室の棚にでも隠れているのかと俺は視線をやるが、案の定そこには埃を被った楽器類しか見当たらなかった。

 まさか、見えないお友達? 幽霊? イマジナリーフレンド? んなわけないよね。


「ちょっと意味が分からないんだけど」

「んもう! 冬根君っていろいろと鋭いくせに、変なところで鈍いわよね」


 あからさまにガッカリした顔でため息をつく四ノ宮。

 ん、なにこれ俺が悪いの? そういうため息、結構精神に来るよ?


「マスター」


 不意に俺を呼ぶ凛堂が、俺の制服の右袖を引っ張ってきた。

 見ると、凛堂は何も言わずに人差し指をとある方向に向ける。


 馬鹿正直に凛堂の指の先を目で辿っていくと、すぐに縁眼鏡の中の瞳と目が合った。


 えーと。え?


「改めて言うわね!」


 四ノ宮は憮然とした顔でポニーテールを揺らして、俺をビシッと指差してこう言った。


「冬根マスターに相談を持ってきたわ! 相談者は私! 四ノ宮 然愛(もあ)よ!」


 ……ん、もしかして、ここ笑うとこ?

お読みいただき誠にありがとうございます。


もしも、「続きが気になる!」「面白い!」と感じて頂けましたら、

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~・~・~・~・~・~


なんと、四ノ宮が持ってきた相談をしたい人……

それは四ノ宮自身の相談でした。


これが冬根君にとって最後の相談になります。

気になる相談内容は次回!

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