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解けたポニーテール「シノミヤ モア」

 如月も中旬を過ぎると、自由登校を許された拓嶺高校三年の教室は学級閉鎖になりかねないレベルでまばらであった。


 かくいう俺も聖応大学の受験日程の二日間を終えてから今日まで登校してはいなかった。

 あと二週間もせずに卒業式があると思うと普通なら感慨深く胸いっぱいに思い出が湧きあがって感傷に浸れるに違いない。


 俺はというと、当たり前だがそんな余裕など全くなかった。


 というか、そもそも胸いっぱいの甘酸っぱい思い出なんて殆どない。あるとしたら……そうだな、棗と一緒の部屋で寝たとか、棗と一緒のベッドで寝たとか、そんなもんだ。歪んだ青春、バッチ来い。(?)


『全時間自習』とだけ書かれた黒板を見ながら、耳に入ってくる「もうすぐ卒業だね」「寂しくなるね」類のワードにどこか小さな嫉妬を他人事のように感じていると、俺の席に腕まくりをした男がやってきた。


「よう。久々に来たな、恋愛マスター」

「だからその名で呼ぶなって!」


 田中は俺の前の空席の椅子に逆さに座り、両肘を俺の机についてまるでどこかの司令のようなポーズをとった。長い襟足(アイデンティティ)がちょうど隠れて見えなくなっている。


「それでどうだ? 冬根は聖応受かりそうか? 明日が結果発表の日だよな」

「あー、まあ俺はたぶん大丈夫だ」

「マジかよ! お前そんな頭良かったっけかぁ? くっそう、俺はマジでそんな余裕ないぜ……今朝も緊張で食パン二枚しか食えなかったしよ」


 至って普通じゃねえか。


「田中は一ノ瀬と同じ大学に行くために受けたんだってな」

「そうだぜ」

「まあ最悪受からなくてもいいんじゃないか?」


 俺は頬杖をついて窓の外を眺めながら吐き捨てるようにそう言った。


「はぁ? なんでだよ! 普通彼女とできるだけ同じ時間を過ごしたいだろ。受かるに越したことはねえよ」

「でもほら、ちょっと離れたほうがお互いの大切さを認識できて、絆が深まるとか言うだろ」


 精一杯の(そね)(ごと)のつもりが、中途半端にくさいセリフを吐く痛い奴みたいになっちまった。

 田中は俺のそんな言葉に苦笑をしつつ、


「お前、本当に恋愛マスターみたいでキモいな」

「うるせ」


 まあでも、もしコイツが受かったんだとしたら……多少は見知ったやつが同じ大学にいるってのも悪くはないのかもしれない。

 一ノ瀬とのイチャコラを見せられたら、うどんでもむせて鼻から出ろと念じ続けちゃうと思うけど。


「なあ冬根。もしも俺が落ちてたらなんだけどよ」

「何だ?」


 田中は不意に真面目な顔になった。普段運動バカみたいな容姿と表情のくせに、こういう顔をするとちょっとかっこよく見えて悔しい。


「そんときゃ沙織のこと、頼むな」

「……はい?」

「ほら、アイツあんな性格じゃん? 素直じゃないっていうか高慢っていうか」


 おーい一ノ瀬、彼氏にまあまあなこと言われてますよ。


「まあ、そこが可愛いんだけどよ」


 ……ケッ!! 知るかボケ!

 急に惚気てると襟足もぎ取るぞチクショウ。


「だからなんだよ」

「ん、ああだからもしかしたら孤立しちまったり寂しい思いする場面があるかもしれないからよ」

「だから俺が見守って、そうならないようにしろってか?」

「そこまでは言わねえよ。たまにでいいから、構ってやってくれってだけだ。沙織、あんなんでもお前のこと結構気に入ってるみたいだしよ」

「はぁ?」


 一ノ瀬が? 俺のことを? 気に入る?

 何の冗談だよ。大根おろし味の飴よこすレベルだぞ? 美味かったけど。


「冬根が嫌だってんなら無理にとは言わねえけどよ」

「……まあ、考えとくよ」


 それとない距離感で関わる分には、一ノ瀬はツンデレテンプレとして楽しめそうだしな。

 まあでもそれはきっと、お節介にしかならなそうだけど。


「まあ俺が受かるのが一番だけどな! 冬根も俺の合格祈っててくれよ!」

「やだよ」

「んだよ冷てえなぁ」


 それだけ言うと田中は椅子を唸らせながら立ち上がり、俺の肩を強めに叩いて教室を出て行った。

 相変わらず馬鹿なんだか気がつくんだか判らん男だ。あと痛えよ。


 一ノ瀬が元スパナ振り回し常習犯だったとしても、それを知っているのはごく一部の生徒だけだ。

 しかもその主原因は田中、お前だしな。


 俺がそのことを吹聴でもしない限り、アイツは孤立するような不器用な人間じゃないだろう。

 むしろテンプレすぎて愛すべきキャラだし。このご時世、ツンデレは最早希少価値だ。


 そんなことよりも――。


「冬根君! いるかしら!」


 教室の入り口付近で突如俺の名を呼ぶ大きな声がした。

 同時にチャイムが鳴る。昼休み開始を告げるチャイムだった。


 教室のまばらな生徒が俺に視線を向けてくるのに堪えられなくなった俺は、そそくさと立ち上がって声の主のもとに歩み寄った。


「何だよ四ノ宮」

「あなたに大切な話があるの、冬根君! ……いえ、冬根マスター!」

「おい、バカ!」


 そんな大きな声でその名を呼ぶな! 眼鏡黒く塗ってサングラスにするぞ!


「な、バカですって!? って、ちょっと!」


 俺は背後の教室にいる他の奴らの視線から逃げるように、四ノ宮の腕を掴んで走った。


 ◆ ◆ ◆


「痛い! 痛いわよ冬根君!」


 四ノ宮を引っ張ったまま走り、気が付けば購買の近くまで来ていた。

 無意識に強く握ってしまっていた腕を、俺は慌てて離す。


「あ、悪い」


 無理に走ったからか、四ノ宮のポニーテールはいつの間にか解けかけていて、自慢の縁眼鏡もビンタされた芸人のようにずれていた。

 くいっと眼鏡を直しながら、四ノ宮は少し紅潮した顔で俺を見上げる。


「んもう。髪も結い直しじゃない」


 四ノ宮は髪留めをスルリと外した。

 髪を解いた仕草がやけに大人っぽく見えて少し妙な気持ちになった。


「大事な話って?」

「そう! そうなのよ! でも、ちょっと待って」


 四ノ宮は人差し指をここぞとばかりに天に向けてから、髪留めを口に咥えて両手で後頭部高めの位置に髪を纏め始めた。

 四ノ宮の大事な話……? エクストリームパフェの新作でも出たか?


 髪を結い終えた四ノ宮は改めて人差し指を立てて、


「そうなのよ! 冬根君に大事な話があるの! 大事な話というより、大切な話!」

「や、それ同じ意味では」

「とにかく、これは冬根君にしかできない話なの!」


 真に迫る表情の四ノ宮を見て、またしても俺は全身にぞわりと嫌な予感が駆け巡る。


「俺にしか?」

「そう! 冬根君というよりも、冬根マスターに、よ!」


 結ったばかりのポニーテールをゆさゆさ揺らしながら、興奮気味に話す四ノ宮。

 どうやら、厄介ごとを持ち込んでくるのはあのアンポンタンだけじゃないらしい。


「とにかく話してみてくれ」

「わかったわ! ……恋愛マスターである冬根君に――」


 ――ぐきゅるるるるる。


 お昼時、購買に群がる生徒の喧騒に負けないくらい四ノ宮の大きな腹の虫が鳴いた。

 四ノ宮は両拳をその淑やかな胸の前で握りしめたまま、固まっている。

 そして徐々に頬を赤らめていく。


「……先に一緒に飯でもどうだ?」

「そ、そうね!」


 顔を背けてズレてもいない眼鏡のテンプルを弄る四ノ宮を見て、自然と顔が綻んだ。

 恥ずかしそうな四ノ宮とか、もしかしたら初めて見たかもな。


 俺も四ノ宮も今日は食事を持参しておらず、下級生蔓延る購買の中へと一緒に歩を進めた。


お読みいただき誠にありがとうございます。


もしも、「続きが気になる!」「面白い!」と感じて頂けましたら、

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~・~・~・~・~・~


またしても波乱が起きそうな事案を持ってきた四ノ宮さん。

ポニーテールっていいですよね。解けた時、二度美味しい(?)


この話が、冬根君を大変な目に。ざまあないね!

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