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とある顧問との回想②

 後頭部に金槌でもくらったような衝撃が走る中、霜平は舞台上の役者のように歩きながら話を続ける。


「凛ちゃんと会った幼稚園の頃のことを忘れている氷花ちゃんをマスターにするためにどうすればいいか。それはすぐに思いついたわぁ。幸い既にピノコちゃんは私のこm……私の言うこと聞いてくれる立場にあったし、結構簡単にうまくいったわねぇ」


 今絶対『駒』って言いかけたよな。

 琴美が不憫だ。ん、ご飯さえ食べられればいいのか? (二回目)


 その後、霜平は淡々と説明してくれた。

 俺をマスターとして仕立て上げる作戦についてである。


 まずは事前に『三年に冬根という恋愛マスターが居る』という情報を凛堂を使って一年に流布させる。

 ある程度噂が広まった頃合いで、琴美の人脈を使い上手く行きそうな男女を見つけ、唐突に俺のもとに恋愛相談に寄越す。

 どうやったかはわからないが俺の残念アドバイスを知った琴美のアフターケアのおかげもあって相談は成功し、俺の意思とは関係なく俺は恋愛マスターとして確立する。


 そしてタイミングを見計らって、凛堂は「助手にして」と迫ってきた。


 さらにこれらはすべて凛堂の同意の下のことらしい。


「凛ちゃんはずっと氷花ちゃんを忘れたことはなかったそうよぉ。そこまで強く『マスター』を欲する凛ちゃんに、先生が状況を作ってあげたのぉ」

「全部、アンタの仕業だったんですか」

「うふふふ。でもでも、氷花ちゃんも悪い気はしなかったでしょう? 凛ちゃんも欲してたマスターを獲得できたし、全員が幸せになれたわよねぇ」


 今までの恋愛相談はすべて事前に仕組まれた出来レース。

 望みとはいえ凛堂が助手を志願してきたのも霜平の手回し。


 俺が約一年、ここまでやってきたことはほぼ全て、コイツに仕組まれたことだったということか。


「それが教師のやることかよ! 結局自分の欲の為じゃねえか!」

「あぁ! 一つ目の約束! 怒っちゃ、メッだよ」

「……」


 その「メッ」のほうが百倍腹立つんですが。

 今までの凛堂への憤りは、真相を知ることで今は霜平に全て移動している。


「言ったでしょう? 教師は副業のようなものだって。でも、そうねぇ。正直に言うとそうかもねぇ。凛ちゃんがどうしても欲しかったのは、アイツに絶対に負けたくないからだしぃ」


 人差し指でテーブルの上の缶コーヒーの縁をなぞりながら、霜平は抑揚のない言い方で言葉を継ぐ。


「その為にも、氷花ちゃんが必要だった」

「そんな相手に負けたくないっていうくだらないプライドの為に……それこそやっていいことと悪いことがあるんじゃないんですか」

「でもでも、氷花ちゃんも楽しかったでしょう? 凛ちゃんと居られて」


 すべてを見透かすような目で俺の顔を覗き込む霜平。


「それに、氷花ちゃんのもとには、本当の相談もあったでしょう?」

「本当の?」

「ほらっ。分かるくせにぃ」


 本当の相談――ね。

 それらはほぼ全て、お前が持ってきたものじゃないか。


「凛ちゃんやさくらちゃん、一ノ瀬ちゃんやピノコちゃん、ついでに彩乃ちゃんも、氷花ちゃんは見事に最善手を導いたわぁ。先生ずっと見てたけど、それは普通の人が簡単にできることじゃないのよぉ?」

「……」


 凛堂の目の精神的問題も、棗のいじめ問題も、一ノ瀬の色恋問題も、琴美の家庭問題も、彩乃の難解な問題も、どれも最善手だったとは思えない。

 しかし確かに、これらの問題には俺は正面から向き合った。


 それこそ崩壊狙いのアドバイスなんてものは一切しなかった。


「それを見ていて、先生思ったの。最初は氷花ちゃんは凛ちゃんを獲得するための駒でしかなかったけど、想像以上にすごくできる子で、凛ちゃんとは関係なく氷花ちゃんが欲しいなって」


 もう駒って言ってるやん。


「アンタが面倒事を押し付けてきただけじゃないか」

「ぷぅ。面倒事って言わないのぉ。ぜーんぶ、困っていたみんなの為なんだからぁ。前も言ったけど、先生の困っている人を助けたいって感情は本当よぉ? だから探偵サークル入ったんだしぃ。……まあ、最初は氷花ちゃんを試すつもりだったのは否定しないけどぉ。うふふ」


 そのお前の行動で今現在まで俺は『困っていた』んですが?

 困っている人を助けたいのでは?


 困っている人を助けるために、新たな困る人を生成するのは良いんですか?

 この欺瞞野郎。


 そんなことを口にするか悩んでいると、霜平は不意に俺の前に右手を差し伸べてきた。


「ということで、氷花()()


 いつもと違う顔つきの霜平に、俺は座ったまま迸る嫌な予感に汗が噴き出してくる。


「先生の……いえ、私の探偵事務所に入って。一緒に世の中の困っている人を助けましょう」


 嫌です――と言おうと口を開くより先に、霜平はニタリと笑んでこう続けた。


「あ、ちなみにこれが二つ目の約束ね。男に二言は無いからねぇ? ふふふ」


 さ、詐欺師め!


 * * *


 回想をしながらでも地理のマークシートはしっかりと埋まった。

 身体に染みついた解答行為も、霜平のおかげかもしれない。


 しかし今となっては受験に合格することは必須ではなくなった。


『大学にもし受かったら、その四年間は氷花ちゃんの自由にしていいわよぉ。その代わり、卒業次第私の事務所に入ってもらうからねぇ。ちなみに留年なんてしたらその時点で即時自主退学して事務所に来てもらうわぁ。つまり大学自体が氷花ちゃんの最後のモラトリアムってわけよぉ』


 霜平に言われた言葉だ。


 もし俺が大学に合格しなかったとしたら、俺はすぐにでも霜平のもとで働くことになるらしい。


 ……えーとさぁ。

 どこからツッコんだらいい?


 まずそもそも探偵事務所ってなんだよ。

 当の本人に訊くところによれば、


『探偵事務所って言っても、事件とかじゃなくて、基本困っている人専門の! 探偵っていうよりは相談所みたいな? そんな感じのが私の夢だったしぃ』


 こんな返事が返ってきた。夢だったしぃ、じゃなくてさ。


 それにあの下僕こと陽太を敵視して、勝つために探偵として名を上げるとかバカみたいなことを言っていたが、そんなしょうもないプライドの為に利用されると思うと悲しくて仕方がない。


 が。

 まあ、そうだな。


 もし凛堂と一緒にいられる場所があるのだとしたら。

 それはそれで悪くない将来なのかもしれない。


 それに、もしも。もしもだ。

 凛堂がマスターである俺――自分で言ってて違和感なくなってきててなんかもう色々と辛い――を盲信するあまり、どこまでも俺についてくるとしたら、俺が大学受験に失敗し即時事務所に入った場合、凛堂も大学を退いて俺のいる霜平の事務所に来てしまうかもしれない。


 それは……ひどく嫌だな。

 俺のせいで大学を棒に振るとか、そんなのあっていいはずがない。


 自身の四年間の自由を獲得するためにも、やはり是非ともここは受かっておかなければならない。


 この就職難のご時世、内定が決まっているというのは安心だが、その勤め先の長が『霜平』というのは不安でいっぱいだ。

 今までアイツは俺に何をした? 九割以上面倒事を持ち込んだだけだ。


 でもまあ……。


「はい、そこまで。用紙を裏返して手を止めて下さい」


 試験監督の声が講義室に響き渡る。

 試験時間が終わっても誰一人話し出さない異様な雰囲気が、大学受験という壁の厚さを物語っていた。


 解答用紙が集められ、休憩時間になって初めて少しずつ喧騒が広がっていく。


 チラリと田中の方に目をやると、頭を抱えて机に突っ伏していて俺は笑いそうになった。

 俺も次の数学でそうならないように、気合を入れないといけない。


 でないと即時事務所にぶち込まれることになるからな。


 次の試験を待つ間、頬杖を突きながら、俺は凛堂との出会いをふと思い出す。


 ――助手にして。


 霜平にある程度仕組まれていたとはいえ、その意思表示は凛堂本人によるものだ。


 今まで数々の人間たちに本心をさらけ出させておいて、凛堂すら本当の気持ちをストレートに口にしておいて、俺ときたらどうだろうか。

 俺は一度たりともストレートに口にしたことがあっただろうか。


 ――逃げんな。


 彩乃が怒るのも無理はない。

 他人に指図気味にグダグダ言う俺自身は、転入までして望んだものを目の前にしてへっぴり腰気味に進もうとしていなかったからな。


 もしも青春というものが過去や他人にしかなく、当人が絶対に感じることができないものだとしても、たまにはそういう不可逆的考察に抗う行為をしてみてもいいよな。


 それにもう本人にも宣言しちまった。


 いつか遂行する『それ』を想像して試験とは別の緊張感を感じながら、次の試験が始まった。

お読みいただき誠にありがとうございます。


もしも、「続きが気になる!」「面白い!」と感じて頂けましたら、

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~・~・~・~・~・~


なんじゃそりゃー。

ラブコメ本当にどこ行った?(笑)


とまあそんな感じですが、そろそろラブコメチックに戻っていきます。

受かったら想いを伝えると決めている冬根君に、とある問題が舞い込みます。お楽しみに!

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