とある顧問との回想①
「どういうことですか」
もう勉強どころではなかった。
――凛ちゃんにそうするように言ったの、私だもん。
今までの前提を吹き飛ばす霜平の発言に、俺は軽い頭痛が発生していた。
もう本当、ドッキリとかサプライズとかそういうのは小出しにしてくれないと体が持たないんですが。
そんな俺を見てプククと小さく笑ったのち、黒い缶をグイッと飲み干して霜平は俺に憐れみに満ちた顔を向けた。
「そうねぇ。氷花ちゃんが二つ約束してくれたら、全部話してあげる! どう?」
またそういうこと言う。
絶対に正しい情報が知りたいとわかっている相手に条件を押し付けるあたり、マジで詐欺師の才能あるよ、アンタ。
湧き上がる攻撃的な感情を必死に押えながら、
「何でもいいから話してください」
――この俺の不用意な発言が、今後の人生を決定づけてしまう事になることを、この時の俺は知る由もなかった。(ナレーション風)
いやあ駄目だね。人間、常に冷静にいかないと大変なことになる。
気づいた時には手遅れ。みんなも気を付けようね。 (?)
「言ったね? 氷花ちゃん今言ったね? 男の子に二言は無いんだからねぇ? 二つ、約束、守ってね?」
「……分かりましたから早く!」
ニッコニコの霜平は、黒い缶コーヒーに口を付けながら、
「一つ目の約束! 先生が何を話しても絶対に怒らないこと! わかったぁ?」
もう怒ってます。とは思ったが、それですべてを話してくれるならしょうがない。
「わかりました」
「あは! 流石氷花ちゃん! そういうところ好きよぉ。それにこれで氷花ちゃんは私のものね」
「え?」
嫌なセリフが聞こえた気がするが、俺の疑問符などお構いなしに霜平は黒い缶をテーブルに置いてソファにボフッと腰かけた。
「まあそうね……先ずはどこから話したらいいかしらぁ」
霜平が腕を組んで唸るたった数秒の時間さえ今の俺には刺されるようにもどかしい時間だった。
しかし霜平の説明は、そんな焦燥感を優に上回るものだった。
「前にも一度言ったけど、先生は先生が副業なのよぉ」
「ん?」
「教師は、本職の為の仮の姿みたいなぁ? キャッ、ちょっとカッコイイ。うふふふ」
「……はい?」
突拍子の無い言葉に俺は椅子から立ち上ってしまった。
そんなこと一回も聞いたことが無い。まあたしかに教師っぽくないなとは思ってたけども。
「順を追って説明するから黙って聞いててねぇ? 隣くるぅ?」
霜平はソファの空いている部分を手でポンポンと叩いた。
その仕草が、出会って間もないころの凛堂のそれと重なって見えて、立ったままの俺はそれをかぶりを振って拒んだ。
「まあいいけどぉ。先生ね、大学時代は探偵サークルに入ってたのぉ」
「探偵?」
あまりの脈絡の無さに鼻から息を漏らして笑い交じりに聞き返してしまった。
探偵ねぇ。似合わねえなおい。
「そ。探偵ぇ。ほら、ちょっとカッコいいでしょ?」
「……まあ、先生はカッコよくはないですけどね」
「えー、ひどぉい。これでも先生結構すごいのにぃ」
腰に両手をあてて胸を突きだす霜平。
うむ、その胸はすごいとは思います。
「そのサークルでね、一生許せない敵ができたのよぉ」
「唐突ですね」
敵……どこかで最近聞いた単語だ。
「本当にいけ好かないし、考え方も方針も全く合わないし、何よりもソイツには絶対に負けたくなかったのぉ。だから何度もぶつかったし対決みたいなこともしたわぁ」
いや何の話だよ。
「その若かりし頃の思い出話が俺に何か関係あるんですか?」
「ひどぉい、先生まだ若いのにぃ。ぷぅ」
……その尖らせた口、輪ゴムで縛ったろか。
「まあいいけどぉ。それで結局卒業までソイツと雌雄を決することはできなかったのねぇ。どっちが探偵に向く優秀な人間かを、ね」
「優秀ねぇ」
俺の中で優秀と言えば……数人が浮かぶな。
みんな探偵ってよりはスパイ染みているけど。
「卒業の時にソイツと決めたの。『どっちが探偵として名を上げるか』が勝負って。そこから私の人生が始まったのよぉ」
「人生ですか」
「そう。あ、ちなみにその大学が聖応大学よぉ。んで敵ってのが凛ちゃんのお兄さん、凛堂陽太ね」
「……?」
情報量が多すぎてもう噴火と瞬間凍結繰り返して芸術的な脳内になりました。
開幕からよくわからん! オールスター感謝祭かよ。
◆ ◆ ◆
ということはつまり、霜平と俺の下僕である陽太は同じ大学の出身で同じ探偵サークルで、ライバルだったと。
今も敵で、お互い探偵として名を上げるために競い合っていると。
……?????
いやいやどこを掻い摘んでも訳が分かりませんってば。
霜平が音楽教師なのは知っている。陽太も聖応大学だったということは何か音楽ができるのだろうか?
確か『教育学部』と『心理学部』は最近新設されたとか言ってなかったっけ。
しかも探偵サークルってなんだよ。某少年団みたいなことしやがって。
……まあ、『恋愛研究サークル』よりは数段マシか。凛堂の頼みでも俺は入らないぞ!
なによりも、その謎の昔話が今の状況にどう繋がるのか全く分からない。
そんな応答なし寸前の瀕死脳内な俺を歯牙にもかけずに、霜平は話を続ける。
「探偵になること自体のは簡単なのよぉ。届け出を出して事務所設立するだけだからねぇ。特別な資格も必要ないし。まぁ、ちょっとした箔の付く資格みたいのはあるけどねぇ。そういうのは在学中に全部取っちゃったしぃ」
霜平はどんどん探偵話になっていった。
俺にはさっぱりだし興味が無い。薬で体が小さくなることも、じっちゃんの名に懸けるようなことも今後ないだろうしな。
「それで私は思ったのぉ。必要なのは優秀な人材! ってねぇ」
「はぁ」
「探偵ってのは、一人ではほとんど何もできないのよぉ。だから助手とかそういう人間が絶対に必要なの。だから、そのために教員免許を取ったのよぉ」
「はぁ……はぁ?」
足を交互にプラプラする霜平に、俺は意味不明の念を送る。
というかそんなサクッと取れるのかよ、免許。マジでコイツ何者なんだよ。
「人がいっぱい居るところっていったら、学校でしょ? だから先生になって、使える人間を探そうと思ったのぉ。学校は人材の宝庫よぉ?」
「なんかやばそうな人間のセリフですね」
「でもでも、そのおかげで早速すんごい人を見つけたの! 先生、昔から人を見る目だけはあるのよぉ」
「見る目、ねぇ」
「その最初の人材がピノコちゃん! ピノコちゃんはすごい子よぉ。対人における柔軟性と交渉術は先生も敵わないわぁ。ちょっと食いしん坊だけど、そこも可愛いのよねぇ」
ちょっとではない。とかそんなツッコミは今は置いておいて。
「琴美が何の人材なんですか?」
「えぇ? だから、私の探偵事務所だってばぁ。先生、探偵業が本業だから!」
「……」
目の前の教師がメルヘン脳のあんぽんたんってのは分かった。
アンタの遊びに付き合わされる琴美が可哀想だ。ん、飯さえ食えればいいのか?
「それでそれで、ピノコちゃんはすぐに口説き落とせたから良かったんだけど、仲間が一人じゃ寂しいしぃ。もう少し良い人材がいないかなぁって思いながら引き続き先生の仕事を頑張ってたんだけど、そこでいきなり嫌なことが起こったのぉ」
霜平は顰め面を作り、腕を組んだ。
「拓嶺高校に、よりにもよってアイツが転属されたのよぉ」
「アイツ?」
「凛堂陽太よぉ」
嫌な奴……まあモテそうなマスクの持ち主で妬ましいという意味では嫌な奴ですね。
でも今まで無償で下僕として動き調べ回ってくれた俺からしたら、陽太は非常にありがたい人物である。
時折見せる冷徹な表情はマジで怖いけどな。あれなんなの。
「ライバルである私を監視する為なのか、手の内を探るためなのか分からないけどさぁ。わざわざ同じ教員免許まで取って、同じ場所に来るのはどういうつもりなのよぉ。嫌がらせとしか思えないし、本当にムカつく奴なのよぉ」
「先生よりモテそうですもんね」
「えぇ? ふふん、先生も意外とモテるんだぞっ」
ドヤ顔をすな。まあ確かに美人でスタイルがいいのは認めてやる。
でも死ぬほど面倒事を持ってくるこの地雷的本性を知ったらみんな逃げるのでは。
「まぁたしかにカッコいい顔してるのは認めてあげてもいいわぁ。私は好みではないけどねぇ。でも性根が腐ってるのよぉ。やっていいことと駄目なことの区別がつかない奴で……って今はアイツのことは置いとくわねぇ」
やっていいことと駄目なこと……俺、もしかして今まで散々陽太使ってきたけど、やっぱりやばいことさせてました?
犯罪の教唆扇動容疑で俺も捕まったりしない? 大丈夫?
「それで…………何だっけ?」
「いや知らないですよ!」
無意識に手刀も添えてツッコんでしまった。
「あははぁ、氷花ちゃんおもしろーい。冗談よぉ。あの凛堂陽太が拓嶺高校に来たのは本当に嫌だったし最悪だったけどぉ、いいこともあったのよぉ。それが、凛ちゃん!」
「凛堂……」
「そっ。最初はアイツの妹って聞いて警戒したわぁ。可能な限り距離を取って関わらないようにしようと思ったのぉ。でもでも、先生音楽教師だしぃ? バイオリン専攻で聖応受ける凛ちゃんとは必然的に関わらざるを得なくてねぇ。それに先生、聖応の先輩でもあるわけだしぃ?」
「ちなみに先生は何の楽器をやるんですか?」
「えぇ? 内緒っ」
霜平は人差し指を無駄に色っぽく唇に当てた。
「……まあ興味無いんでいいですけど」
「えぇ、氷花ちゃんいじわるぅ。ぷぅ」
ぷぅ、ってことはトランペットとか? 吹くのはホラですよって? うるせえわ。
俺は棒立ちのままいるのに疲れて元の勉強をしていた椅子に座った。
霜平と会話をするうちにいつの間にか平静さを取り戻していることに気付く。
「凛ちゃんと関わってから少しして、私すごいもの見ちゃったのよぉ!」
「何をですか」
「すごいの! 本当にすごいものを見ちゃったのぉ!」
「どんなものですか」
「それはそれは、すごいかったのよぉ!」
「だから何を見たんだよ!」
もう俺、今後コイツに丁寧語使うの辞めたい。
霜平は俺のツッコミに謎にサムズアップを決めている。へし折るぞその指。
「うんとね。凛ちゃんがアイツを顎で使ってるところを盗み見たの!」
ああ、それのことですか。それは知ってました。
……ん? 今盗みって言わなかった?
「あのムカつく奴を澄まし顔で下僕扱いしてるのを見て、先生すごくワクワクしちゃったの!」
「何か訳あって逆らえないとかって言ってましたね」
「そう! 本当に凛ちゃん可哀想にねぇ。あんな奴のせいであんな目に遭っちゃって」
どんな目だ? 俺はそれを知らないぞ。
「でもそのおかげであの凛堂陽太を自由に扱き使える凛ちゃんは、絶対に絶対に私が引き入れようと思ったわけ!」
霜平が急に立ち上がってびっくりした。
両拳を顔に近づけて鼻息をフンスと漏らしている。
「……はぁ」
「凛ちゃんが私の仲間になってくれたらぁ、アイツとの勝負において格段に私が有利になるでしょう?」
「そうかもですね」
「だからすぐさま凛ちゃんを口説いたのぉ。そしたらなんて言ったと思うぅ?」
俺は音楽準備室の凛堂の横顔を思い浮かべた。
俺と会う前のアイツなら――なんて言うんだ?
「うふふ。氷花ちゃん、ィヨッ! 色男! 凛ちゃんは『私にはマスターがいるからあなたにはついていかない』って言ったのよぉ!」
……。
今更ながら話が見えてきた。やはり最初から俺の勘は正しかったようだ。
目の前のこの女、霜平という教師は、嫌な予感の権化であり面倒事の根源であり、そして何よりも最初から『関わってはいけない』やばい奴だったようだ。
唾をのみ込んだ俺を見て、霜平は口角を上げた。
「もう分かってきたぁ? 凛ちゃんと話をして、凛ちゃんが目を開けられてない理由も、『マスター』ってのが昔に出会った氷花ちゃんであることも、きっと氷花ちゃんが忘却していることも全部知ったのぉ。つまりぃ、凛ちゃんは氷花ちゃんにならついてくる。凛ちゃんを引き入れたかったら、氷花ちゃんを引き入れるのが手っ取り早かったのよぉ。だからまずは――」
霜平は這い寄るように俺に近づき、顔をすぐ目の前まで近づけてこう言った。
「氷花ちゃんにマスターになってもらう必要があったのぉ」
珈琲の香りのする吐息が顔にかかってくすぐったい。
よく見れば想像以上に肌も綺麗で若々しく、霜平の日ごろの努力が窺える。
とかそんなことはどうでもよくて……。
最初から最後までコイツの差し金だったのかよ!
お読みいただき誠にありがとうございます。
もしも、「続きが気になる!」「面白い!」と感じて頂けましたら、
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ナ、ナンダッテー(棒)
冬根君が悲しい職業になる本当の原因は、コイツでした。
探偵って……探偵って……。
……探偵って(わかったって)
次回に回想が続きます。




