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不要化した筋道「ジュケン」

 二月初旬。本日は聖応大学の受験当日である。

 

 目覚めも良く、朝からソファでくたばっている姉を横目にシンプルな朝食を摂り、いつもより多めに砂糖を入れたコーヒーも胃に入れた。

 帰宅後の夕食を何にするか考えられるくらいには気持ちの余裕がある状態で、何度も持ち物のチェックを済ませてから家を出る。


 大雪で列車がデッドロックされたり、降りる駅を間違えたりすることもなく、俺は余裕を持って三十分以上前に会場である聖応大学に着く事ができた。


 ここまでは万事順調、あとはイレギュラーが起きなければきっと大丈夫だ。


 校門をくぐると、敷地内の木の辺りに寒そうに両手を擦りながら白い息を吐く健気な女の子を見つけた。

 俺は自身の緊張を吹き飛ばすためにもソイツに声をかけることにした。


「よう。もしかしてお前も受験しに来たのか?」


 俺の声掛けに一ノ瀬は粘りつくような視線を向けてくる。


「そんなわけないでしょ。アタシはとっくにピアノ専攻で推薦受かってるんだから」


 相変わらずの尖がった口調である。ちなみに髪はすっかり伸びて背中くらいまではある。

 短いの、結構似合ってたんだけどな。


「んじゃどうしてここに?」

「応援よ」

「俺の?」

「はぁ? んなわけないでしょ! 翔君のよ!」

「翔君……もしかして田中も聖応受けるの?」


 あの田中が? 筋肉の付いた香車みたいなあの田中が偏差値の高い聖応を受験?


「そうよ。私と一緒の大学が良いって言ってくれたの」


 あーそうかよ。ちょっと顔を赤らめて俯くなよ。

 これだから他人の色恋は。ぺっ。


「それはそれは。今のうちに考えといた方がいいぞ」

「何を?」

「落ちた時の慰め文句」


 俺が厭味を込めて笑みながら言うと、一ノ瀬は全身の毛を逆立てて、


「は、ハァ!? 信じられない! 翔君は絶対受かるわよ! アンタこそ落ちた時の言い訳でも考えときなさい!」

「……そうするよ」


 これ以上ちょっかいを掛けてスパナが飛んできても笑えないので、この辺にしておこう。

 一ノ瀬の変わらぬ元気さにちょっと緊張が和らいだかな。


 俺はお礼の意味も兼ねて、真っ赤な手をした一ノ瀬にポケットで熱を帯びていたカイロを渡した。


 小さく「え」と呟きながらポカンとしている一ノ瀬に微笑を向けてから、俺は正面玄関を目指して歩き始めた。


 ――痛ッ!


 突如、うなじにチクリとした衝撃が走った。

 何かが当たったようで、振りかえると足元には個包装の飴が落ちていた。


 どうやら一ノ瀬が投げたようだ。証拠に、投球を終えたピッチャーのようなポーズのまま一ノ瀬は俺を睨んでいたからである。


「せいぜい落ちないようにアンタも頑張んなさい! ふんっ!」


 それだけ大声で言うと、一ノ瀬はそっぽを向いて校門の外に消えていった。


 相変わらずのツンデレテンプレありがとう。

 これで「べ、別にアンタと一緒の大学に行きたいわけなんかじゃないんだからねっ」まで言ってたら百二十点だったが、そこまで他人の女に求めても仕方がない。


 それにあの顧問のおかげで落ちる気が全くしないくらいには頭にしっかりと知識が詰まっている。


 上がる口角を押さえながら地面の飴の袋を拾って、パッケージを見た俺は口を開けてしまった。


 大根おろし味――いやどんな味だよ。ほぼ罰ゲームじゃねえか。


 ◆ ◆ ◆


 だだっ広い講義室に入り、自分の受験番号が貼ってある席に到着。

 大根おろし味の飴が想定外に美味しいことに複雑な感情を抱いていると、試験監督の男が入室して用紙が数枚配られ始めた。


 周りの生徒らは誰もかれも頭がよさそうな顔で、なんとなく場違いな気分になっていたが、一人真っ青な顔で冷や汗を垂らす野郎を見つけて俺は苦笑してしまった。

 ほら、次はお前の番だぞ田中。愛の為なら何でもできるところを一ノ瀬に見せつけてやれよ。


「始めてください」


 クラシックなチャイム音とともに試験監督がそう言うと、紙の音が一斉に響き渡った。

 一科目目は地理。俺の得意科目でもある。


 さて。


 先程『落ちる気がしない』とは言ったが、受かる必要があるとも言っていない。

 寧ろもう受からなくたっていいまである。


 何故なら、大学に行く最大の理由は概ね解消されてしまったからだ。


 どういうことかというと、一言でまとめるこうだ。


『大学を受験しようと思ったらいつのまにか就職が決まっていた』


 な……何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何が何だか分からなかった……。

 頭がどうにかなりそうだ。


 どうしてそんなことになってしまったかと言えば、もちろんあんぽんたん顧問のせいだ。


 俺が今まで『あんぽんたん』と言い続けてきた霜平はあらゆる意味で『あんぽんたん』ではなかった。


 勉強を教える才能が半端じゃないし、的確に心を読めるかのような発言もしてくるが、それだけではない。


 もっといろんな意味でヤバい人間だった。


 メルカトル図法の世界地図をぼんやりと眺めながら、俺は先日日曜日の霜平とのやり取りを思い出す。

 凛堂に騙されていると知って、プンスカしていたあの日曜日のことだ。


お読みいただき誠にありがとうございます。


もしも、「続きが気になる!」「面白い!」と感じて頂けましたら、

ブックマークや評価を是非お願い致します!


評価は【★★★★★】ボタンをタップしますとできます。


~・~・~・~・~・~


また予告詐欺すいません…汗


次回、霜平との回想に入りますが、もしかしたら分かりづらいことになっているかも…

意味わからないぞチクショウ!などということがありましたら遠慮なくコメントください笑


とにかく、霜平はただのあんぽんたんではなかったようです。

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